ニュージーランド移住記録:みたび

移住は帰らなくてもいい終わりのない旅。人生そのものも旅。そして気づき始めたあの世への旅。旅と夢限定ブログ

ハワイ5回目行:フロント通り散策

2022年04月15日 | ハワイ:マウイ島

2019年の11月のハワイ5回目


3日目にマウイ島入りして、
やって来たのは古都ラハイナ
の目抜き通り、フロント通り




この通りは米国企画協会(APA
都市計画の専門家協会)より、
『偉大な通りトップ10』の1本
に選ばれたこともあるとか

(※後日の写真。絵になる道)


ホテルのあるラハイナルナ通
と直角に交わる地点から、
散策開始



端整なオールドタウンの趣そ
のままで店や飲食店が鈴なり



海岸通りなので、どこからで
も海がもれなくついてくる



海側の店はどこもオーシャン
ビューがウリで飲食店多し

ここも海辺のカフェ


目の前はラナイ島

いつか行ってみた~い。


砂の上に建っている建物

建物のメンテは大変そうだけ
ど、眺めは最高でしょうね


1986年の建物なのでそんな
に古くはないけれど、町の雰
囲気に合わせたコロ二アル調



1933年にできたアールデコな
ファサードの劇場。今は店舗



魚専門の2階建てレストラン

バルコニーに船長がいる🚢


しかし、「今日のお魚」がハ
ワイ語のみでマヒマヒ(シイラ)
とアヒ(ツナ)しかわからず



アメリカンダイナーな雰囲気



忽然と現れた中華風の建物は
中華博物館兼おみやげ店



新旧の建物が上手く調和を保
って連なっているのは、入念
な都市計画の賜物なのかな?



町の雰囲気が統一されてる



これは歴史的建造物かな?

かつての劇場


昔はホテルだったのでは



大きなアートギャラリー

アメリカ人はこういうモノを
ポンと買ったりするのかも


店の賑わいをよそに静かな浜



そろそろ日が傾いてくる頃




ハワイ5回目行:ラハイナルナ通りの香港

2022年04月14日 | ハワイ:マウイ島

2019年の11月のハワイ5回目
チェックイン後は、街歩き


プランテーションインを出た



正面は、ラハイナルナ通り。

ルナはハワイ語で「眺める」
という意味だそうで、日本語
の富士見通りという地名のよ
うにラハイナ見通りとでも


道の反対側のラハイナイン



1938年開業のホテルなのか



と思ったら、たった今発見


ラハイナインはホテルラハイ
になり、ホテル予約サイト
の評価で2.5スターだったのが
5スターに大化けしてる


今の宿泊費は2泊1,000ドル
以上で今の為替で12万円超
スゴいことになっている


ここはホテルよりも1階のレ
ストラン、ラハイナグリル
知られる場所らしく、マウイ
の案内には必ず出てきます。

アメリカのファインダイニン
グでトップ10の常連だそう。


興味を持って調べてみると、
ここは1938年に雑貨屋として
建てられ、1960年に2階に部
屋を足して宿泊施設となり、
1999年にスイス人シェフのジ
ャーグ・マンチがレストラン
を購入してオーナーシェフに


その2年後の2001年にマンチ
夫妻はホテルを含む建物全体
を購入し、2007年には先代シ
ェフの名を冠したレストラン
の店名デビッドポールズを、
現在のラハイナグリルにリ
ブランドしたんだそうです。


驚いたことに、マンチはマウ
イに来るまで長年、香港の名
門ホテル、マンダリンオリエ
ンタルの総料理長でした

(※写真中央奥の黒っぽい建
物がマンダリン。香港人には
九龍のペニンシュラホテルよ
りも重んじられる老舗ホテル)


マンチは1997年の香港の中国
返還を前に職を辞しマウイへ
移住。自分も返還時の香港に
いて、あの時の空気感が思い
出せるだけに息を呑む思い。


要職にあった海外から来てい
た白人たちの大脱走は業種を
問わず凄まじいものでした。


マンチへの地元誌のインタビ
ューの中で、香港からマウイ
への転居は『マセラティから
フォルクスワーゲンのコンビ
に乗り換えるようなもの』と
いうなかなか言い得て妙なる
表現があり、唸りました(笑)


