時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

森の中の狩

2005年09月17日 | 絵のある部屋

Paolo Uccello (Florence 1397-1475) The Hunt in the Forest

Tempera and oil on panel (composed of two poplar planks) 73.3:177 cms (A79), Probably painted around 1470, Ashmolean Museum, Oxford

モダーンな印象 
  おびただしい数の狩人と犬が、森の中で獲物を追っている。獲物は鹿か猪か。おそらく鹿だろう。この光景を見る人の視線は、自然に森の奥、獲物の逃げている方向へと導かれる。きわめて巧みに計算された構図である。
  しかも、狩人や犬、馬、木々などはアニメ化されたように見事に様式化されて描かれている。狩人たちの赤い衣服、白い犬が月光に照らし出された森に映える。全体の印象はきわめてモダーンである。中世をテーマとした現代絵画といわれたら、信じてしまうかもしれない。とても15世紀の絵画とは思えない。

綿密に計算され尽くした作品
  この絵は1850年、イタリア滞在の外交官で美術に造詣の深かったフォックス・ストラングウエイス卿Hon.W.T.H. Fox-Strangways からアシュモリアン博物館に寄贈された。画家はイタリアのパオロ・ウッチェロ(Paolo Uccello, Florence 1397-1475)であることも判明した。制作は1460年代後半であると推定されている。ウッチェロは幾何学と遠近法に強い関心を持っていた。
  横長の独特のスタイルを持つこの絵画は、「スパリエラ」(spalliera 「肩」を意味する)という様式が採用されており、ある部屋の肩の高さに掲げられていたと考えられる。アシュモリアンには、同じ画家ウッチェロの手になると思われる『受胎告知』の絵も所蔵されているが、こちらはきわめて古典的な構図、技法で描かれており、すぐには同一人物の作品とは分からないほどである。

  ラトゥールやカラヴァッジョのような天才的画家は、しばしば大きな「革新」を試みる。 ウッチェロも大変な力量の持ち主であったと思われる。狩人の衣装は現代的で、15世紀フローレンスにおける室内画の伝統を引き継いでいる。狩の状況を描いた図は、他にもあるが、これだけ見事な作品はほとんど見当たらない。

画家を熟知したパトロンの存在
  作品を依頼したと思われるパトロンは、ウッチェロの作風と力量を熟知していたと思われる。パトロンが誰であったかについては、いくつかの推測はあるが、確定されていない。しかし、富裕で高い鑑識眼のある貴族の邸宅の一室に掲げられていたものであることは、ほぼ確かである。この一枚を見るだけで、私はいつもアシュモリアンに来てよかったと思う。

綿密な下地作業
   1987年、作品はケンブリッジ大学のHamilton Kerr Instituteにおいて保全・修復の作業がなされた。この時、X 線による分析なども行われ、それまで分からなかった多くの点が明らかにされた。この分析で、画家が下地の処理に細心の注意を払い、二枚のポプラの板の継ぎ目、節目や傷の補填にさまざまな対応をしていることが明らかになった。そのため、画板の表面がきわめてなめらかで、こうした美しい作品を生み出すことができたと思われる。

十分に計算された構図と色彩
  画家はもちろん、それらの問題を十分承知の上で地味な作業に時間をかけたのだろう。 さて、この絵は現実の狩の有様を描いたのだろうか。それとも、仮想の作品だろうか。この点についても、考証が行われており、現実とファンタジーを巧みに混合したものであることが判明している。
  森に射し込む月光の効果を計算して、木々の上部をみると森の奥ほど暗い闇が支配し、近くになるほど葉の緑や花の色の明るさが増している。狩に参加している貴族たちの衣装や馬や犬の配色にも光の効果が計算されている。

  狩の獲物として彼らが追っているのは、間違いなく鹿であると考えられる。当時、鹿は高貴な動物とされ、鹿狩りには特別な重みがあった。 ウッチェロは幾何学と遠近法をLorenzo Ghibertiから習得し、Donatelloの友人であった。二人とも、ルネッサンス芸術に革新をもたらしたきわめて著名な人物であった。
  描かれた人物、馬、樹木などにも幾何学的な単純な線が多用され、写実性は後退している。実際にも狩場の木々は、移動や見通しを容易にするために下枝が伐採されていたが、この作品ではそうした点も、かなり様式化されて描かれている。犬も狩猟用のグレイハウンドであろうか。  

  ウッチェロはその人生で数多くの作品を制作したが、今日まで残るものは少ない。とりわけ、フレスコ画の多くは損傷したり、離散してしまった。ウッチェロについては、あの著名なヴァザーリの『芸術家列伝』(Vasari Lives of the Artists, 初版は1550, 拡大版 1568)に記されている。 この『森の中の狩』を静かな部屋で見ると、なんとなく幻想の世界に引き込まれているような思いがする。アシュモリアンを訪れるたびに、心が清爽となるような絵の代表的な一枚である。

Reference
Catherine Whistler. The Hund in the Forest by Paolo Uccello, Ashmolean Museum, Oxford, 2001.

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