On The Bluffー横浜山手居留地ものがたり

山手外国人居留地(ブラフ)に生きた人々の「ある一日」の物語を毎月一話お届けします。

■出征兵士の家族に救いの手を―モリソン夫人によるチャリティ・イベント

2020-07-29 | ある日、ブラフで

神奈川県知事
神奈川県救済委員会委員長 周布公平様

拝啓 前線で戦う日本国陸海軍兵の妻子救済のため横浜の外国人婦人たちが催したインターナショナル・フェットの成果として、ここに5,373.41円の小切手をお渡しできることは私にとって大きな喜びです。

私たちはこの寄付金が神奈川県救済協会の手を通して、この地域の困窮する家族のもとに届けられることを願っております。

この方針に則って最も必要とされるところに援助と慰めの手を差し伸べていただきたく、救済委員会の長として監督の手腕を発揮されるよう私からお願い申し上げます。

敬具

1904年5月3日 横浜

シシィ・モリソン

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この手紙は、横浜でモリソン商会を営む英国人実業家ジェームズ・ペンダー・モリソン氏の妻、シシィから日露戦争当時の神奈川県知事、周布公平宛に送られ、その後、英字新聞に掲載されたものである。

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1904(明治37)年2月、日本軍による旅順港攻撃を機に日露戦争の火ぶたが切られた。

当時英国は日本と同盟関係にあり、横浜の外国人コミュニティの主役は英国人であった。

モリソン氏はその重鎮であり、妻のシシィは素晴らしい美声の持ち主で、度々素人芝居の主役も務めるなど社交界の女主人ともいえる存在。

彼女はその絶大な影響力を生かして、一家の働き手を戦争に取られて困窮する横浜の人々のためにチャリティ・イベントを企画したのである。

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イベントは4月22日(金)、23日(土)に山手のパブリックホールで開催された。

「インターナショナル・フェット」と名づけられたこの催しは、現代のインターナショナル・スクールのバザーと同様に、会場には模擬店が並び、舞台ではパフォーマンスが繰り広げられた。

ただ、地元紙が「横浜屈指のお楽しみだったとして長く記憶にとどまることだろう」と評したほど、その規模は学校のバザーどころではなく、横浜の国際的コミュニティの才能結集、人気者総出演の豪華絢爛を極めた一大イベントだったようだ。

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まずは模擬店をみてみよう。

英国ブースでは美しく着飾った「店員」たちが花を販売した。

なかでもモリソン夫人は、初日は以前に主演を務めたオペラ「サン・トイ」の主人公・中国人少女サン・トイの衣装で、2日目は英国風のガウンをまとって注目を集めた。

米国ブースではコーヒー・紅茶、国際ブースではキャンディーを販売。

ほかにドイツ、トルコ、スコットランド、デンマークのブースがあり、地元で人気の写真館「タマムラ」も出店していた。

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会場にはビアガーデンも設けられており、ジャパン・ブルワリーの人気ブランド「キリンビール」を楽しむことができる。

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そのほか、ラッフル(くじ)、帽子くじ、アスコット競馬ゲーム、言葉探しゲーム、占い、釣り堀などのブースが並んでいた。

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この催しのために発行された「ヨコハマ・アメリカン」紙を売り歩く少女の姿があるかと思えば、英国勢も「ブリティッシュ・ミティア」紙を用意し、日本人の号外売りのような法被をまとった少年たちが盛んに購入を呼び掛ける。

「ブリティッシュ・ミティア」紙にはJ. P. モリソン氏が寄稿した60年代初期のスポーツに関する回想などが掲載されていた。

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ひときわ目立つ宮殿のような造りの国際郵便コーナーでは、自慢の装いに身を包んだ婦人たちが、行き交う紳士淑女に向けて「ひとこと書いて送りましょう」とか、「愛しい人に手紙をお出しなさいな」などとしきりに声をかけていた。

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舞台の方に目をやると、1日目は、音楽といろいろな芝居の名場面が交互に披露されたようだ。(カッコ内は出演者)

 

第一部

1. スーザ作 ‟エル・カピタン”(ビージュ・オーケストラ)

2. 『ベン・ハー』より「癒し」の場(ソーン夫人、ベーカー嬢ほか約30名)

3. オルガン演奏者はカール・ ヴィンセント氏)

4. バルフ作‟フェン・アザー・リップス”ほか (クーパー氏)

5. 『カルメン』より「不吉な占い」の場(ブラウン夫人ほか約10名)

6. スコットランド民謡 ‟カラー・ヘリン”、‟故郷の空”(アーウィン夫人)

7. 『クレオパトラ』より「クレオパトラの最期」の場(トーマス嬢ほか6名)

8. ダンス『フレンチ・ガボット―ルイ14世とベルサイユの宮廷人たち』(カリヨン夫人ほか8名)