こんな場所から



こんな場所へ




さらに興味深いのは、斜め向
かいのプランテーションイン
を香港映画の開祖ランラン・
ショウが購入したのも1997年


2人が知り合いでなかったと
は到底思えず、ラハイナルナ
通りを挟んだ香港つながり

故ランラン・ショウもレスト
ランのゲストだったのかも。


今回は食事の機会がありませ
んでしたが、ぜひ次回にでも



プランテーションインに宿泊



ラハイナグリルで食事

そして香港に想いを馳せる


というマウイの滞在は、2004
年に香港からNZに移住した私
たちにはなかなか相応しい

私たちの移住もまた、香港の
返還と無縁ではありません。



ハワイ5回目行:ラハイナのプランテーションイン

2022年04月13日 | ハワイ:マウイ島

2019年の11月のハワイ5回目


マウイ島のカフルイ空港から
ホテルを予約したラハイナま
ではクルマで約40分でした。

ほぼ西端のオールドタウン


ホテルはクラシックホテルの
プランテーションイン



しかし、クラシカルに見える
だけでカナダ人実業家が1987
年に開業したホテルでした。

100年以上前のホテルと言わ
れても信じられそうな造り。


前年にカウアイ島でプランテ
ーション時代の建物を改装し
ワイメア・プランテーショ
ンコテージ
に宿泊していたの
でなおさらそう思えました。


それを香港映画の開祖、Sirラ
ンラン・ショウが1997年に購
入したと知って、宿泊決定



ランラン・ショウはショウブ
ラザーズを率い1970年代の香
港映画の黄金時代を築いた人

14年も住んでいたせいか、ど
うも香港がらみには弱い(笑)


レプリカのあざとさがなく、
当時のマウイでは昔ながらの
建築方法で難なく造れたのか



調度品まで建物に合わせて、
よくできています まるで
映画の時代考証のようです。



部屋は18部屋のみ。一番好き
なグリーンの部屋がキター




100年前からのモチーフのパ
イナップルが見事に彫られ

当時のハワイ経済を支えた柱
への愛着度が感じられます。


調度品も驚くほど凝っていて

アンティークのようですが、
各部屋共通のものだったので


贅を尽くした特注品でしょう。

このランプもそのひとつです。


パイナップルだけでなく灯り
をともすとシェードの透かし
が浮き上がるという凝り方。



クローゼットのルーバードア



外の陽が引き立つブラインド



バスタブとシャワーカーテン
というのもコロ二アル調には
欠かせないアイテムなのでは



「これでもか!」の凝り具合



木目やラタンと緑の組合せは
私が一番好きな内装の配色



家のダイニングチェアもこん
な色に張り替えたばかり(笑)

色が馴染み、落ち着きます。


部屋に入ったのはホテルの好
意でチェックインタイムの3
時より1時間早い2時台で、目
が釘付けになった2時7分

2月7日は私の誕生日です。


その2年前にもこんな事があ
り、写真も撮っていました。



マウイでの定宿決定を確信

(※カードキーは部屋の写真で)



ハワイ5回目行:いざマウイ

2022年04月12日 | ハワイ:マウイ島

2019年の11月のハワイ5回目


3日目を迎えて、いよいよ今
回の旅の目的地マウイ島へ

国内はいつもハワイアン航空


虹も出てなんだかアガる出発



到着したカフルイ空港には凝
ったレトロ列車が走ってる



降車すると目の前はレンタカ
ー会社が軒を連ねていて、み
んな予約先へスタスタスタ



これは便利

クルマがないと話にならない
場所なので、ここまでやって
くれると、感謝+感動+感激


レンタカー会社の数が多い

ズラ~~~~(笑)


