《子どもと教科書全国ネット21ニュースから》
◆ 教科書攻撃の新しい局面
…古くて、新しい攻撃
◆ 山川中学歴史記述に関する攻撃
国の内外で、日本軍「慰安婦」問題についての、歴史修正主義の動きが活発化している。
2019年に韓国で出版された『反日種族主義』は、日本でもベストセラーとなった。また、昨年の12月にはラムザイヤー教授の論文『太平洋戦争における性契約』が、国際的な学術誌『国際法経済学レビュー』の電子版に掲載された。
これらは、慰安婦が性奴隷でなかったなどと言い古されたもので、何ら目新しいものではなかった。ただ、元ソウル大学教授やハーバード大学教授の肩書きなどで波紋が広がった。
時を同じくして、昨年12月18日に、「新しい歴史教科書をつくる会」(以下、「つくる会」)などは、
山川出版『中学歴史 日本と世界』の記述(「戦地に設けられた『慰安施設』には、朝鮮・中国・フィリピンなどから女性が集められた(いわゆる従軍慰安婦)」に対して、再三にわたり文科大臣に教科書検定規則14条4項に則り、発行者に対し、「訂正申請勧告」を出すよう申し入れをおこなった。
「この『従軍慰安婦』という言葉は当時存在せず、歴史用語として不適切」、「この用語は、強制連行というイメージと深く結びついて使われるようになった」などを理由としていた。
文科省は、「記述の訂正を発行者に勧告することは考えておりません」と拒否回答をしていた(以上「つくる会」HP)。
◆ 攻撃のあらたな局面
政治的圧力で、教科書記述を変えさせようとするのは、今に始まったことではない。1990年代後半は、請願など通じて地方議会決議で、文部大臣による教科書会社に対する「訂正申請の勧告」を求めていた。
この運動を呼びかけた藤岡信勝氏らにより、「つくる会」が1997年1月に発足する。
(1)あたらしい「武器」での攻撃
1)改悪検定基準(2014年)の登場
3月22日の参議院文教科学委員会の有村治子氏(自民党)と萩生田文科大臣とのやりとりで、「政府の統一的な見解が存在する場合には、それに基づいた記述がされていること」との検定基準による教科書記述の変更案が浮上した。
そして、「つくる会」への3回目の文科省回答(4月6日)は、「訂正勧告拒否」に加えて、「国会での答弁でも申し上げた通り、今後、仮に学説状況の変化やあらたな政府見解が出されるといったことがあった場合には、そうした状況を踏まえ、適切に対応していくと考えておりますが、現在の見解はこれまで説明した通りです」がついた(「つくる会HP」)。
2)日本維新の会の参入と答弁書
新たな政府見解を引き出す役割を担ったのは、日本維新の会であった。同会の幹事長馬場信幸衆議院議員は、「従軍慰安婦」や「強制連行」「強制労働」に関する質問主意書を4月16日に出した。
閣議決定された内閣の答弁書(4月27日)は、以下のような内容であった。
①「従軍慰安婦」の用語は、当時使われていなかった。また、いわゆる吉田清治証言を大新聞が報道したことにより、従軍慰安婦という言葉を用いることは、「軍により『強制連行』された」という「誤解」を招く恐れがある。今後は、慰安婦とする。
②朝鮮半島から日本への戦時労働を「強制的に連行された」などとするのは、「募集」、「官斡旋」など様々な経緯があり、不適切で、これからは「徴用」の用語がふさわしい。
(2)答弁書の問題点
①ある事項についての歴史用語を政府見解として決定し、他の用語で教科書に記述することを禁止することは、言論、学問・研究の自由を保障している憲法のもとでは、あり得ないことである。「従軍慰安婦」という用語については、別の意味で、研究により適切ではないと、日本軍「慰安婦」などを使うこともある。
しかしこの用語は、政府の見解を示す国会答弁等で長年にわたって繰り返し使用され、テレビや新聞等のマスコミをつうじて広く日本社会に浸透しており、教科書で使用することも、ありうることである。
②当時使われていなかった用語を問題視するのは、的外れもいいところである。最近見直しが進む「鎖国」や幕藩体制の「藩」も江戸時代は使われていない。逆に「大東亜戦争」は太平洋戦争あるいは、アジア太平洋戦争と表記されてきている。歴史用語は、研究の進展などで変わるものである。
