ニュージーランド移住記録:みたび

移住は帰らなくてもいい終わりのない旅。人生そのものも旅。そして気づき始めたあの世への旅。旅と夢限定ブログ

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夢見:マキシン

2018年07月01日 | 浅き夢見し

「私」と夫はオーストラリアらしい、どこかの家にいました。
そこに招待されたらしく、一夜明けて朝を迎えたところでした。


今風のモダンな家ではなく、木目調の一面が大きな窓になった
なんとも居心地のいい、風水も良さそうな明るいリビングでした。
「こんなステキな場所だったんだ。」


しげしげと周りを見回して、初めて自分がいる場所を理解し、
なんとも心が落ち着くのを感じました。人の家となったら、
親しい間柄でもなんとなく気を使うものでしょうが、
そういう気遣いが必要なく、心が軽やかなのを感じました。


家の女主人はマキシンで、温厚そうなご主人は初対面でした。
「そうかここはマキシンの家だったのか!」
2人を目にして、夢の中の「私」ははっきりそう感じました。


マキシンは何年か前、時々一緒になるボランティアで、
60代後半の大柄なイギリス系のキウイ女性でした。
無口な上、態度がぶっきらぼうで、社交的な人ではなく、
いつも部屋の片隅で1人で黙々と働いている人でした。


フレンドリーな人が多いキウイの中にあってはとっつきにくく、
なんとなくみんなが距離を置いているように感じました。
彼女の態度に悪意はなさそうで、私は気になりませんでした。


庭でも散策したのか、外から家に入ろうとすると、
サンルームのように家の外に張り出た屋根のある部屋で
アジア人の若い一家が美味しそうなご飯を食べています。


思いがけない客人同士、自然にお互い声を掛け合いました。
少し英語を話すご主人が、
「このすぐ先に市場があり、そこでご飯を買ってきた」
といい、ソースが絡んだ薄切りの牛肉炒めが見えました。


家に入るとさらに驚いたことに、さっき出たばかりのリビングに
白い長テーブルが用意され、たくさんの食べ物、ナプキン、
ワイングラスなどが白を基調に美しくセッティングされ、
これからパーティーが始まるようでした。


テーブルの両側には初老の人たちが立ったり座ったりしていて
ぱっと見で10人以上の人々がワイワイ楽しそうにしていました。


その中の1人が突然現れた私たちに気づきチラリと見たものの、
誰もが会話に夢中で、華やいだ雰囲気が続いていました。
「私」はパーティー客に水を差さなかった事にほっとしました。


「すごいじゃない、マキシン
パーティーの輪に入る訳でもなく、ご主人と一緒にベランダから
ワイングラス片手に室内の客人を見ている彼女に声をかけました。
マキシンは見たこともないほど満面の笑顔でにっこり微笑みました。


説明はなかったのですが、「私」は彼女たち夫婦が市場で料理を
買ってきて食べる人たちに、家を開放しているのを理解しました。


アジア人一家もパーティーの面々も彼女の友人ではなく、
ここで食事をさせてもらっている人たちでした。


マキシンはこうした機会を提供できることにとても満足な様子で、
知らない客人たちをにこやかに見つめているばかりでした。




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リアルの私は印象よりも、その人の心根を重視する方で、
第一印象が悪い人の方が後から親しくなる事が多いぐらいです。
(※夫などその典型


マキシンは英語のネイティブにも、そうでもない私にも、
同じようにぶっきらぼうで、ある意味で平等な人でした(笑)
その無骨さの中に、真面目で正直な温かみを感じていたので、
会わなくなってから何年も経ってから見た夢ながら、


「やっぱりマキシンっていい人だったんだな~」
と、なんとも穏やかでほっとした目覚めでした。

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夢見:オーストラリア建築

2018年06月25日 | 浅き夢見し

最近オーストラリアに行くことが多いからか、
夢にもよくオーストラリアが登場します。
もちろん、話の中身は荒唐無稽(笑)



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そこはオーストラリアのどこかで、長い長い夢でした。
あまりにも長い話で印象に残った部分しか思い出せません。


「私」は不動産を見に来たようですが、投資のためではなく
建物の講習を受けているようで、何軒か見たのですが、


「これはオーストラリアらしいな
と印象に残った1軒は、家全体が鎧戸で包まれた家でした。
鎧戸の中に渡り廊下のようなベランダがあり、その奥が家でした。


寒さよりも暑さ対策が重要になる場所らしく、
コロニアル調とも違う独特の鎧戸の使い方でした。

(※イメージの原型はこんな感じか?)


