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モリモリキッズ

信州里山通信。自然写真家、郷土史研究家、男の料理、著書『信州の里山トレッキング東北信編』、村上春樹さんのブログも

皐月の妖精ヒメギフチョウを求めて聖山に登ったのですが…。ヤマシャクヤク(妻女山里山通信)

2022-05-18 | アウトドア・ネイチャーフォト
 結論から言うと出会えませんでした。遅かったかな。ここのところ梅雨のはしりで天気が悪く、遅くなってしまったのです。GW明けの晴れの日に行けばよかった様です。それでも色々な初夏の生物に出会えました。拙書でも紹介の、三和峠からのコースです。登るだけなら1時間もあれば山頂ですが、ヒメギフチョウを探すために、ゆっくりと時間をかけました。

 今回最も感動したのが、このヤマシャクヤク(山芍薬)でした。聖山は何度も登っていますが、ヤマシャクヤクを見たのは初めてでした。まだ開ききっていませんが、清楚で美しい。周りを見ましたがこのひと株だけでした。ヤマシャクヤクは、ボタン科ボタン属の多年草。絶滅危惧種のひとつで、信州では危惧種です。昔、山梨県のある山の人が行かない谷で群生地を見つけましたが、なかなか群生地にはお目にかかれないと思います。貴重です。

(左)チゴユリ(稚児百合)ユリ科。薄暗い針葉樹林の林下に群生します。俯いて咲く可憐な小花。(右)エンレイソウ(延齢草)ユリ科。もう結実していました。

 最初の急登をこなすと、山頂直下までは尾根の散歩道。白樺も散見されます。鳥はウグイスとシジュウカラの鳴き声。

(左)ムラサキケマン(紫華鬘)ケシ科。ケマンというのは仏具だそうですが、日本の草花は仏具から取った名前を持つものがあります。本来は糸で結んだ花環のことだそうです。アリ散布植物です。(右)聖山に非常に多いツタウルシ。触ったら酷くかぶれます。そのため今回は手袋をして登りました。

(左)ハウチワカエデ(羽団扇楓)の花が咲いていました。小さなハエの仲間が吸蜜中。(右)クサボケも咲いていました。

(左)聖峠付近で見られたヤマブキ(山吹)。(右)クリンユキフデ (九輪雪筆)の残花。タデ科イブキトラノオ属の多年草。

(左)クルマバソウ(車葉草)アカネ科アカネ亜科ヤエムグラ属の多年草。小さな群生地がありました。(右)タチツボスミレ(立坪菫)はあちこちに咲いています。

(左)ミヤマエンレイソウ(深山延齢草・シロバナエンレイソウ)。(右)ウスバサイシン(薄葉細辛)。ウマノスズクサ科カンアオイ属に分類される多年草。ヒメギフチョウの食草です。生薬名は細辛で、めまい、冷え性、便秘などに。

(左)ミヤマセセリの日向ぼっこ。(右)猛毒のヤマトリカブト。

 コケリンドウ(苔竜胆)リンドウ科。ハルリンドウやフデリンドウと比べるとひとまわりもふたまわりも小さい。高さ2センチあるかないかです。

(左)この大ブナが見えたら山頂はすぐそこ。(右)聖山山頂。少し早いお昼にします。独り占め。

 山頂から南峰の眺め。左に大林山。中央に四阿屋山。間に修那羅峠と向こうに子檀嶺岳。更に向こうに独鈷山。四阿屋山のずっと向こうには美ヶ原。右には、古い善光寺街道(北国西街道)が越えていた立峠があります。江戸時代には、立峠の石畳を通って多くの信者たちが善光寺へ参詣に行きました。眼下は麻績村。

 山頂から北西に下っての展望。北アルプスの仁科三山。左から爺ヶ岳、鹿島槍ヶ岳、五竜岳。

 白馬三山。まだまだ雪は多い。

(左)タカトウダイ(高燈台)トウダイグサ科トウダイグサ属。トウダイグサ科は、約300属7500種以上を含む大きな科です。(右)モミジイチゴ(紅葉苺)。梅雨明け頃に実るオレンジ色の木苺は美味です。

 オオカメノキ(ムシカリ)の残花。スイカズラ科ガマズミ属の落葉小高木。

 眼下の麻績村の風景。山頂から下ってすぐ。撮影中に20mは無い下から大きな足音。間違いなくツキノワグマです。木の枝を打ち鳴らして大きな音を出し、大声でクマを追い払いました。

(左)マムシグサ(蝮草)のつぼみ。(右)多孔菌科のキコブタケの仲間でしょうか。

 ウワミズザクラ(上溝桜)は、バラ科ウワミズザクラ属。落葉高木。別名は、花が強い杏仁に似た香りがあるため杏仁子(あんにんご)といい、実は食べられます。果実酒にも。総状花序の下に葉がつきます。上溝とは、亀甲占いのために上溝桜に溝を掘って燃やし、亀甲のひび割れで占ったため上溝桜が転訛してウワミズザクラになったということです。

 拙書でも紹介の三峯山と聖湖。聖湖は、へらぶな釣りのメッカです。

 403号の姨捨サービスエリア上の千曲川展望台から。千曲川の向こうに五一山脈。その向こうに、私のホームグラウンドの妻女山から斎場山、天城山、鞍骨山から鏡台山まで続く戸神山脈。

