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六本木のパブ・カーディナルで(by  madameH)

2017年12月31日 | JULIE メモリーズ

今年は歳女でしたが、あっという間に2017年酉年の1年が過ぎてしまいました。穏やかなように思えた2017年は、最後にジュリーさまの言動で心が波立つことも起こりました。出会いがあれば別れもあり、私には良いことも悪いこともあった1年間になりました。


今年最後の締めくくりは、カテゴリーは「ジュリーメモリーズ」madameHの眩しい想い出です。

madameHとの出会いはブログにコメントをいただいた事がきっかけですが、色々とご親切にしていただきました。そして長年の懸案だった、高かったのに20年も着ていないブカブカのロングコートのリモデをしていただきました。madameHとの出会いがなければ、いつになった事か・・お蔭様で良い機会になりしました〜 コートはこの先80歳になっても着ます!

madameHはタイガース時代からのジュリーファン、地元にタイガースがやってきた時は 細い細いジュリーをご覧になったそうです。しかし、仕事と子育てで いつかジュリーと離れてゆき、長い中抜け期間を経て還暦ジュリーで戻られたんだそうです。そんなmadameHのジュリーとの眩しい思い出は⇒六本木のパブ・カーディナルで(2016年3月17日 )

※改めて書きだします 

昔~~、六本木のパブカーディナルというところで
(夜は子供には敷居が高過ぎだったので)
昼間、ドアをバン~!と開けたら
目の前に毛皮のコートを肩掛けしたジュリーが!!
撮影中だったんです。
もう、この世のものとは思えないオーラと美しさ。
頭が真っ白になってその場に倒れそうになりました… 

スタッフの方が「すみません、撮影中なので」と
いっそ、その場に倒れて死んだふりでもすればよかったかしら。
でも、ジュリーに抱きかかえられでもしたら…(ないって)
その場で即死。今、生きていないと思います(笑)
この日から、ジュリーの虜になりました。 


ジュリーとの素敵な思いでが とても羨ましい・・ 

madameHにいつの頃ですか?と伺ったら1972〜3年頃では?との事でした。その時の記事を持っていないかな・・と思ったのですが見当たらず、そのままになっていました。

ところが、今年になってから パラパラと昔の切り取ったグラビアを見ていたら、撮影場所『パブカーディナル』と書いてあるグラビアがありました。madameHの言われていたのはこれでは? ジュリーが毛皮のコートをはおっています。(掲載誌は不明です)

ジュリーが24歳、1973年冬『かわいた都会の男 沢田研二』

『仕事を終えてスタジオを出る。スター・沢田研二がひとりの男にもどる。

数時間の余暇を楽しむ。日だまりの青山の裏通りで。』


良かった!madameHの思いでが見つかった!と思い、お逢いした時にコピーを差し上げたのですが、何やらコピーを見ても怪訝な表情のmadameH。年代も撮影場所も、これで間違いはないはずのに、その訝しげに見える表情は何故なんでしょうか?

後から、あれで間違いないと思いますと、お返事をいただきました。

おそらくmadameHの記憶では、ジュリーは眩しい光の輪の中にいた。ところがそのジュリーは、モノクロの地味な写真で、記憶とイメージが違っていたこと。ジュリーを華やかでゴージャスに彩っていたはずの豪華な毛皮は、グラビアではジュリーを静かに包み込み、決して目立ってはいませんでした。

記事には、タイガースからPYGを経てソロ歌手として成功したジュリーを「もうジュリーは似つかわしくない!」という、アイドルジュリーを否定するコピー。「夢の国の王子様」から「かわいた都会の男」になった24歳のジュリーを、かつての幼いアイドルではない「大人の男」として描きたい掲載紙側は、静的で内省的なジュリーをモノクロの落ち着いたトーンのグラビアで表現しようとしました。そこがmadameHのキラキラな思い出とは、随分イメージが違ってしまったようです。

それはともかく見つかって良かった。

では皆様、来年もどうぞよろしくお願いいたします。良いお年をお迎えください。

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京都、東山

2017年12月30日 | JULIE

ロームシアターでライブの前は、京都の東山界隈で散策をしました。ランチはJ友さんの職場のお客様の紹介のお店で。

そのお客様は京都出身でジュリーの後輩、鴨沂高校出身なんですと!その方によれば、鴨沂高校には『ジュリーの使っていた机』が長らく存在していたそうです。しかし去年の秋に高校の前を通ったら、取り壊しが始まっていたから、学校はいまはどうなっているのか・・

八坂の塔や、立派なお店や邸宅が並ぶ界隈に 紹介されたレストランがあります。

ランチはザ ソウドウ 東山 京都。 日本画の大家、竹内栖鳳の旧私邸がイタリアンレストランになっています。竹内栖鳳は上村松園の先生と言った方が通じるのが気の毒です。 お屋敷は、古き良き日本の家屋の粋を集めたような立派な邸宅で、1つ1つ柄の違う引き戸の意匠などに目が行きました。

広い日本庭園の緑を眺めながら食事ができる店内。一番安いランチにしようね~といいながら、店員さんに飲み物をすすめられたら、ついワインとフルーツで作ったサングリアを頼んでしまいました。昼間っから飲む!私は赤、J友さんらは白で。

1500円のランチに、デザートを別に頼みました。3人で違うメニューを頼み、どのお料理も味も見た目も、大満足です(^-^)

食事の後は広い日本庭園を散策しました。庭園には池や滝も流れ、まだ紅葉も残っていて風情がありました。ジュリーの後輩のお客様、素敵なお店を紹介して下さって 有難うございます。

   

              

レストランの近くをブラブラ、瓦屋根の京町屋の向うに見えるのが、八坂の塔。

この界隈には伝統的建造物の保存地域もあり、風情のある石畳の細い道など しっとりとした情緒のある古き良き古都の味わいが深く、歩くだけで楽しめました。この後、雨がパラつきだしたこともあり、一日乗り放題のバス券を買っていたので、バスに乗ってひたすら車窓から京都の街中を眺めることに。

バス停にジュリー縁の地名が見える度にJ友さんと嬉しがっていました。京大、京大病院、植物園、浄土寺、岡崎中学、真如堂・・・ジュリーの京都時代の歴史そのままやわ! ジュリーさまの縁というだけで嬉しくなる、単純なフツーのファンです。その後、ロームシアター前でバスを降りました。京都、やっぱりええわ~

以前も貼りましたが、京都地図。(約40数年まえ)赤丸がロームシアター横の平安神宮。

 

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ジュリーが『ざこば師匠、元気かなぁ?』

2017年12月30日 | JULIE

京都のMCで、ジュリーが話しまくりながら急にとぼけたように『ざこば師匠、元気かなぁ?』と、ざこば師匠の名前を挟みこむことが何回も。MCがお説教みたいになるのを防ぐために、わざとボケを入れて話のタネにしているように思えましたが?

脳梗塞で倒れた、桂ざこばさんがTV番組に復帰されたとJ友さんからお知らせです。TV番組のMCで復帰したというお話は聴いていましたが、TVでは久しぶりのお姿で、お元気そうで何よりです。京都のLIVE後は、ざこばさんとジュリーは会ったのかな?

J友さんから、ざこばさん出演のTV番組の内容を教えて頂きました⇒『当初、家族に当たり散らしたように言われていましたが、落語を忘れた記憶を聴いて練習したり、かなりの努力の結果 しゃべりも手足動きも、 まったく大丈夫に見えました。リュックを背負い白浜那智を1泊、旅ロケの良い番組でした。これから脳梗塞された方の力になりたい、みたいなお話しでした。』

何といっても話芸の落語家さんですから、後遺症が残らなかったのは良かったです。脳梗塞は再発しやすいので、充分これからもお身体には気をつけて頂きたいと思います。

コメント

有難うございました。

2017年12月29日 | JULIE

26日のロームシアター京都でのジュリーの発言で、ライブレポを止めようかと考え込んでしまったわたくしに 暖かいコメントをいっぱい いただいて本当に有難うございました。わざわざメールもいただき、叱咤激励をしていただきました。皆様からのコメントが とても励みになりました。私のコンレポは良くない事だったのかと落ち込みましたが、お陰様でかなり前向きに立ち直りつつあります。

