鮎と戯れて・・・魚族に感謝

東北地方を中心とした短い夏のあまり多くない鮎釣りの記録。家族に感謝して。近くの広瀬川の環境等にも拘るも、オフは時事問題も

今年はこの竿に活躍してもらわないと、

2016-02-29 16:56:19 | お知らせ

 きょうはうるう年のうるう日で、にんにくの日とか。4年に1回ですから、あくせくしないゆったりとしているところがいいですね。

 新しく防腐処理された”昇り龍”です。 

 

 午前中が暖かくて、時間の経過とともに気温は下がり、あめから雪になってあしたに続くとかいう天気予報でしたが、午後からポツポツとは降ってきたもののまだそんなに気温も下がりはしていないようです。

        (午前9時15分頃)

 

 雨でも雪でもあしたまで持ち越さないでほしいですね。 あした3月1日はたくさんの高校の卒業式が行われます。予報では気温も下がるようですが、出席する身としては寒くないような気温であって欲しいのですが、ニンゲンの勝手です。

               

 

 あしたが高校で、中旬に二つの中学校の卒業式に出席する予定です。どんな感動的な卒業式となるのか楽しみではあります。 子どもたちにとっては少しでも住みよい社会にしていきたいと思うのですが、現実は青少年には生きにくい方向に進んでいると感じられるのは残念です。

 

 

 この前は鮎タモの紹介をしました。6つもあればいろんな場面で使うことができますし、ひとつくらい壊れても流されても何とかなります。もっとも私は使う時は、手尻ロープを付けてベルトとつなげているので流されるということはありませんが。 

 ただ激流に深く立ち込んだりすると、タモの抵抗も馬鹿になりません。怖いものとなります。2011年9月に最上川で”いよいよこれでお仕舞か”という危険な経験をしていますので、その後は激流に立ち込むということはしていません。

 ということで今年活躍してもらう鮎竿の登場です。みなさま盛大な拍手でお迎えください。

 シマノが3本、下野が1本です。 

 最初はこれですね、久しく使われていない、使うような大きな鮎が居ないせいもありますが、シマノの大アユ用の竿です。 若い鮎釣師には分からないでしょうね、こういう竿があったなんてことは。

       

 「シマノ SPECIAL 豪腕 尺鮎 90-95 ZV」です。この竿はもう13年も前になるのですか、平成15年に購入しています。 H2.9 で重量は305グラムです。50センチのズームで、穂先は直径2.1と2.5の2本あります。 

 かって最上川でいい型の鮎が一杯釣れた時には、大いに活躍したものです。 付近に10数人いたなかで”竿頭”になったこともあります。 この竿が縦横無尽に活躍できるような時代が再びやってくることを願っています。

 

 次は下野のこれです。「SHIMOTSUKE MAJOR BLAD BLACK VERSION SP

 パワー+の90  硬調(+8)の竿で急瀬パワーです。

 

 この竿は去年購入したのですが、大事にし過ぎたこともありますが、さっぱり活躍しませんでした。活躍できるような場所が、鮎が居ませんでした。

          

 今年はこの竿にいい思いをさせてやりたいとこころから思っています。でないと可哀そうです。買っただけで飾られたままなんて。お雛様ではありません。 これには直径1.8と2.0の穂先が装備されています。260グラムです。

 

 3番目はこれかな。同じくシマノ製品です。これは初期の小国川での活用を考えています。これで大鮎を釣るのは無理なので、解禁初期の小型から中型の鮎釣り用と考えています。小国川での大会用と考える次第です。

 「シマノ AYU SPECIAL 競 H2.5 90-95 ZA」  穂先は、1.7と1.8の2本ついています。265グラム

 

 これも古い竿となってしまいました。購入は平成12年ですから、14年も前の話しになります。実はあまり使用していないので、今でもピカピカです。

 

 4本目はこれまたシマノ製品です。 これはちょうど10年前の平成16年に購入しています。

 「シマノ SPECIAL 珪石 H2.75 90-95 ZT」  これは名竿ですよね。

 

 かって小沢兄弟が鮎釣り界に名前を馳せ始めた頃?シマノの大会等で優勝した時等に使っていた竿です。 しょうじきとっても使い易い竿です。 そして渋い、いぶし銀のような、実力があるからこそ静かに鎮座しているという感じの奥床しい竿です。

 穂先は、これは3本もあって、0.9と1.8と2.2です。今となっては考えられない感じです。

 今年は体が動くのであれば、この4本の竿を使い回しして、効率的に鮎を掛けていきたい強くそう思います。川と鮎の状況が最高の年となりますように!祈るばかりです。

 

 そうそうこれも出番は増えそうです。折り畳み式の瀬渡り杖です。 これはシミズ製品です。転ぶ前の杖です

 

 そして縁の下の力持ちと言っておいいもの、ハンガーです。 鮎たびを干すのに重宝していますが、ウエダーも干せますしやはりこれは必需品のひとつです。 何年も使っていると金物やロープに架けるところが壊れてしまいますが、そういう時は針金で補強したり、そこの部分だけハリ金にしたりしても十分使えます。

                 

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勝ってよかった ベガルタ! 買ってよかった コッペパン!

2016-02-28 13:56:59 | お知らせ

 きのうこれでもかと 福田のコッペパン の宣伝をさせてもらいましたが、パンも歯ごたえがあり、何と言ってもジャム等が本当にびっしりと万遍なく塗られているのです。 安いパンとかだとジャムやクリームとかは端の方には塗られていないのですが、そこは高いだけのことはありますし、さすがです。

    

 きょうの昼も3種類のパンを半分ずつに切って夫婦で食べました。こうすれば3種類のパンを食べたことになります。飽きが来ません。 でもいつまで食べることになるのやら・・・。なんでもここのパンは賞味期限がきのう買ってきょうまでとかいいます。 あくまでも美味しく食べてもらうという精神に拘っているのでしょう。

               

 買ったといえば、こちらも勝ちました! そうですJリーグも開幕し、さっそくきのうベガルタ仙台もアウエイで横浜マと対戦しました。アウエイだし、相手には元日本代表選手中村俊輔がいるのです。 去年も彼にやられたように記憶しています。

 

 でも幸か不幸か、中村俊輔はインフルエンザに罹患していました。治った感じでしたが、無理はさせなかった、無理をして出すほどの対戦相手ではなかったということでしょうか、仙台にとってはありがたかったです。もしかしてそこに隙があったのかも・・・・。

      

 結果は1-0でベガルタ仙台の勝利でした。勝ちました。 負けるだろうな、善戦はしても最後には負けるだろうなという負け犬根性だったのですが、勝ってくれてよかったです、嬉しさもひとしお、倍増です。

                    

 新聞のスポーツ面をみましたが、仙台のシュート数は何本だと思いますか?たったの3本です。それで勝ってしまいました。3割3分3厘のシュートの成功確率です。

 

 それでほかの試合のシュート数もチェックしました。 断トツに仙台が少ないです、たったの3本。次に少なかったのは神戸の5本、大宮の7本、鳥栖の8本、磐田の9本と続きます。他のチームはすべて10本以上のシュート数です。

                

 これを見てもシュート数が多くなければ勝てないということはないということが分かります。少ないシュートをいかに効率よく得点に結びつけるか、そして堅守で守り抜くかということが大事なのでしょう。       でもシュート数はやはり多い方がいいですよねえ~。

 

 

 今日も爽やかな一日となっています。

                

 

 そういう日は外に出るのもいいですが、じっくりと映画を見るというのもいいものです。録画した映画をテレビで見てしまいました。 ともに韓国映画です。 おとといが『私たちの幸せな時間』(2006年 主演 カン・ドンウオン)、きょうが『青い塩』(2011年 主演:ソン・ガンホ、シン・セギョン)です。

