ニュージーランド移住記録:みたび

移住は帰らなくてもいい終わりのない旅。人生そのものも旅。そして気づき始めたあの世への旅。旅と夢限定ブログ

ハワイ5回目行:ハワイのヨコハマを出て

2022年04月09日 | ハワイ:オアフ島

2019年11月の5回目のハワイ


西の町ワイアナエ出てからも
道なりにひたすら北西へ

ここで突然道が途切れます。


左の山には月のような観測所



ワイメアキャニオンに比べる
と、島の若さを感じる山肌

ワイメアのあるカウアイ島は
510万年前、マウイ島は340
~220万年前にできたそう。


ここからはカエナポイント州
立公園となり、西端まで歩き
ます。アクセスは徒歩のみ。



出発点となるケアワウラベイ
(上の図右上の①部分)は別名

ヨコハマベイと呼ばれ一帯の
浜全体を指す通称なんだとか


実際の横浜とは似ても似つか
ぬ光景ですが(←横浜出身)
ここに横浜出身者が釣りに来
ていたのが名前の由来の有力
説らしいのは興味深いです。


官製出稼ぎだった日本人のサ
トウキビ農園労働者はほとん
ど同郷の地方出身者が集団で
来ていたので、横浜出身者が
混じる可能性は低いのでは
(👆という夢のない事を言う)


個人的には彼らが横浜から出
航したという説に賭けたい


ともあれ、ハワイのヨコハマ
を出て、カエナポイントへ


入口に案内板がありました。



かつてホノルルから最西端の
ここを経由して最北端カフク
まで鉄道が通っていたと知り

驚きました


サトウキビをホノルルの港ま
で運ぶために1887年に開業し
たオアフ鉄道土地会社(OR&L)

鉄道は観光でも人気を博し、
1900年代初めまではホノル
ルのゴミを集積場に運搬し、
第二次大戦中は兵員や軍事物
資輸送にも使用されたそう。


しかし、1946年のエイプリル
フールデー津波
の被害で廃線
となり歴史に幕を閉じます。
津波はこんな場所にまで、大
きな爪痕を残していました。


その鉄道跡が今では遊歩道に

幅が広く平らで歩きやすい


しかし、これはダイナマイト
で固い岩を砕いて広げた結果
で、そこで出た瓦礫は他の低
い場所に運ばれ、線路の高さ
を海から一定に保つために使
われたそうで、大変な労力💦




線路の下は荒波が打ち寄せ、



反対側には山肌が迫ります。



ワイアナエ火山の噴火で流れ
出たマグマからできた火山岩

玄武岩で黒々としています。


ボルダーと呼ばれる丸い巨石



道の真ん中にも大きな岩

ボルダーが転がってきたのか


火山岩が長年の波風に晒され
てさまざまな形に変化を遂げ

自然のアーチになった場所も


アーチを風が抜けていくため
か、笛のような音がします。



とうとう線路跡のある場所に



枕木がそのまま残っています。

さぞや良質の木なのでしょう。


前方にまさかのクルマ



こんな道を走ってきたよう💦



逃げに逃げてここで御用

となったんでしょうね


行く手を阻む万里の長城のよ
うなフェンスが見えて来た




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