私はほぼ、関西近辺のライブに行きます、行けない所の方が多いです。書くよりも読ませて頂いている方がずっと多いのです、各地でのジュリーのライブの様子が知りたいです。それがもし、今回のジュリーの発言でライブレポが無くなって、その楽しみを奪われたらすごく寂しい・・そう思います。

皆様からのコメントやメールを少し抜粋させて頂きますが、これが ごく普通のジュリーファンの一般的意見ではないのでしょうか?ジュリーの言うように、殆どの方はマトモです。ごく一部のブラックで、マナーの悪い人達の為に、ささやかな「ジュリー情報を知る」「ジュリーファンで繋がる」楽しみを奪わないで下さい。ジュリーもそこは わかってくださると思うのです。ほんとにジュリーファンは もういい歳をして「純でウブ」なんですから〜


 

皆さん、反応し過ぎで ジュリーの発言に一喜一憂し過ぎと思いました。
中抜きの私からみると、過剰反応で違和感があります。ジュリーはコロコロ変わる。
その度にフアンは一喜一憂しています。

世間があれこれ言ってこその人気商売です。何も言われなくなったら、言ってくれと思うようになる。
だって、立てば「座れ」と言われ、立たなきゃ「どうしたの?」と言われ、
静かにしていれば「もっと拍手を」と言われ、声をかければ「むかつく」と言われ…。
そういうことです。人間くさいと思います。 

ほとんどのまともなファンはあまり気にすることはないと思います 

ジュリーの発言は、ごく一部のマナーを持ち合わせて無い方たちへの注意だったのではないでしょうか? 

アイドル時代から客席に注文つけてましたよね。

 


皆様のコメントで、随分 気持ちが晴れました。軽くなりました。私自身がジュリーブログでコンレポを読ませて頂きたいと思っているので、この先は形は変えるかも?知れませんけど、続けたい気持ちになっています。

ところで、最後のコメント『アイドル時代から客席に注文つけてましたよね。』昔からのファンならご存知と思いますが、昔から座っていると立てと言われ、立てば座れと言われ、どうすりゃいいの?

超人気アイドルだった頃は「ファンレターいらない」とぶちかましまして 物議をかもしたのでございます。理由は「忙しくて読む時間がないので、出してもらっても困る」という、ファンを気遣っての事でした。でも読まなくても、それは黙ってさえいれば丸く収まるのよね。あまりにジュリーは正直すぎます。でも昔からそういう方でした。今回もそういう事だろうと思うことにしました。 皆様、優しいお言葉を有難うございました

予定では、今年の振り帰りなどしようと思っていたのにお陰で 全然できないわ~

いろ~んな事があった、師走の京都です。

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12月26日 ロームシアター京都

2017年12月27日 | ライブ・公演・舞台

※追記、会館のロビーで綺麗な白いお着物姿の⇒京都コンシェルジュの桐木さんをお見かけしました。ブログに感想とジュリーとの画像があります。 


昨日は年の瀬も押し迫った京都、50周年記念LIVEの年内最後のロームシアター京都でした。いつもなら喜び勇んでレポするんですが、今日は何と書いてよいのやら。レポはやめようかとも思いましたが、そう思ったその訳はお知らせしなければと思うのです。

ジュリーは横浜の時から声の具合が良く無くて、風邪では?とJ友さんから聞いていました。時々苦しそうと思う時もあり、咳き込んだ事もありましたが、そんな中でも精一杯のパフォーマンスでした。急に寒いと中断もしたりして、体調は万全ではなかったのに、素晴らしい歌声だったと思います。そんな中で、頑張ってとかいう掛け声もかかりました。私は聴こえなかったけど、J友さんによると 前方でジュリーに注意されても平気で声をかけていた人もいたそうです。

ジュリーがMCで、声かけはイラつくやめて。京都駅では追っかけの人達を怒鳴ったと話していました。そういう人をブラックと称しました。一生懸命やってきただけ、還暦過ぎたら終活に入る予定だった。ネットで良くも悪くも書かれる、商売している人はともかく、ファンはそういうのしたらアカンと。内内だけでやっている。