 

 『私たちの幸せな時間』 ときくと、内容は若者たちの幸せな恋愛ものかと思っていたのですが、なんのなんの静かなストーリーではあってもとっても真剣な、あなたはどう思うかと鋭い質問を突き付けられるような映画となっています。

               

 (きのうはこの一群の水仙に2,3の花が咲いていましたがきょうはなし、誰かが切り取って行った模様です。何と無粋なことをすることか・・・)

 何度も自殺を図っている裕福な家庭の娘(でも暗い過去を引きずってる)と3人を殺した孤児で施設育ちの死刑囚が、教戒師のシスターと面会を繰り返すうちにいつしか心を通わせるようになっていくという物語ですが、死刑制度についての鋭い問題提起をしている映画ですね。s刑執行の場面がとてもリアルに描かれています。

  

 『青い塩』は私の好きな韓国俳優 ソン・ガンホ が出ているというので録画しておきました。元やくざで足を洗い、いまは料理教室に通って将来はレストランを開きたい男としゃっきいでやくざ組織から逃れられない射撃の名手の若い女の波乱万丈な物語。最後はハッピーエンドになります。

                 

 女優のシン・セギョンがとっても可愛いですね。そういう女優とソン・ガンホの組合せですから、それだけでも興味をそそられる映画となっています。

  

             

                             


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もうきょうは、これ、コッペパン!

2016-02-27 15:35:05 | お知らせ

 外はどうなっているのでしょうか?カーテンを引いたから見えないんですが、カラスの鳴き声が姦しい。 トンビに狙われているのかな?

 雪も雨も降らずに、風もなくまあ過ごしやすい一日でした。 きょう午前夫婦で買い物に行ったのですが、いやあ参ってしまいました。 わたしとしては掘りこたつの下に置くヒーターの調子がすっかりおかしくなったので買いに行くつもりだったのですが、その前にデパートに行くとの奥方の言。

           (午前9時40分頃)

  

 開店5分以上前に並んでいる人が100人以上も。店員の案内で2列になってデパートの店内へ。 エスカレーターを昇って7階へ。そこからまた並んで階段下へ。こういう状況でした。

 

             

                       

 実は江戸時代から続くデパートで全国のうまいもの市が開催されていて、きのうからあしたまで岩手県盛岡の有名なパンが買えるということで並んでしまったわけです。一緒に並ばせられたというべきか。

 テレビ(「ケンミンショー」かな?)でも紹介されたパン屋さんらしく、今買わないと食べられないとか。 我々は前から100人くらいのところに並べました。

       岩手県からは、福田パン です。 

          

 これです、「福田パン」 です。 すべてコッペパンです。 コッペパンというとどうしても小学校の学校給食を思い出します。 正直言って美味いとは思わなかったけど、拙いという記憶もありません。 

   (カモの4枚の写真はきのうの午前撮影のものです。)

 

 コッペパンだけならなかなか食べられませんが、銀紙に包まれた立方体のマーガリンがついて来たり、小さいビニールに入ったジャムがついたりしました。 貧乏な我が家ではパンはほとんど食べたことがなかったですね。 ご飯も麦ごはんでした。 

               

 今となっては栄養的にはそれでよかったと言えるのですが、白い銀シャリが食べたかったなあ、あのころは。 卵も1個をたくさんの家族で食べるために、醤油を一杯かけて少しでも量を多くして大き目のスプーンで掬ってご飯にかけて食べたものでした。

  

 それが今では兼好ならぬ健康のためということで 玄米食 ですから、何をかいわんや、隔世の感がします。

                 

 何もこんなにむきになって買わなくてもいいのにと我ながらも思いつつ買ってしまいました。限定1000個、一人10個までとか言われるとついつい買いたくなってしまうのですね。

         一人10個まで。

 まだまだたくさんの人が並んでいました。 とても全員は買えません。

     

 

 並んで買った成果がこれです!! 自分でも呆れてしまいます。 びっくりしますよ。

 

              

             

  買ったコッペパンは2人で20個、どうやって食べるというのでしょうか? 種類は、「ミルクサンド・まろやかチョコクリーム・クリーム・ブルーベリー・あんバター・ジャム・まっ茶あん・クッキー&バニラ・ジャムバター・ピーナツバター」の10種類です。5,6種類のパンは売り切れていました。

 こんなにたくさんのパンを持ち歩いて、掘りごたつ用のヒーターを買い、バスで帰宅しました。当然3人では食べきれませんので、ご近所にたくさん持って行きました。

 明日買おうと思っている皆さん、早くいかないと、早く行って並ばないと買えませんよ!!くれぐれもご注意を!!!

                      (午後2時過ぎ)

  

             

  

      


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タモは、やっぱり Shimizu!

2016-02-26 15:01:30 | お知らせ

 きょうは2月26日、2・26事件があった日ですよね。青年将校たちの反乱ですが、ニュース等であまり取り上げられなくなりました。戦後の自衛隊はずーと文民統制できましたが、このごろは独裁者の影響でしょうか文民の力が弱くなり、制服組の力が強く前面に出てきつつあるように感じるのですが、杞憂であればいい・・・・。

 北海道新幹線の開業まで残すところ丁度一か月となりました。新幹線で北海道までつながってしまうわけです。 ここまでくるととっても青函連絡船が懐かしいです。青森駅からだったかな、フェリーがまるまる長い貨物列車を飲み込んでいくのです。びっくりした記憶があります。 過去往復4回乗ったことになるのかな。昔の話しですね。でもとっても情緒があったなあ。宇高連絡船もよかったなあ~。紙テープもフェリーから岸壁から見送る人たちに投げたものです。船上で食べた讃岐うどん、これがまた美味かったのだなあ~。

 きょうはまあいい天気ですね。 午後からは日も差してきて明るく、気持ちも爽やかになります。 明後日くらいからはぐっと暖かくなりそうで喜んでいます。

      (午前9時過ぎです。)

    

 きのうですか、Shimizuシミズ からカタログが送られてきました。 もうすっかりテクノメッシュも普及しているようで、他のメーカーも同様なタモをつくっていますよね。あとはこれでどれだけ小さい目のタモにしていくかが追及されていくのでしょうね。

   

                  

 タモのカタログが送られてきたついでに、現在保有しているタモの点検をしてみました。圧倒的にシミズ製のタモです。 そうですね、別にシミズのフィールドテスターでもないし、便宜を図られているわけでもないのですが、個人的に使っていても問題はないし、他メーカーのタモと比べて安いしということでずーと使っています。

 ということで所有するタモの一覧です。ハズレのタモもあります。

 ① これは私にとっては珍しくも ダイワ のタモです。新庄市の釣具店に行ったときに店主より勧められて買ったのですが、1,2度しか使っていません。 釣れまくっている状態のときならいいのですが、そういうことはほとんどなく、いつも厳しい釣りを強いられている身としてはやはり使うことに慎重になってしまいます。

 なぜか底が浅いからです。 そこにも形状記憶合金?の金属の輪がついていて型が崩れない、オトリを扱いやすいということで買ったのですが、底が浅く元気な鮎だったらいとも簡単に自分の棲家へ帰ってしまいます。

 こんなタモを買ってしまった自分の愚かさに落ち込んでしまいます。 これからは川の中の小石等に棲む小魚等を採るのに使ってやろうかと思っています。

   

              

 ② これは保有しているタモの中で一番安いタモです。 もっぱら地元広瀬川で使用しています。やはり見栄というものがありますので、遠征や大会のときは使いません。 とっても使い易いです。目も荒いです。 もちろんシミズ製品です。

  

                        