③河野談話(1993年8月)では、慰安婦の募集について、軍の要請や官憲の関与を認め、「慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった」と、人権蹂躙を認めている。河野談話は、吉田清治証言に基づいていないことも、菅首相(当時官房長官)も「ええ、そこは認めています」(2014年10月21日参議院内閣委員会)と答弁している。
強制を否定した2007年安倍内閣答弁書の根拠とされた“公文書なし”も、オランダ人慰安婦の強制連行(スマラン事件)資料が国立古文書館に存在していた。
④答弁書は、「朝鮮半島出身の労働者の移入」は「強制連行」または「連行」ではなく「徴用」を用いることが「適切」とした。しかし、最高裁の在外被爆者問題での判決では、「国民徴用令に越つく徴用令書の交付を受け徴用され」、「朝鮮半島から広島市に強制連行され」との記述がある。
また、朝鮮では、戦争末期の1944年(昭和19年)9月から、国民徴用令による動員が本格的に発動された。しかし、それ以前の1939年に日本「朝鮮人労務者募集要項」を決定し、朝鮮総督府の行政機関をも協力した募集や官斡旋が行われている。地域への割り当てなどそれ自体にも強制的な事例が含まれている。
◆ 攻撃の狙いと今後の課題
(1)菅内閣のねらい
萩生田文科大臣は、当初「つくる会」などの要求を「拒否」していた。それが答弁書で、菅内閣として初めて、1993年の河野談話を引き継ぐとしながら、用語使用の否定を通じて、河野談話を空洞化しょうとしている。
この点でも安倍内閣を引き継ぎ、「つくる会」はともかく、「日本会議」などを取り込み、支持基盤を広げようとしている。改憲に力をいれているのと同じ狙いである。
(2)教科書記述訂正への圧力
その後の衆議院予算委員会で、日本維新の会議員の質問に、萩生田文科大臣は「答弁書を踏まえ、発行会社が訂正を検討する。基準に則した記述になるよう適切に対応したい」と答弁し議員は、教科書検定規則の文科大臣による「記述の訂正」勧告を要求した。
文科省は、「従軍慰安婦」などの用語の使用は、同規則の14条1項の「学習する上に支障」にあたると答弁し、暗に「発行者」の「訂正」申請を促し、場合によっては記述の「訂正の申請」を勧告することも否定しなかった。
その後、各社の重役にオンラインで同様の説明をする圧力をかけた。
「つくる会」は、文科大臣による中学歴史書について山川出版社に出すことはもとより、採択が進行中の高校「歴史総合」の各教科書に対しても、訂正勧告を出すことを求め、答弁書で使うこととした「慰安婦」の用語まで難癖をつけ、さらに河野談話撤回を叫んでいる。
(3)反撃の動き
1)教科書ネットの取り組み
この間事務局長談話につづき、「『軍慰安婦』問題などでの歴史事実を否定する企てと教科書への政治介入に抗議する」常任運営委員会声明(HP参照)を出し、広く各方面に事態を伝え、共同声明などの取り組みをはじめている。
また、菅内閣や萩生田文科大臣への「(抗議)声明」と、それを同封し、教科書編集者、著者に、不当な圧力に屈しないよう励ましの手紙をだした。
2)衆議院の文部科学委員会(5月26日)
畑野君枝委員(共産党)は、河野談話が認定している内容について詳細に説明し、政府委員に「河野談話は、全体として継承する」と答えさせ、吉田清治証言の可否で、河野談話の否定にはならないことを確認した。
また、検定基準が触れている最高裁の判例に「いわゆる軍隊慰安婦関係」「軍隊慰安婦関係」という用語が使われているのを承知しているのか、と詰め寄った。
しかし、萩生田文科大臣まで「存じ上げません」で、そのいい加減さが浮き彫りになり、畑野委員は、教科書検定基準の撤回と答弁書で言われている「単に『慰安婦』という用語を用いることが適切である」とした点について撤回を求めた(傍聴メモ)。
今後も各方面に働きかけ、不当な教科書への介入を阻止するための取り組みをすすめます。
『子どもと教科書全国ネット21ニュース 138号』(2021.6)
◆ 教科書攻撃の新しい局面
…古くて、新しい攻撃