一応、ネットをやっている身としては このジュリーのネットのお話はこたえました。タマにとはいえ、自分が参加したコンサートのレポをしている身としては。そして、自分が行けないライブレポはジュリーブログの皆さんの所で、楽しみに読んでいるのですから。

書いている身として言わせてもらえば、以前 自分のブログで昔のライブを振り返ろうとしたところ、画像だけしか上げていなかったので さっぱりLIVEの内容がわからず、何で書いていないんだろう!と とても後悔しました。なので、ライブレポは自分の覚書の為に書いていると言えます。例え些細な小さなちっぽけな事でも忘れたくないのです、ジュリーの事は。

元々はブログなどする気はなかったのですが、ひょんなことからブログを始めてしまいました。ジュリーのタイガース時代や 70年代のジュリーの記憶が薄れていく事に、焦りと怖さにも似た気持が起こっていたので、この機会に今のうちに大事な自分のメモリーを書き留めておきたいと思いました。忘れかけたジュリーの記憶を再び発掘したいし、知らない発見もしたいという思いが年々強くなっています。私が歳をとったからでしょうか。

それでは記憶や発見は自分の中だけに収めて、ネットで公開しなければ良いじゃないかと言われそうですが、公開しているからこそ 本当は会えるはずもない、全く接点がなかった全国のJ友さん達との出会いがいっぱい産まれました。ブログにコメントを頂いたり、メールなどで知らないことをいっぱい教えていただくこともあります。そういう今のジュリーも昔のジュリーも「ジュリーを知る」という事が、私にはとても喜びなのです。

「内内で」というならば、絶対にジュリーファン以外は誰も見に来ないので、ここは「内内」で間違いはないです!と声を大にして言いたいです。が、そこまでジュリー様のお気持ちに沿わないことを 敢えてするのはどうか?と思いますので、今後のコンレポは熟慮してやりたいと思います。

そして誤解の無いように言わないといけないと思うのは、ジュリーは決して怒って話していたわけではありません。時に笑いを忘れずに散りばめながら、早口で話していました。京都駅でのことがあり、やはりここで話すべきだと思ったのでしょう。私達は笑いとボケを交えながらまくし立てるジュリーのMCを、ずっと笑いながら聴いていたのです。ここには詳しく書きませんが、その言葉の一つ一つに重みと、ジュリーの生きてきた真実が感じられて、聞き逃すことも聞き流すこともできませんでした。

「終活」と繰り返し話すジュリーに、まだ早いと言いたくなったのですが、ネガティブだったのは風邪の体調の悪さのせいだったのせいかもしれません。

ジュリーからの嬉しい言葉も・・

会場いっぱいのお客様の中で歌えるのは幸せ。皆様の温かい純なウブな心をいつも僕に与えて下さっているからだと思います。本当にいつも温かい純な心を有難うございます。終活に入っておりますが、歌い続けられる限り歌い続けます。

殆どのファンはジュリーの言うように、新しいファンも50年来のファンも 今やジジーになってしまったジュリーの前では皆「純でウブ」な乙女そのものなんです。ブラックの方達は、そこを突き抜けちゃったんだろな・・ 

思わず長時間になってしまった帰りの会館前

向いの都メッセではイルミネーションが輝いていました。こんなに年の押し詰まった時のライブは ほんとに珍しい。

書いてしまった後で、気になってお知り合いのJ友さん達のブログも拝見しました。皆さん、方向は夫々でしたが、ご自分の意見をハッキリと表明されていて、どなたもその明快な判断の聡明さには 私は心から尊敬しました。オロオロしているのは私だけだなぁ・・

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BURNING SEXY SILENT NIGHT.