 ③ これは見れば分かるように ”手作りのタモ” です。初めて作ってみました。そのせいという訳でもないですが、うまくいったとは言えません。 失敗とも言えないけど不完全、納得するにはまだまだという代物です。 丸くするのもいい加減なところがあって、直径は40センチくらいあります。 いいところは とっても軽いのです。 さすが木製というところです。

   

 ④ これもシミズ製品で、それなりにいい値段はしたのですが、遠征とか大会でよく使用していました。これも使い易いタモです。 テクノメッシュのタモを買うまではこれがメインのタモでした。

  

                

 ⑤ 素ダモしかなかったのですが、やはりオトリや掛けた鮎の取扱いをスムーズにするためにはこういう袋ダモも必要です。 去年買ったのかな。 あんまり使っていませんが、あるだけで何かホッとします。シミズ製品です。

   

 ⑥ これが目下のところ一番高価且つ見た目もよく、遠征や対外試合(カッコいい表現)で使用します。 テクノメッシュの走りのものです。

   

 次はタモケースです。 タモケースでは不思議なことに?シミズ製品はなしです。釣具店で手に入りにくかったからと思います。

 シマノ 

          ダイワ 

  αーBIGです。

 これもαーBIG製品  

     裏側はこうなっ ています。

 メッシュのポーチがついていて、こういうものを入れています。

 ダイワの「速攻鮎キャリイ」 もう売っていませんよね。これはタモの金属製枠に取り付けるものです。

 

 これももう売ってはいないと思いますが、がまかつの「鮎ちょい運び袋」とか言っていたかな。

            

 またログを見るとシミズでもケースをちゃんと売っています。

            

 ということで、きょうは鮎タモの紹介でした。

 

 最後はいつもの景色で締めます。

         

 

  

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思い通りにならない日は、

2016-02-25 14:24:28 | お知らせ

 きょうの最低気温はマイナス4度という予報でしたが、実際にはマイナス3度くらいだったようです。でも朝方の空気は冷気そのものでしたね。 ありがたいことは風がなかったということ。 この冷気が強風とともに襲ってきたら、もうお手上げです、万歳です、降参です。

                (午前10時過ぎ)

    

              (きのう書いた「ジョギング」の看板です。)

            

 立っていると時折雪が舞い降りてきます。舞うというよりは静かに降ってくるというほうが近いかも。 もっというと雪よりも灰が降ってきたのかなと思ったくらいです。 

           

 情緒がなくなりますが。なぜ灰と思ったか?それは1月14日の大崎八幡宮のどんと祭のとき、大量の松飾を燃やすために灰が舞いあがり、周辺にパラパラと落ちてくることを何度も目撃しているからです。

  

 またそれだけ舞い降りてくる雪の結晶が少なかったということもあります。1平方メートルに3~4枚くらいの程度ですので、数えるくらいの雪の舞といえます。 これが花吹雪とかだったら優雅なことになるのですが。それはもう少し我慢して、楽しみはとっておきましょう。

   

 まあその代り元気な子どもたちの姿を目にしたのですから、それは大いなる救いです。そして子どもたちはこういう広いところで思いっきり走り回ってほしいところです。

    

 

 『朝の空を見上げて 今日という一日が

             笑顔でいられるように  そっとお願いした』

 

            『時には雨も降って  涙も溢れるけど

                  思い通りにならない日は  明日頑張ろう』

         

 『ずっと見てる夢は 私がもう一人いて

           やりたいこと 好きなよううに 自由にできる夢』 

 

           『人生は紙飛行機 願を乗せて飛んでいくよ

                    風の中を力の限り  ただ進むだけ』

        

 『人生は紙飛行機 愛を乗せて飛んでいるよ

       自信持って広げる羽を みんなが見上げる』

 

            『飛んでいけ! 飛んでみよう!』

            

                  ・・・・・「365日の紙飛行機」の歌詞を借用いたしました。

 

 先週か終わりましたが、韓国の商社を扱ったドラマ、これがとっても面白かったですね。最終回の後半がちょっと飛びすぎて少々白けてしまいましたが、韓国の厳しい商社の内実を赤裸々に、少し誇張はしているのでしょうが、描いていて興味を持って毎回夫婦で楽しみにして見ました。

 会社内部の抗争、派閥、いじめ、セクハラ、パワハラ、妬み嫉み、不正との戦い、そして正規社員と不正規社員、悩み苦しみながらも一生懸命生きようとする人々の姿。そういう諸々の問題を抱えながらも、そして挫けそうになりつつも先輩や上司、または同期の仲間たちの励まし等によって克服し成長していく主人公のチャン・グレ。そう単純なハッピーエンドの物語ではなく、平社員は平社員としての、課長代理は課長代理として、課長は課長として、次長は次長として時に理不尽な要求に苦しみ悩みながらもひとつひとつ問題をクリアしていくわけです。

 会社の方針と対立してしまった、自分の生き方を否定したくない、そこでの葛藤する姿はなかなかに見せる(魅せる)ものがありました。課長から次長になったオ・サンシクが一番よかったな、その俳優が好きになりました。いかにも猛烈社員ではありますが、それだけではなくちゃんと部下のこともいろいろ考えて行動してくれる上司です。いつも寝起きのままの髪型が可愛かった。

 そのドラマは 『未生』ハングルでは”ミセン”と読みます。最初はどういう意味か分からなかったけど、「弱い石」ということだそうです。なんでも囲碁用語からきているようです。 見たのはアジアドラマ専門チャンネルでしたが、どこかのBS放送でもやっているようですので、興味のある方は予約しておいてまとめてみてください。

 


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人はなぜ生きる、走る、

2016-02-24 14:43:40 | 思いつくまま

 予報どおりやっぱr空気は冷たくなってきました。あしたにかけてはもっと冷え込み、日中の気温もあがらないようです。真冬に逆戻りのような天気のようです。 家の中にいて、外気を遮っている分には陽射しもあって幾分暖かいのですがねえ~。

      

         

 (隣家の梅はこんなに咲き誇っているのですが、仙台はきのう梅の開花ということになるそうです。)

 寒いけどじっとこたつに入ってばかりではますます老け衰えていきますので、少しでも太陽の日差しを浴びるべく散歩に行くようにしています。 この前朝のラジオで言っていましたが、ニンゲンはどんなに遅く寝ても起きる時間を一定にして、アサヒではビールとなってしまいますが、朝日を浴びることが必要なんだそうです。

            (きょうは雲の形に注目してください。)

       

 朝7時頃には起きて、陽射しを浴びて、1時間以内に朝ご飯を食べるという習慣が大切なのだそうです。そして次の食事まで4時間くらいおいて空腹感を覚える頃に食事をとるのがいいそうです。

 考えてみると私はいつもそうしているようです。 朝は6時15分前後に起きだして、朝ご飯は7時から食べています。 食べ終わったら食器を自分で洗って、7時30分からはBSで「あさが来た!」を楽しみに見ます。

 

 あさちゃん、可愛いですよね、何歳になっても。まわりの人は老けていっても、本人はさっぱり歳をとらない感じですが、それでもいいのです、可愛いから。もともと京都の三井本家の出ですから庶民から見たら何不自由なく育っています。

 彼女の行動力には敬服ですね、何位でも興味をもって挑戦していく姿は大いに見習うべきことが多いです。でも商いについては自分にはその才能は全くありませんから興味はないのですが、経済観念というかものごとを経済、商いをとおして考えるということは大切かなと思ています。

      (横筋の雲、こんな雲の形はもしかして初めて見るかも・・・)

   

 この世界を動かしているのは、究極のところ政治でも軍事でもなく、いくつくところは”経済”でしょう。 儲かるか儲からないか、儲かってもますます儲かっていくかどうか、要は”富”がすべて、富は分配するのではなく、集中させる、そうすれば巨額の富があれば何でもできるというのが現在アメリカの政治システムではないですか。