かつてサトウキビ畑を走って
いたような車両や駅のレトロ
感にも旅情をそそられます。



他の空港もマネしてほしい

と思うような便利さと演出


立体駐車場にクルマがズラ~

自分のをピックアップして
GO


山の尾根で風力発電



時速45マイルなので70キロ超



「腹へった~💦」
という夫のガマンが限界で



ホテルではなくこっちへ。

ハワイのスーパーチェーン


夫のお目当てはとにかくポケ



これだけあると選ぶのも悩む



ローカル色豊かなアイス

「溶岩流」というフレーバーも
さすがハワイ。どんなテイスト❓


マグロ好きの夫はこれに



私はNZで希少なタコで



映画村のようにレトロなショ
ッピングセンター。古き時代
の雰囲気を大事にしていて、
空港の列車といい演出が上手



これも演出のひとつなのかな



後がコレでした👰
ジャスト・マリッド

空き缶を引っ張ってガランガ
ランと行く映画のワンシーン
のような光景が目に浮かぶ


エコモマイ(e como mai)は
ハワイ語のウェルカム

マオリ語はハエレマイ(haere mai)
マイが一緒






ハワイ5回目行:ミッチズで海の幸三昧

2022年04月11日 | ハワイ:オアフ島

2019年の11月のハワイ5回目


機中泊があるのでNZを出て
からは3日目、現地2日目も
とうとう夜を迎えました


「クルマがあるんだったら
と、やって来たのが中心部か
らやや外れた普段は来にくい

ミッチズ・フィッシュマーケ
ット & 寿司バー
という長い
名前で、フィッシュマーケッ
トとはいっても海鮮問屋では
ない、寿司中心のレストラン


オーナーのミッチさん

HPによると1998年にミッチ
と奥さんのイボンヌがハワイ
にやってきてミッチズ・フィ
ッシュマーケットという名前
のポケボウルショップを開業


しかしイボンヌは5年後の20
03年に他界してしまいます。


そこで南アフリカからの移民
クレイグが2代目オーナーと
して事業を継承することに。


クレイグは1996年からハワイ
で鮮魚卸会社を経営し、寿司
レストラン開業の夢を持って
いたので、ポケショップは寿
司レストランになりました。



和風テイストを取り入れた開
放的で落ち着いた内装です。



現在はクレイグが鮮魚を提供
し、板前がカウンターで腕を
振るうという、いいとこ取り



おもしろいのはクレイグの名
字がミッチェルなこと。初代
は名前がミッチェルだったの
ではないかな。どっちも略せ
ばミッチで、ご縁ですかね~



鮮度の良さが光るお刺身



アワビはNZ産パウアです

イセエビはオーストラリア産
だったんじゃないかな~🦞


半身でこれもいただきました。



吸い物



じっくり味わう濃厚さ

ごちそうさまでした
いつかまたクルマがある時に


レンタカーを返して普段あま
り行かないワイキキを散策

クリスマスの飾りつけ


アヤシイ日本語でも、いわん
とすることはわかります



ペントハウスが70万ドルから

でもダイアモンドヘッドクラ
ブでググっても、今はなにも
出てこないのは気のせいか


インマケ(と日本人は呼ぶとか)
のアイコン、バニアンツリー

ここに来るのはほぼいつも、


コナコーヒー・パーベイヤーズ
のため。夜の1杯は助かる



いつからかNZとオーストラ
リアでのコーヒーの鉄板フラ
ットホワイトがメニューに

(※オセアニアではラテは不人気)


チラ見して買い物イメトレ

これからマウイに行くので荷
物は増やせず、見るだけに



ハワイ5回目行:カエナポイント州立公園自然保護区

2022年04月10日 | ハワイ:オアフ島

2019年11月の5回目のハワイ


カエナポイント州立公園を行
くと忽然と現われたフェンス



山側も



海側も

どこまでも続き海に出ない限
り反対側には行けません


ここからは公園の自然保護区

野生の動植物保護のための柵


アホウドリもいるのぉ

NZでもなかなか会えません。


ともあれドアを開けて中へ



えっ

その辺にいるんですけど


飛び回ってるんですけど



こんな近くで

コアホウドリ。羽を広げると
約2mと巨大。99.7%がハワ
イ諸島に生息しているそう。


何羽もいる信じがたい光景

1年前の2018年10~11月の
カウアイ島キラウエアポイン
ト国立野生生物保護区
ではお
目にかかれませんでした。そ
れがオアフ島で会えるとは


産卵期なのか

立派でふかふかな営巣です


激しい求愛のダンスがあって



可愛いヒナがここで誕生する



そう思うだけでも感動もので

みんながんばってね


自然保護区は砂丘の保護も目
的にしており、砂丘は環境保
全に重要な役目を担うそう。



最西端カエナポイントに到着



1919年に灯台が建設され19
90年にはライトの点滅に切り
変えられ今は別の場所に移転



西端から北に向かえばノース
ショアに出られますが、今回
はここまで。またいつか



大きな虹のアーチが出て、



ハワイモンクアザラシに遭遇



ゴツゴツでも痛くないのかな



遊歩道は所により劣化が激し
く、自然の威力を感じます。



ホノルルから1時間でこんな
にハワイの史実と大自然に触
れられる場所があったとは

(※青々と続くワイアナエ山脈)