 更に右へ、手前に五一山脈。その向こうに、鏡台山。左奥に根子岳と四阿山(あずまやさん)。眼下には田植えを待つ姨捨の棚田が。

 聖高原は山菜やキノコの採種が禁止なので、帰りに禁止ではないとある山に寄りました。少しのコシアブラとウドをゲット。コシアブラは大きなものは天ぷらに、小さなものはコシアブラ飯に。ウドも太いところは自家製味噌をつけてまるかじり、先を天ぷらに。大満足です。

花の聖山へ。北アルプス含め360度の大展望が魅力。ヒメギフチョウとの邂逅(妻女山里山通信):ヒメギフチョウの写真はこちらで。山座同定もこちらで。

春に似合うアルバム。私の一推しはこれ。『April in Paris』:村上春樹さんのジャズ喫茶、ピーター・キャットを中心とした70年代のクロニクルまたはスラップスティック 「木の芽時の乗り越え方。」私のもうひとつのブログ。その一節から…
               ◆
 春は新生活が始まり希望の季節だが、同時に精神が不安定になり易い。寒暖の差が激しく自律神経が乱れるからだ。春眠暁を覚えずとか5月病とかいうが、気候変動の激しい春から初夏にかけては、体だけでなく心も疲れるものだ。その上、日本では春に新学期や入社、転居などを迎えるため、余計に精神のバランスを崩しやすい。そういう知識を持って、臨むといい。昔の人は、それを知っていて、「木の芽時」といって備えたものだ。そういう季節なんだと思えば、心も体も少しは軽くなる。肉や炭水化物の量を減らし、野菜や発酵食品を多めに摂る。砂糖や乳製品もできるだけ控えた方がいい。心も体もデトックスが必要な季節。蕗などの苦い山菜や抗酸化作用のつよいコシアブラなどの山菜やノビルやヨモギなどの野草を食べるのもいい。それが野生動物や先人の知恵だ。もちろん放射能汚 染されていないものを。
               ◆
 春は恋の季節でもあるが、そもそも恋というのは、精神のホルモンバランスが崩れること。快楽を司るドーパミンの大量分泌が恋愛を支配する。しかし、支配するのは恋愛だけではない。想像力や創造力も喚起する。脳は訓練次第で、経験からやりがいという報酬を得てドーパミンを放出し、それを糧とすることができることが既に分かっている。自然界はうまく出来ていると思うべきだろう。按ずるべからず。恋せよ乙女。あっ、熟年熟女もね。私もです。精進しましょう。

 『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。地形図掲載は本書だけ。立ち寄り温泉も。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

本の概要は、こちらの記事を御覧ください

お問い合せや、仕事やインタビューなどのご依頼は、コメント欄ではなく、左のブックマークのお問い合わせか、メッセージからメールでお願い致します。コメント欄は頻繁にチェックしていないため、迅速な対応ができかねます。
 インタープリターやインストラクターのお申込みもお待ちしています。好評だったスライドを使用した自然と歴史を語る里山講座や講演も承ります。市民大学などのフィールドワークを含んだ複数回の講座も可能です。左上のメッセージを送るからお問い合わせください。
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妻女山は貝母だけではないのです。雨上がりには粘菌が出現。かの南方熊楠が夢中になり、中国の歴代皇帝が求めた不老不死の薬?(妻女山里山通信)

2022-05-13 | アウトドア・ネイチャーフォト
 たくさんの人が訪れてくれた妻女山陣場平の貝母は散りましたが、ヤマツツジ、ガマズミ、ホタルカズラ、ギンランが咲き、ウスバシロチョウが舞っています。サンコウチョウやオオルリの鳴き声も聞こえます。まもなくカッコウやブッポウソウの鳴き声も聞こえ、何種類ものゼフィルスも舞い始めるでしょう。そして、それ以外にもほとんどの人が知らない生物が現れるのです。それは粘菌(変形菌)。
 拙書でも『怪しくも美しい「粘菌」も宇宙船地球号の乗組員』というエッセイを載せています。粘菌は、動物のように体を変形させて移動したり大きくなりながら、キノコのように胞子を飛ばして増える不思議な生物。しかも、脳も神経もないのに迷路を抜けられる。北大の中垣教授のチームがイグノーベル賞を受賞したのは有名です。そして粘菌といえば、やはり南方熊楠。そんなことをエッセイでは詳しく面白可笑しく書いています。
 以前、国立科学博物館で粘菌展の時にモジホコリをいただいて、「もじ太郎」と命名して育てたことがありました。餌は、それしか食べないというクウェーカーのオートミールでした。私は仕事で忙しく、粘菌課長に任命した長男も勉強で忙しく、目を離した空きに、結局胞子となって雲散霧消しました。

 キフシススホコリ。モジホコリ科ススホコリ属。子実体形成は、雨上がりの夕方から始まり深夜に終了。明け方の太陽を待って乾燥させ、胞子を飛ばします。原形質流動は1秒に1ミリ、一進一退を繰り返し、波打つように成長します。三歩進んで二歩下がるような感じです。変形菌の餌はというと、植物の遺骸を腐らせるカビとかバクテリア、微小藻類や原生動物など。細胞膜がむき出しの状態で、どこでも口になり胃になって消化します。

