詩人PIKKIのひとこと日記&詩

すっかりブログを放任中だった。
詩と辛らつ日記を・・

蝋燭 (辺境詩手帳から NO.3)

2008年08月31日 | 日記
ミヒャエル・エンデは
傑作ファンタジー「モモ」の中で
人間の生命を蝋燭の炎に例えてた

この地球は
次から次からへと
消えてゆく蝋燭の代わりに
新しい蝋燭に点灯されてゆく
蝋燭の星でもあったろうか

荒野の樹の下で
ひっそりと消えてゆく蝋燭
多くの蝋燭に見守られて
その蝋燭からと
炎を受け継がれてきた宮沢賢治のような蝋燭

ぼくの蝋燭は
もうほとんど残り少ない
断崖絶壁の上にたつ
折れ曲がった蝋燭

もうこれ以上権力者たちは
ただでさえやせ細った人々の蝋燭から
蝋を削り取っては
自分たちの蝋燭に継ぎ足すことを
止めるべきだと思う

川柳作家・乱鬼龍が面白い

2008年08月30日 | 日記

  午前五時苦役のドラマ今朝も明け 
 
  充電もしない戦いなら負ける 
 
  生きてゆく矛盾と死んでゆく矛盾 
 
  生きるだけ生きてみようという夕日 
 
  日本を棄てよと天の声がする 

  明けましてただ悪政の山があり

  戦いを自分を変える年が明け

  亡国を知らぬテレビがはしゃぎあい

  戦後史という敗戦が視えないか

  建設へひとつひとつを破壊する

反米と嫌米で塗る世界地図

炭疽菌どこかで誰かほくそえむ

亡びへの道が派兵の先にある

マスコミという大本営は今も生き

戦争を煽る走狗のしたり顔

さらに多くの最近の川柳や狂歌はーhttp://www.labornetjp.org/news/2006/1136517751551staff01

青い短パン (辺境詩手帳より NO.1)

2008年08月30日 | 日記
いよいよ
パンツひとつでは
寒くなってきてしまった
お気に入りのでかパンも
とうとう三年目で
大きな穴が開いてしまった

最近のパンツは
なんて穴が開くのが早いのかと
恨めしげに天を仰ぐ

十年以上穿いていた青い短パンを
捨てずに取って置けばよかった
尻からのクレバスが
とうとうゴムにまで達してしまって
もうそれ以上
越冬は不可能と断念したのだった

年がら年中
穿いていた青い短パン
ジョギングの時も
会社へ行く時も
母の介護の最中も

まるで
初めて着た柔道着みたいに
ごわごわで
ばりばりだった青い短パン
ぼくの青春時代の
すべてを知っていた青い短パン


破壊願望 (自殺願望?)

2008年08月29日 | 日記
子供の頃
吹雪というと嬉しくなって
外へと飛び出してゆく癖のあったぼくには
破壊願望がある

自然をだって 
人間をだって
目先の利益のために
破壊し続けるものたちを
破壊せずには
再生が不可能だから

宮沢賢治という
日本一の預言者というべき作家にも
もちろんそれはある
「オッペルと象」という革命の童話や
嫉妬から殺人にまで至る「土神と狐」

山之口獏という
賢治同様に関東大震災が
その詩作の出発点になった沖縄の詩人にも

ぼくの破壊願望は
彼らの足跡の途絶えた地点から
始まっている

ぼくの立っている地点にこそ
雷や地震や台風たちが
次々とやってきて欲しい
小林多喜二のように
権力に嬲り殺されるような詩人になりたいものだ




夢のつづき

2008年08月28日 | 日記
幾つもの偉大な夢が
襤褸の旗のようにボロボロになっては
人知れず
暗闇の中へと燃え尽きていったことだろう

ささやかな多くの夢が
燃え尽きてしまう一瞬
風の中へと
吹き飛ばされていってしまったことだろう

夢が
火のようだというのは
あまりにもミクロ的すぎるのかもしれない
進化論のなかの突然変異と
似たような意味にすぎないのだから

夢もまた
進化の過程で
人類が獲得してきたもの
そして
人類の進化とは
夢の総量やその多彩さで
判断されるべきかもしれない

まず最初に必要だったのは
遺伝子のコピーや
コピーの際の微妙な差異の継承というシステムだったのは間違いない
そのために両性の遺伝子のシャッフルが
生み出されたのに違いない