ぜひまたいつか来ましょう




ハワイ5回目行:ハワイのヨコハマを出て

2022年04月09日 | ハワイ:オアフ島

2019年11月の5回目のハワイ


西の町ワイアナエ出てからも
道なりにひたすら北西へ

ここで突然道が途切れます。


左の山には月のような観測所



ワイメアキャニオンに比べる
と、島の若さを感じる山肌

ワイメアのあるカウアイ島は
510万年前、マウイ島は340
~220万年前にできたそう。


ここからはカエナポイント州
立公園となり、西端まで歩き
ます。アクセスは徒歩のみ。



出発点となるケアワウラベイ
(上の図右上の①部分)は別名

ヨコハマベイと呼ばれ一帯の
浜全体を指す通称なんだとか


実際の横浜とは似ても似つか
ぬ光景ですが(←横浜出身)
ここに横浜出身者が釣りに来
ていたのが名前の由来の有力
説らしいのは興味深いです。


官製出稼ぎだった日本人のサ
トウキビ農園労働者はほとん
ど同郷の地方出身者が集団で
来ていたので、横浜出身者が
混じる可能性は低いのでは
(👆という夢のない事を言う)


個人的には彼らが横浜から出
航したという説に賭けたい


ともあれ、ハワイのヨコハマ
を出て、カエナポイントへ


入口に案内板がありました。



かつてホノルルから最西端の
ここを経由して最北端カフク
まで鉄道が通っていたと知り

驚きました


サトウキビをホノルルの港ま
で運ぶために1887年に開業し
たオアフ鉄道土地会社(OR&L)

鉄道は観光でも人気を博し、
1900年代初めまではホノル
ルのゴミを集積場に運搬し、
第二次大戦中は兵員や軍事物
資輸送にも使用されたそう。


しかし、1946年のエイプリル
フールデー津波
の被害で廃線
となり歴史に幕を閉じます。
津波はこんな場所にまで、大
きな爪痕を残していました。


その鉄道跡が今では遊歩道に

幅が広く平らで歩きやすい


しかし、これはダイナマイト
で固い岩を砕いて広げた結果
で、そこで出た瓦礫は他の低
い場所に運ばれ、線路の高さ
を海から一定に保つために使
われたそうで、大変な労力💦




線路の下は荒波が打ち寄せ、



反対側には山肌が迫ります。



ワイアナエ火山の噴火で流れ
出たマグマからできた火山岩

玄武岩で黒々としています。


ボルダーと呼ばれる丸い巨石



道の真ん中にも大きな岩

ボルダーが転がってきたのか


火山岩が長年の波風に晒され
てさまざまな形に変化を遂げ

自然のアーチになった場所も


アーチを風が抜けていくため
か、笛のような音がします。



とうとう線路跡のある場所に



枕木がそのまま残っています。

さぞや良質の木なのでしょう。


前方にまさかのクルマ



こんな道を走ってきたよう💦



逃げに逃げてここで御用

となったんでしょうね


行く手を阻む万里の長城のよ
うなフェンスが見えて来た




ハワイ5回目行:西に住む思い出の人

2022年04月08日 | ハワイ:オアフ島

2019年11月の5回目のハワイ


2日目のドライブで立ち寄っ
た西の町ワイアナエで、急に
思い出した人がいました。


それは初めてワイキキを訪れ
た2017年に事前予約してお
いた、空港からのハイヤーの
若い運転手
🚕のことでした。

(※初めてのハワイでした)


大柄な見るからにハワイアン


「ボクは西に住んでいて、大
家族で、入社3日目。ピジョン
イングリッシュを話します」
とホテルまでの数十分のため
に律儀に自己紹介をしてくれ
名前は普通の英語名で、ここ
ではジョンにしておきます。


