第61回・2020年3月28日掲載
監禁日誌3 私たちの怒りを封じ込めることはできない
*壁のスローガン「あなたがたには私たちの怒りを封じ込めることはできない」
イタリア、スペインに次いでフランスも死者がうなぎ上りに増えてきた。マクロンは病院への予算投入と医療スタッフの報酬引き上げをようやく口にしたが、具体的には何も決定されない。人の命より経済を優先する姿勢を変えないどころか、緊急事態を利用して労働法壊しを進め、努力を押しつける相手は庶民・中産層のみで大企業と株主には何も要求しないマクロン政権は、他の国々(ドイツなど)よりずっとひどいことが後から明らかになると思う。
●3月23日(月)
*閉鎖中の工事現場
「監禁」(ロックダウン)7日目。最初のクラスターの一つ、オワーズ県コンピエーニュ病院の緊急医が21日土曜に亡くなった。週末に東部(アルザス、ローレーヌ、モーゼル)では4人の医師(町の一般医や婦人科医)が亡くなった。マスクや手袋などの物資不足のせいで命が奪われるなんて、なんとも受け入れ難いことだ。必要な医療物資について最初は十分在庫があると嘘をつき、不足・欠乏を訴える現場の悲鳴について問いただされると、手配した、もうすぐ供給される、問題ないと言い続ける政府の人たち。政治家や指導者で自分の非を認めることができる人は稀で、この政権の人たちには全く期待できないが、それにしてももう少し謙虚な言い方はできないものかと思ってしまう。
ドイツのメルケル首相の演説(3月18日)の邦訳が話題になっているが、次の彼女の言葉、マクロンががなりたてる「戦争」とはなんという違いだろうか。「私たちがどれだけ脆弱であるか、どれだけ他の人の思いやりのある行動に依存しているか、それを疫病は私たちに教えます。」ベルリンの友人に電話して話したのだが、やはりメルケルさんは男性「支配者」たちの権力欲や思考回路とはちょっと異なる政治家なのではないか、東ドイツで苦労した経験から学んでいるのでは、と。彼女が体現するドイツ保守の経済政策(EUと同じ)には全く反対だが、難民に対する対応でメルケルは優れていた(これも言うこととは真逆に難民を救わなかったマクロンと対照的)。コロナ危機でドイツが経済政策を本気で変えるかどうか、注目しよう(フランスは全く期待できない)。
今日、別の友人が「監獄が心配」と言っていたが、イタリアでも刑務所で反乱が起きたように、フランスの刑務所は超満員(140%の占拠率でひどい衛生環境)のため、何日も前からNGO、人権擁護担当官や司法関係者が「なるべく多くの囚人を一時的に解放せよ」と呼びかけてきた。面会が禁止になったため、囚人のストレスはさらに高まっている。そこで史上最悪の法務大臣ベルベもようやく、刑期満了の近い一部の囚人の解放を認めた。
面会禁止といえば、ロックダウンより前にすでに、老人ホームや介護つき老人ホーム(EHPAD)への面会は禁止になっていた。そして案の定、EHPADでの死者が増え始めた。介護士や訪問介護ヘルパーにもマスクその他の防護用品は不足している。
毎日20時、医療や看護スタッフに感謝し、励ますために、拍手や音を鳴らすなどのアピールが一斉に行われる。今晩も然り。でも、それだけでは不十分だ、公衆衛生の危機をもたらした政府の責任を告発すべきだと、窓にプラカードや垂れ幕を提示する人々もいる。「経済ではなく命を救え」「病院に予算を、キャッシャーに連帯」「LREM(共和国前進党)は殺す」等々。
「あなたがたには私たちの怒りを封じ込めることはできない」。 死亡860人、入院者数8670(重態 約2000人)
●3月24日(火)
*パリの青空が澄んできた
8日目、第2週に突入。素晴らしい青空。いつもなら晴天が続くとすぐに大気汚染がひどくなるが、経済活動と車の往来が減少したおかげで、空気が澄んでいる。地元パリ13区の近所に住む友人が、ロックダウン前と後の写真を送ってくれた。夜は街の明かりにもかかわらず、星座がわりとよく見える。
そう、ロックダウンの最初から多くの人が指摘していたが、コロナウイルス危機は地球が人類に突きつけた「待て!」「やめろ!」という警告だ。飽くことのない利潤追求、もっともっとと回転し続ける生産と消費の不毛な(悪)循環。この機会に別の生き方、社会のあり方を考えよう・・・例えばフランソワ・リュファンのフェイスブック・ライヴ「第1年」は、ロックダウン下の様々な不条理と不平等の証言を集めて摘発すると共に、監禁が解けた後にすぐ行動できるよう、みんなで考えていこう(本も一冊書いてしまうらしい)という試みだ。
今晩の第5回目は、セーヌ=サン=ドニ県のスーパーの従業員に続き(マスクはまだ不十分、トップは朝の4時から働かせようとしている)、22日(日)に紹介した医療用酸素ボンベの工場の(元)労働組合員が証言した。1月20日から工場を占拠したのは、イギリスの経営陣が酸素ボンベ製造機械をブルドーザーで破壊しようとしたからだという。(工場移転でさえなく、製造機械=生産手段の破壊だ!)組合員によれば、工場で作っていたのは「高級」な製品なのでそれはイギリスの工場で独占し、わざと「稀な製品」にして、より質の低い製品をもっと高く売ろうとしたのだろうと言う。いずれにしろ、医療必需品をフランスや大陸ヨーロッパで生産しないなど理不尽だから、早く国営化すればよいのに、まだ返事はない。