9. アイルランド民謡 ‟ファザー・オフリン”(ブラディ氏)

10.『花園』(ベーカー嬢、ビショップ氏ほか約10名)

11. アルスタイン作 ‟ナバホ”(ビージュ・オーケストラ)

 

第二部

1. べーリック氏作 ‟ビージュ・ワルツ” (ビージュ・オーケストラ)

2. ドイツ民謡(カイザー嬢ほか約10名)

3. ‟ウェールズ軍歌”(トーマス嬢)

4. プランテーション・メロディーとケーキ・ウォーク(訳注:20世紀初頭に流行した黒人のダンス)‟ハニー、あなたの家の裏庭にいてください”ほか(ヴァージニア嬢ほか3名)

5. アレン作 ‟ミリアード・ダンサー” (ビージュ・オーケストラ)

 

いずれも大好評だったパフォーマンスの後はダンスの時間となった。

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2日目は主に子供たちのための催しで、日本人の巡礼や庭師、車夫などに扮したお坊ちゃんたちやポンパドール夫人風の華やかな衣装に身を包んだお嬢ちゃんたちが会場を賑わした。

舞台のほうでも『クレオパトラ』『花園』『フレンチ・ガボット』の再演に加え、次のような子供向けの出し物が披露された。

 

1. 体操教室(指導役のリーチ嬢のほか子供約10名)

2. ダンス ‟ラ・カチューカ”(今回が初舞台となるシャープ嬢7歳)

3. シュヴァリエ作 ‟Tink-a-tink”(ブラディ氏)

4. 『白雪姫と7人の小人』(出演者不明)

5. 扇の演技(ウォルター嬢ほか7名)

 

初日には行われなかったようだが、『ポート・アーサー・イリュージョン(旅順港幻想)』という趣向もあった。

これは「イラストレイテッド・ロンドン・ニュース」の特派員で、旅順港砲撃を前線で取材した著名な従軍記者ヴィリアーズ氏が監修したもので、極めてリアルなつくりで大人気を博したという。

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2日目の終わりに賞品の残り物などの競売が行われた。

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その売り上げを含めた模擬店、くじ、プログラムの販売で得た金額の合計が3,454.57円、チケットの売り上げが1,378.75円、ほかに個人からの寄付860円などを足すと2日間の収入は5,693.32円。

これに対し支出は、会場使用料・照明等電気代、パフォーマンス等にかかった費用と雑費を含めて319.91円。

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出費がこの金額で収まったのは、個人や企業からの次のような協力があったからである。

ラッフルの賞品については広く寄贈を呼び掛け、十分な数が集まった。

会場装飾はマンレー夫人が、イベントで販売した新聞の製作はソーン氏とベラミー氏がボランティアで担当した。

会場使用料と照明の費用はパブリックホールとエレクトリック・ライト社の好意によりかなり抑えることができたし、告知や広告についても各新聞社が料金を受け取ることなく掲載に応じた。

チケット、プログラム等すべての印刷物はシャープ氏率いるケリー&ウォルシュ商会が無料で提供。

各ホテルは手数料なしでチケット販売を引き受け、当日はアイスクリームを無償で届けた。

ジャパン・ブルワリーはビールを、種苗等を扱うベーマー商会とガーデナーズ・アソシエーションは会場を飾る花をただで提供した。

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結果として手元に残った5,373.41円が、モリソン夫人の手から周布知事へと渡されたのである。

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冒頭に引用した手紙を伝える新聞には、周布知事からモリソン夫人への返信も掲載されている。

 

拝啓 モリソン夫人、

昨日、額面5,373.41円の小切手を受けとったことをここにお知らせできることを光栄に存じます。

これは前線に赴いた日本国陸海軍兵の困窮する家族のために、あなたが主催し、横浜のご婦人方によって催されたインターナショナル・フェットという良き行いによって得られたものです。

 

ここにあなたと、あなたに協力された心あるご婦人方及び全外国人コミュニティに対し、皆様のお気持ちを具体的な形で表してくださったことへの、心からの感謝の意を表します。

我が同胞全員が同じく感謝の意を抱いていることは疑うべくもありません。

 

最も必要としている家族に優先的に援助の手を差し伸べることを希望して、この金額を神奈川県救済員会に寄付してくださった貴委員会のご意向が適正に実行されるよう、私自ら監督することを保証します。

最後に改めてあなたの偉大なるお心遣いにお礼を申し上げます。

  敬具

 

神奈川県救済委員会委員長  
神奈川県知事    周布公平

図版:手彩色絵葉書(筆者蔵)

参考文献
The Japan Weekly mail, April 23, 1904
The Japan Weekly mail, May 7, 1904
・『横濱貿易新報』明治37年2月18日

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