第6話
緑茶の限界
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さて、高校を中退した山城は父・豊のもとで日夜茶業に専念するようになった。真夏でも台風の日でも、農作業に従事する毎日。茶業の仕事は年間を通して収穫期と農閑期に二分でき、沖縄では主に3月から10月にかけて摘採・加工が行われ、残りの期間は畑の整備に充てられる。山城の茶園は有機無農薬栽培だから、毎日小まめに茶樹を観察して病害虫の防除管理を行い、生育状況に合わせて整枝して、堆肥は自家飼育の牛ふんを施用する。収穫期は朝から夕方まで茶葉を摘み、摘採後はさらに荒茶の加工作業が待っている。茶葉は摘採した時点から発酵が始まるので、緑茶を作るには可能な限り新鮮な状態で熱処理を施し、酸化酵素の活性を止める必要がある。そのため摘み取った茶葉は自宅にある工場へすぐに運んで、保存できる状態(=荒茶)に加工しなければならないのだ。
こんな話を聞くと、遊びたい盛りの少年にはあまりにも酷な労働環境だと思ってしまう。
しかも月給は3万円あったかどうか。
家賃や食費の心配が不要だったとはいえ、中卒初任給は全国平均で約14万円、沖縄の相場はその8割前後である。お金を使う機会はほとんどなく、せいぜい趣味のツーリングへ行くときのガソリン代くらい。まあ、本人からすれば、やりたいことをやっていただけだから苦労には感じなかったのだろう。
またそれ以上に、就農人口の減少と「超」高齢化が進む農業界にあっては、弱冠16歳の山城少年は何ともまれな存在だったに違いない。
「茶業組合や農業関係の会合にはよく顔を出しましたが、集まるのは自分とは孫とおじいちゃんほども年が離れたメンバーばかり。特に茶農家は後継者不足の問題が深刻で、不謹慎にも“数年たったらおれの独り勝ちだ”とさえ思ったくらいです。でも、それだけ年の差があったからこそかえって逆に、失敗談やもうけ話など大人同士では決して話せないような内密の情報をたくさん聞くことができました。当時は僕も怖いもの知らずだったから、疑問に思うことがあればぬけぬけと遠慮なく質問していましたね」
こうして山城は茶業をはじめ農業全般についてコツコツと学びながら、問題の解決策を自分なりに模索していた。
その中で最初に取り組まなければならないと考えたのは、収益性の向上だった。自分の家もそうではあるが、果たして労働に見合った正当な対価を得られているだろうか。もし利益をしっかりと上げられるようになれば、将来性が開けるから若い就農者も増え、跡継ぎ不足や高齢化の問題も解消されるのではないだろうか。
一説によると、自分で農作物の値決めをできない農家は案外多いそうだ。取引業者がやって来て野菜の値段を尋ねたとしても、農家は人件費や肥料代などの割合を正確に把握していないから採算ラインが分からない。そして買い手の言い値やどんぶり勘定で売ってしまって、結局損をすることもある。一般的に農業は原価計算がしづらい業種だと言われているが、山城はまず収支管理を徹底する必要があると考えた。
しかし、そこには農産物市場の構造的な問題も絡んでいる。いくら農家が一定の金額以上で取引したいと望んでも、野菜や果物の価格は市場の動向によって左右される。昨今のようにバイオ燃料への期待からトウモロコシやサトウキビの価格が急騰することもあれば、農業には昔から「豊作貧乏」という言葉があるように、豊作が過ぎた場合は供給過多でしばしば価格低下を起こし、かえって収入が減少することもある。さらに毎年の収穫はお天道様次第だから、不作のリスクは常に付きまとう。
お茶に関して言えば、国内の茶市場は主に静岡と鹿児島に集約される。紫外線が強く渋味の強い沖縄のお茶は、気候的なハンディを抱えながら全国の茶所を相手に対等に勝負しなければならないのだ。これでは「高値」の二文字を望むにはおのずと限界がある。
「沖縄の緑茶消費量は生産量より多いから、本来なら県内の需要分くらいは県内で適正な価格で取引されるべきだと思うんですけどね。お茶に限らず多くの農家では、こうした市場のリスクを分散するために多品目生産を進めていますが、十分な収益を上げるにはどうしても大量生産できる体制を整えなければなりません。だから僕らのような零細農家では、一つの農作物でしっかり利益を確保したほうが効率がいいに決まっています。そのためには、ほかにはない商品、誰にもまねできない価値ある商品が絶対に必要なんです」
そこで山城が目を付けたのが紅茶だった。父や他の茶農家たちは常々、「沖縄は緑茶より紅茶のほうが適しているんだけど」と口にしているが、それではなぜ紅茶を作らないのか。山城少年は探求心を強めていった。
※写真の茶樹は「印雑」。国内では珍しいアッサム種の茶樹で、山城紅茶では「NO.927 コク重視」に使用。肥育用牛は循環農業に欠かせない山城紅茶の大切な一員。
text:冨井穣
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