みんなの党から枝別れした江田新党が新党のネーミングをあれこれ無い智慧を絞っているようだ。手っ取り早いのは過去の政党名を拝借することだが何せ手垢が付いているから新鮮味はないし、マイナスイメージが付きまとう可能性もある。抜け目なく選挙のスローガンを頂いたのが『公明党』だ。1951年(昭和26年)の第2回統一地方選挙で選挙違反が続出、6万人以上が検挙された。また翌年の衆議院議員選挙に向けて事前運動が派手に行われ、国民からも選挙を是正しなければという声が強くなった。朝日、毎日、読売の三紙が共同社告で公明選挙の推進を宣言、各界からも支持を受けて同年『公明選挙連盟』された。6月に衆議院は『公明選挙推進に関する決議』を可決、政府も『選挙の公明化運動に関する件』を閣議決定して『公明選挙』運動が展開された。選挙の度毎に『公明選挙』が叫ばれていたので子供までも馴染んで浸透していた言葉だった。最早普通名詞化していた『公明選挙』の『公明』をチャッカリ使ったのが創価学会を基盤にしている現在の公明党だ。創価高校、創価大学のようにすれば、簡単明瞭だが、これは憲法20条、89条の信教の自由と政教分離に抵触するので、それは出来ない、そこで目を着けたのが『公明』だった。1961年『公明政治連盟』を発足して、1964年(昭和39年)にこれを『公明党』として設立した。困ったのが『公明選挙運動』だ、このままでは政府、民間挙げての選挙違反になる。13年後にまさか名称を取られてしまうなど予想は出来なかった。止むを得ず新しい名称を公募して『明るく正しい選挙』が選ばれたのが1965年(昭和40年)。江田新党の準備会合で挙がった名称候補は『正義党』 ♪ 月光仮面のおじさんは 正義の味方よ よい人よ 疾風のように現れて・・・正義のおじさんが現れそうだ、『あしたの党』(選挙地盤がないのや、選挙が弱い手合いが多いからピッタリだ、♪あしたがあるさ)『新党ひびき』(タバコと間違える)などがあり、残ったのが『結いの党』『民権党』の二つだそうだ。『結いの党』の党名は一匹狼の江田の性格からして今後の結束が危ぶまれるから、ピッタリだろう。『民権党』は”自由民権”の自由を取ってしまった、取った自由を江田に付ければ、江田の自由だ、独裁にならぬか。”名は体を表す”というが、反対に”名前負け””看板倒れ””虚名久しく立たず”ともいう。党名に願望を含ませる事もある。『みんなの党』は虚名だったのがバレタ。『生活の党』は小沢が欠けているので名は体を表していない。『日本維新の会』は維新と言うより分裂の危機を孕んでいる。半月で新年を迎える。午年にスタートする江田新党、駿馬になるか、それとも駄馬となって次の選挙で落馬、落選するか。今後の江田の手綱捌きに掛かっている。さて運命や如何に、乞う、ご期待! 何ッ!期待しないって! ご正解。 写真は高幡山金剛寺=通称高幡不動、下は高幡不動駅からの歩道の埋め込みタイル、同寺自慢の初夏の山アジサイと秋の紅葉を描いている。
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