     

 だからこそ長州の誰かさんは経済成長こそすべてと、そこに拘り続けているのでしょう。経済が成長しなければ国力は増大しない、増大しなければ諸外国から相手にされない、強大な軍事力も保持できない、独裁体制を確立しても外に向かって影響力を行使できない、それでは最高責任者・最高権力者として不十分だから、経済を成長させ続け、そこから生じた富は一極に集中して強力な三角形の支配構造を確立したいというのでしょうか。

 何かまったく話がずれていきました。

  

 午前中河原に行きますと、堤防を歩いていますと、行きかう人々は犬の散歩の人か、そうでなければ走っている人たちですね。 高校や大学のサークルの人たちはまあよく走っています。当然でしょうか、試合でいい成績を残したいから。自分だけでなく、学校の名誉にもなるでしょうから。 

         

 走ってるのは必ずしも若い人たちばかりとはいえません。中高年、かなりの高年の人も走っています。 なぜ走るのでしょうか? 健康のためというのが一番多いでしょうね。 でも見ているとハーハーゼーゼーいいながら走っている、もういかにも苦しそうにして走っている人が何人かいるのです。 たまに外国の人も見かけます。

 息も絶え絶え一歩手前くらいの状態で走っている人を見かけるとなにもそこまで必死にならなくてもいいのになあと思ってしまいます。 とてもいわゆる”ランナーズハイ”という状況ではないのです。 なんでそこまでして走るのか!?無理は禁物と言ってやりたいくらいです。

  

 しかもよくよく見ると走っている中高老年は圧倒的にというかほとんど全部”男”といっていいようなのです。 世の男性諸君!一体何でそこまでして走るのか? 折角空気のいい河原に来ているのですから、周りの自然を見ながら速足で歩いたりしてはどうなのでしょうか?

 最高の自然環境の中にいるのですから、その環境に感謝してその恩恵を享受しようではないですか!

    

 でもなんで”女”の中高老年のランナーはいないのでしょうか?圧倒的に犬の散歩をしているのは女性です。 そして散歩仲間同士でのおしゃべりに花が咲いています。男同士ではこうはいきません。 私もたまに男性にあいさつをしたりするのですが、気持ちよく受け応えしてくれる男性は多くないですね。

 中高老年になったら、すべからく男は女を見習うべきですね。どうでもいいような世間話を(延々と)できるようにならないと孤独なつまらない人生を送ってしまいかねません。でもこれが難しいのですね。夫婦の会話でもなかなか妻の話すことにきちんと向きあって話し続けるということは大変なことです。でも老年になったらそれをしなければならないのでしょうね、多分。

          

 また話しがずれていきました。

 そうそう子どもたちが集団でよく使う緑地帯でも砂地のところにこういう高札が掲げられました。

                

 下の部分に2か所立っています。

    

 散歩したりしている人から苦情が区役所にいったのでしょうか。ひとりでも苦情がくれば即対応するのかな、それとも何人からも何回も来ているから対応せざるをえなかったのか。

 毎日独占的に私用しているというのなら分かりますが、頻度はそう多くはないですし、子どもたちが集団で思いっきり体を動かしたりするのは賛成なのですが。目くじら立てて反対するようなこととは考えません。

            

 それよりも誰にも使われずにそのままシーンと寂しくなっている広場が可哀そうと、わたしなら思いますね。使われてこそ何ぼですよ、しかも子ども達が使うのだったらいいじゃないですか。

 そうそう思い出しました。堤防にはこういう高札が大分前からあります。

                   

 堤防の上はかってはアスファルトでしたが、数年まえにアスファルトの上にクッション材を敷き詰めまして、ランニングの人に優しいように、膝を痛めないようにでしょうか、しました。 だから堤防の上は格好のランニング練習場となっています。

 近くの高校や大学のクラブの人がよく来ては走っています。あまりに多い人数ですと、歩く方には迷惑ですが、まあそれもそう頻繁にあるわけでもないし、許容範囲かなと思ってはいます。 

 でも先日妻が言うには、ある男の老年者が大学の走者たちを怒鳴りつけていたということです。 ここは走るところではない、ましてや集団で走るな、そんなことも常識として分からないのかと怒っていたとか。

 ここの堤防の別のところには、健康のためにジョギングをしましょうという看板も立っています。市民がジョギングをして健康増進に努めてほしいというねがいからアスファルトに緩衝剤を貼りつけたのです。

 いろんな人がいますから、いろんな考えもあります。でも卑屈になる事はないですが、高老年の諸君先輩はもうすこし”若い人たち”のことを考えようじゃないですか。今の若者たちは本当に生きにくい大変な時代を生きています。それでもそういう若者たちが日本を支えていくわけです。限られた財源だからこそ、私のようなもう先が短い者に手厚くするよりも若い世代にあらゆる面で手当てをしていってほしいと思うのですが、選挙となるとそうはいかなくなるのですよねえ~、ほんとうに困ったことです。

 きょうは脱線に次ぐ脱線で長くなってしまいました。


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皇太子殿下56歳の誕生日

2016-02-23 14:51:24 | お知らせ

 午後からはあまりぱっとしない天気ではありますが、寒さがきのうほどではないので助かります。

               (午前10時過ぎ)

 

 

 『戦後70年という節目の年に、先の大戦に関する様々な展示やお話を見聞きし、戦争によって日本を含む世界の各国で多くの尊い人命が失われ、さらに多くの方々が大変つらく悲しい思いをされたことを再認識し、大変痛ましく思うとともに、改めて戦争の悲惨さと平和の尊さに深く思いを致しました。』

    

 『そして、歴史の教訓に学び、このような痛ましい戦争が二度と起こらないようにしなければならないとの思いを強くいたしました。』

          

 『私たちも、そうした両陛下の平和を思うお気持ちをしっかりと受け継いでまいりたい思っておりますし、また、私たちのみならず、多くの方々が両陛下のご訪問を通じて、先の戦争についての理解を深められたのではないかと思います。』

       

 『私自身、昭和40年以降、毎年のように、夏の軽井沢で、両陛下とご一緒に沖縄豆記者の皆さんにお会いしたり、戦後引き揚げてきた方々が入植した軽井沢にほど近い大日向の開拓地を両陛下とご一緒に何度か訪れるなど、戦争の歴史を学び、そして、両陛下のお気持ちに直接触れてきております。』

   

 『また、両陛下からは折に触れて、私たち家族そろって、疎開のお話など、戦時中のことについてうかがう機会があり、愛子にとってもとても有り難いことと思っております。』

                  

 『戦争を知らずに、平和の恩恵を生まれたときから享受してきた私たちの世代としては、各種の展示や講演、書物、映像など、過去の経験に少しでも触れる機会を通じて、戦争の悲惨さ、非人道性を常に記憶にとどめ、戦争で亡くなられた方々への慰霊に努めるとともに、戦争の惨禍を再び繰り返すことなく、平和を愛する心を育んでいくこと大切だと思います。そして、そうした努力を次世代にも受け継いでいくことが重要だと思います。』

   

 『同時に、世界では、いまだに紛争が続いている地域がいくつもあります。そのような紛争の惨禍が終結し、いつの日か世界全体に平和が訪れることを願っております。』

             

 以上は2月19日に東宮御所で行われた記者会見での皇太子殿下の発言から引用しました。 皇太子ももう56歳となりました。でもまだまだお若く見えます。私も年齢よりは若く見られますが・・・。

 迂闊にも気がつきませんでした。堤防付近のある家の前に桃の木(でしょう?)の花が咲いていました。 毎年このブログでお知らせしているのに、一年前のことなんかきれいさっぱり忘れているわけです。 このブログを辿って行けば分かることではありますが。

   

           

 

    

 おまけに水仙も。

                

        

 


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続かないようで、

2016-02-22 16:20:15 | 思いつくまま

 過ぎてしまったけど、きょうまたチョコを、今年一番大きい箱に入っているチョコをもらってしまいました。 これで4個となりました。 記憶しておかないといけません。 ちなみに一番好きなチョコは ”アーモンドチョコ” です。

 

 きのうは風が少しあったものの、最高気温は11.4度まで上がってくれたのですが、きょうはお昼頃で3.9度とか言っていました。 空気が冷たいのです。 3時過ぎの車での計測では外気温は6度でしたが。 気温は上がったり下がったりを繰り返し、春になっていくのでしょう。

  (午前9時10分頃かな。薄日は差しているのですが、雲が多いです。)

 

            (広瀬川の水量もまた減りはじめました。)

        

 ラジオで聞いたのですが、きょう2月22日は 222 のためか「猫の日」とか。ニャーニャーニャーの語呂合わせでしょうか。 622年に聖徳太子が49歳で亡くなった日でもあるようです。

             

 

 まさか分流の下流の方にカモがいるとは思いませんでした。 しかし3羽が右岸側にいたのです。 向こうの方が先に私を見つけたようで、そわそわする感じで右岸に寄って行きましたが、私がきちんとカメラを構える前に飛び立ってしまいました。

 

 でもおかげでこういう写真が撮れました。驚かせたくは全くないのですが、・・・。

 

 その代り?こういうシーンを撮ることができました。中洲の上流の方の分流側の大きな木です。そこに悠然と止まっていました。 そしていろんな動きをみせてくれました。

 ①   ② 

 ①のところに止まってこちらを見ていたのですが、少しずつ下流側に体を動かしながら移動しました。 ほんのちょっとした距離なのに、横歩きをしていくのかなと思いきや短い距離でも羽をばたつかせてジャンプするような感じで移動するのですね。

              ③ 

 あっち向いたりこっち向いたりしての移動でした。 まあお陰さまでこういう写真が撮れたのですが。

        ④  

 きょう午前の水仙です。

 

                     

   予備軍です。

               蠟梅かと、 

  これは何でしょうか?

 

 我が家の花も見てください。

    

 私と同様に内気なためでしょうか、下を向いてしまうのですね。クリスマスローズとか。

 

 

 

 

 


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是非とも読んでください!

2016-02-21 15:26:00 | お知らせ

 雨も上がり朝からいい天気ですが、一部に黒い雲があり、午後から雨になりそうだという予報が当たるような天気です。 でも暖かい一日となりました。

            (午前10時頃の東方面の様子)

  

                (同じころの南南西方面の雲の様子です。)

            

 見ましたか?「題名のない音楽会」です。 きょうは世界的に有名になりつつある、あの若きマエストロ 山田和樹 さんが出ました。 若いからでしょうね、また自信があるからでしょう、いろんなことに積極的に挑戦しています。

              

( きのうの雨の影響でしょうか、広瀬川は水量が増えています。)

 

 (いい水量です。分流なんかすっかり生き返ったかのようです。)

             

 きょうはもう山田和樹さんの独演会と言ってもいい内容で、あっと驚くようなことに挑戦していました。 といってもそれぞれの演奏形態は、世界的に見れば誰かが実際にやっているものなのです。それに挑戦したということ。 でもその挑戦と言うか、オーケストラのメンバーにとってはある意味挑発行為です。その挑発にきちんと応えるところはさすがプロのオーケストラです。

              

 

 挑戦その1;ノーリハーサル・・・リハーサルを行うと、どうしても制約を感じることがおおくなります。 そこで一発勝負の緊張感のある演奏をしたいということ。演奏の自由さが感じられるとか。

                          

 挑戦その2;譜面台を無くす・・・つまり完全な暗譜で演奏すること。演奏者は全ての情報を覚えなければならないし、ひとつの曲を何度も真剣に練習しなければならない。 演奏が生き生きとし、音楽に自由さが感じられる、インスピレーションが音にすぐ反映されるということです。

 

 挑戦その3;配置をバラバラにする・・・現在の標準的な楽器の配置は、1930年以降に確立されたもののようです。さまざまな音がミックスされるのではないか、新鮮な響きが生まれるのではないかということでの挑戦ですが、大きなまとまりを感じるし、演奏者の自主性を感じるとのことです。 オケがより一生懸命になるので、ひとつにまとまるとか。第1バイオリンの人がティンパニーの席で演奏したのですが、”時差”が生じるとかいっていました。

                  

 挑戦その4;オケメンバーに歌ってもらいたい・・・自分の担当の旋律を歌うことは曲全体のイメージをつかむのにいいとか。演奏者のテンションが上がって、、演奏効果も上がったとのこと。 前半を歌って後半を楽器演奏するのですが、そうするとモノクロからカラーになった感じとか。演奏の幅が出て感動を与えるとも。

  

 それぞれ異なった曲を演奏したのですが、如何せん私の耳ではどれも何も変わらないというか変化は感じられませんでした。寂しいですけど、それが普通でしょう。 プロの世界はやはり違うものだと感じた次第です。 でも楽しかったですね。

                          

 何といっても山田和樹マエストロには好感をもっていますから。このブログでも何度か書いていますが、私も実際に彼の指揮でベートーベン交響曲第9番の第4楽章「合唱」を歌ったのですから。 それも子どもたちと一緒に、さらに大人のパートはテンデンバラバラにシャッフルされた状態での合唱でした。この経験は強烈でした。だから忘れようにも忘れられません。

   

 

 ここからが短い本題です。 みなさんは河北新報をとっていますか?私はとってはいないので分からなかったです。オンラインのニュースは毎日受信はしてたのですが。去年の12月1日から19日にかけて15回シリーズで掲載されたものです。

                 <もう一度会いたい>

 じつはそのことを知ったのはこれを読んでいた時でした。

        

        (拡大して見ると) 

 これは雑誌「世界3月号」のなかの 『特集 震災から5年「集中復興期間」のあとで』の最初の対談記事です。 対談者の伊藤寿行さんが河北新報の報道部副部長だったときに、100時間に及ぶインタビューをもとに記事にしたものです。

               

 これは私が自分用に15回分とあとがきをA4にコピーし、読みやすいように目次をつくって印刷して製本したものです。

 読んだ後の感想等は後で書きたいと思っていますが、圧倒された連載記事でした。 よくぞここまで掘り下げて書いたものだ、よく書くことを許可したものだ、インタビューするだけでも大変だったろうに、・・・。

 石巻市在住の今野ひとみさんと今野浩行さん夫婦は、7人家族でした。夫婦のほかに夫の両親と3人の子ども(長女(当時18歳)・次女(16歳)・長男(12歳))がいました。しかし、2011年3月11日の東日本大震災による巨大津波で、夫の両親と3人の子どもを一挙に亡くしてしまったのです。

 全く予想もしないことです。まさか5人も一度に無くすことになるなんて当時考えること自体がおかしいことでしょう。しかし現実にまったく思いもよらぬことで一度に周りの家族を失い、夫婦二人だけになってしまいました。 失礼ですが親はまだしも、子どもが3人とも、子ども3人が突然目の前から居なくなってしまう現実。

 想像できますか。 わたしにはいくら想像してみようと思っても想像の域をはるかに超えています。軽々しく感想なんてとても書けません。圧倒されて、黙っているしかありません。

 当時長女と次女は高校生、長男はあの大川小学校の6年生でした。

 でもこのブログをご覧になってくれている皆様には、是非ともまだ読んでいないのならネットで検索して読んでもらいたいと切に願うものです。こういう人がいたということを覚えておいてほしいと思います。

