モーツァルト@宇奈月

湯の街ふれあい音楽祭 モーツァルト@宇奈月
scince2010年秋。毎年9月に音楽祭を開催しております。

あんまり暑いので涼しげな観音さま

2013年08月13日 | 日記
アマデウナヅキンです。
暑いですね。宇奈月温泉でも30度くらいになっています。ただし、峡谷は風が吹き抜け、思うよりも快適。もちろん、トロッコ電車のトンネルの中は、10度台です。山彦遊歩道のトンネルはずいぶん涼しいですよ。
この冬に撮影した平和の像の写真です。日本最大の鋳造の観音さまです。後ろ姿は、トロッコ電車から拝見することもできます。

宇奈月町出身の日展作家、佐々木大樹が制作したものです。宇奈月温泉を見守るように見下ろしています。宇奈月温泉の花火ももうすぐですね。
峡谷に響き渡る音と光は、この場所独特のものです。花火の数や大きさだけでなく、特別な風景をお楽しみください。今年は、開湯90周年でちょっと気合はいっています。

ホーエンザルツブルク城塞

2013年08月13日 | ザルツブルクの風

アマデウナヅキンです。
僕と一緒のザルツブルクの旅は楽しんでいただけていますか?
いつかこの街ともっともっとなかよしの約束ができたらいいですね。

もうすっかりおなじみになったレジデンス広場からのホーエンザルツブルク城の様子です。メンヒスブルクの丘の東端にあるこの城塞は、街への侵攻を防ぐための防衛施設として作られたそうです。ただ、市民を守るというよりは、支配者層が神聖ローマ帝国やハプスブルク家、市民の反乱から身を守るために築いたようです。そうですよね、市民を守るなら城壁はぐるりと街を囲むはずです。でも、そのことが日本の天守閣のような景観を作り出したわけですが、すでに11世紀には城塞があった様子なので、もしかすると、信長が築いた安土城が発祥とも言われる天守閣は、ヨーロッパの情報をたくさん得ていた信長がこういうものを模したのかもしれません。
日本では、天守閣の歴史はごく短く、大きな何層もの天守閣は安土城からの数十年間にすぎません。ヨーロッパでは、こういう城塞が主を代えながら受け継がれてきたんですね。
アマデウスの時代には、ハプスブルク家がザルツブルクの市街も含めて支配していたようです。
「カリオストロの城」の宝物を思い出します。
では、ホーエンザルツブルク城で見つけた風景を紹介します。