その過程を
わずかに窺い知ることができるのは
地球上のあちこちに残されてる神話だ
神話こそ
ぼくらの夢の揺り籠



2008年08月26日 | 日記
すべての始まりは
夢だったのかもしれない

人間は
夢のなかで
気がついてしまったのかもしれない
この世界の秘密に

夢はかって
火のようなものだったのだと思う

様々なものが
燃え尽きていっては
別のものに姿を変えてゆく
食物はより美味に
粘土質の土は土器に

そして
なによりも火は
他の生き物の恐れる武器ともなり
孤独なシャーマンの
こころを照らす松明ともなり

明日

2008年08月23日 | 日記
「さよなら・・また明日」
何度君にそう呟いただろうか
いつもの黄昏の街角で
自転車で去ってゆくきみの後姿へと

認知症で寝たきりの母にも
「おやすみ母さん」
「いい夢をね」

明日には たぶん
明日の風が吹いているのだろう
明日は
ぼくやきみが
何もかも無くして
震えているかもしれない日だけれど

それでも「また明日ね」と
希望を込めて呟くしかない

誰だって
どんな権力や権威だろうと
明日も生きようという生命を
抹殺することなんかできないのだから

閨閥 刑罰 掲跋

2008年08月23日 | 政治
日本人はどうしてこうも駄目になってしまったのかと思う。
閨閥は今ではいよいよ盛んだ。しかしどこか狂ってきた日本社会、支配層だと思う。

与党政治家の結婚適齢期の娘の写真が官庁へと回ってくるという。そして政治家という人種はいくらでも金が欲しいので、その息子の相手に、大企業官僚への娘を欲しがるという。大マスコミも大宗教も同じだ。

そんな閨閥で支配されてきた日本国だと思う。植民地日本では、ご主人様アメリカの意向に沿わない閨閥はなかったんだろうと思うけど・・

不幸せ

2008年08月22日 | 日記
不幸せは
シャツに開いた穴みたいなもんかもしれない
いじくってると
だんだん大きくなってしまう

穴の存在なんか忘れて
身軽を楽しめばいい
自分の姿に惚れこみなおしたり
こんなんじゃなかったのにと
嘆き哀しめばいい

けれども
パンツに開いた穴は
誰からも顰蹙を買う
誰もが
似たようなもんだべというのに
(ほんとに金で出来てたら吃驚仰天だけど)

大きくて邪魔臭かろうが
小さくて探すのに苦労しようと
どっちでもいいべやと
家ではいっつも
素っ裸のぼくは思う


猛暑のち雷雨

2008年08月21日 | 日記
平等でありたいという願いがあるから
殺意なんかを覚えるのかもしれない
きみを
愛したいという未練がありつづけるから
こんなにも哀しいのかもしれない

ヒリヒリと乾いた喉に耐え切れず
後から後から降る雨を振り仰ぎ
泣きじゃくりながら
貪り飲んでた

それから
なんにも考えずに
ハンドルを握りしめて
雷がこの車を直撃したら
いったいどうなるんだべかと
哄笑しながら

世の中には相変わらず
不正と差別が満ち満ちているけど
雨だけは誰の上にも公平に
ザブザブと降りしきる
死だって
いつやって来るのか
どんな偉そうな奴にもわからない