「私たちはNZから来てブロー
クンイングリッシュを話すの」
と答えると、大笑いになり一
気に打ち解けました。この辺
のノリはまさにポリネシアン


長年暮らしているNZのオー
クランドは人口の25万人以上
がポリネシアン系と言われ、
人口比では市の人口の15%超


その人数は本国の島よりも軒
並み多く、世界最大のポリ
ネシアンシティーなのです。


そのため、たかが数十分でも
狭い車内でお互い黙っている
ことができないというジョン
の習慣がよくわかりました。


ピジンイングリッシュは世界
中の旧植民地などで現地人が
現地語と英語をミックスして
話す英語とされますが、ハワ
イではそれをピジョンイング
リッシュとも称し、さらにピ
ジン化しているらしいので
す。「ハトのように囁いて話
すから」という眉唾な話も聞
きました。ジョンははっきり
とピジョン、と言いました。


私たちがたった今ハワイ島か
ら到着した日本人だと知り、
「ボクはむかしあの島でダイ
コンやゴボウを掘る仕事をし
てたんだ。でも辛すぎた~」
と言いお互い大爆笑でした。


話は尽きず、愉快で大笑いの
連続なのですが、ジョンは道
を知らず、ナビの使い方もあ
やふやで、クヒオ通りという
大通りに行くのに、夫が携帯
で道を確認しながら指示を出
すという状況に陥りました。


それでも本人は陽気そのもの
で、おしゃべりが続きます。


そこに私用電話がかかってき
てジョンは普通に答えます。
「やっと仕事が見つかって昨
日から始めたんだ。だからま
だカネがなくて貸してあげた
いけどムリなんだ。ゴメン」


ジョンは「愛してるよ」と言
って電話を切り、「姪っ子な
んだ。ボクらはみんなカネ
に困ってる」と言いました。


楽しいおしゃべりも、姪のカ
ネの無心の話も、もしやチッ
プのためなのかとつい勘ぐり
たくなるほどでしたが、すべ
ては天真爛漫な展開でした。


彼が運転手としてあのまま続
いたとは残念ながら思えず、
やっと見つけた仕事とはいえ
ジョンもそこまで熱心には見
えず、別の仕事を見つけ続い
ていることを願っています。

(※クヒオ通りの丸亀製麺)


私たちも今は、別のタクシー
会社を利用しています。



ハワイ5回目行:西の町ワイアナエ

2022年04月07日 | ハワイ:オアフ島

2019年11月の5回目のハワイ
コロナ前最後の海外旅行記


初めてオアフ島でレンタカー
を借りたので、一度も行った
ことがなかった、島の西へ


ホノルルからみれば「日立の
樹」
も西ですが、さらに西へ



到着したワイアナエという町



ワイ(水)+アナエ(ボラ)で、
かつてはボラがたくさん獲れ
たらしいです。サモア語でも
アナエという言葉があり名字
にもなっているので調べたら
やっぱりボラでした~


ハワイはアメリカの1州でも
ポリネシア文化圏の一角であ
るのを強く感じる言語や地名


カウアイ島のワイメアキャニ
オン
を彷彿させるような地層




海と山に挟まれた景勝の地で
すが、観光的な要素はなく実
に殺伐とした町並みで、淡色
で端整な大型スーパーだけが
やたらに目立つ場所でした。

タムラスーパーマーケット


1920年代から1世紀近く続く
日系人の家族経営スーパー。
HPでは地産地消、サポートロ
ーカル、サポートワイアナエ
を提唱し地元民の店らしい。


それが証拠にひっきりなしに
クルマが出入りしており、人
が吸い込まれるように入って
いき、私たちもそれに続け

他に立ち寄れそうな場所もな
いというのももう一つの理由


一歩入ると右手に巨大なデリ



正面がスーパーで、眼光鋭い
制服の警備員がいて、用がな
ければ中には入らない方がよ
さそうで、写真も遠慮です。


デリはこれでもかこれでもか
の総菜の数で、白ご飯にのっ
ければ、即ポケボウルの完成



「広告の品」というのもある



海鮮から肉から野菜から、何
でも受けて立つ最強の品揃え



他の島ではこの手の場所にけ
っこう行きましたが、オアフ
は人口も需要も桁違いのよう

(※カニも「広告の品」)


驚くほどの充実度でした

(※マグロ類もこの種類の多さ)


