豆本三昧我褸芥(がるぁくた)ノート & 美人画あれこれ

日本の名作文芸と東西の名画の自作豆本の内容紹介のほか、その資料として集めている東西の美人画をいろいろ紹介しています。 

宮田雅之の豆本 Ⅰ

2010年05月31日 | 豆本


 「万葉恋歌」以来、宮田雅之の切り絵が大好きになって、何作か作ったものの一つである。この人の豆本作りは特に楽しいが、なかでもこの二作「わらべの四季」「わらべの詩」はひとつ一つの画がほのぼのとしていて、ついつい手を休めて見とれてしまったものである。
 豆本ながら、老眼の人でもそのまま絵本として楽しめると思っている。
 二冊入りのケースに入れたセットに仕立てたものだが、もちろんそれはケースだけのことであるから、それぞれ独立した作品である。
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樋口一葉の豆本

2010年05月27日 | 豆本


 樋口一葉の作品では、「たけくらべ」「にごりえ」「十三夜」「大つごもり」「分かれ道」の五大作品のほか、日記の一部、随筆、和歌などを豆本にしており、いずれも一葉記念館に置かれている。
 「たけくらべ」は豆本にするには少ししんどいが、「十三夜」あたりはてごろで、それもあって各サイズを作っている。写真下側の中央から左へかけての5サイズが「十三夜」、左2サイズが「たけくらべ」、右3サイズは「大つごもり」である。
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「野菊の墓」の豆本

2010年05月26日 | 豆本


 豆本の装丁用に使う友禅和紙を深く考えもせずに、赤色系と青色系の対照的なものを買ってきたところ、家人に「青の方は弔事用の包装紙のようだ」と言われた。一般には高価な友禅和紙を包装紙にはしないと思うけれど、確かに菊の花のようなものを青系統の色にするのもおかしい。一度そう思ってしまうとなんとなく使いづらく放っておいたものを、「野菊の墓」の装丁に使ったものがこれである。どんなものであろうか。
 大きな友禅和紙は、豆本36冊分に使える。というわけで拙作「野菊の墓」は目下こればかりである。
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泉鏡花の豆本

2010年05月25日 | 豆本


 今の日本の若い人で泉鏡花だとか二葉亭四迷なんかを読んだことがあるという人はどれほどいるだろうか。
 10年ほど前に中国に旅行した時、ガイド・通訳についた人は北京大学を出たという人で、日本には来たことがないというのに本当にきれいな日本語を話す。その彼の研究は二葉亭四迷だというのだから、これまた驚きである。

 それはともかく、鏡花の代表作「高野聖」と「歌行燈」の豆本である。いずれも豆本にするにはしんどい作品で、拙作の豆本では厚い本の大関・関脇クラスである。(因みに横綱は「銀河鉄道の夜」)。それでも大きい方のA8版(74×52ミリ)だとその厚さがあまり感じられないのだが、小さい方のB10版(45×32ミリ)にすると、ずんぐりとした辞書のような感じになってしまう。もちろん縮刷して大きさは小さくしても紙の厚さはすべて同じだから同じ作り方ならば本の厚さはみな同じになるのは当然の話である。
 見ただけでうんざりしそうな厚さで、誰でも読む気を失う感じである。
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太宰治の豆本

2010年05月24日 | 豆本


 太宰治の「走れメロス」は、初め中島敦の「山月記」とセットにして作っていた。それが左の四冊である。
 右の三冊は「富嶽百景」のサイズ違い。
 中の一冊は、中島敦と分離するために作った「走れメロス・猿が島・瘤取り」三作品を纏めたもの。「瘤取り」は「お伽草紙」として改めて豆本にしたいと思いつつ、目下頓挫状態。
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「万葉恋歌」という豆本

2010年05月22日 | 豆本


 かつて「女性公論」に連載された宮田雅之の切り絵、大岡信の解説をまとめたものである。万葉の恋の歌を三十余首選んで切り絵と解説が付いているものを、歌と絵が1ページずつ、解説に2ベージの4ページにしたものだから、全部で10丁という、豆本としてはかなり重厚な作品である。とくに左下のB8版のものは、実物だと豆本の持つ可愛らしい感じは最早なくなってしまっているといえるくらいである。
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郵便切手の富嶽三十六景の豆本

2010年05月21日 | 豆本
   
 
 ディズニーの切手豆本と同様、切手になった北斎「富嶽三十六景」を集めた豆本で、これも実物を貼り付けた豆本アルバムではなくて、編集・印刷した豆本である。

 日本で発行されたものもあるが、これまた途上国の外貨稼ぎの切手がたくさんあるのには驚きである。
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「日本古典文学十選」という豆本

2010年05月20日 | 豆本
 

 日本の古典文学中十作品から、散文の著名な章段を選び抄出したものである。
 「竹取物語」「伊勢物語」「土佐日記」「枕草子」「源氏物語」「更級日記」「平家物語」「方丈記」「徒然草」「奥の細道」で、これ一冊あれば高等学校の古文の授業はたいてい間に合うという代物。
 一番小さいものは握った手のひらに隠れてしまうから、サイズとしてはマジシャンよろしくパームしてカンニングするにはもってこいなのだが、なにしろ文字が小さすぎて実際はカンニングには使えない。
 これまた、日本では一番小さい古典文学の本と思っているのだけれど・・・
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自分で作る豆本

2010年05月19日 | 豆本
 アクセス解析はいろいろのことを教えてくれてなかなか面白い。

 ところで私のサイト「豆本を作る」も訪問してくれる人がいるのだが、首を傾げたくなるような人も結構いる。
 たとえば訪問時刻をみると夜中の2時過ぎなどは珍しい方ではないが、平日の明け方の4時などというのはどういう人なのか私には見当がつかない。
 またヤフーやグーグルで、「豆本の作り方」などと検索してアクセスしてきた人が、肝心の製作のページは見もしないで数秒で行ってしまうなどというのは、どういうことが知りたくてわざわざ検索しているのかさっぱり分からない。しかもこういう人がかなりいるのだ。