       


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さすが、雨水です、

2016-02-20 15:22:09 | 思いつくまま

 もう2月も下旬に入りました。今年の2月はうるう年のため29日まであります。考えてみるともしかして、一日が長くなることで得したり損したりする人たちがいるのでしょうね。私には全く関係ないことですが。

  (午前9時50分頃。上空は雲に完全に覆われていました。きのうの様子と何と違うことか)

 

        (きのうの午前9時20分頃の様子)

 

 (この男女の大学生のグループは割と多くここで練習しています。)

               

 きのう19日からは24節気の「雨水」に入りましたが、きょう午後から天気予報どおり雨が降ってきました。 何かとっても久し振りのような、懐かしいような雨降りです。

 

  (広瀬川本流右岸では化石採集の人たちが)  

 土脉潤起 : 土の脉(しょう)潤い起こる : 雨が降って、土がいくらか湿り気を含み出す、まさにピッタリな様子です。

  (また水量が減り始めています。)

 

 そんな中道路を挟んで向かいの家では、長いこと空き家になっていたのですが、あさからトラックが来て家の中の荷物を運び出しています。いよいよ解体するのでしょうか。 ずーと空き家のままで、5年前の東日本大震災ではコンクリートの土台の部分に大きなひびが入っていたので心配していました。

           

 周りを見渡しても本当に空き家が多くなりました。 少ない子ども、その子どもが就職で出ていけばもうなかなか戻ってくることはないということで、高齢者の一人暮らしの人も多くなってきているし、空き家も増えてくるというものです。

  (春を感じさせてくれます。)

 はっきりとした数字は忘れましたが、かなりの割合で日本の住宅は空き家が多くなっているはずです。本来そういう空き家を有効活用すれば住宅問題もいい方向に向かって行ったのでしょうが、戸建てもマンションも新築販売ばかりが目立ち、生活して行けば十分長持ちするはずの住宅が放置されたことにより人が住めない住宅ばかりが増えていくという悪循環。

                       

 住宅販売会社や不動産会社と結託した?行政施策により家賃は安くなることはなく高止まりのまま。たくさんある空き家を有効活用して行けば家賃も安くなり、庶民としては生活がしやすくなっていくはずでしょうと思うのは甘いでしょうか。

    

 少子高齢社会ということを真剣に問題とするのであれば、低家賃で住める住政策を推進して行けばいいのに現実は公営住宅の建設と言うことばかりに目が行き、空き家というものを活用する方向に向かないのはもったいないことだと個人的には思っています。 意識改革も必要になってくるでしょうね。

                       

 もともと日本の住宅事情というものは借家が多かったのではないでしょうか。江戸時代はもとより借家が普通で、漱石の小説をみても明治時代も借家生活が多かったし普通の状態だったと感じます。 なんでか、話しが全く変な方向に行ってしまいました。

             (堤防の花壇で咲きはじめました。)

    

 甘利 明・丸川珠代・高市早苗・島尻安伊子・宮崎謙介・溝手顕正・麻生太郎・丸山和也、以上の8人は19日の朝日新聞で「閣僚・自民党議員の問題発言や不祥事」として取り上げられた議員の面々です。

            (これ蠟梅だとおもうのですが)

 そしたら「江草乗の言いたい放題」で知ったのですが、兵庫7区選出の自民党議員山田賢司の元公設秘書が不審な自殺をしたと。 「LITERA」にも載っていましたが、何でも毎月10万円ずつ計1600万円もピンハネされていたようで、そのことで刑事告発をする準備をしていたところの自殺で、しかもマスコミが報道らしい報道をしていないことを疑問視していました。単なる車内での練炭自殺にしてはおかしいところが一杯あるようです。今後どうなるのか、どうにもならないのか注目して行きたいです。

 

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いやあ、暖かい一日で、

2016-02-19 17:04:10 | お知らせ

 土脉潤起 (つちのしょう うるおいおこる=雨が降って、土がいくらか湿り気を含み出す)

     (午前9時15分頃の東方面)

    

 きのうきょうと暖かい日が続いて助かります。きょうの最高気温は13度の予報でしたが、何度になったのか? お昼頃で11.7度とか言っていました。 温かい日差しに誘われて行って来ました、床屋へ。いまどき「床屋さん」というのは古いんでしょうか?古いのでしょうね、いまどきの若い人たちは何というのでしょうか? 来月になると、複数の卒業式に出席することになりますので、せめて身だしなみはきちんとしておかないといけませんね。

  (東方面は雲がなかったのですが、西北西方面には雲がありました。こういうところを歩いて散歩できるということは幸せ以外の何ものでもありません。)

     

 きょうは母の命日なのですが、あのときは雪が一杯降り、いたるところに雪が残っている

日々が続きましたし、寒い日が続きました。それがこんなに暖かい日となるなんて・・・。

   

           (同じ水仙です。) 

 それにしてもこのところすっかり日が長くなってしまいました。午後4時半を過ぎても普通に明るいし、あらためて気にしてみると5時半ころになってようやく薄暗くなり始めるというような感じです。季節は立春を過ぎて、「雨水」(土脉潤起)とかに入っているようですし、確実に季節は巡っています。

   

         (この水仙ももう少しですね。)

                    

 巡っていると言えば、見ましたか、今日午後1時からの旧党首討論というか、新旧党首討論というべきでしょうか、国会の衆議院予算委員会での民主党のかっての党首で、当時の内閣総理大臣であった野田佳彦と現在の総理大臣である安倍晋三との討論会です。

 討論会といえば立派ですが、実質は討論、議論とはなっていないことをまたしても、はしなくも露呈しました。

             

                (カモたちの姿は見られませんでした。)

 安倍の口車に乗って愚かにも衆議院を解散し、民主党をずたずたにしてしまった張本人とその時の最大野党自民党の総裁だった安倍との“対決”ということで、大変興味を持ってNHKテレビを見ていたのですが、結果はやっぱり思っていた通りの流れとなってしまいました。

 時間的にはあっという間の40分の持ち時間でしたが、相も変わらず答弁する方の安倍の態度は“はぐらかし”満載というところでした。質問に直接答えることを避け、直接には関係のないことをまくし立てるやり方、話しを別の方に持って行って、相手をけなして自分の方を褒めたたえるやり方は変わっていなくて議論になりませんでした。

 

 そこには真摯に受け答えをするという態度は見られませんでした。野田も最後にはこう言わざるをえませんでした。

『きちっと数字に向き合う素直さを持ってほしい。必ず最後には自画自賛に持って行く。反論にも耳を貸してほしい。』と。 いまさら言ったって遅いのですよ。

         

 

 またやってしまいましたね、というかまた見せてくれました、自民党「失言・失態ショー」と呼べばいいでしょうか。アメリカでは黒人が、奴隷だった黒人が大統領になっている、とか。さすが面白いことをいう、マスコミで売り出して国会議員となった弁護士出身の議員さまです。

 アメリカの黒人は、全て物として人身売買された経歴を持つ奴隷出身者であるという認識なのでしょうか。こんな程度の低い認識ではアメリカとしても怒るに怒れない、怒るに値しない哀れな人間、それでも弁護士なのかとあきれかえっているということなのでしょうか。

 謝罪会見でもまったく悪びれたところは見せていませんでしたよね。発言のどこが悪い、何が悪いのかという堂々とした?態度を見せてくれました。

 

 少し話は飛びますが、先おとといかなムービープラス(m+)で「それでも夜は明ける」という2013年製作のアメリカ映画をやっていました。後半だけ見たのですが、アメリカ南部における黒人奴隷に対する接し方、黒人奴隷を物として、白人の所有物としかみなさない態度、反抗したりした黒人に対する「鞭による制裁」は男女を問わずすさまじいものでした。この映画は実話をもとに製作されたようです。こういう映画を製作するというところがアメリカのいいところなのですね、その点は立派です。

