今、はなをたらし、涎れを垂らしている子どもはほとんど見ることができないが、少し前までは、普通に見られる光景だったように思う。
子どもが多く、親が仕事におわれて、子どもに手をかけられずにいたころの風景で、そのうち、昔話にしかみられなくなるのかも。
三省堂の日本昔話百選から、子どもが何をしているか見てみると、栗をひろい(三枚の札コ)、機をおる(瓜姫コ)、ますをとる(魚女房)、手習い(黄金の爪)、栗や柿、梨狩り(風の神と子ども)などがでてくるが、子どもの生活や遊びが意外に少ないようだ。
・はなたれ小僧さま(日本昔話百選/稲田浩二・稲田和子 編著/三省堂/2003年改訂新版)
は、竜宮の乙姫さまにもらった子どもに、米や味噌、お金、さらには家をだしてもらったじさまが、身上がよくなり、つきあう人もお金持ちが多くなって、はなを垂らし、涎れをたらす小僧が我慢できなくなって、どこかへいってしまえと言うと、それまでのものが全てなくなり、貧乏になってしまうという物語。
三省堂版では、乙姫さまからとくに条件はだされていないが、こぐま社版(子どもに語る日本の昔話3/稲田和子・筒井悦子/1996年)では、毎日、えびなますを作って小僧に食べさすことが条件になる。
多分、読むことに重点がある三省堂版と、子どもに語るという視点のこぐま社版のリライトでは微妙に変わっている。
・龍宮童子(新潟のむかし話新潟県図書館協議会編日本標準1976年)
花売りの男が、花が売れ残ると川に流して乙姫様に差し上げていると、ある日、亀が竜宮城につれて行く。乙姫さまは、大事にすればなんでも望みかなうという男の子をさずけてくれるが、この子も鼻を垂れ、涎をたらした子。
・鼻垂れ小僧様(かたれやまんばー藤田浩子の語りー第三集/藤田浩子の語りを聞く会/1998年初版)
小僧がもうすこしリアルで、「手も足も垢だらけ、鼻はずるずる垂らしているわ よだれはだらだら垂らしてるわ しまりのねえ 口開けて にたらにたら笑っている」。
そして、臍のあたりをくじっていると、一日一枚の小判がでてくる。この小判で必要なものをそろえなさいという展開。
爺様が一枚ではなく、いっぺんに何枚もだそうと、小僧の臍をいじると、小僧が死んでしまうというあたりが、笑わせる。
外国では、このタイプの話がないのも面白い。