 マツノスミホコリ。 ムラサキホコリ科 ススホコリ属。赤松の丸太に発生。ヤマザクラの花びらが。胞子は真っ黒な粉状で、触ると指が真っ黒になります。粘菌に毒性は無いようですが、キノコの胞子を大量に吸い込むと危険な様に、粘菌も胞子を大量に吸い込むと危険です。なお食べてもおそらく無害です。経験ではたいてい木の味がします。中国では古代に太歳(たいさい)といって食用にしたとか。歴代の皇帝が、不老不死の薬として探させたとか。徐福伝説も、失われたユダヤ民族の一部族が、秦の始皇帝に太歳を探すことを口実にして来日し、3000人ともいわれる村人全員が帰らずそれが大和王権の元になったとか。「粘菌 太歳」で検索するととんでもない画像が出てきます。近年、中国で発見されて大騒ぎになりました。

【信州の里山】妻女山の変形菌(粘菌)その1 Japanese Myxomycetes vol.1

 妻女山を中心に、茶臼山や鏡台山などで撮影しています。以下の3つのBGMは、大好きなエリック・サティ(866-1925)です。彼はフランスを代表する作曲家です。音楽会の異端児などといわれましたが、現在は西洋音楽の革新者と評されています。
アリス= 紗良・オット。これを観て好きになれなかったら、あなたは病院へ行ったほうが良い。心がすさみがちな今こそ彼女のピアノを(妻女山里山通信):3つ目の動画のアンコールで、エリック・サティを弾いています。本当に感動的な癒やされる野外コンサートです。素晴らしい!こういうコンサートが日本でもできないものでしょうか。サイトウ・キネンも一日だけでも野外で行うとか。

◆Alice Sara Ott and Others (Playing and Practicing)

 なんで突然アリス= 紗良・オットの練習風景なのと。いや、これ最高なんです。面白すぎて、激しくて真剣で楽しすぎて。見ないと損します。クラシックは難しくて?それは誤解です。これを観れば分かります。私にクラシックの素晴らしさを教えてくれたのは、若い頃恋人だった英国王立音楽大学に留学したピアニストでした。左のブックマークの国分寺・国立70sグラフィティの記事に、ロンドン遊学の記事があります。彼女とは別れましたが、本当に才能ある美しい人でした。

【信州の里山】妻女山の変形菌(粘菌)その2 Japanese Myxomycetes vol.2


【日本の里山】森の変形菌(粘菌)Japanese Myxomycetes

 山梨県小菅村の大菩薩峠へ続く、牛ノ寝通りの大マテイ山周辺の変形菌です。粘菌を食べに来たてんとう虫の幼虫の貴重な画像も見られます。

【甲州の里山】大マテイ山・粘菌ハンティング Myxomycetes Hunting at Mt.Ohmatei

 大マテイ山の続編。家族で粘菌ハンティングに登った可笑しなトレッキング。BGMは、世界的なジャズピアニスト、オスカー・ピーターソンのサマータイムとオーバー・ザ・レインボーのアルバムから。

粘菌(変形菌)図鑑。妖しく奇妙で美麗なマクロの世界。ツノホコリ、キフシススホコリ、マメホコリ、クダホコリetc(妻女山里山通信):中垣教授「単細胞だから単純などというのは、とんでもない誤解です。粘菌が持っている脳も神経も使わない情報処理システムは、原理的にすべての生物が持っている基本的な土台です。その意味で、あらゆる生物は知的である。これが単細胞生物の物理エソロジーに挑戦する、私の基本的な理解です」

MORI MORI KIDS Nature Photograph Gallery変形菌(粘菌)Jpanese myxomycetes の図鑑ページです。粘菌のバリエーションの多さとそのカラフルさに驚くと思います。

 これ以外の動画やスライドショーは、YouTubeのsaijouzanのサイトでご覧ください。トレッキングや自然、歴史など、海外からのアクセスもあり、再生回数27万回のものもあります。信州の自然や歴史が満載です。


 初夏の山菜料理二品。まず「ウド飯」。採れたてのウドを使います。ご飯を炊いて生のウドを輪切りにして塩をまぶし、炊きたての御飯に乗せて蒸らすだけ。採れたてが肝。タラの芽やコシアブラの葉が開いていない新芽でもできます。もう馬鹿旨です。ただ、アク抜きが必要なワラビやフキではできません。
 右は山蕗の「伽羅蕗(きゃらぶき)」。伽羅とは古代のインド語で、香木の一種の黒沈香のこと。サンスクリット語のカーラーグルが語源。里蕗は太く水分が多いので、山蕗でないと作れません。私は体に悪い白砂糖や三温糖を使わないので、奄美大島産サトウキビ100%のキビ糖と、友人手作りの醤油と焼酎だけで作ります。山椒の実がまだ無いので若葉を使いました。非常に奥深い佃煮に仕上がりました。山椒の実がなったら、縮緬山椒を作ります。里山の恵みです。

『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。地形図掲載は本書だけ。立ち寄り温泉も。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

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氷河期の生き残りウスバシロチョウ舞う陣場平。貝母の実はスクスク。シナノタンポポ咲く古墳に倒れる大杉(妻女山里山通信)

2022-05-12 | アウトドア・ネイチャーフォト
 梅雨のはしりの曇り空。時々日もさします。枯れて実がなり始めた貝母(編笠百合)の状況を見るために妻女山の陣場平へ登りました。途中で鞍骨山へ向かう夫婦と邂逅。ツキノワグマが淡竹の筍を食べに下りてくる時期なので注意してくださいとアドバイス。

