先週の土・日曜日、安曇野にひっそりと佇む「野の花診療所」を訪れた。
雰囲気のある古い家屋、お庭は自然体のようであるが
隅々まで心配りが感じられる手入れが行き届いている。
ここは、花人(お花のアーティスト?)杜達史氏のアトリエ。
昨年の秋、オープンエアにご来場いただいたSさんから
ここで開催される花の宴にお誘いいただいたのだが
残念ながら、スケジュールの都合がつかなかった。
今回、杜さんがご健康上の理由で引退されるとお聞きし
何としても伺いたいと思い、稽古を休ませてもらって
もっちゃんを誘い、寝袋持参で一泊二日の宴に参加させていただいた。
14:50、もっちゃんの車に乗せてもらって自宅を出発。
16:00、アトリエに到着するとSさんが出迎えてくれた。
玄関先で偶然にも杜さんに初対面!
温厚で優しそうで柔和な笑顔に導かれ
奥の間に入っていくと、突如出現したのは大きな花のオブジェ!
或る時割れてしまったという大きな壺に生けてあるのは
これまた大きな桜の木!
しかも、今まさに開花したと思われる花が咲いている。
後で聞いた話だが、杜さんがこの日に開花するよう
祈りつつ、手をかけながら調整されていたそうである。
既に十数人の方がいらしていて、あちこちで談笑が。
板の間に座布団が置かれていて、空いている空間に身を寄せる。
すぐにお茶とお菓子がお膳で運ばれ来て、まさに宴という雰囲気。
近くに座っている方々と自己紹介をしつつ話をしていると
突然?!杜さんのインスタレーションが始った。
インスタレーション…最近富に耳にすることが増えた言葉。
意味は簡潔に言うと「空間芸術」って感じかな?
Wikiには下記のような説明があった。
ある特定の室内や屋外などにオブジェや装置を置いて
作家の意向に沿って空間を構成し変化・異化させ
場所や空間全体を作品として体験させる芸術。
私はこの横文字をあまり使ったことがないけれど
夢幻が創作している舞台もこれと同義だ。
長い大きな一枚の板の上に、参加者数分のお皿が並べられ
その上にお花やお料理が盛り付けられていく。
通常の生け花とは全く異なる演出。
しかもお皿は割れたお皿!
この割れたお皿が良い味を醸し出している。
杜さんの手にかかると命が蘇る…そんな感じだった。
次々と運ばれてくるお料理と日本酒を少しずつ味わいながら
初めて出会った方々と対話をしていく。
東北や九州など遠方から来られた方も多く
杜さんの人望が伺えた。
18:40からお庭でナント!現代能(?)の舞台鑑賞。
お能「吉野天人」を元に杜さんが書き加えて創作されたとのこと。
コントラバスの即興生演奏入りの一人芝居仕立て。
平台で組まれた舞台下手には花道もあり
周囲は、生成り色の布が工夫されて吊られていた。
昼間は暖かったのに、日が落ちると一気に冷え込んで来た。
が、寒さを忘れる不思議な舞台空間…
役者Tさんの声がとても良く、周囲が建物で囲まれていることもあって
マイクなしでも語尾まで聞こえて来る。
語り口調と口語体で何役もこなし、謡まで歌うという…
現代劇の役者では、なかなか出来ないことを
見事やり遂げたTさんに拍手を送りたい。
照明は暗めの地明かりのみ。
コントラバスの即興生演奏が光る。
奏者のIさんは、空気を感じる力が強いなぁと。
即興演奏者には欠かせない感性である。
「吉野天人」で有名な一節がある。
見もせぬ人や花の友
場面は…
桜の花のもとに集うと、初対面の人でも自然と心が解け
家に帰るのも忘れて一緒に花に見入ってしまうというシーン。
まさに、この日の宴がそれだと思った瞬間だった。
終演後、再び宴が再開。
杜さんともたくさんお話をさせていただき
その中で、観阿弥・世阿弥の話になって
世阿弥の「風姿花伝」を思い出すきっかけになった。
一時期、世阿弥の書物を読み漁り
芸術を志す者として、たくさんの指針をいただいた。
いくつか大切だと思ってる言葉があるので、ここに記しておこう。
離見の見
稽古は強かれ、情識はなかれ
秘すれば花
年々去来の花を忘るべからず
時に用ゆるをもて花と知るべし
住する所なきを、まず花と知るべし
よき劫の住して、悪き劫になる所を用心すべし
時節感当
意味を述べると長くなるので一つだけ…
「秘すれば花」
自分の芸を広げるための準備として秘する花を持てば
いざという時に世界が広がる可能性がある。
そのために厳しく謙虚な態度で稽古に臨み
誰にも気づかれず芸を極めていくことが肝要なのだ。
もう一つ、世阿弥が編み出した言葉に
初心忘るべからず
がある。
誰でも耳にしたことがある言葉だけど
現在は「初めの志を忘れてはならない」という意味で使われることが多い。
世阿弥が言う「初心」とは、新しい事態に直面した時の対処方法
試練を乗り越えていく考え方を意味しているとのこと。
つまり「初心を忘れるな」とは、人生の試練の時に
どうやってその試練を乗り越えていったのか、という
経験を忘れるなということなのだそうです。
世阿弥が晩年60歳を過ぎた頃に執筆した『花鏡』の中で
下記の3つの初心について述べている。
第一に『ぜひ初心忘るべからず』(若年期)
第二に『時々の初心忘るべからず』(壮年期)
第三に『老後の初心忘るべからず』(老年期)
その年代に応じた「初心」を忘れず、謙虚に地道に挑戦し続けて行く…
芸に終わりはなし、ですものね。
杜さんに大切なことを思い出させていただきました。
ありがとうございました!
その後、舞台に出演していたTさんと対話しすっかり意気投合。
彼は松本在住の役者で、芝居への情熱とスキルを持っていて
強いスピリッツを感じる人だった。
また、コントラバスの生演奏をしたIさんとも話して
二人とも、いずれ舞台をご一緒したい人だなぁと…
これからの楽しみが一つ増えました。
また演出をされた方ともお話が出来て
色々と刺激をいただきましたし
上田在住のパフォーマーさんや陶芸家を始め
各地の芸術関係の方と交流し
このご縁が今後どのように発展していくか
今からワクワクしています。
このような機会をご紹介いただいたSさんに
心から感謝です!
次の日は、朝ご飯をいただいて、後ろ髪をひかれつつ
アトリエを後にして、もっちゃんと安曇野観光。
のはずだったんだけど、お休みでホッとしたのと
前日の超刺激的な宴の影響(?)からか
昼食後、胃腸の具合が思わしくなくなってしまい…
碌山美術館だけ立ち寄って、長野に帰還。
もっちゃん、一緒に行ってくれて助かりました。
ありがとう!
久しぶりに色々な話が出来て良かったです。
それから、少しだけ横になってMAへ―
胃腸の調子が未だ完治しないので少々困っているが
先週末の検証と再度自分を見つめる作業をしつつ
新作の小学校公演用の準備とオープンエア用台本の下調べで
あっという間に時が過ぎて行く…
世阿弥の風姿花伝、もう一度読みなおそう。