On The Bluffー横浜山手居留地ものがたり

山手外国人居留地(ブラフ)に生きた人々の「ある一日」の物語を毎月一話お届けします。

■「お妃様風ポタージュ」に「外交官のプディング」はいかが?―グランドホテルの独立記念日メニュー

2021-11-25 | ある日、ブラフで

「御妃様風ポタージュ」に「外交官のプディング」―グランドホテルの独立記念日メニュー

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毎年7月4日の独立記念日は米国人居留民にとって、横浜における自らの存在感を存分にアピールできる誇らしい日である。

1892(明治25)年のこの日は朝から天候に恵まれた。

居留地のそこここに各国の旗が飾られるなか、星条旗がひときわ大きくはためき、その下を人々が祝いの言葉を交わしながら楽しげに行き交う姿が見られる。

眼下に広がる港には米国艦の姿こそないものの、停泊する外国船のなかには満艦飾をもって礼を尽くすものもあった。

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この華やかな海岸の様子を一望するグランドホテルのベランダもまた着飾った大勢の紳士淑女で街路に劣らず大いににぎわっていた。

一段高くしつらえられたボックスでは楽団が心躍る陽気な曲を演奏している。

 

 

このホテルは旧・新館合わせて100室を超える客室と300人収容可能なダイニングルーム、読書室、社交室、ビリヤード室、バー、テニス場という充実した設備を誇る、横浜を代表する豪華な宿泊施設であり社交の舞台である。

支配人のルイス・エピンゲル氏はドイツ生まれで、米国に渡り長年暮らしたのち1890年に来日してこのホテルの支配人となった。

氏が就任して以来、グランドホテルの評判は上々、本日の独立記念日祝賀の宴もここで催されるのである。

大勢のゲストを迎える会場はテープや花綱で提灯が飾り付けられ、独立記念日ディナーのためには特製メニューカードが用意されていた。

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カードの表紙の中央には米国を象徴する白頭鷲が星条旗を背景に勇壮に翼を広げ、それを挟んで上には日米両国の国旗が、下の部分には2年ほど前に増設されたホテル新館の瀟洒な外観図があしらわれている。

 

 

扉を開くとまたも国旗が左に日本、右に米国と先ほどとは逆に掲げられており、メニューの周りには、山海の珍味や葡萄酒の樽などがぐるりと描かれている。

小さな翼をもつ二人のキューピッドの姿もある。

一人はワインセラーのものかと思われる鍵束を右手に握り、左の腕には酒瓶を入れた籠を携えており、もう一人は巨大なあばら肉の乗った皿を両腕で頭上高く持ち上げている。

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さてそのメニューの内容はおおよそ次の通り。

スープ
1. ポタージュ・ア・ラ・レーヌ(お妃様風ポタージュスープ)

魚料理
2. 舌平目のジェノワーズ風

付け合わせ
3. オリーブ 4. ピクルス 5. ワサビ
6. レタス 7. ソルト ピクルス 8. 薄切りトマト
9. ビーツ 10. ラディッシュ 11. 薄切りキュウリ

アントレ(主菜)
12. 七面鳥冷製 ゼリー添え
13. トゥールズ風プティ Caise(意味不明。綴りの間違いか?)
14. 子牛の腰肉 詰め物をしたトマト添え
15. マトンチョップ タマネギ風味
16. 小エビのカレーライス

野菜
17. ゆでたジャガイモ 18. マッシュポテト
19. トウモロコシ 20. ナスの揚げ物

ロースト(あぶり焼き)
21. 牛肉
22. ガチョウの英国風ドレッシングとリンゴソース添え
23. ハム シャンパーニュソース

デザート
24. 外交官のプディング 25. チョコレート エクレア
26. 果物 27. ビスケット
28. アメリカンチーズ
29. グリュエールチーズ
30. ゴルゴンゾーラチーズ
31. クリームチーズ
32. ナッツの盛り合わせ
33. スティルトンチーズ
34. リンゴとプラム
35. 干しブドウ
36. 紅茶 37. コーヒー

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全てのアイテムに番号が振られているのは、ゲストが料理名ではなく番号で注文するための便宜である。

メニューのうち「お妃様風ポタージュ」というのは、鳥の胸肉とアーモンドのペーストを用いたもので、料理の名前は英国王ヘンリー4世の妻マルグリット・デ・ヴァロワに由来するといわれている。

「外交官のプディング」はヴィクトリア女王時代の英国で人気があったお菓子。

スポンジケーキ、砕いたビスケット、ドライチェリーとレーズンを入れた型にカスタードクリームを注いで蒸し、温かいうちに切り分けて供するデザートである。

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この日、銀行は休業し、グランドホテルのほかジャーマンクラブや野外でもパーティーが催された。

港のフランス波止場では慈善会病院のためのチャリティーとしてアイスクリームが売り出されて大人気を博した。

午後にわか雨がぱらついたが、それが止むと海岸や沖合で数百本の花火が夜空に華々しく打ち上げられた。

港を見下ろすブラフ(山手町)では、米国海軍病院が花や緑で見事に装飾され、色とりどりの提灯の灯りで照らされた建物が夜目にもとりわけ美しかったという。

 

図版:
・メニューカード 扉・中面(筆者蔵)
・ホテル外観 手彩色写真(筆者蔵)
・ホテルベランダ 写真(筆者蔵)
*写真は1892年7月4日に撮影されたものではありません。

参考資料:
・澤護『横浜外国人居留地ホテル史』2001年、白桃書房
The Japan Weekly Mail, July 9, 1892
・『横浜毎日新聞』明治25年7月5日


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