横浜田舎物語

サザン、サッカー、ロードバイク
エイジレスばあばのパワフルな日々
をお届けします

大阪最終日は

2015-08-22 | 京都、大阪、関西方面
大阪3日目最終日

ホテルの朝食をしっかり食べてしまったのであまりお腹は空いてなかったけど
最終日のお昼は神戸からわざわざ出てきてくれるNさんと新大阪で待ち合わせ

Nさんも入院中、毎週お見舞いに来てくれたひとり、彼女は12年前も何度も来てくれた
何度お礼を言っても足りないほどありがたい友人なのです。

そういえばせっかくの大阪なのにお好み焼きもたこ焼きも食べてなかったわと
新大阪駅の地下にあるちょっと変わったお好み焼き屋さんへ

開店トップのお客でした。

トマトが入ったり、アボガドが入ったり、変わったメニューがありましたが
結局普通のを・・
写真、スマホでしか撮らなかったのでありませんが、なかなかおいしかったです。

12時前だったせいか店内は空席が・・あまり人気ないのかなあと思ってたら
そのうち満席に、しかも会計済ませて外に出ると、何人いたのかしら?
長蛇の列となっていました。

乗車時刻までかなり余裕があったのでお茶したのですが

Nさんはもともと我が家の近くに住んでいました。
若いころ一時、同じところでパートしていたことがあり、彼女の長男と、うちの次女が同学年と言うこともあり
親しくしてもらっていました。

阪神大震災の年、神戸に引っ越して越したばかりのマンションで被災しました。
新築のマンションで場所がよかったらしく、大きな被害はなかったそうですが
それ以来現在の住まいまで3度の引っ越しで落ち着いたようです。

ご主人の両親と同居し、お義父さんを見送り、今は認知がかなり進んだ義母様のお世話をしています。

同居と言えばプードルのドルちゃん、正式にはドルチェちゃんを飼っていました。

私も依然お邪魔した時会ったことがありますが人懐っこくてかわいい子でした。

その子が去年亡くなってしまいました。15.6歳だったと思いますが
年齢はもう十分だからと言いながらも寂しいですよね。

亡くなった日、彼女が一晩中抱っこしていたそうです。
最期の時の話は涙なしには聞けませんでした

彼女はやるだけのことはやったからと、後悔はないと・・
でもいまだに納骨ができないそうです。
やはりまだ引きずっているのでしょう 当たり前です。

つい、みいやんさんのペンちゃんを思い出してしまいました。

「ドルちゃん、最期までおかあさんのお膝でよかったね。幸せだったね」

認知症のお義母さんはよく似たぬいぐるみをドルちゃんと間違えてるみたいだと言ってました。

生き物を飼うということは必ずその日が来るということ
みなさんわかっているんですよね。
それでも現実は辛い  「ペットロスにならないよう頑張ってるのよ」と言ってましたが、Nさん無理しないで
泣きたいときは泣いて、いい思い出になるよう祈ってます。

お名残惜しかったけど、お義母さんがデイサービスから帰ってくるまでには戻らなければと
現実に戻って、「来年またね、体に気を付けて」「あなたもね」お別れしました

この後ひかりで静岡に向かいました
静岡でのことは省略しますが、横浜に戻ってどっと疲れが・・2,3日は夫が夏休みと言うこともあり
どこにも出かけないで休養しておりました。

その反動か、今週は毎日毎日予定が入って忙しい1週間でした。

しかし、スマホを持ってからカメラでの写真が少ない・・
いつもならぜったい100枚以上は写してくるのに、今回は数えるほどでした。

来年は、先生にお願いしました「真夏の大阪には来たくない」と
なんてわがままな患者なんでしょう、天下の飯田教授にこんな勝手を言うのは私くらいなものでしょう
だってほんとに暑いんだもの

ってことで、4月の第2週、桜花爛漫、ついて行きたいという友人が何人もいます。
大阪の皆さんにも会いたいし、スケジュール調整がますます難しい
まったく何しに行くんだか・・・
これも順調だからこそのわがままです。お許しください 


コメント (8)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする