凡峰の徒然日記

 日々の出来事や普段考えていることなどを自由に書き記していきます。(山や旅の話題が多いけれど…)

Fukushima 50

2020年03月14日 | その他

 先日、レイトショーで「Fukushima 50」を見てきました。
 私のブログを辿ると、2011年3月18日、丁度東日本大震災から一週間後ですが、「Fukushima 50」のことを以下のように書き記していました。

 大地震、大津波、そして原発事故。東北地方は有史以来最大の危機に直面している。この未曾有の危機に、警察、消防、自衛隊、米軍… そして「Fukushima 50」が敢然と立ち向かっている。
 ~ 以下、新聞記事より ~
『福島第一原子力発電所が深刻な事態に陥る中、アメリカのメディアからは、現場で懸命に原子炉の冷却に当たっている作業員について、「危険な最前線で努力を続けている」と称賛する声が上がっています。このうち、アメリカABCテレビは、福島第一原子力発電所では、交代で常に50人の作業員が現場で危険な仕事に当たっているとして、「彼らは福島原発の50人・フクシマ・フィフティと(Fukushima50)呼ばれている」と紹介し、家族が、夫や父親である作業員の身を心配していると伝えました。そのうえで、ABCテレビは、原発の危機管理の専門家の「作業員はみずからの命を犠牲にする覚悟で仕事に当たっている」と解説したほか、インターネット上でも「Fukushima50の行為はノーベル平和賞に値する」などの書き込みが寄せられていることが紹介されました。また、アメリカの新聞「USAトゥデイ」は現場の作業員や警視庁の機動隊による原子炉の冷却作業を詳しく説明し、「英雄的な努力」と評価したほか、ニューヨークタイムズ紙は「放射線を恐れない勇敢な作業員」という見出しを掲げるなど、作業員を危険の中、最前線で努力する「英雄」だと称賛する声が上がっています。』

 放射能という目に見えない敵と戦う現場作業員の壮絶な姿、苦悩を、渡辺謙、佐藤浩市らの名優が演じています。
 今、世界は「新型コロナウイルス」という目に見えない敵と戦っています。この時期にこの映画が封切られたことは… 人間は自然を畏怖することを忘れてはいけない。ということでしょうか… 


 この写真は、2013年9月に、太平洋上を航行中のフェリーから福島第一原発を撮ったものです。

懐かしき常盤小

2020年03月07日 | その他
「テセウスの船」の音臼小ではありませんが、私が卒業した常盤小の校舎が無性に懐かしくなり久々に訪れてみました。

昭和46年(1971年)11月に新築されました。私が2年生の時です。鉄筋コンクリート三階建、校歌に謳われている「大平山」を真正面に望む高台に建てられました。

平成28年(2016年)3月まで使用され、翌4月からは前年(平成27年・2015年)3月で閉校となった常盤中校舎へ移転しました。↑現在は空校舎になっています。

移転したこの場所は、古城山の直下にあります。昭和46年まで常盤小の校舎があった場所です。44年ぶりに元の場所に戻ったことになります。
当時、私の学年は37名いましたが、今は全児童で41名とのこと。何とも悲しい限りです。