 


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いろんな鮎竿があるもので、

2016-02-18 14:05:33 | 思いつくまま

 きょうの天気は素晴らしいの一言に尽きますね。 ありがたいです。 うれしいです。 午前中から明るくて、雲もない青空が広がっていました。 こうなると気分もよくなります。 ニンゲンは自然によって生かされていると思います。

          (午前9時20分過ぎ)

 

 2016年の鮎釣り関係のカタログも揃いました。 といってもシマノ・ダイワ・がまかつの3社のみ(WISTさんは失礼ですが省きます。)ですが、見えてきたものがあります。みえてきたというととっても格好がいいものですが、単に違いに気がついたというか、3社の特徴が出てきているというかそういうことです。

 具体的には「鮎釣り竿」についてです。 まあ、今年も手を替え品を替え売り出してます。商売だから当然です。毎回思うのは売るための“キャッチコピー”がうまいなあということです。

 

 だれが考えるのか、社員だけでないような気がしますが。かといって毎日の新聞をにぎわしているような電通とか博報堂とかにお願いしているということも考えにくいです。どれくらいの費用が掛かるのかは全くわかりませんが。

 鮎のカタログからでも、売らんかなの勉強ができますね。何といっても鮎釣り竿のカーボンの研究、充実発展は他産業にも大きな影響を与えているという記事を前に読んだことがあります。軽量にして強靭な素材ですからいろんな分野に使用できるわけです。

 個人的には鮎釣り用の竿の研究が自動車産業や宇宙工学にも影響を与えてるというだけで、私には何のメリットもないのですが個人的には嬉しくなります。もっともっと安くなれば申し分ないのですが、・・・・。話しがいろいろ飛んでしまいました。

 

 言いたいことは結論から言えば、「ズーム」の有無ということになります。ざっと見た限りでの感想ですが、ダイワにはズーム機能付きの竿はなかったし、がまかつの竿もほとんどなく、「パワースペシャルⅣ 引き抜き急瀬」が90-95という『マルチ』(がまかつ)機能を持っています。

 それに対してシマノです。実にいろんな竿にズーム機能がついています。シマノでは『ハイスピードズーム』といっています。鮎竿の長さの種類についてもシマノだけが一人気を吐いています。そしていろんな竿にズーム機能を持たせています。

 LIMITED PROクラスや SPECIALクラスのいろんな竿にズーム付きの竿がラインアップされています。

           (ここにカモが3羽いましたが、すぐに飛んでいきました。)

       

 しかも竿の長さもいろいろと打ち出しています。むかしむかしは9.0メートルが中心で、8.1メートルや10.0メートルくらいだったのが、その後9.5メートルの竿が出てくるに伴い、ズーム機能付きの竿が沢山出てきて、一時シマノとダイワでは何センチのズームにするかでやりあっていたということまではいかなくても、シマノが50センチで、ダイワは30センチにこだわって、それぞれの利点を長所を主張していました。

 その後さらに短竿が売り出され、今では7.0メートル、7.5メートル、8.0メートル、8.5メートルと多種多様な竿が売り出されています。選ぶ範囲が広まったのはいいとしても、逆にどれを選んだらいいか迷うくらいです。

              

 

 話しをシマノに戻せば、シマノでは9.3メートルの竿が売り出されています。それに伴いズームの長さも90-93と、30センチズームの竿も揃っています。そうそう8.8メートルの竿も発売されました。ズームは85-88の30センチの長さです。

 シマノだけが売り出しています。シマノのカタログは謳います。

シマノは88というさらなる可能性を生み出すレングスを誕生させた。この長さは90と遜色ない万能的な攻撃力を秘めながら85に迫る持ち軽さ、操作性、感度を随所で発揮。88は90と85のメリットに着目し軽さをキープしながらより攻撃的な側面を強調した新たなる提案といえるだろう。』と。

これ(90)は・・・95と90の長所をミックスさせた新レングスといえ、オトリなじみのよさ、ワイドな攻撃範囲、優れたタメ性能など、95並みのロングロッド効果を生み出しながらきわめて90に近い軽快操作を追及した意欲作である。』と。

   (堤防の花壇です。)

これらの竿は今夏どのように活躍してくれるのか?はたまたパッとしないままに終わり、来年は販売されなかったりするのか、注目したいところですね。 いい効果が、結果が得られるようであれば、他社も追随することになるのでしょうか。興味がわいてきます。

             

そして前にも書いたことがありますが、ここ数年の間に、それまでは当然のことのようについてきた『替え穂先』が、ダイワとシマノではほとんどついてこないようになっています。安い竿にはついています。これはどういうことなのでしょうかね。 

ただ、がまかつはほとんどの竿に替え穂先もついています。 我々利用者にしたら絶対に替え穂先もつけての値段であってあってほしいですよね。以前はちゃんとついていたのですから。穂先が折れてしまっても、替え穂先があればとりあえずは何とかなりますから。いままで何回穂先を折ってしまったことでしょうか。3,4回かな、多いとみるか?、少ないとみるか?

それがなくなったということはその分だけ実質的な値上げということになるのでしょう。いつしか替え穂先がないのが当たり前ということになるのでしょうか。むかしのことを知っている人が少なくなったらそうなるでしょう。

                      

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雪がなくなると、

2016-02-17 17:26:13 | 思いつくまま

 きょうはお昼頃からでしょうか、風が強くなってきましたが、さほど寒さは感じませんでした。

  

 午前中は街中で区役所主催の研修会、午後からは地域での打ち合わせがあり、午後4時15分くらいまでかかりました。 やはりこの時期いろいろと忙しくかつせわしなくなりますね。

  

 それを乗り切るためには何といっても健康なのですが、きょうは体調が思わしくないですね。午後は多分血圧はかなり高くなったことでしょう。

 

 そういう時癒されるのはやはり自然ですね。私にとっては広瀬川の流れです。広瀬川と川を取り巻く環境ということになります。

 

 川、木、砂、石、岩、草、土、花、葉、青空、雲、トンビ、カラス、カモ、オシドリ、すずめ、セキレイ、散歩する人たち、動き回る子どもたち、犬、そして空気、風、冬は寒いけど雪、それらが一体となった広瀬川の自然環境が好きです。大好きです。

 

 もう雪がほぼすっかり消えてなくなってしまった今となっては、何とも勝手なものですが、雪景色がとっても懐かしく感じられます。

 

 

 ということでほんの少し前の雪景色を。 雪が石をすっぽりと覆い隠した様子は見ていていいものではないでしょうか?

 

 もこもこした感じがいいです。

             

 

              

 

              

 

             

 

              

 

             

 

 くどすぎましたね。申し訳ありませんでした。


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たまにはアユの姿を見ないと!