2017年12月25日 | TV・ラジオ・CM・映画

昨日、やっちゃん2さんから『24日の朝のNHKの番組でジュリーのクリスマスソングが流れ、今日から聴けます』と、コメント欄に書き込みをいただきました。どうも有難うございます。(^-^)

NHKマイあさラジオ
▽サエキけんぞうの素晴らしき80's ~男たちのクリスマスソング特集
「BURNING SEXY SILENT NIGHT.」沢田研二←こちらで聴けますが、1月1日までの公開になります

これは1982年のジュリーのラジオ番組の企画で作られた曲です。題名どうりに すご〜っくセクシーなクリスマスソングで、『抱いてほしい 顔に書いてある・・』などという あまりにストレートな歌詞に、当時は赤面する想いがしました(笑) 作曲はジュリーで女性ばかりの作詞のはずなのに、女性の書く詞と思えない?と思ったら、この作品だけジュリーの作詞・作曲でした。 今聴いてもやっぱり、エロイです〜(^^ゞ


wikiによると ※本作はTBSラジオの「NISSANミッドナイトステーション沢田研二 夜は気ままに」の番組内企画で作られた曲をまとめた作品で、カセットアルバムとしてリリースされた。 1982年4月~1983年3月にかけて女性有名人が作詞したものに沢田が曲をつけて出来た作品をひと月に1曲ずつ番組内で流していたもので、その曲が流されていた月が曲名の後にカッコ書きされている。アルバム内ではカレンダー通りの順番には並んでいない。

YOUTUBEにも上がっていますが、貼ってある画像が懐かしい70年代のグラビア記事などを使ってあって、そうそう この画像覚えている!と、見ていて楽しかったので貼り付けます。

https://www.youtube.com/watch?v=FjwUT3Kxz50

https://www.youtube.com/watch?v=luXRUhBHHjk

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クリスマスイブ

2017年12月24日 | JULIE

今日はクリスマスイブ。

 

ジミーにカポックに飾りつけをしてみました。

 

宝塚のあいあいパーク、園芸店             

                

 

        阿倍野ベアーの阿倍野近鉄と天王寺MIO       

 

J友さんの手作りリースとツリー

J友様さんから、スカイツリーの前庭のツリー

 

J友さんから、鹿児島中央駅のイルミネーション

   

KIITO デザイン・クリエイティブセンター神戸   KIITOで世界のクリスマス特集開催中 

暑いアフリカのクリスマスツリーもありました。

  

 

神戸元町、お洒落な乙仲通り

中突堤、メリケンパークの巨大クリスマスツリー、ツリー飾りが1枚500円で高い。飾りが少なくて地味で寂しい、本番には増えたのだろうか?

 

神戸ルミナリエ



素敵なクリスマスをお過ごしください

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パシフィコ横浜 国立大ホール

2017年12月23日 | ライブ・公演・舞台

J友さんからご報告をいただきました。有難うございます。(^-^)

パシフィコ横浜 国立大ホール( 東日本唯一の「国立」の会議場は二枚貝をイメージした外観が特徴的な、パシフィコ横浜を代表とするメイン施設。約5000席)デッカイホールですね。

外観は二枚貝、ホールは巻貝のイメージ。シドニーのオペラハウスみたいです。   

  

みなとみらいのクリスマスムード、キレイだったよ、
今日は23列で、ミラーボールが真ん中じゃなかったが一番好きな場面、
今日のジュリーはなんだか落ち着いてないようで
「イソノミア」抜かして歌って、歌い直してくれた、律儀ね。
最近、MCのラストで何度も丁寧にお礼を言ってくれるけど、
ジュリーの今の気持ちとわかってるが、ジュリーじゃないみたい…
終わってホワイトクリスマスを、ジュリーとワンフレーズ歌ってあとは音が流れていました。
画像は みなとみらい駅にあった、みんな撮ってたが 高い所にあったのでアップでとれなかった。
沢田研二か~って男の人が言ってた~

  


  

横浜、終わりました。イソノミアは歌詞をぬかして、歌い直してくれました。
ラストは、両手を振ってジュリーの素敵なクリスマスソングがはじまりました。
わぁ〜と歓声が上がりました。やっぱり、イブイブ^ ^
超得した気持ちになってたら、でも手を振ったまま、マイクから離れ^ ^アレと思ったら、、
歌は録音だった。でも、凄く嬉しかったです。あれはタイガースのか???
いや、ジュリーひとりの声だったような??
そのまま、手を振って帰って行きました。

