布屋忠次郎日記

布屋忠次郎こと坂井信生の日記

新宮さまのお名前は悠仁殿下

2006-09-14 12:30:45 | 天皇・皇室
亀BLOGになるけれど、秋篠宮家にお生まれの親王殿下の「命名の儀」が12日にあって、悠仁(ひさひと)殿下に決まったとのこと。

個人的に、愛子内親王殿下のときには「どういうお名前になるか当てた」と思っているのだけど、今回は全然。

愛子殿下のときに当てたというのは、偶然をさらに拡大解釈した話なんですけどね。(証拠はこちらのサイトの一番下の方に。)

あらためて、神様の守りのうちに悠仁親王殿下が健やかに成長されますように、紀子殿下のご回復がすみやかであるように、秋篠宮殿下と眞子殿下、佳子殿下に祝福があるように、お祈りします。
そして、皇太子殿下同妃殿下ご夫妻にも、親王を授かりますようにお祈りします。
皇室が悠久でありますように。


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しっかしなぁ。
愛子殿下のときにも思ったことだけど、今回も世間では「親王」「親王さま」「親王殿下」「新宮さま」と言っているのにマスコミだけ「オトコノオコサマ」でしたね。

「親王」って、放送コードなの?
それとも「視聴者には『親王』という言葉では伝わらないだろう」という、配慮、なの?
それにしては、愛育病院の医師の会見で「新宮」という発言があっても、何の解説もテロップもなかったけど。

だいたいマスコミは(それと多くの政治家は)、お生まれになったのが内親王ではなく親王だったことが、まるで女系天皇「容認」の障害になるかのように、皇室典範改正との関係ばかり報道しまくってたね。
実際、そうなんでしょう。国民の多くが喜んで祝福しているときに、「チッ、男児かよ」と苦虫ってる連中がこの国に存在することは、残念だけどおそらく(確実に、と言いたいくらい)事実なのだろうな。
親王殿下誕生の翌日の朝刊、各紙が一面トップでこの慶事を伝える中で、朝日新聞は例によって、一面には載せたもののトップからは外した。ただし、代わりにトップに持ってきた記事は、そうまでしてトップに持ってくる必要があるとは思えない話題だったけど。もしかして親王ではなく内親王だったとしたら、大喜びでトップで伝えたかもと思ってしまう。「これで女系天皇が導入されて、万世一系を崩せて、ゆくゆくは天皇『制』を解体できる」ってね。
そんな中、唯一、毎日の9月7日付けの余禄にこんな記述があって、まともなマスコミもいるんだなと少しホッとした。
「男児誕生によって、女性・女系天皇を認める皇室典範の改正は先送りになるとの観測も聞こえる。意見はさまざまあろうが、今はこの世にやってきたばかりの新しい生命を歓迎の合唱で迎える時だろう。まずはその健やかな成長への祈りを、秋篠宮ご夫妻はじめ皇族の方々と共にしたい」

うーん、乙武さんのブログが炎上したってのが報道されるような空気だというのに、いろいろ書きすぎたかな。

バプテスマ記念日

2006-09-14 11:50:46 | 祈り
0歳のときから、というかお袋のおなかにいるときから教会には入っていましたが、大学1年だった昭和62年9月13日に19歳でバプテスマを受けました。(学籍番号の先頭が62だったので、学生時代のことは年号で考えたほうが思い出しやすいのです)
以来、丸19年です。つまりクリスチャンとして19歳になりました。

クリスチャンになる前の人生と、クリスチャンになってからの人生が、ちょうど半々。
そういう節目のときに、バプテストの教会に出席しているというのも、縁というものかもしれない。(「バプテスト」は「バプテスマを行う者」の意味に由来するそうな。)
節目といっても、来年は来年で「満20年の節目」とか言ってそうだけど。

ま、とにかく、人生の半分をキリスト教徒として生きてきて、これからは人生の中での「クリスチャン歴」の方が、少しずつ割合が長くなるのだな。
それにしても、早いなぁ。
それにしても、あいかわらず未熟なままだなぁ。

これまで、むしろバプテスマを受けてからのほうが教会をサボってた時期があったりもしたけれど(学生の頃に2年くらいかな)、でも神様からの恵みも多い19年でした。
感謝。