 陣場平では、ウスバシロチョウ(薄羽白蝶)が舞い始めました。これからどんどん増えていきます。シロチョウといいますが、シロチョウ科ではなくアゲハチョウ科です。ウスバアゲハといった方がいいかも。ウスバシロチョウ属は,ユーラシア大陸や北アメリカに広く分布する寒冷な気候に適応した蝶で、氷河期の生き残りといわれます。まだ吸蜜できる花が少ないのが可愛そう。

 貝母の群生地がある陣場平は、第四次川中島合戦の際に、上杉謙信が七棟の陣小屋を建てたと伝わる平地です。周りの雑木林を切り払うとかなり広い場所で、海津城も間近に見えて本陣としては最適な場所だったのでしょう。

 貝母はかなり枯れて黄色くなってきました。山蕗も大きくなって採り時です。サンコウチョウとオオルリの鳴き声がします。

 貝母の実。これは一番大きなもので、直径が15ミリぐらいあります。その向こうに見える実は5ミリぐらい。作年ほどではありませんが、たくさん実がなっています。

 妻女山山系のあちこちでギンラン(銀襴)が咲き始めました。これはまだ蕾。ラン科キンラン属で、特殊な菌根菌と共生関係にあるため、移植しても繁殖できません。環境省の絶滅危惧II類(VU)で、長野県では準絶滅危惧種に指定されています。

 蕾に見えますが、これで満開の状態です。妻女山山系には各地に見られますが、大きな群生地はありません。気をつけて探さないと見つけられないでしょう。

 ホタルカズラ(蛍葛)。ムラサキ科ムラサキ属の多年草。つぼみや咲き始めは赤紫で、開くと青くなります。蛍の光に見立てた名前は素敵です。家族でよく登った神奈川県の生藤山を代表する花です。

 満開のツツジを見ようと堂平大塚古墳へ行ってビックリ。古墳に大杉が倒れていました。鞍骨山に登った8日(日)は、強い北風が吹いていたので倒れたのでしょう。古墳は大丈夫の様です。

 古墳を越えてアプローチの道まで覆いかぶさっています。折れた太い枝を何本も片付けました。これの伐採は困難です。グラップルで先の方を掴んで切らないと跳ねます。ダウンバーストでもあったのでしょうか。

 日陰のリュウキュウツツジ(琉球躑躅)も咲きました。

 レンゲツツジ(蓮華躑躅)は、しぼんだのもありますが、まだ見頃です。長野県には、湯の丸高原をはじめ群生地が各地にあります。見頃は6月中旬からです。レンゲツツジは、花、蜜、葉に毒があります。嘔吐、痙攣、麻痺、呼吸困難などの症状を起こす神経毒で大変危険です。 この蜜を吸った蜂のハチミツでの中毒例もあります。致死量は体重1kgあたり0.3mgで、なんと青酸カリの約15倍の強さ。吸うのはもちろん庭木では絶対に植えてはいけません。

 ウスバシロチョウは、交尾するとオスがメスにスフラギス(交尾後付属物)を付けます。交尾をしたメスが、他のオスと交尾できないようにする貞操帯の様なものです。このブログでは、何度かスフラギスの写真を載せています。ブログ内検索で探してください。今年も撮れるかもしれません。

 長坂峠のシナノタンポポ(信濃蒲公英)。シナノタンポポは、在来種カントウタンポポの亜種で、ともに染色体数が2倍体なので受粉しないと種子ができません。外見上は、写真のように総苞片全体の大きさが太く、外総苞片と内総苞片の先端の小角突起とが全く無く、緑色した外総苞片と内総苞片の色の濃さが薄いなどの特徴があります。昔、レイ・ブラッドベリの『たんぽぽのお酒』を読んだ時にどんな味のお酒なんだろうと思いました。

 妻女山の林道倉科坂線を少し入ったところから松代方面。左手前は桐の花。岩沢登山口からは、尼厳山、奇妙山への登山道があり、拙書でも載せています。両山とも山城の遺構があります。

 妻女山のあちこちにある広葉樹。実はこの木の正確な種名が分かりません。色々調べているのですが。かなり長い花穂が特徴的なので、すぐに分かると思ったのですが。図鑑でも全く同じものが出てきません。強いて言えばサワグルミ(沢胡桃)が一番近いのですが。沢胡桃の実は小さすぎて食用になりません。この木なんの木気になる木。
 どうやら、サワグルミで間違いない様です。

 戊辰戦争以降の戦没者を祀る「妻女山松代招魂社」。戊辰戦争の後で、松代藩が建立したもので、本殿の後に戊辰戦争での戦没者の石碑があります。以前このブログで、その名簿を載せたことがあります。妻女山展望台で、訪れた三組ほどの方に案内をしたのですが、設置してある絵図があまりにも酷くて実際の風景と全く照らし合わせができないと不評でした。しかも位置が間違っているのです。以前も何人もの人に苦情を言われました。現在の技術なら、実際の地形図から三次元に展開して作成できるはずです。看板屋に丸投げした長野市のあまりに杜撰な仕事ぶりには呆れます。壊れた床板や階段も修理されていません。多くの観光客や歴史マニアが訪れるのでなんとかして欲しいものです。

 仲間と栽培した黒大豆で作ったハンバーグ。黒大豆を電気圧力鍋で茹でてから半分ぐらい潰します。信州ではこれを半殺しといいます。別に自家製切り干し大根、ヒジキ、ニンジン、長ネギ、自家栽培椎茸を炒めて、創味のシャンタンと牡蠣ソースで味付け。これを黒大豆に合わせ、信州麹味噌、片栗粉、パン粉、全卵、干し小エビを入れて混ぜます。やや多めの油で揚げ焼きしたら出来上がり。余った分は、翌日に幻の小麦粉いがちくオレゴン5とゆめちから1をブレンドして手打ちうどんに。小松菜を入れていただきました。ソイミートは市販もされていますが、大豆や黒大豆があれば簡単に作れます。冷凍もできるので便利です。