コロニアル調なら鎧戸だけでなく全体が白亜の建物でしょうが、
家は鎧戸だけでなく全体が濃いブラウンのステインが塗ってあり
木目が全面に出ていました。

(※木目の鎧戸も多いです)


木目の美しさを強調するように、窓の桟が厚手のアルミ製で
現金輸送に使うジュラルミンケースの縁取りのようでした。


しかし、工業製品的な直線の縁取りというわけでもなく、
手工芸品のような一律ではない厚みに贅沢感がありました。


木目の濃いブラウンと艶消しのシルバーの配色も美しく
紫外線の強いオーストラリアの真っ青な空に映えます。


「昔はこうやって家を建てたものなのよ。」
オージーらしく背の高い70代に見える女性が傍らで言い、
彼女はその家の建築士でした。


洗いざらしの半袖のブラウスに、太めの真っ赤なスラックスで
家の設計よりも、編み物の方が似合いそうな高齢者でしたが、
彼女の語るオーストラリア建築に「私」は聞き入っていました。



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木目とアルミという異素材の意外性
およそ建築士らしからぬ彼女の風貌
鎧戸の隙間から見える軒の深さ
そしてなによりも家の美しさ


そんな感動がつかみどころのない長い夢のワンシーンを
一つの記憶として、固定してくれたようです。


実生活でも衝撃はいずれ薄らいでも、
感動はいつまでも心に残るもの

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夢見:3階建ての家

2018年06月21日 | 浅き夢見し

その家に引っ越してから、しばらく経っていました。
しかし、「私」は初めて家の2階に上がってみました。


そこはホテルの豪華なカンファレンスルームのようで
正面に白いスクリーンがあり、その周りは布張りで、
凹凸のある落ち着いた光沢の贅沢な金地の絹張りでした。
手前にはプロジェクターのような四角い箱も見えます。


正面に向かって折り畳み椅子ながら座り心地も良さそうな
落ち着いたグレーの椅子が20脚ほど並んでいました。


「私」は部屋の外からチラっと見ただけで中には入らず、
「豪華だけどちょっと成金趣味だな。」
と正直に思いました。


「そうか彼女の元ご主人って会社経営者だったんだ。」
と、自宅に会議室がある謎が解けました。


家は3階建ての大きな家で、台湾人の友人から譲り受けました。
彼女は離婚してその家に長らく1人で住んでいましたが、
隠居を決め込み、豪華な有料老人ホームに越したようです。


カンファレンスルームの隣にはスイートルームのような
ホテル仕用の部屋があり、こちらもマットな金色を多用し
来客用のようでした。


ここもチラっと見ただけで中には入りませんでした。
全く「私」の興味を引くものではなかったようです。
3階はマスタールームで広々とした夫婦の寝室になっています。


見に行ったわけでもないのに、その部屋には大きなベッド、
ふっくら膨らんだプレスされた真っ白なリネンの羽毛枕があり
これまた落ち着かないほど豪華なことを「私」は知っていました。


引っ越してきたというのに、私たち夫婦は1階だけで暮らし
1階の間取りは勝手知ったるリアルな自宅とほぼ同じでした。


「1階だけで十分じゃない。」
初めて2階に上がった「私」はそう結論を出していました。


「でも、せっかく買った家だし、誰かにでも貸す?」
と思いながらも、
「それもなんだか気が重いなー。」
と、一つ屋根の下に他人を迎える気にはなれませんでした。


「もったいないな。」
と思いつつも、どこかの部屋のブラインドの間から外を眺めつつ、
「この件は改めて考えよう。」
と思ったところで夢が終わります。



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私には本当に3階建ての6部屋以上ある家に1人で住んでいる
台湾人の友人がいます


セキュリティーの厳しい彼女の家には足を踏み入れたことがなく、
中がどうなっているのかはわかりませんが、夢で勝手に浸入(笑)
離婚した元ご主人が大きな会社経営者というのも一緒です。