経験上この手のものはMSG
(化学調味料)もふんだんでア
レルギー持ちの私は要注意



いくつか見繕って海辺の空い
ているテーブルを見つけて、

ハワイアンなランチに


ビーチにはホームレスがかな
りおり、昼間から酒盛りの数
人もいて、長居は無用の場所
だとすぐに察せられました


ベンチに座ったとたん、さら
に海側のブッシュの中に傾い
たテントがあるのに気づき、
中から女性が出てきました。


「いい眺めですね。この景色
を独り占めじゃないですか」

とあいさつすると、女性は立
ち上がり遠くから返事をして
きましたが、よく聞き取れず
「体調が悪い」と言いながら
猛烈に咳き込み始めました。


ホームレスも外での生活が長
くなると精神をきたしてしま
い、会話が成立しなくなるこ
とがありますが、女性とは咳
で会話が続きませんでした。


やはり長居は無用で、さっと
食べ終えた後は女性に手を振
ってクルマに戻りました。


いくら美しい場所でも観光地
にならない事情が察せられ、
「これが治安が悪いと言われ
る、西の町のリアルなのか」



私たちは海外生活が長く、N
Zでも似たような場所はある
ので、身の処し方が多少は身
についているかもしれません
が、多くの人にとり貴重な休
暇の途中にあえて立ち寄る場
所ではないことも判ります。


道さえ混んでいなかれば、ホ
ノルルから小1時間の場所
風光明媚な中をクルマが素通
りしていくのも、観光地ハワ
イのもう一つの現実でした。



ハワイ5回目行:後味が悪かった「日立の樹」

2022年04月06日 | ハワイ:オアフ島

2019年の11月のハワイ5回目


朝食後にやって来たのは、

モアナルアガーデン
日立の宣伝「この木なんの木」
で有名になった樹がある場所


これがザ・日立の樹



だったと思います(笑)

人が大勢集まっていたので。


「この木なんの木」の宣伝は
1962年生まれの私には懐かし
く、この樹を初代にその後変
わっていきましたが、最初の
樹🌳の印象が一番強いです。

(※調べたら1976~79年放送)


他にも似たような大きさの樹
齢100年を超えるモンキーポ
ッドが点在する広大な公園



あれから40年経ってこの地を
訪れたのかと思うと感慨深い

開花のシーズンでした。


カメハメハ5世時代(1850年代)
に建てられた避暑用コテージ



こちらは改装中で、なんとな
く延々とやっている雰囲気。



大工のワンコじゃないかな?

NZやオーストラリアも現場に
犬連れ
はよくある光景です。


入場料があり、管理された広
い公園なので安全なのか、た
くさんの種類の鳥がいます。

おなじみマガモ


ムナグロ

地味バージョン。冬羽という
よりもキミは幼鳥なのかな?


婚姻色の派手バージョンだと
胸が黒くなり名前のとおり。

(※この写真は別の時のもの)


「キミはアオジじゃないよね?」



「チガうチュン

もっと真っ黄色で頭が赤く、
調べたらキンノジコでした。


オーストラリアでもお馴染み

コウカンチョウ


これもオーストラリアにいる

チョウショウバト


ムナグロもいるし、こうして
みるとオーストラリアと共通
する鳥が多いなと感じます。
NZはもっと寒いからね~


池には蓮ではなくタロイモ



葉陰に隠れるように小さな鳥

「スズメがこんなところに?」


やっと出てきてくれたのは、
スズメ並みに地味な別の鳥

調べたらアフリカギンバシと
いうようで初めて見ました。


「日立の樹」を世界の人々に親
しまれる「樹」に育てていく


とありましたが、本気でそう
思うのなら公園を無料で開放
してはどうかと思いました。


たまたまだったのか、見回し
ても日本人と思しき人ばかり

とても一日本企業が40年前の
宣伝に使った樹を、有料で見
ようという外国人が大勢いる
ようには見えませんでした。


ちょうど駐車場で隣に停まっ
たクルマから、観光客らしい
白人夫婦が降りて来たので、
何気なく見ていたら、案の定
すぐにクルマに戻ってきて、
憮然と行ってしまいました。

(※日本人の新婚さん用?)