今日は、ノドがガラガラと初めのMCでジュリーが言っていました。
時折、声がかすれて、咳ばらいして苦しそうでした。
乾燥していて、私も喉がやたらと、渇きました。
でも、今日も元気で素敵なジュリーでした


 私はもう数十年前に一度だけ、神奈川県民でコンサートを見ました。機会があれば 横浜で観たいわ〜 

J友さん、ご報告をどうも ありがとうございましたヾ(〃^∇^)ノ♪・:*:・゜★,。・:*:・゜☆

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赤旗日曜版

2017年12月23日 | 新聞・雑誌 記事

オレンジさんから、ジュリー情報をいただきました。有難うございます(^-^)


知人から、赤旗新聞日曜版にジュリーのコンサートに行って来た方の投稿があったと写メをいただきました。

「ジュリー〜!」『沢田研二デビュー50周年記念ライブに行った。1967年にデビューしたザ ダイガースのジュリーだ。懐しい曲に観客は初めから総立ち。みんな酔いしれていた。ジュリーは舞台上を走り回り、両手を挙げて振り回し、体をくねくねさせた。顔や体に年齢が出ていたが、50曲も歌ってくれた。私も「ジュリー!」と叫びかけた。』 香川県の62歳女性の投稿でした。 


オレンジさん、有難うございます。香川の方なら高松のライブに行かれたのかも?高松なら私も行きました(^-^)とても盛り上がって楽しかったです。地元の方の暖かい歓迎感が感じられました。

投書の方は、もしかして初めてのライブだったのでしょうか、表現が面白いです。「体をくねくねさせた」昔の若いジュリーなら、確かにくねくねしていました!昔の映像を見てこんなに「クネクネ」していたっけな?と思いました(笑) 今はそうは思わないのですが、昔の曲を 昔どうりの振り付けで歌う時はやっぱり「くねくね」しているのかな〜(^^ゞ

「ジュリー!」と叫びかけた。←結局叫ばなかったんですか??遠慮なく叫んでください!(歌っている時やMCの時はNGですが、)ジュリ~♪と、隠すことない自分の熱い心の内をさらけ出しと、スカっとします!

J友さんちのガーデン

我が家のハンギングバスケットが植えて一か月半、やっと咲いてきました。

 

        

義父のマンションのヤツデの白い花が 思いがけず可憐で繊細で綺麗で写メ


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マンモに驚く

2017年12月22日 | 日記

6月に婦人科ではないが自宅に近かかったので、病院で年に1回受けている乳癌検診とマンモグラフィーを受けました。ここで乳がん検診は初めてです。技師は若い女性で感じが良かったですが、その後の診察で医師がなんだか考え込むような難しい顔をして「6カ月以内にまた検診をして下さい・・」重々しく話しました。 え?またやるの?どこか悪かったのかしらん?とちょっと心配になって焦る。

「6カ月以内に」といわれながら、グズグズと先延ばしにして やっと今日マンモをしてきました。今回は自宅からは遠いが専門的にマンモグラフィーをしている婦人科医院です。評判の良い専門医らしく、すでに乳がん検診の予約でいっぱいでした。今年も残り少なくなった今日、やっと予約がとれました。今年亡くなった小林麻央さんのこともあって、予約がいっぱいなのかしらん?

それはともかく、マンモの技師と言えば ここ数年はずっと女性にしてもらっていたのに、なんと医院の男性医師が自ら出て来ました。え~ オトコ まさか先生自身がやるの💦・・と思っちゃった。子宮がん検診なら、ほぼ男性医師ばかりだし、まぁ、技師が男性だってかまわないんですけどね。先生、とても手際が良く マンモも診察もさっさと終わり、結果もさっさと出ました。「問題ありません」あ~ 良かった(^.^) 前の病院の先生の考えこむような深刻な顔は何だったの。

そして今日、一番驚いたのが「診察料、3580円です」安っ!前の病院ではすぐに予約はとれたが、診察料が15000円もしました。検診料があまりにも違い過ぎではないですか。一番安いのは区でやっている検診ですが、2年に1回しか受け付けてくれません(2000円ほどだったかな)しかし、毎年やらないと心配なので、自費で毎年マンモをするつもりです。

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