カウボーイたちが牛の群れを追って移動してきた。
まさに西部劇の世界だ。
7時半にホテルを発ち、また同じ単調な道にこぎ出した。
初めの2時間程は快調で、30キロ以上稼いだ。
しかし、途中からどうも調子がおかしくなる。
気分が悪くなってきた。
単調な道のせいで、テンションが下がってしまっているのかと思った。
やがて、道路上の車の通行が昨日までより多く、三倍以上ではないかと気付いた。
排気ガスのせいで頭が痛くなったり、胸が不愉快になっていたのだ。
ロードサイドに今までにないカフェが見つかった。
カップのアイスクリームを買ったが量が多くとても全部は食べられなかった。
昼頃65キロのシエゴ・デ・アヴィージャに着いた。
通り沿いにバスターミナルを見つけたので寄った。
次の町、80キロ先のサンクト・スプリュストか更に70キロ先のトリニダー迄のバスがないか聞いてみた。
サンクト・スプリュスト迄のバスは3時過ぎに発券するという。
長距離のインター・シティーのバスを運行しているビアスール社のオフィスを出ようとすると、男性に日本語で声を掛けられた。
那覇から来られたMさん。
同じバスに乗るという。
二人で2時間以上おしゃべりをして待つ。
同じ年代で独り旅、もと商業デザイナーだった。
専門はロードサイドの飲食店だったという。
設置場所から店の建設設計、商品の売上予測迄コンサルティングの対象だそうだ。
10年以上前、奥さまを亡くされ、それを機に商売をたたみ、東京のマンションも売り払い沖縄へ移住した。
私が今まで関わったことのないお話につい引き込まれてしまう。
それ以降アジアを中心の旅を繰り返してきたという。
キューバも私の倍ほどの日程を組んでいる。
バスは自転車も組んだままでのせることができた。
バスの中でも話は続いた。
サンクト・スプリュストからトリニダー迄のバスはなく、タクシーを雇った。
40年代と思われる車だ。
社内は改装されている。
フロントパネルはトヨタだそうだ。
70キロ近くを、35CUC 、一人当たりバスの三倍程か。
多分独りでも乗っただろう。
屋根上のキャリアーに自転車を積む。
トリニダーには7時近く暗くなって着いた。
彼の予約したCP に入った。
同じ部屋に世話になった。
宿の若女将は英語のうまいチャーミングなセニョーラだ。
夕食には旧市街へ行き、タパス料理を取った。
味は初めてうまいと思った。
食後も宿でラムを飲みながら10時過ぎ迄おしゃべりをした。
知り合ったばかりの人とこんなに話したことはないのではないか。
タクシーの中にヘルメットを忘れたことに気付いた。