 『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。地形図掲載は本書だけ。立ち寄り温泉も。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

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顔見知りのニホンカモシカの子供と邂逅。ツツジが満開。貝母の移植作業。ミツバツチグリ。アサギマダラ初見(妻女山里山通信)

2022-05-06 | アウトドア・ネイチャーフォト
 最高気温が夏日の日、貝母の移植作業や帰化植物の作業にと妻女山の陣場平へ。湿度も低く日陰は快適ですが、日向で作業をすると汗が吹き出します。そんな中で、このところ顔見知りのニホンカモシカの子供と邂逅しました。

 作業を終えて帰ろうかと思ったら、妻女山里山デザイン・プロジェクトで管理している椎茸のホダ木に顔見知りのニホンカモシカの子供がいました。大きさと角の小ささから作年の夏に生まれた子供でしょう。何度も出会っているので私を認識しているみたいです。声をかけながらゆっくりと近づきました。ニホンカモシカは、雄と雌の区別が難しい。おしっこをする場面を見れば分かります。雄は立ったまま脚を少し広げてします。雌はお尻を下げてします。それで分かります。

 しばらく気を引いていたのですが、飽きて帰り始めました。ちょっと待ってと言うと振り返りました。ニホンカモシカは鹿ではなく牛科なので好奇心が強いのです。じつはこの個体のひいおばあさんから追いかけています。この母親はブランカ、その母親はシロ。拙書で鞍骨山のページに冬毛が抜けた日の写真を載せています。その母がマダム。不思議なことに彼女からずっと雄雌の双子を生んでいるのです。ただこの個体が双子かは確認していません。可能性はあります。
 特にマダムは、うちの山に塒(ねぐら)があったので、彼女が双子を生んで育てるまでずっと観察していて顔見知りでした。子供に近づくと走ってきてシュッと鼻息を鳴らして近づかないでと。大丈夫だよ何もしないよと言うと、安心して引き下がったこともありました。マダムと名付けたのは、なにかとても色っぽく風格があったからなのです。シロは夏毛が真っ白で美しいカモシカでした。私のツイッターのアイコンは彼女です。
 ニホンカモシカの子供は、寄ってくることもありますが、絶対に触ったり餌をあげたりしてはいけません。特別天然記念物なので、傷つけたりすると違法行為になります。
 拙書では、「森の哲人」ニホンカモシカの好奇心というエッセイを掲載しています。江戸時代の『遠山奇談』にまつわる話は、ニホンカモシカの本来の生態を推察したなかなか面白い考察になっていると思います。
ニホンカモシカの写真集:マダムやシロも写っています。

 移植作業や帰化植物除去の後で昼は、今は亡き友人で山仲間のKさんのログハウスへ。彼が拾ってきたかもらってきたという神社に咲くツツジが満開です。右に鎮座する勅命と書かれた謎の石碑は、調査してもらう予定です。

 彼が育てたレンゲツツジも満開です。美しい花には毒がある。有毒の植物はかなり多いので覚えておきましょう。

 猛毒なので蜜は絶対に吸ってはいけません。庭木で植えるのもタブーです。

 私が好きなリュウキュウツツジ。白いツツジは珍しい。大輪で清楚で美しいツツジです。300年ぐらい前から栽培されていた園芸品種。琉球といいますが、沖縄とは直接関係なさそうです。平戸ツツジともいいます。

 翌日、最高気温は28度になりました。さすがに半袖です。陣場平の貝母群生地への小道。こんな素敵なワクワクする小道もそうありません。何が待っているでしょう。コゲラのドラミングが響きます。ノスリが低空飛行で飛んでいました。

 氷河期の生き残りといわれるウスバシロチョウが二頭舞っていました。そして、今年初見のアサギマダラが一頭。残念ながらいいカットは撮影できませんでした。なにせ彼らが吸蜜する花がほとんどないのです。わずかにタンポポとミツバツチグリが。しかし、蝶は遠目が効きません。いきあたりばったりなので、なかなか吸蜜する花を見つけられないのです。

 貝母の移植作業は、遠くに散ってしまった株を掘り起こして、中央に植えます。前回は上の葉を切りましたが、今回はそのまま植えてみました。違いを見るためです。貝母はかなり強いので、実がなっているものが成長して種を飛ばせるか確認します。里山保全作業は、梅雨入り前と梅雨明け後に、有害帰化植物の除去作業を中心に行います。

 ミツバツチグリが咲き出しました。キジムシロはまだです。初夏のバラ科の黄色い花は、皆似ていて同定が難しいのです。ミツバツチグリ、キジムシロは、ヘビイチゴ、ヤブヘビイチゴ、オヘビイチゴ、ツルキンバイなど。特徴があるので、花だけでなく萼や葉などもきちんと見なければなりません。

 ゴヨウアケビの花。実が大きく食用になるミツバアケビはもう少し標高の低いところにあります。

 ホタルカズラも一斉に咲きだしました。つぼみは赤紫で開花すると青色になります。花の直径は10ミリ足らずなので、よく探さないと見逃します。イカリソウも咲き始めました。

