他所者
八乃進は平太にまとわれつかれながら村の社へ向かう坂道を登っていた。 一度来たことは有ったが、穏やかな日差しに誘われた事と、小高い山の上にある社からなら、本土とそれに続く各島の様子が見えるだろうと思ったからである。
小さく迂回する細道を回りきったら天空が開けて紺碧の海が広がって見えた。小さな社が鬱蒼として松に囲まれて建っておりその背後に本土陸地が望まれる。
社の上り縁に人が居た。数日村中を歩き回った間には見かけなかった人物であった。
平太が慌てて八乃進の後ろに隠れるように擦り寄ってくる。
「見慣れない顔だが・どちらさんでぇ・?」
探るように八乃進を値目まわしながら、その男が問いかけてきた。
「私は先日の嵐で船を流され、ここで厄介になっている五島のものだ」
「見たところ無腰のようだが、お武家かい??」
「いかにも・・ お前様は?」八乃進が問うには答えず
「よそ者があんまり、ウロウロ歩き回らないほうが良いんじゃねえかい
それとも、何かを探っておいでかい?」
「おぬし、私に何を言いたいのだ、おぬしこそ,ここで何をしておる」
「うるせい、よそ者につべこべ言われる筋あいじゃねえや。 おい、そこの小僧 こっちへ来い」
と、平太へ手をさし伸ばした手を、思わず払いのけた八之進であった。
「 ほう、何かい、おいらに喧嘩を吹っかけるのかい、 面白いじゃないかい・・」
言うなり八之進の右腕を掴みかかるのであった。
とっさに、八之進が、その左の肘を右手で持ち替え捻ると、その男は体ごと、あっけなく転がされていた。
「 いてて・・、 何しやがる」
八之進の動きに一転、警戒心露わに、身構え、後ずさりした男は、
「 ちったあ、歯ごたえがありそうだな、
今日のところは、消えるが其の内、化けの皮を剥がしてみせますぜ・・・」と、
捨て台詞を残して、社の後ろに身を隠し、そのまま松林の中に消えた。
三間程離れて、様子を見ていた平太が駆け寄り、憧憬の眼差しを向けるのを
「平太、今の男を知ってるか・・・ 何をしていたのかな・?」
「 うん、あんまり良く知らないけど、本土から時々やって来るって。 みんな嫌いだって言ってるよ 」
八之進は、男の居た社を一周りしてみたが、変わったことも無さそうであった。
男が消えた松林は島の北側に下り降りており、下の方は鬱蒼とした雑木林となっていた。その奥はおそらく断崖となり、本土との隔たりとなる青く深い海となっているのだろう。
西に目を向けると五島の島々が翳んで見えた。
南は広く、明るく開け、暖かい空気を運んでくる。
東には遠近に四つ程の大小の島が見え、その内の二番目に大きな島が、平太と加奈の島である が七八里先に見えた。
本土から時々渡って来る島民から歓迎されぬ人物とは、大凡横目の類だとの観測はつくのだが、これが今度の事件と関わりが在るのかどうか、八之進には判じかねた。
その夜、武吉の話しによると、源次という横目の手先であって、島に来た時は代官屯所の中間部屋に寝泊りしていること。 いつもは横目同心の巡視に同行して来るのだが、今は巡視の時期ではないとのこと。 今度の事件との関わりではないが、何かを探りに来ているのは間違いないだろうとのこと。
源次の動きに注意するよう村人に伝える事などであった。
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