PCRテストはいっこうに広がらない(知人の一人が高熱で救急車で病院に運ばれ、やっとテストしてもらえた。コロナ感染しているが呼吸困難でないので自宅に戻された)が、スペイン国境に近いアリエージュ県の医療企業が45分で結果が出る新テストを開発し、許可待ちだというニュースがあった。ところが発注したのはアメリカ国務省で、フランスでは使わないそうだ・・・わざわざ「公衆衛生緊急事態」を作ったのだから「徴用」すればいいのに、この政権は企業に対して「株をあまり多く配当しないように」と勧めるだけで、徴用も国営化も進めない。
そして嫌らしいのが、大企業の「思いやり宣伝」だ。LVMHやブイーグ(ゼネコン)、パリバ銀行やPSA(自動車製造)が大量のマスクを寄付するという。ノートルダム火災の時と同じで、安上がりのチャリティー(きっと減税の措置があるのだろう)によるイメージアップ戦略だ。ATTACは早速、「タックスヘイヴンへの脱税が摘発されているこれらの大企業は、ちゃんと税金を払うのが先決。これら大企業の脱税のせいで国の財政赤字が回復されず、医療を含む公共サービスが低減した」と指摘した。
今晩はさらに死亡が激増し1100(+240)、入院者10170人のうち重態2516。しかし、ここに医療つき老人ホーム(EHPAD)で亡くなった高齢者は含まれていないから、今後はその統計も加算する予定だそうだ。 https://www.worldometers.info/coronavirus/?base=647&campaignId=1093269&segmentId=1103097&shootId=1138394
「科学者顧問会」はロックダウンは少なくとも6週間、4月末まで延ばさないと効果が現れないだろうという意見を発表(彼らの意見を公開することだけは、国会での要求で認められた)した。ネットを使った遠隔学習はすごく大変のようで、ネットアクセスの時間制限が設けられたり、混乱が続いている。おまけに内容が多すぎる(通常の授業でもフランスの教育プログラムはそうだが)ので、よほど時間と能力のある親がそばについていないと、さらに格差が開くだろう。そもそもネットを使えない環境の家族もいるのだから。
カメルーン出身のミュージシャン、マニュ・ディバンゴがコロナウイルス感染で亡くなった。86歳。
●3月25日(水)
*お一人さまベンチ
9日目。外出時の証書が今日から新しい書式になった。家の周りの「身体運動」が自宅から半径1キロ、1時間以内に制限されたので、書式に時間を書き加えることになったのだ。店などの室内より屋外では感染しにくいのだから、距離を保って注意するように(マスクつけるとか)分かりやすく指示すればいいのに、「私たちを統治するバカ者たち」は「お前たちは認識が足りなくて無責任だ、罰してやる」と脅かす強権的な態度しか取れない。
そもそも、マスクが足りないのを隠すために「普通の人はマスクをしても意味ないからするな」と指示し続けていることの方が大問題だ。香港にいるジャーナリスト(ル・モンド紙、ラジオフランス局の特派員の女性)は22日月曜、ベルギーの新聞ラ・リーブル(フランス語)にパリ公共病院長マルタン・イルシュに宛てた公開書簡を送った(翌日フランスのブログでも紹介https://blogs.mediapart.fr/gabas/blog/230320/lettre-de-hong-kong-martin-hirsch)。彼女は香港でコロナウイルスの感染が抑えられたのは、Sras感染の経験から市民が一斉にマスクを使用したからだと指摘し(香港の死者は4人のみ)、ロックダウンより全員のマスク使用こそ感染を抑える第一の措置だと訴える。
香港に限らず中国、韓国、台湾など東アジアでは、PCR検査の徹底と衛生措置(マスクや手洗い、うがいなど)によって感染の抑制がうまくいっていることは前にも書いた。日本とフランスで医学、とりわけ疫病や熱帯病の分野をフランスのクロード・ベルナール病院(現在のビシャ病院)で学んだR医師によると、公衆衛生(santé publique)の優れた伝統を持つのはイギリス(植民地医療)で、フランスにも彼が学んだ1980年代はまだ公衆衛生を優れた医師たちが教えていたが、今のこの国の医療・医学界はその分野が全くダメになったと言う。
一方、日本を含むアジアでは西欧から学んだ公衆衛生が根づき、中国や韓国は今では先端をいっているようだが、欧米の医学界にはアジア蔑視があるのではないか、とも。現に、ディディエ・ラウー教授(マルセイユ感染学大学病院)が奨励するヒドロキシクロロキン(抗生物質と両方使う)の処方についても、国の機関は中国の研究例を認めず「EUの臨床研究結果を待つ」ことになった。さらに「重症患者にしか使うな」と健康大臣は指示したが、ラウー教授によると重症になってからはもう効果がなく(ウイルスはもういない)意味がないとのことだ。