英語の観光案内で「美しい緑
の公園」と紹介されているの
を見ましたが、有料という話
も、ましてや日立のヒの字も
なく、公園なのに有料とわか
って立ち去ったのでしょう。


私有地なので所有者がどうし
ようが勝手ですが、状況が手
に取るようにわかる光景に出
くわしたせいか💦なんとも
後味の悪い思いをしました。


コロナ禍で日本人観光客がい
ないのか、現在は臨時休業中




ハワイ5回目行:朝はカパフルから

2022年04月05日 | ハワイ:オアフ島

2019年の11月のハワイ5回目


機中泊があるのでNZを出て
からは3日目、現地2日目。


急きょ2日早く出て来た時間
を有効利用しようと、オアフ
島で初めてレンタカーに挑戦

NZは日本と同じ右ハンドル
ですが「郊外ならまぁいいか」
という夫に便乗するだけの妻


やはりクルマは便利で、カパ
フルでの朝ごはんもすぐ到達

カイマナファーム・カフェ


まずはコーヒー



野菜ふんだんのメニュー

いろいろ選べるのが楽しい


少しずつなのはありがたい

たった2年半前のことなのに
写真を見返して、これだけの
量を今も朝から食べられるだ
ろうかと思ってしまいます。


今できることは今のうちに
とますます思う今日この頃。


ポルトガル風甘い揚げパン
マラサダで有名なレナーズ

1952年創業。マラサダの草分け


カルアポークのコノズ



オールドスクール(伝統的な)
というものに年々惹かれる

やっぱりカパフルは楽しい


走り出したらこんなトラック

NZにもあるあるのこの光景


小窓まで付いていて、いつも
こうやって運んでいそう

上り坂でスポっと抜けたり・・
しないんでしょうね(笑)


「クルマがあるなら」と立ち寄
ったのは日本人に有名な場所




ハワイ5回目行:寝かせて

2022年04月04日 | ハワイ:オアフ島

2019年最後、コロナ前最後の
旅行は11月のハワイでした。
都合12泊13日の旅行記開始


この旅行、NZ航空の事情で予
約していた便の出発時間が事
前に変わり、到着後のマウイ
島への乗り換えができなくな
りました。マウイのホテルや
レンタカーの予約変更は大変
なので、急きょ予定を2日早
め慌ただしく出発しました


NZ空港のハワイ便は夜行便



当時はまだ仕事をしていたの
で、2日日程が早まるだけで
も調整が大変でした💦出発時
には疲労と寝不足でボロボロ


「寝かせて~寝かせて~
と研ナオコになって爆睡

夜中の食事はパス


目が覚めたら見事な朝焼け



1人で見るには惜しい光景

(※確か夫は寝てました)


見えてきた鋭角の変わった雲

「私は龍を見ているの?」


眼下に広がるオアフ島住宅地



地価の値千金の場所です。



貴重な緑🌳



2017年に取得した投資物件
「ハワイの子」(と呼んでいる)
にチェックイン。3回目です
チェックインに延々並ぶ光
景はコロナ前の日常でした。


部屋にはオーナーへのギフト

小さな心遣いが温かいホテル


ここでも再び「寝かせて~」

💤💤💤💤💤💤💤💤
時差ボケ解消の意思ゼロ


起きたら早、トワイライト



今度は夕焼けです🌇



ハワイだと日付が1日戻るので
こんなに寝てもまだ昨日(笑)



夜ご飯はフォービストロ2へ。

3回目。初日のベトナム料理
がすっかり定番化しそう。


ハワイのベトナム料理は充実
の香味野菜でこれが嬉しい



いつも通りのチキンフォー



夫のビーフフォー

熱の入り具合がちょうどいい


この2人の笑顔も変わらずで

オアフの夜はここからです



オークランドから右か左か

2022年04月03日 | 旅の周辺

オークランドの南に位置する
ワイカト地方はオークランダ
ーの裏庭のようなものです。


海あり山あり川あり平原あり
泳ぐもよし、釣りでもよし、
マウンテンバイク、ゴルフ、
ボート、サーフィン、カヤッ
ク、山歩き、ドライブ、観光
楽しみが尽きない場所です。


私たちにとってはオークラン
ドを出てワイカトに入った後


右に行けばラグラン



左に行けばコロマンデル



2019年10月のコロマンデル
でタイルアのレストラン、
イルアビーチクラブ
を知っ
たのは、大きな発見でした。



NZの地方での食の機会は限
られます。地元人口数千人が
広大な場所に点在していると
いう農村にありがちな人口密
度の低い所が多いためです。


南島のクイーンズタウンや北
島のロトルアやタウポのよう
に1 年を通じて観光客が期待
できる場所以外、夏に集中す
る観光客と地元民だけでは外
食産業を支え切れない場所が
多く、食事は昼のカフェ、夜
のバーとなりがちなのです。


