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あっという間の10年でした。

2024-08-04 | 変形性股関節症
10年前の今頃は・・

手術は無事終わったものの、際限ない腰の痛みで朝までほとんど眠れなかったなあ

10年前の今日、大阪、枚方市の関西医大枚方病院で股関節の置換手術を受けました。

午後1時から5時間の手術は無事終わり、見事に美しく新しい人工骨が
私の両脚に入りました。

ここに至るまでのいきさつは、カテゴリ<変形股関節症>に順次書いてありますので
関心のある方はお訪ねください。

入院中も関西方面の友人たちのおかげで、自宅から遠く離れている感は全くなく
猛暑の中、横浜から、福井から、わざわざ見舞ってくれた友人にも感謝

直接これなくても毎日のようにメールで励ましてくれた多くの友人たちにも

あの時ほど、わが身の幸運を感じたことはありません。

本当に多くの皆さんからの激励と手助けがあって、自分でも信じられないくらい
こんな私を思ってくださる方がいるんだと、この気持ちは10年経って
ますます大きな喜びとなっています。

退院後もいったいいつまで続くのかと思えるほど、快気祝いの席を作ってくださったし

もしも股関節が悪くなかったら、これは一生知らないまま過ぎていったのかと
病気をもって生まれたことが本当は幸せだったのかと感じるほどなのです。

今日無事10年を迎えたこと、みなさんのフォローがなかったら
今はなかっただろうと、全員には無理でしたけど、みなさんにお礼のメールをしました。

もっともっと重篤な病気と闘っている方からしたら、ほんとに大したことではないのです。

傷んだところを切り取って、新しいものに取り換えるだけなのですから、
取り換えることができるのですから・・

スポクラにはあの方も、この方も?というくらい、膝、股関節に人工骨が入っている方
何人もいらっしゃいます。

私も含めて、皆さん言わなければわからないほどお元気です。

確かに簡単なことではないけど、医学の進歩はすごい

私がやった10年前よりずっと進化しているのでは?

入院期間もどんどん短くなっているようだし(両脚同時だったので1か月でした)

今も手術迷われている方、多いかと思います。

やるやらないはご自分が決めることなので、無理にお薦めはできませんが
知っている限り、皆さん、やってよかったと、
自由に動けることで人生を楽しんでいることは確かです。

最後に、関西医大の飯田教授のことです。

先生は病院を退職後、現在は関西医科大学リハビリテーション学部の学部長に就かれています。

テレビ番組で、「あなたの神様を教えてください」というのがありますが
自分なら誰だろうと考えたとき、真っ先に浮かんだのが飯田寛和教授でした。

先生がいらっしゃらなかったら今はなかった、そのくらい信頼していたのです。

21年前、初めて診察を受けたとき一目ぼれしてしまった(外見ではない)先生
東京や横浜に同じような手術(棚形成・・骨盤の骨を切り取って、足りない股関節の屋根を作る)
をしてくれる医師を聞く、という夫
「この先生にやってもらいたい」と初対面で思わせてくれたのが飯田教授だったのです。

現在通っている整形外科の医師から「知ってますとも、雲の上の存在ですけど」と
言われたこと、私の目も気持ちも間違ってはいなかったのだと改めて思ったものです。

飯田先生との出会いがすべてです。

当時は未知の土地、大阪とのかかわりもそれからでした。

コロナ以来、検診はこちらの病院でやっていますが、
そろそろ本気で大阪行きを考えています。

飯田先生にはもうお目にかかれないけど、
これからも私にとって、唯一無二の神であることは変わらないでしょう。

関わってくださった皆様に改めてお礼を申し上げます。


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