夢見でもわかる、私の上昇志向のなさ(爆)
半世紀以上も生きてくると、自分の好みもスタイルもわかっており
今さらワンランク上も下もないというのをつくづく感じます。

それよりも、こぢんまりした愛着のある空間を大事にしたい
そんな熟年期にいることを気づかせてくれた夢でした。

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夢見:ダイアル000

2018年06月10日 | 浅き夢見し
大変ご無沙汰していました。


どうしてこうも放置してしまうものか
それでも毎日訪問があって、のぞいてくださった皆様
ありがとうございます


あまりの放置で広告は出てくるわ(無料ブログなので)
パスワードは忘れるわで
時間ができたところでやっと再開します


とりあえず、最近の夢見から。
(※これとて数日前の話で記憶もスカスカ




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「私」と夫はオーストラリアをレンタカーで旅行中でした。
どこかの地方都市の観光を終えて、夫が
「近々ブリスベンに行くから」
と言いました。


外出先の道端で目の前にスーッと白いプリウスが停まり、
それは夫が手配していたウーバーでした。
「じゃブリスベンへ。」
と夫が行き先を告げています。


「えっ
急な展開に驚くと、なぜか私たちのスーツケースも
クルマに積んであり、5時間の距離を運転するのは大変なので
ウーバーを頼んだと夫が言います。


「5時間も乗るんだったら、トレイに行っておきたかったな。」
と思いながらも一緒に乗り込みます。


場面はバスターミナルような殺風景な場所に変わり
ウーバー運転手が私たちのスーツケースをエレベーターに
運び入れているではないですか!


驚いて駆け寄ると、
「荷物検査を受けなくてはいけないんです。」
と言います。まるで空港並みのセキュリティー。
事情を理解していない「私」にやや困惑顔でした。


ここではそういう規則らしく、エレベーターのドアが閉まり
荷物はどこかに行ってしまいました。
穏やかだった夢は、この辺から変調をきたします。


ブリスベンに着いた私たちはホテルにチェックインし、
「私」は写真を撮りに1人で外に出ます。
濃い緑が南国風なおよそブリスベンらしくない場所で
「私」は写真を撮り撮り歩き回り、とうとう迷子に


ホテルの場所も名前も思い出せず、焦り始めます。
全くお手上げで、親切そうな人から携帯を借りました。
いざ夫に電話をしようとして、
「ローミングしてあるから国際電話で通じる?」
と思いつつも、つながりません。


だんだん焦りだしながらも腹を決めて、
「警察に電話しよう
と思ったものの、


オーストラリアの警察って何番だっけ?
NZみたいに111
と再びパニくったところで夢が終わります。



==============



「旅行中」「夫」「乗り物」「エレベーター」
「ホテル」「迷子」

という私の夢の定石勢ぞろい(笑)


最後は夫とはぐれ、ホテルへの帰り道がわからないという
何度も何度も繰り返されたシチュエーション


ホテルの方角が思い出せない方向音痴も
常に携帯を不携帯なところも
リアルの私と同じです


その中でも多少は学びがあるのか、とうとう今回は
人の携帯を借りる
警察に電話しようとする

という進歩がありました。


相当ドギマギしたのか、起きてからも半日ほどはグッタリ
血圧でも上がっていたのかも


オーストラリアの緊急時の電話番号は000でした


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ハワイ行:歩いて歩いて歩いて決定

2018年04月06日 | 海外:ハワイ

まだまだ続く2017年3~4月のハワイ旅行記
放置すると長いのに書き出すと止まらない
足して2で割れるといいんですが。


私たちは旅行中、よく歩きます
テクテク5、6時間歩いてしまうことも。

街歩きだったり


ウォーキングコースだったり。

(※ダイヤモンドヘッド山頂からの眺め)


昼間だったり



夜だったり。



車窓からではなくじかに視界に入ってくるものは

インパクトが違うと感じます。


インパクトが大きい分、記憶に残り



旅が深まるような気がします。



人生初ハワイは漠然とした不動産投資の下見も兼ね



ワイキキ入りしてからは完全に投資家モード(笑)

街歩きも投資家目線でした。


不動産屋、管理会社、ホテル、銀行などを巡っているうちに
 


「私たちはワイキキじゃない
ということに気づきました。

(※ワイキキの象徴、近代サーフィンの父デューク・カハナモク)


ワイキキと地元民居住区の境界線となっているアラワイ運河

運河の外の居住区の方が断然おもしろい
と感じ、


意識的にせっせと外へ

この橋が境界で、ホノルルの中心部も外側


投資に関しても、ワイキキで投資できる物件の中には
かつて大手国際ホテルの管理だったものが、
老朽化して地元資本が管理するホテルとなり、
さらに古くなって客室をばら売りしてコンドミニアム化
という経緯をたどったものも、けっこうありそうでした。


住民が増え始めると、あっという間に生活感が出ます。
修繕積立費が住民基準で決まり、ホテル水準が維持できず
宿泊施設としては追加投資が不足しているのは明らか。

(※ここも大昔はホテルだったのでは?)


