京都 洛北の時計師 修理日記

時計修理工房「ヌーベル・パスティーシュ」京都の洛北に展開する時計修理物語。
夜久野高原で営業再開しました。

時計師の京都時間「京の生まれ育ち時間」

2019-06-04 09:27:31 | 時計修理

6月4日火曜日。赤口。地獄の鬼が赤い口を開けて待っている日。
デイバッグに5キロほどの荷物を詰めてとぼとぼと賀茂川べりを北上。
川べりの草はきれいに刈られて草の香りを楽しみながら歩くと荷物の重さも忘れた。

私は京都人ではなくて「よそさん」と呼ばれる外来種。
本籍地は京都になっているが三世代続かないと京都人の認定はされません。
嫁さんが純正京都人なので頭が上がらない。

「生まれ育ちの時間」はいつからいつまで?
長崎・小浜温泉で生まれて高島炭鉱で育った。その後、時計業界に入った。
そこから人生狂いだした。国内の時計業界は右利き専用社会なのだ。
狙撃スナイパーが右利きのだけ世界と同じでサウスポーは存在できない。
ただし、ヨーロッパではブレゲなどサウスポーが時計の時代を変えて来たので利き手の差別はない。

 いろいろな出向先で石を持て追い出された。最後は時計会社がその後倒産した。その責任を取るように工房を立ち上げる。
所詮人生、理不尽なのだ。
「福一」原発事故にしても事前に反対していた住民が一番逃げ遅れたことに似ている。
その当事者は蜘蛛の子を散らすように逃げるのもお約束だ。

おかげで今朝も「重い荷物をもって坂道を歩く」徳川家康の人生訓のようなもの。
時計業界でいうと重い荷物を担いで歩くメーカーはロレックスか?
この会社の創業地はイギリス。1905年生まれ。スイスではないのだ。

当時イギリスは高級時計の世界最高峰の地位をアメリカへ渡すころ。スイスは今の中国のような存在で量販品の製造部門でした。
ドーバー海峡を泳いだ渡ったり、イギリス人登山家をサポートしたり「チュードル」といったイギリス由来のネーミングモデルのある。
「チェリーニ」はフィレンチェの名工家の名前を借りてイタリアンテイストのモデルを作ってヨーロッパで売り出した。
ただし非防水モデルなのでよく水入り修理が多いことでも有名。
生まれがオイスターケースの防水性で売り出したものだから勘違ユーザーが多いのだ。
会社の利益はほとんど寄付に充てる。ウインブルトン・テニス、ゴルフ、カーレースなどのサポート以外に福祉団体への寄付。
また有給で日本人の修理技術者を育てているありがたいメーカーなのだ。

話は戻って私の出身地長崎人の特徴がよく出ているのが吉田修一著「横道世之介」でしょう。
田舎者なのだがなんとなく正義感が出て家族に迷惑をかけてしまう。

横道家の時計師バージョン。
「花咲じじい」の家族は花が咲くまで結果、ポチは死んでしまうし全員不幸になった。
おじいさんの後日談、毎年花が咲いてだれも以前の苦しかったことは忘れたい。
よそさん・おじいさんの存在がうっとうしくなったお殿様。
結局、少ない退職金をもらってを追いだされた。

その3年後やはり花は枯れてしまう。「あのジジイが花を枯れさせた!」と騒がれてしまう。
そこで仕方なく洛北・北山に花の修理屋を始めたのでした。
めでたし~めでたし。今年で無事に開業11周年になってしまいました。
 以前のお店で購入した時計を持ってきてくれるお客さんが多い。

今日も6時30分まで営業。明日水曜日は定休日ですが10~5時まで営業します。ブログはお休みしますね~。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする