那田尚史の部屋ver.3(集団ストーカーを解決します)

「ロータス人づくり企画」コーディネーター。元早大講師、微笑禅の会代表、探偵業のいと可笑しきオールジャンルのコラム。
 

究極の矛盾&kについて

2016年05月14日 | 宗教

集団ストーカー被害者の方は次のurlを押してください。(遂に決定版が出ました。既に増補改訂版を購入された方には無料で差し上げます) http://blog.goo.ne.jp/nadahisashi/e/21522a074264a7eb4afb4fd7df2e6531

決定版は出版される可能性もあることをお知らせします。

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また「春名先生を囲む会」は私のHPに別途ページを作ったので次のURLをクリックしてお読みください。http://w01.tp1.jp/~a920031141/haruna.html 一回目の「春名先生を囲む会」の写真をアップロードしています。この会の趣旨と目的に賛同されるかたは毎月第三金曜日の午後七時半から誰でもOKですから夢庵西八王子店(平岡町)に来てください。正面を右に進むと座敷がありますからその座敷で待っています。なお、料金について変更があります。お酒の飲めない人は2千円にしましたのでお酒の飲めない人もぜひ賛同者となって「春名先生を囲む会」で講義を聞いたり、また積極的に講義をして下さい。

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 今後、微笑禅の会のネット会報は中止し、年に数度の紙媒体での会報を出すことにします。私が小野洋子ほどの資産家であれば年に5千円の会費は無料にしますが、五行歌の会の主宰・草壁先生の言われる通り、お金を出さないと文化は育たないからです。本当に悟ってみたい人は次のurlをクリックして「見性体験記」をご覧ください。http://w01.tp1.jp/~a920031141/zen.html 入会された方には「微笑禅入門―実践篇」(DVD)を差し上げます。もちろん会員から質問があれば答えますので私のメルアドまで質問を下さい。レジュメも作らず睡眠時間4時間で即興で語っています。DVDはボリュームを目一杯に上げて聞いて下さい。wasaburo@hb.tp1.jp(クリックしてもメールが開かないのでコピーして宛て先に入れて下さい)

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私はしばしば宗教と政治の問題について考えることがある。例えばアメリカ人のほとんどはキリスト教徒の筈であり、福音書には「汝の敵を愛せ」とか「右の頬を打たれたら左の頬を出せ」と書かれているのに、アメリカ政府は戦時国際法を破って日本に都市大空襲や原爆投下など実に惨い行為をしている。イラクへの無差別攻撃などを見てもキリストの教えと全く矛盾した行為をしているのである。アメリカが軍産複合体と言われる所以である。

一方日本でも創価学会の名誉会長の池田大作は(既に死んでいるそうですが)、「この人生 勝って 勝って 勝ちまくれ」という交通標語のような歌を詠んでいるが、日蓮は勝つことを教義にしているだろうか?

よく映画などで蒙古襲来の時は日蓮が懸命に祈祷をして神風をふかせたシーンが現れるがこれは全くの誤りである。日蓮は国家諌暁をして受け入れられなかったために身延山に籠ったわけだが、その時の御書(日蓮遺文集のことです)を読むと、日蓮のいうことを聞かなかったために諸天善神は日本から去り、また蒙古の神のほうが日本の神よりも位が高いので日本は蒙古の侵略されるだろう、と書いている。元寇が神風により撃退されたと聞いても断じてそれが本当だとは思わなかった。今で言えば日本は中国の植民地になった方がマシだと言ったわけである。

つまり日蓮の生涯を見る限り、そこには「勝つ」という意識はない。つまり日蓮は勝ったのではなく去ったのである。

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全く関係の無い話をしますが、このところ2度にわたりkからプロバイダー責任制限法を使って、私のブログからKの記事を削除するように求めてきました。私はこれから八王子市と母親を保護措置と称して監禁した事件について0からやり直すことになったので、大事の前の小事と思い、ブログからkの具体的な名前を削除してきましたが、 仏の顔も三度までという言葉があるように、今後は一切そのようなことはしません。

名誉棄損の3要件は、真実性、公共性、公益性、の三つです。私の記事はその3要件を満たしているので名誉棄損には当たりません。kも弁護士に相談すれば分かるでしょう。

kの「ベオグラード1999」は新左翼のkが右翼の一水会の会長木村三浩を茶化す映画である。私はセルフドキュメンタリーを「不幸自慢の映画」と造語で表現したが、この映画の中でkは自分の恋人が鬱病になり自殺する様子を撮っている。これは「他人を不幸にする映画」と言われても仕方ないだろう。この映画に対する批評を以下に引用する。

加瀬修一(プランナー/ライター)

 初めて『ベオグラード1999』を観た時、これはナショナリズムへの拒絶反応や権力志向への嫌悪、右翼思想に対する批評的なドキュメンタリーというよりも、私小説というか映像詩というか、金子遊という1人の青年の10年間の魂の放浪と総括だと思った。自分史をかつて存在した国家と亡くなった元交際相手を対比して描こうとしながら、上手く噛み合わずギクシャクした感じ、決して器用ではない監督の人柄をよく表していると思う。上映後打ち上げの席で、感想を伝えつつ気になっていたことを聞いた。「ご遺族に許可は取っているんですか?」と。それに対して監督は「まだなんですよ」と答え、僕は「公開を考えているなら、出来るだけ早くきちんとお話をした方がいいですよ。一番大事なことなので」といった。その後宣伝協力として何度もお誘いを頂いたが、僕は性根を据えてやるといえなかった。それは本作が右翼を扱っている作品だからではない。監督がこの作品を通して何を感じ、考え、何を伝えたいのか。ご遺族への対応も含め、その為に具体的に何をしなければならないと思うのか。そこが最後まで聞けなかったからだ。僕は宣伝協力を降りることを選んだ。それから時間も経ち、『ベオグラード1999』は劇場公開されることになった。自主配給・宣伝で公開にこぎつけることがどれだけ大変だったか想像に難くない。そのことは素直に嬉しく思う。今回レビューを書くにあたって久しぶりに観たのだけれど、以前とは編集が随分と変わっていた。このバージョンに落ち着くまでの経緯は色々と聞いている。しかしそれは考え方なので良いとか悪いとかいう問題ではない。選択があるのみだ。彼女の死が大きなきっかけとなって始まった10年の記憶の旅と映画作り。語るべきは大きなことではなく小さなこと。その答えに辿りついたなら、「東京地方裁判所民事第9部にて、「上映禁止」仮処分の取り下げを勝ちとりました」はないんじゃないだろうか。何故争わなければならなかったのか。もちろん手を尽くしてもそうなってしまうこともあるだろう。ただ未だ悲しみの底に沈んでいるご遺族に、監督の意思と制作の意図を説明しきれなかったのだろうか。もっと時間を掛けるという選択肢もあったのではないだろうか。裁判になってしまったことが残念でならない。「東京地方裁判所の検閲により、一部の音声がカットされています」という大仰な文言も、個の問題を公の問題に拡大解釈しているような違和感があった。「彼女は世に出たい人だった。だから彼女は喜んでくれているはずだ。ご遺族もいつかわかってくれると思う」監督はそういった。確かにそうかも知れない。でもね、こうも思う。いまわかってもらうことが大事なんじゃないかって。わかってもらおうとすることが大事なんじゃないかって。音声(彼女の名前と亡くなった理由)が削除され、ピーっと音が入る度になんともいえない気持ちになった。監督に覚悟がないなんて間違ってもいえない。思ってもいない。ただ、僕とは考え方が違う。ご遺族に一日も早く監督の真意が伝わることを切に願う。
http://eigageijutsu.com/article/169458798.html

これを読めば「ベオグラード1999」がいかに非人道的な映画か分かるだろう。私がいつも言うように日本の実験映画には理論的支柱には松本俊夫という存在があったが、倫理的支柱が無かったことが最大の失敗だったという典型例である。

私は木村会長とは新宿ロフトワンで名刺交換をしたことがあり、また呉竹会の廣瀬事務局長と会談した際に直接木村会長に電話を掛けて「ベオグラード1999」に出演した感想を聞いたところ「一言で言えば腋が甘かった」と言われた。私が直接聞いたのだから間違いありません。

またkはこの映画を撮った後に私を主人公にして映画を撮りたいのでOKを出し、何度か撮影をしたが、妻子の失踪が創価学会の裏舞台と関わっていることが分かり始めたとたんに撮影を中止した。最初kは創価の裏舞台の真相を知って悲憤慷慨するかのような仕草をして自分から微笑禅の会へ入会するといったが、会費を払わないので電話を掛けたところ、軽い調子で「お金がないんですよぉ~」と答えたが、その一方で個人映画作家たちに『フィルムメーカーズ』を書かせていることを知った。また高名な実験映画作家たちにもインタビューを通して接近しているが、もちろん私の貢献は触れていない。このようにkの変節振りが分かったので私は微笑禅の会からkを除名処分にしたのである。

またkが編集した松本俊夫の『逸脱の映像 拡張・変容・実験精神』については私の研究本を編集していた早稲田大学大学院の後輩・佐藤洋君から聞いたところでは、月に一度松本先生を囲む勉強会があり、松本先生からこの本をkが編集したと聞いて顔を曇らせた教授がいた、とのことである。

私がkについてブログで書いて来たことは、個人映像、実験映像の研究と批評の先輩としての忠告である。彼のような人間がオピニオンリーダーになっている現在の個人映像の世界に私は全く興味を失っている。

kから山崎幹夫のメルアドを教えて欲しいと言われたので山崎幹夫のHPから入ることを教えたが、山崎にも本の執筆を依頼しようとしたようだ。しかし山崎幹夫は直観的にうさん臭さを感じて無視したと聞く。さすが微笑禅の会の名誉会員だけのことはある、と思ったものだ。

もう一度繰り返す。私は今後の個人映像、実験映像の発展を願ってkの言動をブログで紹介したのであるから、これは公益性と共に公共性を満たしている。kは「みなし公人」なのだから今後は個人映像、実験映像のために身を粉にして努力してもらいたい。私もみなし公人であり、例の中傷ブログは公益性も公共性も全く関係のない単なる嫌がらせとストーカー行為だが、公訴時効を考えて顧問弁護士と打ち合わせをしている最中であることを中傷ブログの常連たちに伝えておく。

 



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