「暮らすように滞在したい」
という需要にはいいのでしょうが、自分たちがそれを求めておらず

(※これもエアビー物件では?典型的なカギの保存方法)


住民組合の決定で民泊ができなくなるリスクもあり
いろいろ歩き回って、見て、聞いて

コンドではなくホテルで、
ワイキキ以外に投資しよう

と決定しました。


ホテルとなると管理費や修繕積立費でがっぽり取られるので
利回りが低くなりがちですが、安定した経営とリターンは魅力
多大な借金での購入ですが、返済さえ何とかなれば
何とかなる
(※相変わらず呑気


この呑気なポジティブさもとことん歩いた結果で

揺るぎないものでした。


ホノルルの丸亀なら並ばずに入れるし



ゆっくりできました

(※ここでの話はコチラでも)


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ハワイ行:白い鳥居のハワイ出雲大社

2018年04月05日 | 海外:ハワイ

不動産投資の件でワイキキやその周辺



ホノルルのダウンタウンを
 
グルグルグルグル


合間にダウンタウンの先のチャイナタウンに足を延ばし、

チャイナタウン沿いの大きな川を渡って行くと・・・・


川向こうにそびえる



ハワイ出雲大社

白い鳥居で有名ですが、確かに白が目立つ


1906年に創建された出雲大社の分社なんだそうです。



手水舎



立派な注連縄



レイをかけられた狛犬の可愛いこと



思わず顔がほころんでしまいます。

なんとなくドヤ顔に見えるし(笑)
こんなに掛けてもらったら、
やっぱりウレしい


私は宗教心はないものの
信仰心はあると思うので

願って感謝するだけの場として、神社は性に合っているよう。
ハワイに出会えたことに感謝し、
投資成就を祈願しました。


川向こうに広がるチャイナタウン



川べりでは賭け事の真っ最中

やっている人も見ている人も真剣(笑)


チャイナタウンには興味津々ながら



あまりにも時間がなく通過しただけ。

いつか改めて出直しましょう。


めったに見ることがない台湾の青天白日旗

アメリカとの歴史的な関係の深さが改めて思い起こされました。
台湾は私が暮らした最初の外国で、今でも心のふるさとです。


たまたま出会った不動産エージェントも台湾生まれ。
さーて、願いが通じるよう引き続きがんばらなきゃ


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ハワイ行:ハワイ島産アワビのコナアバロニ

2018年04月04日 | 海外:ハワイ

不動産投資に向け1日中動き回り、夜にはクタクタ
レストランを予約して繰り出す元気もなく、


簡単に美味しいものを食べようとやって来たのは

アラモアナセンターのフードコート、マカイマーケットにある


コナアバロニ




ハワイ島でアワビの養殖を手がける日本企業の直営店
養殖といっても海洋深層水という水深915mの深海から
汲み上げた海水で育てているんだそうです。


ハワイ島では養殖場の見学もできたのですが、
時間がなくて見送ったので、オアフ島でリベンジ(笑)



ジャーン

こんな使い捨て容器でいただくのが惜しいお見事さ。


こんなにスバらしいアワビをこんなお値段でいいの

という太っ腹のフードコート価格
さすが生産者


NZで見慣れた貝殻10cm以上のパウアから比べると小ぶりですが
(※パウアはアワビのことで、10cm以下は捕獲禁止です)

日本だとこれが標準サイズなのでは?


これでもかこれでもか

という写真ですが



これでもかこれでもか

と食べました(爆)


かなり全種類制覇したんじゃないかな~?



ほっとする味なのに濃厚な風味の贅沢お粥



今年2月に再訪したらお店がなくなっていて驚きましたが
移転だそうです


あー、よかった
絶賛待機中


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ハワイ行:観光客から投資家へ

2018年04月03日 | 海外:ハワイ

ハワイの朝はやっぱりコレから

アサイボウル
@アイランドヴィンテージコーヒー


ワイキキ入りしてから1日半

基本的に即断即決の私たち
投資決定


a piece of Hawaii
(ハワイの一部)
を所有してみたいと心から思いました。


ハワイ島も下見を兼ねていましたが、

オアフ島に来て世界的観光地としての規模や


その実力を実感するところとなり

観光客から投資家に変身(笑)


そうとなったら善は急げ

ハイアットリージェンシー内にあった不動産屋に飛び込むと
めちゃくちゃピンと来た台湾系エージェントが対応してくれ
こちらの意向と予算を伝え、物件を紹介してもらいました。