 クサノオウも咲き始めました。妻女山の登り口にたくさん咲いています。遠足で子供達が登る頃に咲くので、引率の先生に触らないでと言ったことがあります。それで、子供達に里山の話をしてくださいと言われて、拙書を見せながら色々話したことがあります。

 有害帰化植物のハルザキヤマガラシ。遠目で見ると菜の花に見えます。近年、堤防や野原、里山や高原にまで繁殖している問題の帰化植物です。見たら引き抜いて欲しいです。

 ヤマフジも咲きました。見ると綺麗なんですが、成長して根本が50センチにもなると、大木にも絡みついて枯らしてしまいます。そんなわけで、陣場平のヤマフジは全て除去しています。

 国道403号の妻女山入り口から見る妻女山(赤坂山)。上信越自動車道のトンネルをくぐって舗装路を登ると妻女山展望台と招魂社の奥に駐車場があります。陣場平や天城山(てしろやま)、鞍骨山(鞍骨城跡)には、そこから登ります。陣場平までは30分、天城山までは60分、鞍骨山までは90分が目安です。
 来週あたりから淡竹の筍を目当てに鏡台山から親子連れの熊が出てくるので、熊鈴とホイッスルを必ず用意してください。出会ったときは、悲鳴をあげず、だいじょうぶだからねと言いながら静かに後退りしてください。熊は本来臆病です。背中を向けて逃げたら必ず襲われます。拙書の「猫にマタタビ、月の輪熊に石油」のエッセイに詳しく記しています。

 『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。地形図掲載は本書だけ。立ち寄り温泉も。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

本の概要は、こちらの記事を御覧ください

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貝母は実をつけ始め、クマノミズキの樹液は止まり、問題の帰化植物が出始め。山蕗と鰊の煮物(妻女山里山通信)

2022-05-04 | アウトドア・ネイチャーフォト
 ここ3年ほど、ゴールデンウィークは観光地へ行ったり遠出はしない様にしています。わざわざ激混みのところへ行くこともないし、新型コロナのリスクもあるので。そんなわけで、近隣の古刹や里山巡りをしています。

 今年は本当にたくさんの方が貝母を観に来てくれました。と言っても皆同じ時間にくるわけでもなく、人数も少なめなので、混雑することもありませんでした。貝母の花は、25日の高温ですべてしぼみました。その後の3度の雨で花びらも散りました。現在は、小さな実が付き始めています。夏日になっても湿度が低いので、日陰は快適です。
 この陣場平は、第四次川中島合戦の時に上杉謙信が七棟の陣小屋を建てて本陣としたと伝わる場所で、『甲陽軍鑑』の編者といわれる小幡景憲がその絵を描いていて東北大学の狩野文庫に収蔵されています。このブログでは許可を得て掲載した記事があります。我が家の祖先は林太郎左衛門といい真田昌幸に使えた50騎の足軽を束ねる武将だったとか。息子は林源次郎寛高といい真田信繁(幸村)の7人の影武者のひとりで大阪夏の陣で討ち死にしたと伝えられています。その後生き残った7人で某所に林村を作ったとか。そのうちのひとり、林采女が真田の松代に移り住み帰農したと伝わっています。この妻女山麓の集落は、そんな激動の戦乱を生き延びた家ばかりなのだろうと思います。川中島には、「七度の飢饉より一度の戦(いくさ)」という言葉が残っています。度重なる飢饉よりもたった一度の戦の方が嫌だという重い言葉です。戦争は絶対悪です。正しい戦争など絶対にありません。

 貝母の花は俯いて咲くので、実も始めは下を向いています。これは直径5ミリぐらいで羽は6枚。

 これは直径10ミリ弱。これぐらいになると上を向きます。成長し、5月下旬には直径20ミリぐらいになります。種は羽の中心部に縦にぎっしりと並んでいます。初めは白ですが、飛び散る頃には黒くなります。さく果といって、ホウセンカのように種は飛び散り、多くの場合その頃吹く東風(こち)に乗って西へ飛びます。

 昨年に続き、今年もたくさん実がなっています。作年の様にたくさん発芽してくれるといいのですが。

 先日の妻女山里山デザイン・プロジェクトでは、遠くに種が飛んでできた株を掘り起こして、中央に20株ほど移植しました。球根を大きくするために、上部は切り落とします。種では開花まで数年かかりますが、球根の場合は翌年に花が咲きます。周囲にはゴヨウアケビの実生がたくさん見られますが、ほとんどは夏を越すことはできません。

 陣場平の中央にあるクマノミズキ。大量に出ていた樹液は、ピタッと出なくなりました。グニュグニュだった樹液は乾いてカピカピになっています。やがて他の樹皮の色と同じ灰色になります。

 開花が遅かった林下の貝母は、まだ花びらが残っています。貝母は下の方から枯れていきます。実のついていないものは早く倒れますが、実が付いているものはずっと立ったままです。

 山蕗も大きくなってきました。帰化植物の除去などの作業の後で、大きめのものを採りました。ソフト鰊と煮物にします。間に白く見える花はヤブジラミ。

 そのヤブジラミ(藪虱)セリ科ヤブジラミ属の越年草。セリ科なので食べられます。果実は古くから蛇床子という漢方薬として皮膚の塗り薬として使われていました。 蛇床子という名は、蛇が食べるから。食べないと思います。実はヌスビトハギ・キンミズヒキなどと同じひっつき虫(バカ)です。キンミズヒキと同様に小さいので服に大量につくと厄介です。
ひっつき虫図鑑

