(移転しました)Saoの猫日和/old

saoの猫日和のURLが変わりました。
⇒ https://blog.goo.ne.jp/saoneko0224

①9月20日、なら100年会館「BALLADE」

2021年09月20日 | ライブ・公演・舞台

約2年ぶりの奈良100年会館のライブに行ってきました。ジュリーさまは、満員の観客に超超ご機嫌のジュリーでした(^-^) 

今日は3列目の左側。こんなに前で見るのは、いつくらいか?登場したジュリーが眼の前の近さで、キャ~ 今まで、例え4階席であろうとライブが面白くない、なんて思ったことは一度も無い。いつも楽しかった、良かったと満足して帰っていますが、歳をとったとはいえ、ジュリーが眼の前で歌ってるという幸福感は、何物にもたとえようのない嬉しさです(^^)

土曜日の神戸のライブは「調子が悪かった」と言う、ジュリー。え~ そんな風には思わなかったけれど。 確かに歌詞間違いは多かったですが。神戸は50%の客入れに対し、奈良は100%。超満員の観客がとても嬉しかったようです。

「2020年は仕方がないけど、コロナはまだ2~3年かかりそう、どうせいと言うの。同棲時代・・。」には、へ?同棲時代??何の事やら意味が飲み込めない、わたくし。どうせいと言うのと、同棲をかけていると、気がつきました。まだ日の浅いファンには通じないと思いますが、大多数は、ほぼ苔の生えたファンだと思います。「同棲時代」と言うドラマにジュリーが主演したの。もう50年近くも前にね。(^^;

「家族にとめられた方もいるでしょう」「代わりに行ってくれる人を捜して。。」なんて、ジュリーさまは ファンの悩みを意外に良くご存じなのね💦

「大阪、東京、神奈川、沖縄は感染者が多い、京都は閑古鳥が鳴いている」と言っていましたが、さすがの3連休中の京都は、人出が多かったそうです。明日の京都はどうなのかな?

神戸とは違い、奈良の満員の観客の中で歌えるのが嬉しい!というジュリーでしたが、私は知っています。ジュリー祭りの前の奈良は、3階に客は無し、2階には半分くらいしか客は入っていませんでした。その状況が一番よくわかるのはジュリーで、なおさら 嬉しいのじゃないのかしら。

歌い出しの初めは、いつも声はガラっとしていますが「追憶」の熱唱は素晴らしかった、ジュリーの手の動きが美しくて、思わず目で追う。「海にむけて」は歌い出して間もなくから、泣き声に聴こえて、思わずこちらの身が引き締まる。歌いながら感極まった表情のジュリーは、胸のうちに思うものが有るのでしょう、きっと。「あの日は雨」も良かった。

1976年の「コバルトの季節の中で」には、他の曲とは違う感慨をもっている。どうしても、例の新幹線事件の際に謹慎して、その後に出した曲だという思いがあるの。ジュリーの歌う曲のひとつひとつに、ジュリーと自分との思い出があって、今でもその当時のでき事がジュリーの歌声と共に蘇る。20代30代のあの頃から比べて、随分と声は太くなり、ドスのきいた声も出すようになりました。ステージのジュリーは古希を越え、今も昔もジュリーの歌声が一番だと思っています。

「3年想いよ」は、ジュリーの独り芝居を見ているような気がしました。歌声、身振り手振りがまさに演劇的に感じるの。席が3列と言う前のせいか、音がドンと体に直接当たってくるような、飛び込んでくるような、空気がビリビリと震えているのを感じる。

「いくつかの場面」の艶のある声を聴きながら、河島英五さん自身が「司会者に呼び戻された」経験を歌にしたという苦いエピソードを思い出しながら、感慨に浸っていた。

ところが、途中で歌がストップ。あれ?・・・

歌うのやめ、なかなか歌い出さずに止まったまま。でも、すぐに続けるわ。と楽観していたの、初めは。ところが、しばし指を折りながら、考えこむジュリー。ずいぶん長いあいだ、空白の時間が過ぎたような気がしました。💦

「大変 長らくお待たせしました。間奏からやりなおしたい。私が間違えました。カズさんではありません。」と潔く謝るジュリーさまでした。

「もうリタイヤしてもいい歳なんだけど、歌えるまでは歌いたい」というジュリーでした。

奈良でも控えめに、アンコールの時に はためいていました。

明日は京都、もう寝ます。

コメント (2)