2016-02-16 14:04:24 | お知らせ

 毎日の新聞報道によるきのうの最高気温は9.6度ですが、これは深夜も深夜、日付が変わる頃の気温と言います。 だからその後は下がり続けるままでした。

 (午前9時20分頃。もうほとんど雪はなくなりました。なくなると雪の風景が恋しくなります。)

  

  (広瀬川本流の水量も少し減ってきています。)

   

 どの時間帯までを範囲とするかで違ってくるようですね、きのう夕方のNHKテレビでは、最高気温9.6度ー最低気温マイナス0.4度でしたが、今朝の新聞では9.6度ー3.8度でした。

            

 

 きょうは明るい日差しがあり、空気は冷たいもののさほどでもなく、風がないのがいいですね。

 (分流にカモが2羽いてくれました、待っていてくれました。その割には逃げ去るのも早かったですが。)

  

                      

 そうかもう2月も後半に入ったのですね。いよいよ年度末か。この時期は何かと気忙しく、かつ忙しく嫌な時期ですね。それでなくても人生に焦りを感じているのに、・・・・。

 (彼らが羨ましくさえ感じます。 少し上流のカモやオシドリです。)

 

                     

 (そしてこういう若い子どもたちも・・・・)

 

 堤防の花壇の水仙でしょうか、きょうはこうなっています。

                     

    

 

 もう1ヶ月も前のこととなります。 1月14日BS-TBSでの「釣り百景」と言う番組で、真冬なのに何となんとナント ”鮎釣り” を放送していました。 ご覧になりましたか? しかも釣り人があの島圭吾さんで、場所が北海道なのです。

 北海道だから冬も鮎釣りができるのだ!なんてくれぐれも思わないでください。放送は1月でも実釣は去年の8月です。 場所は北海道の「後志利別川」、さて何と呼ぶでしょうか? 多分にアイヌ語に後から漢字を当てはめたのでしょう。

 「しりべつとしべつがわ」と読むようです。かれは北海道は初めての経験と言っていました。北海道の鮎つりといえば第一に思い出されるのは何と言っても”松田軍団”でしょうか。 741CHの釣りビジョンでは、鮎釣りから海釣りと幅広く日本列島を釣りまくっている釣り人で、番組では彼松田稔のことを ”鬼才” と言っています。

 あの強烈な個性に引き付けられてのことでしょうか、北村何某とか、何とかさんとか常にセットで番組には出てきます。とってもあくが強い人ですが、個人的には好きな釣り人です。彼らは毎年北海道に鮎釣りに行っていますね。その番組を見るのが好きです。

 今回はシマノのといっていいのでしょうか、釣人は島圭吾さんです。かれも好きな人です。

 引抜のシーンをご覧になって、今夏のアユに思いを馳せてはどうでしょうか。

  こうやって同じものを載せるのも面白いかも?

    

    

 同じものです。

 どうだ!見たか!釣ったぞー!

     

                 

            この満面の笑み、

 

 こうやって写真を並べるとかなりいい感じで釣りまくっているように思うかもしれませんが、実際はなかなかに苦戦していました。

                  

 

                       『釣期が短いため幅広になる。』

                 

 この川は天然遡上鮎だけの川です。 コン!と掛かり、ハリに乗った時の引きがすごいらしいです。

 

        

 この川が流れる「今金町」には、川を横断するダムがあり、観察窓付きの6キロメートルの魚道があるそうです。 ちょっと想像がつきません。

 

 

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焼跡闇市派、万歳!

2016-02-15 16:11:00 | 思いつくまま

 何なのでしょう、この天気の急変は!! 一昨日が15.7度で、きのうの最高気温はナントなんと何と 20.9度もありました。 2月14日バレンタインデー(関係ないですが)で20.9度ですよ!? だからきのうは過ごしやすかった、とっても。

            (午前10時20分頃)

         

 (見てください、広瀬川の本流の流れを。 いい水量となってきました。 雪どけ水でしょうか)

 

          

 それが何ですか、この急変は?! 許される範囲の急変ではありません。 最高権力者までの決裁を受けなければいけません。 朝方は暖かかった感じでしたが、時間の経過とともに気温は下がり寒くなってくるではありませんか!

  

       (中洲を挟んで分流も生き返ったかのような流れでしょう。)

 くるまで外出したのですが、お昼頃は車からの外気温は5度でしたが、3時過ぎには3度になっていました。 こういう天気が一番困るのですね、わが身には。 まるで日本の株式市況のようです、この乱高下は。 経済が安定しないと気温まで不安定になるのですか??全世界の金持ちのため息が気温を不安定にするのかも、・・・・・・・。(馬鹿ですね)

          

 (このくらいの水量が安定的に流れ続けてくれたらさいこうですね、もう。)

  

 

                    

 (上はきのうの堤防の顔壇から。 下は隣家の梅の木の花です。)

  

 

 きのうの朝日新聞の文化面の記事です。というか日曜日は読書特集になるので、その一環でしょう。 去年残念ながら亡くなってしまった野坂昭如の世界と題して、文芸評論家の水口という人が書いていました。

               

 書いていることはすごくまっとうなことと思いますが、最後のまとめたところがいいですね。   

『無辜の民が飢え、惨い死をむごい死を迎えることへの憤り、少年時代に妹恵子をわが手のなかで餓死させた無力感、空虚感、罪悪感。終末と破滅への警告を、一生発信しつづけた昭和最後の文士だった。人さわがせのパフォーマンスは「生き残れ少年少女!」という応援歌でもあった。』

 

 一昨日か、買ってしまいました、文芸春秋三月特別号を。 芥川賞を受賞した二人の作品が載っているから買ったのですが、ほかにこういう文章も載っていました。

 野坂昭如の奥さんの暘子(ようこ)さんが、50年連れ添った野坂昭如の素顔を、8ページにわたりきれいな文章で包み隠さず?に書いています。奥さんは大分前に、といっても脳梗塞で倒れてからの看病(闘病)記みたいなことを新書版くらいにまとめて出版したことがあります。

 そのときからきれいな読みやすい文章を書く人だなあと思った記憶があります。

 

 介護は実に13年目になったそうです。彼女の介護のキャッチコピーは、『あせらない、あきらめない、頑張りすぎない』、そして『私はどんな偉いドクターより彼の主治医は私なのだと自分に言いきかせてきた』と書いています。

 そして、作家なのに脳梗塞の後遺症のために、筆が持てないため、『白いボードを求め、毎日日付と名前を書いてもらう』ことを13年間続けてきたそうです。

 『彼は自分の病について一言も語ったことがない。一言の文句も愚痴もこぼさない。腹が立つくらい。』とも書いています。いかにも野坂昭如みたいです。 見習いたいことです。 身ならいたことと言えばこうも書いています。

 『私は結婚以来ただの一度も料理について文句を言われたことも貶(けな)されたこともなったのです。遅かろうが拙かろうが、必ず何か誉める。そしてご馳走さまと言う。』 

 わたしも極力作ってもらった料理については文句は言わないようにしていますし、文句は言ったことがない(つもりです)、不平はあるかも、こうして欲しかったとかは遠慮がちに言うことはあります。美味いときは美味いとは言っています。もちろんご馳走様とも言います。

 

                 (合掌)

 『人間だけが戦争をする。愚かな生き物だ。たくさんの犠牲の上に今の日本があり、二度と戦争をしないことが死者に対する礼儀である。戦争は醜い。戦争は悲しみしか残さない。』

 最後に野坂のこういうことも紹介しています。『ぼくは自分の食べた物を、牛のように反芻することができる。今でも出来る。悲しい癖だ。』と。 

 『飢えを満たす方法として、十四歳の頃に身につけた悲しい特技。これからの子供達にそんな思いをさせてはならない。悲しすぎる野坂の言葉だ。』と奥さんは言います。

 この部分を読んでいて思い出したのはこのブログでも書きましたが、広島に原爆が落とされた後のヒロシマの惨状です。子どもたちがやはりお腹を空かせています、食べるものがありません、そこでどうしたか道路に落ちている”石”を拾って口に入れて、飢えを一時的でも凌ごうとしたことです。

 

 

 下水口の大きな厚い鉄のふたが少し開けられていました。 先月からかうちの町内周辺で下水管の中にたまった汚泥を取り去る作業と管のなかの検査をしていますので、その一環としてここの開かずのふたを開けたのだと思います。

 

 つっかい棒をしています。出来てまだ使われていなかった頃は、このなかに入ってよく遊んだものです。

            

 


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