 アカネ(茜)アカネ科アカネ属のつる性多年生植物。根が茜色で草木染めの原料になり、古代から使われました。東京の赤坂は、古くは茜が群生していたことから「茜坂」と呼ばれていたそうです。
「あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る」 額田王  萬葉集1巻20
「あかねさす 日並べなくに 我が恋は 吉野の川の 霧に立ちつつ」 車持千年 萬葉集6巻916


 これが問題の有害帰化植物のオオブタクサ(大豚草)。北アメリカ原産の帰化植物で、大きくなると高さ4m、茎も4、5センチになります。アレロパシー作用があり、他の植物の成長を阻害します。日本の侵略的外来種ワースト100。根が残ると再生するので、すべて引き抜きます。毎年7月に、メンバーを集めて引き抜き作業をします。

 前回メンバーがノイバラを伐採してくれた長坂峠。これでオオムラサキの食草のエノキが守られるでしょう。

 その左にあるクヌギの幼木。これも非常に重要です。ヤママユガ、オオミズアオ、ウラナミアカシジミ、アカシジミ、ミズイロオナガシジミなどの重要な食樹です。林道整備などで切らないで欲しいのです。色々な幼木は、昆虫の食樹であることも多いので、安易な伐採はしてはいけません。行政も業者もこういうことを学ぶべきです。里山保全には知識と知恵と技術が必要です。一番必要なのは里山愛ですが。
蝶と食餌植物(食草・食樹)

 帰りにソフトニシンを買って山蕗と煮物に。山蕗はアクが出なくなるまで茹でて、茹で汁を捨てて水洗いします。採ってすぐ調理しているのでアクも少なめです。鍋に山蕗とニシンを入れ、干し椎茸、出汁昆布、顆粒出汁、本味醂、醤油で薄味で煮ます。今の山蕗は柔らかいので、10分たらずで仕上がります。冷まして味を含ませます。

 地元出身で横浜在住のUさんから、ヤママユガとウスタビガの繭で作った根付が送られてきました。以前もいただいて、仲間や知人に配ったことがあります。可愛いので非常に人気があります。フクロウの根付は、安曇野の土産物屋で買える様です。フクロウは、昔は誤解から不幸鳥などと言われていましたが、現在では「不苦労」、「福老」という縁起物とされています。

 『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。地形図掲載は本書だけ。立ち寄り温泉も。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

本の概要は、こちらの記事を御覧ください

お問い合せや、仕事やインタビューなどのご依頼は、コメント欄ではなく、左のブックマークのお問い合わせか、メッセージからメールでお願い致します。コメント欄は頻繁にチェックしていないため、迅速な対応ができかねます。
 インタープリターやインストラクターのお申込みもお待ちしています。好評だったスライドを使用した自然と歴史を語る里山講座や講演も承ります。市民大学などのフィールドワークを含んだ複数回の講座も可能です。左上のメッセージを送るからお問い合わせください。
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陣場平の貝母は散って実がなり始め。妻女山里山デザイン・プロジェクトはノイバラの伐採と貝母の移植作業(妻女山里山通信)

2022-05-01 | アウトドア・ネイチャーフォト
 妻女山陣場平の貝母は、25日(月)の最高気温が27度でしぼみ、その後の二度の雨でほぼ散りました。これから実がなって、5月下旬には直径2センチほどの糸巻き状に成長します。

 4月30日(土)。前日にかなり雨が振りました、この翌日に妻女山里山デザイン・プロジェクトの作業があるので、車で登れるかどうかの確認に歩いて登りました。なんとか登れそうですが、落枝や落石が多く片付けながら登りました。中野から来られた団体さんと邂逅。天城山へ登るというので陣場平を紹介しました。来年はぜひ貝母が満開の時においでくださいと。

 僅かに残っている貝母の花。クルッと丸まった葉先で手をつないでいる様が可愛い。花が散った陣場平は静かかと思ったら、山菜採りのグループや貝母を観に来た人達、鞍骨山へと登る人達と邂逅。天気が良かったのでハイキング日和でした。

 ガマズミとコバノガマズミの花が咲き始めました。秋になる赤い実は、ルビー色のお酒ができます。抗酸化作用があり老化防止にもなります。今年は作るつもりです。

 あちこちでヤマツツジも咲き始めました。ホタルカズラも一輪咲いていました。子供の頃、このツツジの蜜をすいました。しかし、レンゲツツジは猛毒なので絶対に吸ってはいけません。

 翌日、ノイバラの伐採をする長坂峠。向こうに見えるエノキ(榎)にノイバラが絡みつくと、この葉を食草にするオオムラサキの幼虫が登れなくなります。またエノキを枯らしてしまう恐れもあります。そこで伐採します。

 翌日5月1日(日)。妻女山里山デザイン・プロジェクトの作業です。あいにくの天気ですが、なんとか昼ごろまでもちそうです。草刈り機三台で。残りのメンバーは移植作業へ。

 陣場平のいつも私が駐車している場所の立ち枯れのクヌギを伐倒してもらいました。受け口を作って切っていきます。最後に楔(くさび)を打ち込んで倒しました。

 その後、陣場平で周囲に散ってしまった貝母を掘り起こして、中央に移植します。球根に栄養を与えるため、移植したら上部は切り落とします。これをノイバラ伐採チームが作業を終えて来るまで続けました。ちょうど来た頃に雨が降り始めたのでログハウスへ。

