星新一YAセレクション/和田誠・絵/理論社/2008年
別荘地の朝、林の小道を散歩していたエヌ氏のまえにあらわれた若い女。「こんにちわ」と声をかけられても見覚えはない。
「どなた?」というと、「殺し屋ですのよ」と、簡潔な答え。見たところ虫も殺せそうにない。エヌ氏は笑いながら「まさか・・」といいますが、女はまじめな口調と表情。おもいあたることがあり、「殺さないでくれ」と哀願を繰り返すと、女は「誤解なさらないで、いただきたいわ。殺しにきたのでは ございませんのよ」という。さらに「注文をいただきにあがってきたので ご用命いただけないかしら」
女は、最大の商売敵G産業の社長が死んでくれたらと思わないでもなかったエヌ氏に、決して不審をいだかれない死、病死させるという。さらに成功報酬は後払いでいいといい、ただ期間は余裕をもって六か月ほしいと条件をだしました。
「成功すればお礼は払う。やりそこなって発覚しても、わたしが巻き添えになるような証拠も 残らないようだ。」と、エヌ氏はついにうなずいた。
手付金なしで、べつに損することもないからと、忘れたころ、問題のG産業の社長が、病院での手当てのかいもなく、心臓疾患で死んだというニュースに接します。警察が不審をもって調べはじめたという動きもなく、無事に葬儀もおわった。
報酬を断ったら、こっちが対象にされるかもしれないと、エヌ氏は、女に金をわたしました。
完全犯罪はありうるでしょうか。この若い女は一切手を下すことなく情報だけで報酬を得ていました。看護師で、余命まじかな患者の情報を知りうる立場を利用したのでした。