その不動産屋はすでに買収されて今はないので

なんというタイミング
彼もあの支店には滅多に来ていなかったそうで、ご縁ですね。


ヒルトンのタイムシェアの説明も聞きに行きました。



インマケでヒルトンのセールスに声をかけられ、
「タイムシェアではなく物件を捜している」
と伝えると、
「買える物件もある
と力強く言うではないですか


「えぇぇぇえヒルトン(の部屋)が買えるの?」
(※そもそも予算オーバーで絶対ムリながら


「まさかぁ
と思いつつ、勉強のつもりで行ってみたら

やっぱりまさかでした(爆)


単なるタイムシェアの説明会で即退散

カタログ一式入ったバッグ


でも昔の写真が飾ってあって

ハワイアン・ビレッジと言っていたよう。


こんな感じはまるで



今のラロトンガそのまま(笑)

@パシフィックリゾート


他にもハワイ投資の先輩の物件管理会社にアポなしで行き
「物件を買ってから来てください
と追い返されたり(笑)


あちこち銀行を回って



ローンが組めないか話を聞いたり



ホノルルのオフィス街をウロウロウロウロ



ワイキキより古い建物が多く



緑が多く落ち着いた感じで

すっかり気に入ってしまいました


しかし、ここで大チョンボ(笑)

銀行に足を運んでいながらローンの話ばかりで、
口座を開設するという発想がまったくなかったこと


NZに戻ってハワイ投資の先輩に指摘されて初めて気づきました。
「気に入った物件が見つかったら、どうやってカネ送るんだ?」


彼は海外投資に慣れているので、ハワイに遊びに行って気に入り
帰る日に空港へ行くまでの数時間でとりあえず口座だけは開設。
さすが先輩
まだまだ駆け出しの私たち


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ハワイ行:エアビー初体験

2018年04月02日 | 海外:ハワイ

2017年4月のハワイ旅行
ちまちま更新しているうちにとうとう1年遅れに
(※その後さらに2回再訪していて、写真がないと混乱しそう)


どんなに遅れても記録を残しておきたい、単なる記録魔
さすがに1年はマズいので、がんばっていきます


=============



人生初ハワイは漠然とした不動産投資の下見も兼ねていたので
宿泊は初めてエアビーアンドビーを利用しました。


息子たちに
「エアビーいいよ~
と勧められながら、どうも乗り気がしなかった古い世代。
でもハワイといえばエアビー以前からコンド滞在など民泊の地。
民泊のリアルを知っておかねば
と思ったわけです。


決め手は立地と値段と写真と、あとは評価
オーナーたちが評価にピリピリするのも分かります。



最初にハワイ島ヒロで泊まったのはこちら。

見るからにかつてホテルだったと思われる建物。
(※部屋にはシェラトンと印刷されたハンガーがありました)


老朽化したのか、経営に行き詰ったのか、その両方か

今では部屋ごとに別々の所有者が住んでいたり貸していたり。


宿泊した部屋は少しハワイ風に手直ししてあったものの

基本はオリジナルのままのよう。


ホテル風であり民家風でもあり、部屋は申し分なし。

オーナーと顔を合わすこともありませんでした。


しかし、元ホテルのせいか庭など共有スペースが広く、
その管理を最小限に留めているせいか全体に荒れた印象。

決定的だったのがベッド脇のベランダの外が池になっていて
一晩中カエルの大合唱

バリのコテージでも似たような体験をしましたが
それどころではない音量で、慣れないとキツかった
(※2人とも細かいことには鷹揚な方なのですが)



カイルアコナではコロラドからリタイアしてきた夫婦の家に。

離れのような独立した部屋で、清潔感がありました。


夫婦は改装中の母屋に住み、以前はここに住んでいたそう。

そのせいか狭いながらも機能的にできていました。


バス・トイレ



以前のオーナーの趣味らしく、内装がやや和テイストなので



部屋もそれにマッチさせて

ござ


天井にも

夫婦でうんうん貼り付けたそう(笑)


繁華街までちょっとありますが徒歩圏内

長期滞在する人にはいいかも



ワイキキでは再び元ホテルだったクヒオ通りの1室に。



眺めはこんなでビルの間にかすかにワイキキのビーチが(笑)
これでもパーシャルオーシャンビューと言うのか

私たちには無性に懐かしいNZ移住前の香港にそっくり(笑)


ここは立地とホテルっぽさが気に入ったのですが

宿泊した3ヵ所の中では一番難あり


まずこの蛇口がぐらぐら

手で押さえていないと水圧でシンクの外に向いてしまいます。


後から何か言いがかりをつけられても困るので

問題箇所はすべて写真に残しておきました。
シャワーの水も常時漏れていました。


さらにここは最も掃除がアバウトで

クローゼットには前の宿泊客の私物?忘れ物?らしい物が
詰め込んだままで、全体に清潔感がないのは残念でした。


「何かあったらお申し付け下さい」
というメッセージが残されていたものの、
旅行中の貴重な時間をオーナーとの連絡で使いたくもなく
「何かあったら」ではなく「何もないように」
しておいてほしいと、つくづく感じました。


エアビー初体験にして、
「次回は絶対ホテルに泊まろう
と2人で心に誓いました(笑)


でも、この経験を通じて
「投資するならコンドではなくホテル
と決め、それはそれで貴重な経験になりました。


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ハワイ行:最初で最後のオノ・ハワイアン・フーズ

2018年04月01日 | 海外:ハワイ

ワイキキから人工水路のアラワイ運河を渡って、

やってきたのはカパフル通り沿いの
オノ・ハワイアン・フーズ


店内を埋め尽くす年季の入った写真に圧倒されます

白黒写真も多いことから、どれだけ年代物か。


中央には神棚



この脈絡のなさからみて(笑)飾ったというよりも

お客がくれたものを全部貼ってみたもよう
ビニールに入れて埃がかからないようにしているところに
几帳面で古風な人柄がを感じられます。


ここは伝統的ハワイアン料理の老舗中の老舗

何はともあれ表敬訪問すべき場所
と思い、テクテク歩いてやってきました


店内は満席でひっきりなしに人が入っては出て行き

予約もなしに最後の1席に座れたのは幸運中の幸運でした。


伝統料理の中でも看板のラウラウ

こんな食べかけ写真でスミマセン
タロイモの葉に包んで6時間蒸したものだそう。
伝統的な作り方を踏襲しているので時間がかかる


身はホロホロなのにパサパサ感はまったくなく
油分がいい塩梅に溶けてしみ込み、風味はしっかり包まれています。
ハワイアンのソウルフードといえばコレなんだそうな。


中央はロミロミサーモン。さいの目切りのサーモン、トマト、玉ネギ
紫のペーストはタロイモをすったポイ。米食以前の主食



アヒポケ

マグロのポケ
(※さいの目切りのマグロの刺身)
これがご飯にのっかればポケボウル=マグロ海鮮丼


デザート



たまたま席がレジの横だったので、忙しそうなオーナー夫妻の
日系人に見える奥さんに英語で声をかけてみました。


「店名のONO(オノ)は、もしかして苗字ですか?」
という、かーなーりトンマな質問


ONOがハワイ語で「おいしい」なのは有名ですが、日系人だったら
「小野さんもアリ
という一か八かの篠沢教授に全部並みの博打


その答えは















「ニホンジン?」


「はい、そうです。」
急に会話が日本語に。


「ONOはハワイ語で『おいしい』なのよ。」
やっぱりそっちかー


でも篠沢教授に全部いったおかげで、会話が始まり
奥さんは沖縄からの移民の確か3世、ご主人は日系ではなく
店はご主人の韓国人の母親が始めたものなんだそうです。

「アレ(の日本語は)全然ダメ
と太鼓判を押されていたご主人(笑)
黙々と給仕していました。


この話の中でラウラウを6時間蒸すことも
お米を知っている日本人には、タロイモをすったポイは
おいしくなかったこと(笑)
などいろいろうかがい、私たちもNZへの日系移民だと告げると
興味をもってくれました。


素朴な料理、素朴な雰囲気、素朴なもてなし・・・
そのどれにも心がこもっていて、温かく心が落ち着くひとときでした。


「再訪決定
の鐘が心の中でガンガン鳴り響きました。


しかし、大変残念なことに、この訪問から4ヵ月後の2017年8月に
1960年8月から57年続いたオノ・ハワイアン・フーズは
大勢の人たちに惜しまれながら閉店してしまいました。


残念な限りですが、最初ながらも最後に訪れることができ
人の一生のような長い歴史のほんの一コマでも共有できたことを
嬉しく思います。

経営者の皆さま、長い間お疲れ様でした
そしてお目にかかれ食事ができたことに感謝します。
どうか皆さま、お元気で。


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