ニュージーランド移住記録:みたび

移住は帰らなくてもいい終わりのない旅。人生そのものも旅。そして気づき始めたあの世への旅。旅と夢限定ブログ

タスマニア行:流刑囚の見た景色

2024年03月01日 | オーストラリア:タスマニア

2023年3月のタスマニア2日目


世界遺産ポートアーサー史跡

刑務所の外には警備室。目的
を知らなければ穏やかな印象
さえ受ける青い屋根に六角形
の見晴らしが良さそうな窓。
しかし、大きな嵌め殺し窓が
無言で目的を告げています。


警備室の前はかつての港で流
刑者だけでなく出入港する船
や物資も監視していました。

今や空き地になった左手には


兵站所がありました。

(※写真は1860年頃)


史跡内には30棟以上の歴史的
建造物やその跡が残されてい
ますが、兵站所の完成は1833
年で真っ先に造られた建物の
1つ。その重要性が判ります。

今は跡地のみ残され芝の更地


兵站所は食料と衣料を備蓄し
ていましたが、最大備蓄量は
3ヵ月分のみ。目の前は埠頭
で物資を運んで来る船の出入
港管理も重要な任務でした。


受刑者にとって兵站所は宝の
山。警備を厳重にしても何度
も強盗に入られたそうです💦

目の前に警備室があるのに


荷揚げのために小さなクレー
ン👇も設置されていました。



1877年に刑務所が閉鎖になる
や建物は荒廃し、1880年の暴
風雨で床が剥がれ、埠頭も流
されて、1884年には廃墟に。


今も海中に残るクレーンの基石



ここからはハーバークルーズ

入場料に含まれていました。


史跡全体が見渡せて、思った
以上に広いことが判ります。



史跡はタスマン半島の縦に割
れた左側に位置し、周囲の岸
が良く見えますがここは海



天気もよく絵のように美しい
風景が広がりますが、ここか
ら南極大陸まで2,600kmほど



冬の寒さや暴風雨には流刑囚
も看守もその家族も苦しんだ
ことでしょう。外の世界から
海と山で隔絶された陸の孤島



島流しのイメージそのもの。

流刑囚たちは周囲の森林
伐採にも駆り出されました。


ここから先は外洋。悪天候な
らその荒れ方はいかばかりか



いくら想像力を逞しくしても
この美しさ。流刑囚の恐れや
苦しみは想像の彼方でした。



しかし、船が折り返し刑務所
が見えて来たときに、突然、



当時と同じ景色を見ている

と思うと鳥肌が立ちました。


流刑先がイギリスから目と鼻
の先のアメリカから、遠路は
るばるオーストラリアに変わ
り、ささいな罪で子どもまで
送り込まれた流刑植民地制度


あのどこかで寝泊まりし、



あの塔から監視されるのか

誰もが食い入るように見つめ
た景色を私も見ていました。


20分ほどのクルーズですが、
深い印象を残す体験でした。




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