いのち・未来 うべ

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【野原千代さんを偲ぶ会】柳沢裕子さんの報告

2018年03月28日 | お知らせ

昨年2017年12月3日(日)、宇部市で開かれた野原千代さんを偲ぶ会、おしどりマコさん、山本太郎さんのメッセージに続いて、柳沢裕子さんの報告を掲載します。柳沢さんは、千葉県から遠路参加いただきました。医師の立場から野原千代さんの取組みを高く評価しておられます。文章は、12月5日のフェースブックに書かれたものです。 当日の報告としてもっともよく内容を伝えていますので、ご了解を得て掲載させていただきます。もっと早くアップすべきでしたが、大変遅れて申し訳ありません。
なお、「いのち・未来 うべ通信 第17号」(3月1日発行)にも掲載しています。

 

 


        野原千代さんを偲ぶ会に参加して

               柳沢 裕子  (千葉県  医師) 

 12月3日、野原千代さんを偲ぶ会に参加しました。亡くなって2年になるのでしょうか。なんで宇部なのかと思ったら、宇部の出身だったのですね。

 福島や東京から原発事故後に宇部に避難してこられた方たちや、この地で原発反対や持続可能な別の社会を目指す人たちが開催していました。

 ドイツ第一公共放送で放映された千代さんのニュースが流されました。「福島の方は全員避難してほしい。」子どもだけじゃなく全員なのですね。会に参加して、改めて野原千代という人間のすごさ、凄まじさが伝わってきて、身が引き締まる思いがしました。

 事故後すぐの5月に福島の高線量地域に入ってヤマトシジミを取りに行く。放射能は時間とともにどんどん変わるので、事故直後のデータを取ることは極めて重要かつ貴重なのですね。それを即座に理解して行動に移す。なぜそのような発想と行動力が備わっていたのだろうと、ずっと気にかかっていて今日も参加したのですが、その思いは深くなるばかり。事故直後に放射線関連の研究者が放射能測定に汚染地入りした方はいます。それももちろん貴重なことだったのですが、新たに実験を始めた人は他にいたのでしょうか?驚かずにいられますか?こういう人間がいてくれた。それがそっと残されました。

 彗星の如く現れて4年半で大変な業績を残したというような矢ケ崎先生の言葉が紹介されていましたが、本当に彗星のように現れて、すごい光を放ちながら消えて行ってしまった。

 研究のためにした被ばくが、彼女の病気に影響し、寿命を縮めたことは間違いないと思います。彼女自身も命を削っていることを知っていただろうと思いますが、研究をやめることができなかった。人類に対するものすごく深い愛があるのでしょう。

 偲ぶ会には千代さんのご夫君も参加されて、話を聞くことができました。そのお話も強く印象に残るものでした。千代さんに付き合わされて研究材料を一緒に採取されたり、資金援助をしてきたのですね。多分個人的なこともお話しされたのでその詳細は書けませんが、千代さんの研究を絶やしてはいけないと、千代さんのいた研究室を今も財政的に支える活動をされています。

 スカイプで野呂美加さんが参加していて、一般人に避難するかどうかを決めさせるのは間違っている、科学者が指示しなければならないと言っていました。全くその通りです。しかしそれは私にとっては針のムシロなのでした。(TT)

 

 今福島で起きているのは、信じられないことです。小児甲状腺癌が増えてるとか、増えてないとか、見つける必要のない癌をみつけているだけ、などという議論がされています。しかしその前提になるはずの、何人ガンになったのかという正確なデータを集めることができていません。科学はデータを正確に集めることから始まるのに。これが日本の現状です。

 改めて現状は、原発推進派のための壮大な人体実験場になっているということが会の中で浮かび上がってきて、怒りを新たにしました。それが千代さんを偲ぶことになるだろうと思います。

 山本太郎さんやおしどりマコちゃんがメッセージを寄せていました。
 マコちゃんが思い出として千代さんの語った言葉を書いています。

 マコちゃん、絶対に生き抜こう。生き続けて、後世にこんな酷いことがあった、と、原発事故の後の状況を伝えなくては。肥田舜太郎先生が素晴らしいのは、生き残って、広島原爆のことを教えてくれるから。生き証人だから。だから、とにかく私たちも生き抜こう。

 道半ばどころか、ほんのちょっとの所で千代さんは亡くなってしまいました。無念だったと思います。新しい実験の計画もあったのです。残されたのは、原発事故の実態を、何が何でもうやむやにせずに明らかにしなければならないという千代さんの強烈な思いです。
千代さんの激しいと言っても間違いではない人生を前にして、身が引き締まりました。               (2017年12月5日)