《月刊救援から》
☆ 取調拒否権を求める闘い(一)
前田 朗(東京造形大学)
☆ 本物の改革宣言
六月一一日、救援連絡センター以外にも、黙秘権の真義を理解した弁護士集団が日本に初めて登場した。「取調べ拒否権を実現する会」(代表高野隆、副代表高山巌及び趙誠峰)である。
この国では黙秘権の意味がまったく理解されなかった。
取調受忍義務という荒唐無稽な「義務」が公認され、多数の刑事法学者も弁護士もこれを「受忍」してきた。身柄拘束された被疑者は捜査機関による取調べを受忍せよと命じ、黙秘権を全否定してきた。
このため取調室でひたすら黙りこくる「完全黙秘」戦術を黙秘権と勘違いしてきた。権利とは何かをおよそ理解していない。
取調べ拒否権を実現する会(以下実現する会)は「わたしたちはこの国の『恥部』とも言うべき前近代的な取調べ制度を少しでも人間的で文化的なものに変えたいと思います」と宣言する。
日本国憲法が保障する黙秘権を実質的に保障することが重要である。
被疑者が「黙秘します」と宣言しても、警察官や検察官は取調べをやめない。「黙秘するといつまでも家族に会えないぞ」などと言って、来る日も来る日も口を開くことを「説得」し続ける。あからさまな供述強要である。
被疑者はプレッシャーに耐えきれず、自白させられる。
警察や検察の誘導に騙された虚偽自白が山のように積み重ねられる。
必然として冤罪が生まれる。
実現する会は「わたしたちは、この仕組みを改善するためには、憲法の保障を実質化すること、すなわち、すべての個人に供述するかどうかの選択の自由を保障することが必要だと考えます」と言う。
日本国憲法制定七八年目にしてようやく弁護士が黙秘権の意味に気づいた。
「われわれは取調拒否権を確立することでこの国の犯罪捜査は文明国にふさわしい人間的なものに生まれ変わることができると信じています」。
憲法三八条一項は「何人も自己に不利益な供述を強要されない」と定める。「黙秘権」と呼ばれてきた。しかし黙秘権は「沈黙する権利」ではない。
黙秘権は、自分に対する刑事司法手続きにおいて「政府からの尋問を拒否する権利」である。沈黙する権利さえ保障されていれば、尋問にさらされることを強制しても良いということではない。
自己の刑事訴追について捜査機関の尋問を受けることを強要することは黙秘権侵害であって、日本国憲法に違反する。
実現する会は、これまでないがしろにされてきた黙秘権の基本を打ち出す。
救援連絡センターはこれまで取調拒否権の議論を重ねてきた。取調拒否権とは何か。その歴史的根拠、理論的根拠、実践的意義を明らかにしてきた。取調拒否の実践を積み重ねてきた。
議論の一端を収録したのが、前田朗『黙秘権と取調拒否権』(ゴニ書房)である。さらに議論を深め、実践を広げる必要がある。
センター以外にも実現する会が出来たことを歓迎したい。
☆ 人質司法を終わらせる
実現する会によると、尋問を受ける義務を科された状態で沈黙を保つことは非常に困難である。沈黙すれば、何かやましいことがあると推測される。強制的な尋問を受ける状況それ自体が黙秘権を侵害している。
したがって黙秘権は尋問を拒絶する権利を意味すると再確認する。
取調べを拒否して黙秘権を行使する被疑者は逮捕勾留され、保釈も認められない「人質司法」が続いてきた。取調受忍義務の下、連日長時間の取調べが強行され、それに耐えられない被疑者に虚偽自白を迫り、冤罪を生み出す装置となった。
「取調受忍義務こそ、この国の刑事司法の宿痾とも言うべき人質司法と冤罪の根本的原因なのである。」
アメリカ連邦最高裁のミランダ判決(一九六六年)は、取調拒否権こそが黙秘権保障(合衆国憲法第五修正)の要請であるとした。
「取調の前あるいは取調べ中のどの段階であれ、個人が黙秘したい旨をいかなる方法でも示したならば、取調べは中止されなければならない。この時彼は第五修正の特権を行使する意思を表明したことになるのである。特権を援用した後に得られた供述は、程度の差はどうあれ強制の産物以外の何物でもない。質問自体を中止させる権利がないならば、身柄拘束下の取調べという状況は、特権発動後も供述をさせるように個人の自由意志の上に作用するだろう」。
刑事法学者はいち早くミランダ判決を紹介した。弁護士もミランダ判決を熟知しているはずだった。しかし違った。
刑事法学者も弁護士もミランダ判決の名前しか知らず、何も理解しなかった。実質は反ミランダ判決の実践に勤しんできた。黙秘権は雲散霧消した。
実現する会は黙秘権と取調拒否権を実現し、自白強要と人質司法を終わらせ、冤罪を防止するために立ち上がった。
「在宅事件であれ身柄事件であれ、取調べを拒否することを中心とする弁護活動を積極的に展開し、その実務をスタンダードな弁護実務として定着させる」。
実現する会は刑事訴訟法改正も視野に入れる。黙秘の意思を示した被疑者に対して捜査官が取調べを継続することを許さない取調拒否権を保障する法律を三年以内に制定すると目標を掲げる。
被疑者の取調拒否権が実現されることで刑事司法が公正なものとして国際社会から信頼されることをメディアを通じて広報するという。
『月刊救援 663号』(2024年7月10日)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます