パワー・トゥ・ザ・ピープル!!アーカイブ

東京都の元「藤田先生を応援する会」有志によるブログ(2004年11月~2022年6月)のアーカイブ+αです。

☆ 最高裁には2つの顔がある

2024年05月01日 | 平和憲法

  =週刊新社会・沈思実行(190・191)=
 ☆ 最高裁の暗黒(上)

鎌田 慧

 「まだ最高裁があるんだ」と、格子の向こうから叫ぶ。今井正監督の「真昼の暗黒」(1956年)のラストシーンは強烈だった。
  1951年、山口県麻郷村八海(現田布施町)で夫婦二人を殺害して金を奪った強盗殺人事件、「八海事件」の映画化だった。
  主犯とされた阿藤周平が高裁の死刑判決を受けて叫んだ。
 4人の「共犯者」は広島高裁で無期懲役にされた。が、映画の主人公・阿藤周平だけが死刑判決だった。それでも、阿藤は「最高裁がある!」と絶望しない。最高裁が希望だった。
 実際、17年かかったが、共犯者をでっち上げた真犯人を除いた、阿藤ほか3人は最高裁で無罪判決、冤罪が晴れた

 袴田事件の袴田巌さんは、1966年に逮捕され、57年が経ってようやく再審がはじまった。今年の秋には無罪判決がだされる見通しだ。

 狭山事件の石川一雄さん61年が経っても、いまだ再審開始になっていない。これは不正義というしかない。

 冤罪がなかなか最高裁で認められないのは「疑わしきは罰せず」の原則が徹底されていないことが大きい。
 しかし、原発訴訟の場合は「国策民営」と言われる国の原発政策と東京電力など巨大な電力会社と政府の関係、さらには、最高裁判事と巨大法律事務所の癒着という関係があって、国の責任追及、「法の支配」が困難だ。

 福島原発大事故に対する国の責任を追及する賠償訴訟で、2023年6月17日、最高裁は、全面的に否定した。これまで地裁や高裁で認められてきた国の賠償を認めなかった(三浦守裁判官だけが反対意見で、3対1)。

 最高裁には2つの顔がある。国民の権利(人権)を擁護する立場から、被害者救済において比較的柔軟な姿勢を示し、しかし、他方で憲法9条や安全保障など、国の政策にかかわる事件では、統治機構の一員としてそれらを擁護する(吉村良一「六・一七最高裁判決の問題点」『ノーモア原発公害』所収)。
 そればかりではない。「国に責任はない」と断じた裁判官が、判決後、東京電力の代理人が所属する、巨大事務所の顧問になったのだ。


 ☆ 最高裁の暗黒(下)

 4月上旬、仙台高裁の判事が罷免されたのは、ことの当否は別にしても、たかがSNS投稿が不適切とされたからだが、そのくらい公正な人物が要求されている。
 福島原発爆発事故にたいし、2022年6月17日に「国の責任はない」と判示した最高裁判決は、それまで高裁や地裁で国の責任を認める判決が出されていたのを一挙に転換、ときの政権と一体化、原発ゴーを示した反歴史的な決定だった。
 人間の命と企業の利益とどちらが大事なのか、それを日本の最高裁が判示したと言える。

 「少なくとも人間の生命、身体に危険のあることを知りうる汚染物質の排出については、企業は経済性を度外視して、世界最高の技術、知識を動員して防止措置を講ずべきであり、そのような措置を怠れば過失は免れないと解すべき」とは、50年前、津地裁四日市支部の「四日市ぜんそく訴訟」にたいする判断だ。

 これについて、関西電力大飯原発や高浜原発の運転差し止め判決を出した、樋口英明元裁判長「最高裁は五〇年間すこしも進歩していないだけでなく、退廃の匂いさえ感じられる」と批判している(『ノーモア原発公害』)。
 裁判官は右顧左眄(うこさべん)せず、ギリシャ神話の女神テミスの像に表されているように、剣の力と秤の公平さを示す。目隠ししているのは情実を排しているからだ。
 樋口元裁判長は、最高裁判所は「法の支配」の最終的な担い手、という。ところが、22年6月の最高裁決定は、最初から「結論ありき」の姿勢だった。

 菅野博之裁判長は、「国に責任はない」と判示したーカ月後に退官、その翌月、5大法律事務所である「長島・大野・常松法律事務所」の顧問弁護士に就任した。いわば天下りだが、その事務所は東京電力が損害賠償請求された、株主代表訴訟の代理人を抱えた事務所である。
 同じく最高裁判事としてこの判決に加わった岡村和美裁判官は、おなじ事務所の出身であり、もう1人の草野耕一裁判官も、東電と関係が深い巨大法律事務所の代表経営者だった。ちこれで公正な裁判になるのか。

『週刊新社会』(2024年4月17日・24日)

 


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