この件に関しては、教授と前健康大臣のアニエス・ビュザンの配偶者(免疫学専門の医師)の間に確執があったとか、医学とは関係ない要素があるようだが、現段階で調べる時間がないのでこれ以上は書かない。いずれにせよ、医療・医学界は公共から民間に比重が移り、製薬大企業に牛耳られるようになって、命を救うとか公衆の健康という医学の目的からどんどん逸れたものになっているのではないだろうか。
マクロンは今日ようやく、病院に「大規模な投資」と医療スタッフの「報酬引き上げ」を約束したが、いつものことで具体的な数字も内容もない。医療スタッフを「英雄」と讃えた最初の演説(3月12日)から2週間!もたって、まだ具体化できない(する気がない)のだ。そこで、SNSで出回っている医療スタッフによる写真を紹介する。「マクロンに投票して夜の8時に私たちに拍手するあんたにはこれ(ふざけんなよ)」
フィリップ首相とビュザン前健康大臣に対して、医師や医療スタッフ(医師600人以上になった)が共和国法廷に先週木曜に訴えたことに賛同するネット署名は、今晩までに21万近く集まっている。同じような訴訟がすでに5件(現健康大臣が加わったものもある)。さらに、緊急医の団体も訴訟する予定だ。また、医師組合と看護師組合は、大量に検査を行い、ヒドロキシクロロキンを処方できるよう、国務院コンセイユ・デタに訴えた。
死者1331人(病院のみ)(+231)、入院11539人(うち重態2827人)
(公園のベンチの写真について:ホームレスが休めないように、パリ市は「お一人さまベンチ」をどんどん設置し始めた。このベンチを見たとき誰もが、恋人や友人と一緒に座れないベンチを「いったいどこのバカ(私たちを統治するバカ者たちだ)が考えたのか?」とショックを受けたが、今思えば、人と人が接触できない現在の状況が先見的にデザインされていたのだ。)
●3月26日(木)
*医療スタッフのデモ
10日目。予測どおり、週末から死亡者数、入院者数、重態の数が毎日うなぎ上りだ。死者は20日金曜の夜450人から、今日26日(木)夜は1696人(病院のみ)。医療スタッフも次々とコロナウイルスにやられている。フィリップ内閣は昨日、「公衆衛生緊急事態」法によって、勤労者を今年末まで週に60時間(これまで最高48時間)、日曜祝日も働かせることができる政令を発表。マクロンの約束は言葉だけで、緊急事態用の特別予算に病院への融資も医療スタッフの給料引き上げも含まれていなかった。あまりにひどいやり方なので、昨年11月の医療スタッフによるデモのときの写真を紹介する。
そして、看護助手から国会議員になったキャロリーヌ・フィアット(屈服しないフランス/写真)が、病院や医療つき老人ホームEHPADの危機(予算削減、商業主義、医療フタッフのひどい労働条件と自殺の増加など)について国会で訴えたビデオも。看護助手で初めて国会議員になり、まさに現場の声を議会に届けたわけだが、まったく無視された(多くの議員や大臣には庶民階層に対する軽蔑さえある)。 https://www.youtube.com/watch?time_continue=1&v=QE-fLMuBHSo&feature=emb_logo
階層といえば、3月13日(マクロン演説の翌日、ロックダウンどころか店・レストランの閉鎖前)から20日(ロックダウンは17日正午から)の8日間に、パリと近郊から約120万人、 住民の17%が自宅を離れて地方(のセカンドハウスなど)に去ったという。電話・通信大企業オランジュが携帯電話のジオロケーションで割り出したものだ。(個人情報は流さずにそれを内務省に提供したそうだが、そんなことが許されるのか?)しかし、裕福な人たちは本当にいなくなったんだ。地方に感染をばらまいたかどうか、少なくとも4月末までロックダウンは続きそうだから、今後の地域ごとの感染増加を見ることにしよう。
PCR検査や人工呼吸器、マスクその他必要な物資を大急ぎで生産すればいいのに、勤労者を働かせる特別政令は出しても、前に述べた酸素ボンベ製造のLuxferはまだ国営化されないし、「コロナ対策計画」(徴用、生産計画等々)が発表されない。検査は来週には1日に2万5千〜3万に増やす(ドイツはすでに週に50万)、マクスも相変わらず「発注した」と告知ばかり。イギリスやドイツでは自動車製造企業が早速人工呼吸器製造に取りかかったというが、フランスのPSA(シトロエン、プジョー)やルノーからそんな提案はない。
「屈服しないフランス」は医療部門に直ちに100億ユーロ投入、マスクの普及・配給、市民には電気・水・ガス・電話・ネットの無償化、「臨時失業」状態の勤労者に100%の保障など、11 の緊急対策を提案している。
飛幡祐規(たかはたゆうき)