雨だれの詩

2008年08月19日 | 日記
母の介護中に
一番往生したのは雨だれだった

ちょっとの雨で
窓一面が滝状態となる
それも新築三年目ぐらいから

あっちこっちから
雨だれが落ちるので
洗面器やらバケツやら
タオルの総動員

それを
寝たきりの母には悟られまいとして
ラジオをつけっ放しだったり
母の好きな美空ひばりの歌を口ずさんだり

とんでもない国の
とんでもない介護の記憶だ


奴隷

2008年08月19日 | 日記
ぼくにも 君にも
いよいよ
なにひとつの自由も
未来も残されいない
奴隷と変わらない境遇

ずうっとアメリカの奴隷だあ
世襲政治家どもや
国家官僚や大企業官僚の奴隷だあ
さらに悪いことには
えばりくさった
マスコミや宗教団体の奴隷だあ

もうこんな国は真っ平ごめん
ふるさと北海道へと帰って
もう金輪際
税金なんか納めるもんか
こんな腐りきった国は
どうなろうと知ったもんじゃない

自分だけの畑を作ろう
海や川で魚を釣ろう
山菜をたくさん保存して
薪をたくさん割ろう

それでも
生きてゆけないというのなら
尊敬する人ー関寛斎みたいに
首をくくるばかり


戦前の労働者奴隷化と女性の性奴隷化について

2008年08月19日 | 歴史
戦争前には、凶作の度に女性の人身売買が日常茶飯事だったという。それ以前には国家戦略のもと、財閥や天皇家の懐を肥やすために東南アジア等に売られて行った”ジャバゆきさん”たちの存在がある。

それが東北人を主体とする軍人たちの2・26事件のひとつの原因だったというし、宮沢賢治の「ペンペンペンネネム・・」という童話にもちょこっと顔を出す。

現在は、核廃棄物のゴミ捨て場とされてしまった・・その頃の青森県六ヶ所村長が、身売りされ性の奴隷とされていた村の娘たちを、膨大な村の予算で買い戻したと記録に残されている。

陸軍の「従軍慰安婦」(ニクイチ・・と掛け声のもとに29人に一人の従軍慰安婦を)と言う軍隊への女性の性奴隷化は、その起源は日露戦争にあるのではと思う。日本軍があまりに強姦をやりすぎたせいで、性病が蔓延・・という事態に陸軍がその対策として考えたらしい。

僕の祖母や母が言っていたけど、強制連行された朝鮮半島や中国の人々が、敗戦後に炭鉱・鉱山から逃げ出して、祖父母の家にもやってきて食べ物を求めたので、あげたそうだ。
その後ことごとく捕まった彼らが、素っ裸にされ、数珠繋ぎにされて、棍棒で殴られては町中を引きずりまわされたんだとか。母は「とてもひどかったよ」と言っていた。

日本の未来が、またそんな風になってしまわないといいんだけど・・

海へ

2008年08月17日 | 日記
休日には海へ行こう
世界一淋しいぼく等には
広すぎる海と 
青すぎる風
果てしなく砕ける波と 
翳りゆく水平線しかないけど

休みになると
いつも一家揃って
海へと行っていたあの頃
岸壁から見下ろす海が
僕らにとって
パンドラの箱に残された
最後のものだったのかもしれない
それが
希望というものだったのかもしれない
そう気づいたのはつい最近のこと

沈みゆく太陽と一緒に
最後の火酒を飲み干す
氷の底にキラキラ揺らめく
過ぎ去ったぼくの人生と
いまはいない両親や
兄たちに乾杯しながら・・

大きすぎる窓を
気まぐれな驟雨が
行きすぎるばかりだけど
それでも まだまだ
人生は捨てたもんじゃない

休日には海へ行こう
世界一貧しい日本人には
広い 広い海と
青すぎる風と 
翳りゆく水平線しかないけど



伊勢の海に着いてーデジカメ写真撮ろとしたらすぐに電池切れ・・

2008年08月16日 | 日記
僕のお気に入りの三重県一広い海岸では、子供たちがたくさん歩いていた。流木を拾いながら・・焚き火でもやるんだろうか?

無事写っていたら、リンク集トップのブログと、「デジカメ写真集」にアップすることに。

志摩でサンマ寿司を食べすぎて胸ヤケがしんどい。サンマだけが時々胸焼けするなー

いくら食べても飽きないのが、あけぼのの「いわしのトマト煮」100円。レモン汁とオリーブオイルをたっぷりかけて食べると頬っぺたが落っこちそう。