その分、個性的なカフェに出
会えるという面もあります。

釣り具屋の奥に隠れるように
緑に包まれた、素敵なクリー
ルタックルハウス&カフェ

@ツランギ


そのため、旅先で落ち着いて
食事ができるだけでなく、旅
の高揚感に応えてくれるよう
な店と出会う事は貴重です。


2015年にワイカトの西、人
口3,000人のラグランでの
グランロースト
との出会いは
衝撃的で、海辺の村を訪ねる
大きな原動力になりました。

(※溺愛していた、かつての
フードデパートメント)


しかし、その後のラグランで
の食事情の変化を経て、ひと
つの時代が終了したのを確信
したのが2019年8月でした。


その2ヵ月後の10月に4年ぶ
りにオークランドから左に曲
がって再訪したコロマンデル



4年の空白は、まさに右に曲
がってラグランに行っていた
からだと思うと、興味深い


今後はしばし左の時代が続き
そうです。コロナの前にコロ
マンデルの再発見、タイルア
ビーチクラブの発見があった
ことは、コロナ禍での息抜き
に、大いに助かっています




コロマンデル5回目行備忘録:2019年10月

2022年04月02日 | 国内:北島備忘録

2019年10月のコロマンデル
がまさかのまさかで12本


2011年以来5回目で、最後の
2015年から4年ぶりでした。


それにしても2泊3日で12本
は、国内第2の都市クライス
トチャーチ
の11本より多く
世界遺産を周って4泊した
ルソン
でさえ15本でした。


これって北島の人間の北島愛
とか、郷土愛なんだろうか
近くても、何度訪ねても、楽
しめるのはありがたいです


恒例の自分用備忘録です


まずはテムズ

コロマンデルの玄関口


グランドメルキュール・プカパークリゾート

コロマンデルの定宿


別荘地パウアヌイ

パウアヌイといえば別荘


ミハ・レストラン

ホテルの幻想的な時間


夢からできたホテル

若かった2人の夢の結晶


超高級別荘地ウォーターウェイズ

NZの高級別荘地のひな型


ハヘイビーチ・ウォーク

眺めのいい歩きやすいコース


思い出のカセドラルコーブ

8年前に家族4人で来た場所


センチメンタル獣道

2度と戻ることのない時間


パのお手本テパレ・パ

最高の立地、マオリ集落跡


タイルアビーチクラブ

コロマンデルを愉しむ新発見


テムズのバイト

玄関口を出て帰路へ


お付き合いありがとう
ございました



コロマンデル5回目行:テムズのバイト

2022年04月01日 | 北島:コロマンデル

2019年10月のコロマンデル
3日目の最終日。プカパーク
リゾート
をチェックアウト


8年前の2011年はえんじ色



改装後は白になり緑が映える
という点ではやはり白かな。



山越えの前にココでコーヒー
タイルアのトゥータイズ

ベーカリーなのでひっきりな
しに人が入ってくる忙しい店


行き同様、立ち寄ったテムズ



まさかの本屋



よく見るとアールデコな建物
がけっこうあるんですね



1923年創業の洋品店



目星をつけておいたカフェ
バイト

biteなので齧る方。タイトル
を日本語読みするとテムズの
アルバイトと読めなくもない


オリジナルのキャビネットフ
ードが充実していて迷う~💦



でも、そんなに食べられない
お年頃でもありさらに迷う💦



結果、冬の定番で「今日のス
ープ」だった洋ネギとポテト
のスープ。芯から温まる



夫はいつもの挟みモノ系。
プルドポークだったかな?



コーヒーは大き目、薄目で
高齢者に人気のパターン



というのも、ここはテムズ病
院の正面で、高齢者と付き添
いらしい中年の娘という組み
合わせのテーブルが多く、け
っこうな混み具合でした。



誰もが落ち着く懐かしい感じ



暖かくなったら外もいいかも



ここはまた再訪しそうです。



ワイホウ川にかかるコプ橋



かつては船の航行のたびに橋
が旋回するNZに現存する最古
の旋回道路橋でしたが、2011
年に今の普通の道路橋が完成

(※道路旋回橋。ウィキより)


古い橋は隣に残っています。
(※この橋の話はコチラでも)



いつか橋を逆に渡ってコロマ
ンデルに戻ってきましょう。