ニュージーランド移住記録:みたび

移住は帰らなくてもいい終わりのない旅。人生そのものも旅。そして気づき始めたあの世への旅。旅と夢限定ブログ

ハワイ5回目行:ペギー・チュン ホテルでの出会い

2022年04月26日 | ハワイ:マウイ島

ラハイナの話を終える前に、
ぜひ書き留めておきたいこと
があり、もう数本続けます


宿泊したプランテーションイ
の部屋には素晴らしい絵
の複製が何枚もありました。



思わず見入ってしまったベッ
ドの上のハワイのコテージ

鮮やかさの中に気品があり、
思いもよらない色から植物の
瑞々しさが伝わってきます。


コテージが中央に描かれてい
ても、絵には主役も脇役もな
く、すべてのディテールが均
等に、美しく、丁寧に、心を
込めて描かれているようにみ
え、見入ってしまいました。


たわわに実る南洋のフルーツ

マンゴーでしょうか?


皇帝シダ(オキナワウラボシ)



葉の表面の星が特徴的なシダ



ホテルの庭にもありました。
 


画家の名前はペギー・チュン



このホテルかオーナーの故Sir
ランラン・ショウにゆかりあ
る中華系の画家なんだろうと
思いながらも、Chunという
スペルが北京語でも広東語で
もなく、19世紀早々に国を出
た華僑の子孫、華裔かもしれ
ないと思いました。当時は英
語表記が統一されていなかっ
たので、漢字は同じでもさま
ざまな表記方法があります。


検索して驚いたことに、ペギ
ーは白人のアメリカ人女性で
チュンはご主人の姓でした。
(※写真はコチラより)

絵筆をくわえた最高の笑顔に
は長く深い物語があります。



ペギーは1946年にオクラホ
マで双子姉妹の1人として生
まれ、1968年にハワイに移り
住みました。その後、ハワイ
モチーフのクリスマスデコレ
ーション事業で成功を収めま
したが、1987年に画家だった
双子のボビーが筋萎縮性側索
硬化症(ALS)で亡くなるのを
機に彼女も絵筆をとります。


才能はすぐに開花し、鮮やか
ながら柔らかで明るい水彩画
は、ハワイだけでなくアメリ
カ本土や世界からも認められ
ペギーはハワイで最も愛され
る画家の1人となりました。


画家としても順風満帆にみえ
たペギーですが、彼女は自分
にも病魔が迫ってきているの
を人知れず感じていました。


2002年56歳の時に、ペギー
もまたALSと診断されます。


(つづく)

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