鈴木敏夫(すずきとしお 子どもと教科書全国ネット21事務局長)
◆ 山川中学歴史記述に関する攻撃
国の内外で、日本軍「慰安婦」問題についての、歴史修正主義の動きが活発化している。
2019年に韓国で出版された『反日種族主義』は、日本でもベストセラーとなった。また、昨年の12月にはラムザイヤー教授の論文『太平洋戦争における性契約』が、国際的な学術誌『国際法経済学レビュー』の電子版に掲載された。
これらは、慰安婦が性奴隷でなかったなどと言い古されたもので、何ら目新しいものではなかった。ただ、元ソウル大学教授やハーバード大学教授の肩書きなどで波紋が広がった。
時を同じくして、昨年12月18日に、「新しい歴史教科書をつくる会」(以下、「つくる会」)などは、
山川出版『中学歴史 日本と世界』の記述(「戦地に設けられた『慰安施設』には、朝鮮・中国・フィリピンなどから女性が集められた(いわゆる従軍慰安婦)」に対して、再三にわたり文科大臣に教科書検定規則14条4項に則り、発行者に対し、「訂正申請勧告」を出すよう申し入れをおこなった。
「この『従軍慰安婦』という言葉は当時存在せず、歴史用語として不適切」、「この用語は、強制連行というイメージと深く結びついて使われるようになった」などを理由としていた。
文科省は、「記述の訂正を発行者に勧告することは考えておりません」と拒否回答をしていた(以上「つくる会」HP)。
◆ 攻撃のあらたな局面
政治的圧力で、教科書記述を変えさせようとするのは、今に始まったことではない。1990年代後半は、請願など通じて地方議会決議で、文部大臣による教科書会社に対する「訂正申請の勧告」を求めていた。
この運動を呼びかけた藤岡信勝氏らにより、「つくる会」が1997年1月に発足する。
(1)あたらしい「武器」での攻撃
1)改悪検定基準(2014年)の登場
3月22日の参議院文教科学委員会の有村治子氏(自民党)と萩生田文科大臣とのやりとりで、「政府の統一的な見解が存在する場合には、それに基づいた記述がされていること」との検定基準による教科書記述の変更案が浮上した。
そして、「つくる会」への3回目の文科省回答(4月6日)は、「訂正勧告拒否」に加えて、「国会での答弁でも申し上げた通り、今後、仮に学説状況の変化やあらたな政府見解が出されるといったことがあった場合には、そうした状況を踏まえ、適切に対応していくと考えておりますが、現在の見解はこれまで説明した通りです」がついた(「つくる会HP」)。
2)日本維新の会の参入と答弁書
新たな政府見解を引き出す役割を担ったのは、日本維新の会であった。同会の幹事長馬場信幸衆議院議員は、「従軍慰安婦」や「強制連行」「強制労働」に関する質問主意書を4月16日に出した。
閣議決定された内閣の答弁書(4月27日)は、以下のような内容であった。
①「従軍慰安婦」の用語は、当時使われていなかった。また、いわゆる吉田清治証言を大新聞が報道したことにより、従軍慰安婦という言葉を用いることは、「軍により『強制連行』された」という「誤解」を招く恐れがある。今後は、慰安婦とする。
②朝鮮半島から日本への戦時労働を「強制的に連行された」などとするのは、「募集」、「官斡旋」など様々な経緯があり、不適切で、これからは「徴用」の用語がふさわしい。
(2)答弁書の問題点
①ある事項についての歴史用語を政府見解として決定し、他の用語で教科書に記述することを禁止することは、言論、学問・研究の自由を保障している憲法のもとでは、あり得ないことである。「従軍慰安婦」という用語については、別の意味で、研究により適切ではないと、日本軍「慰安婦」などを使うこともある。
しかしこの用語は、政府の見解を示す国会答弁等で長年にわたって繰り返し使用され、テレビや新聞等のマスコミをつうじて広く日本社会に浸透しており、教科書で使用することも、ありうることである。
②当時使われていなかった用語を問題視するのは、的外れもいいところである。最近見直しが進む「鎖国」や幕藩体制の「藩」も江戸時代は使われていない。逆に「大東亜戦争」は太平洋戦争あるいは、アジア太平洋戦争と表記されてきている。歴史用語は、研究の進展などで変わるものである。