 暇人間を標榜している私自身が言えることではないかもしれないけれど、よほど暇な人なのかとも思うが、それだけでは説明がつかない現象である。
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森鴎外(森鷗外)の豆本

2010年05月17日 | 豆本


 漱石豆本を作ったからには、当然鷗外豆本である。
後側二冊と手前の赤表紙は「舞姫」の各サイズ、手前左二冊は「高瀬舟・最後の一句」、右は「山椒大夫」。
 鷗外の豆本を作るとなるとやはり「高瀬舟」あたりが最適で、これもリーブルから市販されているものがある。高瀬舟一作では少しばかり物足りないので、私のは最後の一句とあわせたものである。
 舞姫はフォント一段落としてちょうど一冊に収まるようにした。
 山椒大夫は豆本にするには、少し重たい。
 鷗外作品では、他に「寒山拾得」あたりが豆本として手頃だろうか。

 ところでこのブログのタイトルでは「鷗」外と正しく表記されないで、カッコ内のような記号になってしまう。
というわけでやむを得ず「鴎」外と表記している次第である。
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夏目漱石の豆本

2010年05月16日 | 豆本


 漱石の「夢十夜」(後三冊)と「こころ」(前の二冊)の豆本である。
 漱石の作品を豆本にするには「夢十夜」あたりが最適で、すでに製本工房リーブルから市販されているが、これはその海賊版ではなく、私の編集した別の作品である。
 ところが「こころ」を豆本にするとなると、当然何冊かの分冊にしなければ収まりきれない。この豆本「こころ」は一冊であるが、正確に言うなら「こころ・先生の遺書抄」ということになる。しかしながら一応省略部分の梗概も載せてあるので、一通りの内容は理解できるはずなのである。
 実はこれ、高等学校の現代文教科書中の「こころ」部分を豆本としたものなのである。教科書ではメインの部分は原文のままで抄録してあっても流れがわからなければ無意味なので、省略部分もちゃんと解説的に記載されている。
 かくして一冊の「こころ」豆本が作れたという次第である。
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錦絵の百人一首の豆本

2010年05月14日 | 豆本
  

 上は豊国・広重・国芳の合作「小倉擬(もどき)百人一首」、下は二代目豊国の「百人一首絵抄」という作品だが、これらも「源氏絵」と同じように、百人一首の歌の内容そのものを絵画で描いたものではなく、それから連想される事柄などを描いている。
 例えば小倉擬では、「足ぴきの山鳥」の歌として、加賀千代女(国芳)が描かれている。「ながながし夜を独りかも寝む」から「起きてみつ寝てみつ蚊帳の広さかな」というわけだろう。それもいきなり蚊帳ではなく、蚊やりの煙で蚊帳を暗示するという連想の面白さを楽しんだのだと思う。
 絵抄の方になると、背景に源氏香のマークをあしらい、そこからさらに須磨→行平→松風・鈴虫となってもっと絵を中心とした自由なものになっているようである。
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竹久夢二の豆本

2010年05月13日 | 豆本
  

 夢二の豆本はすでに販売されているものがあるが、これはそれの海賊版ではなく、永谷園の名画カードとそれに何枚かをプラスして、自分で編集したものである。

 夢二の画の、あの憂いを含んだような独特の美人絵には、なぜか惹かれてしまうものがある。

 
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源氏絵の豆本

2010年05月11日 | 豆本
 

  浮世絵・錦絵で「源氏絵」と言う場合には、以下の三通りがあるようである。
 
 1 本来の紫式部の「源氏物語」を描いたもの。
 2 柳亭種彦・歌川国貞の「偐紫田舎源氏」を描いたもの。
 3 「源氏物語」の巻名から連想される出来事や物語を描いたもの。

 特に多いのは、2の「田舎源氏」を華麗に描いたものであるから平安の風俗とは異なって足利から徳川期の混合したような風俗であり、また3あたりになると巻名からの連想と言ってもその奇抜さなどに意味があるようで、「源氏物語」とは直接関係なく現代の我々ではその結びつきが理解できないものも多い。
 下は「若紫」を123の順に並べたものである。

       
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著作権のからむ豆本

2010年05月10日 | 豆本


 川端康成「伊豆の踊子」、宮田雅之の作品集、藤城清治作品集の豆本である。この方々の作品の出版ともなれば当然著作権が問題になる。
 ところで私たちが個人的に作る豆本のような場合は著作権はどうなるのだろうか。もちろん販売営利を目的とせず、趣味で僅少部数を作る場合の話である。
 「伊豆の踊子」の豆本を川端康成の記念館に寄贈したい旨を問い合わせたところ、この著作権云々ということで辞退された。
 著作権に関する相談窓口に問い合わせてみると、販売や公共機関などで公開するのは支障があるが、個人的に知り合いに差し上げる程度なら私的使用のコピーということで差し支えないとのことであった。
 
 予想されるような内容だが、実は「著作権」とか「版権」などかなり素人には曖昧不明瞭で分かりにくい。例えば、「踊子」を講習会などで見本に見てもらう程度なら問題ないらしいが、記念館などで単に飾り物として置いておくだけでもだめらしい。一方A社が編集して作った芥川の作品集などには版権はないからB出版社がそっくり真似してもいいようで、したがって私の作った豆本には私的使用の範囲内の話としてなおさら版権などないそうである。

 まあ私自身の豆本に関しては、著作権などとは無縁のようだ。
 
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