③河野談話(1993年8月)では、慰安婦の募集について、軍の要請や官憲の関与を認め、「慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった」と、人権蹂躙を認めている。河野談話は、吉田清治証言に基づいていないことも、菅首相(当時官房長官)も「ええ、そこは認めています」(2014年10月21日参議院内閣委員会)と答弁している。
強制を否定した2007年安倍内閣答弁書の根拠とされた“公文書なし”も、オランダ人慰安婦の強制連行(スマラン事件)資料が国立古文書館に存在していた。
④答弁書は、「朝鮮半島出身の労働者の移入」は「強制連行」または「連行」ではなく「徴用」を用いることが「適切」とした。しかし、最高裁の在外被爆者問題での判決では、「国民徴用令に越つく徴用令書の交付を受け徴用され」、「朝鮮半島から広島市に強制連行され」との記述がある。
また、朝鮮では、戦争末期の1944年(昭和19年)9月から、国民徴用令による動員が本格的に発動された。しかし、それ以前の1939年に日本「朝鮮人労務者募集要項」を決定し、朝鮮総督府の行政機関をも協力した募集や官斡旋が行われている。地域への割り当てなどそれ自体にも強制的な事例が含まれている。
◆ 攻撃の狙いと今後の課題
(1)菅内閣のねらい
萩生田文科大臣は、当初「つくる会」などの要求を「拒否」していた。それが答弁書で、菅内閣として初めて、1993年の河野談話を引き継ぐとしながら、用語使用の否定を通じて、河野談話を空洞化しょうとしている。
この点でも安倍内閣を引き継ぎ、「つくる会」はともかく、「日本会議」などを取り込み、支持基盤を広げようとしている。改憲に力をいれているのと同じ狙いである。
(2)教科書記述訂正への圧力
その後の衆議院予算委員会で、日本維新の会議員の質問に、萩生田文科大臣は「答弁書を踏まえ、発行会社が訂正を検討する。基準に則した記述になるよう適切に対応したい」と答弁し議員は、教科書検定規則の文科大臣による「記述の訂正」勧告を要求した。
文科省は、「従軍慰安婦」などの用語の使用は、同規則の14条1項の「学習する上に支障」にあたると答弁し、暗に「発行者」の「訂正」申請を促し、場合によっては記述の「訂正の申請」を勧告することも否定しなかった。
その後、各社の重役にオンラインで同様の説明をする圧力をかけた。
「つくる会」は、文科大臣による中学歴史書について山川出版社に出すことはもとより、採択が進行中の高校「歴史総合」の各教科書に対しても、訂正勧告を出すことを求め、答弁書で使うこととした「慰安婦」の用語まで難癖をつけ、さらに河野談話撤回を叫んでいる。
(3)反撃の動き
1)教科書ネットの取り組み
この間事務局長談話につづき、「『軍慰安婦』問題などでの歴史事実を否定する企てと教科書への政治介入に抗議する」常任運営委員会声明(HP参照)を出し、広く各方面に事態を伝え、共同声明などの取り組みをはじめている。
また、菅内閣や萩生田文科大臣への「(抗議)声明」と、それを同封し、教科書編集者、著者に、不当な圧力に屈しないよう励ましの手紙をだした。
2)衆議院の文部科学委員会(5月26日)
畑野君枝委員(共産党)は、河野談話が認定している内容について詳細に説明し、政府委員に「河野談話は、全体として継承する」と答えさせ、吉田清治証言の可否で、河野談話の否定にはならないことを確認した。
また、検定基準が触れている最高裁の判例に「いわゆる軍隊慰安婦関係」「軍隊慰安婦関係」という用語が使われているのを承知しているのか、と詰め寄った。
しかし、萩生田文科大臣まで「存じ上げません」で、そのいい加減さが浮き彫りになり、畑野委員は、教科書検定基準の撤回と答弁書で言われている「単に『慰安婦』という用語を用いることが適切である」とした点について撤回を求めた(傍聴メモ)。
今後も各方面に働きかけ、不当な教科書への介入を阻止するための取り組みをすすめます。
『子どもと教科書全国ネット21ニュース 138号』(2021.6)
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