 そぼ降る雨の音を聞きながら昼餉。気温は9度しかありません。寒いです。

 今回は、ホタルイカとコゴミとコシアブラのアンチョビーパスタ。殻付きホタテ焼き、ホッケの焼き物、もつ煮、アマゴの甘露煮、ラッキョウの甘酢漬け、乾き物やチーズなど。ノンアルコールビールで。

 昼食後はお湯を沸かしてコーヒーやカフェオレを。寒いです。掃除をして、ゴミを焼却炉で燃やして下山しました。温泉へ。貝母の移植作業は、帰化植物の除去などと一緒にまた行います。里山は保全作業をしないと維持できません。手がかかります。

 八重桜で作った塩漬け。自家製の柿酢を少し加えます。しっとり感が残る程度に天日干しします。桜茶やぼたもちのトッピング、アンパンのトッピングとか、炊き込みご飯とかにも。

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藪山を3時間歩いてコシアブラハンティング。北アルプス展望台。妻女山のマルバアオダモ・八重桜・ウワミズザクラ(妻女山里山通信)

2022-04-25 | アウトドア・ネイチャーフォト
 妻女山陣場平の貝母もしぼみ始めたので、某里山へコシアブラハンティングに行きました。獣道しかない様な藪山を3時間歩きました。

 ヤマザクラやカスミザクラが咲く藪山に突入です。シジュウカラがツピー、ツピーと鳴いています。

 何か道がある様に見えますが、作業道ではなく獣道です。これも途中で消えてしまいます。

 コシアブラ。ハリギリはこんな風に葉が開いたら苦くてとても食べられませんが、コシアブラやタラの芽は大丈夫です。こういうのは炊き込みご飯より天ぷらに向いています。

 中央に2本、コシアブラがあるのが分かるでしょうか。他の樹木も芽吹いているので、きちんと見分けられないと採れません。有毒のものもあるので、確かな同定は必須です。コシアブラは、幹の直径が4,5センチでも樹高が5m以上あります。特別な道具が必要なんですが、私はキブシの枝で作ったオリジナルの道具を使います。

 あら、自分の位置を見失いました。とりあえずどの方向へ行くと小道に出られるのか分かっているので、位置確認のために下りました。やれやれ。

 足元に咲いていたスミレ(菫)。手前の葉が非常に特徴がありますが、他を見ると丸かったりします。う〜ん、同定できません。

 ヤマモミジでしょうか。逆光に映えて美しい。

 コハウチワカエデの花。この山域には十数種類のカエデが自生します。

 ツタウルシ(蔦漆)。絶対に触ってはいけないウルシです。ツタと似ているので要注意。里山には普通にあるので気をつけないといけません。ツタウルシは、ウルシオールとラッコールという最強のかぶれ成分を含んでいます。抗ヒスタミン成分を含むステロイド外用薬を患部に塗ることです。酷いときは病院へ。さて帰ります。

 いつもの様にお昼は、茶臼山に寄って北アルプス展望所で。信州の里山の原風景の向こうに北アルプスの絶景。仁科三山の左から爺ヶ岳、鹿島槍ヶ岳、五竜岳。この里山に、私が知っているだけで三つの山城があります。

 右に目をやると白馬三山。ひだりから白馬鑓ヶ岳、杓子岳、白馬岳。右手前に拙書でも紹介の虫倉山。ここまでが松代藩の領地でした。七二会から小川村まで、中腹を集落をつないで道路が通じています。ドライブもいいですが、サイクリングも最適です。遠く美ヶ原も見えます。

 善光寺平展望所。北陸新幹線の高架橋が見えます。その向こうにホワイトリング。山上は爽風もあって快適ですが、麓は27度の暑さ。眼下は、お見合い風呂で有名な中尾山温泉。昼食を済ませて妻女山に向かいます。帰りに若い女性がひとり茶臼山へ登っていきました。この季節の里山歩きは最高です。

 妻女山招魂社へ向かう途中でマルバアオダモが咲いていました。

 招魂社の桜は葉桜ですが、八重桜が満開になりました。桜の塩漬けを作りましょう。

 招魂社の鳥居近くに咲くウワミズザクラ。きりたんぽの様な花穂が微風に揺れて美しい。知らないととても桜には見えませんが。

 こんな風にアップにすると、桜と分かります。ヒオドシチョウが吸蜜していました。妻女山陣場平の貝母は、気温27度の暑さで全てしぼんでしまいました。これから一月以上かけて糸巻き形の実が成長していきます。GWには、イカリソウ、ミヤマナルコユリ、ホタルカズラ、シロヤブケマン、ヤマツツジが咲きます。

 ウドと私の手作りベーコンのフジッリのパスタ。半分はそのままで、半分食べたら明太子を混ぜて味変。この時期は、コゴミ、野沢菜の菜花、タラの芽、ハリギリ、ウド、ノビル、ニラ、フキと出てくるので、野菜はほとんど買いません。ただ、ワラビ、ゼンマイ、フキ、ミョウガなどには発癌物質が含まれているので、必ずアク抜きを。そして、ウド、タラの芽、コシアブラ、ノビルなどの山菜は、火の通りが速いので、茹ですぎ揚げすぎには注意しないといけません。

 コシアブラは、山菜の女王などともいわれますが、一番クセの強い部類だと思います。そのため好き嫌いがはっきりします。一般的には、左の天ぷらが最もポピュラー。ヒマラヤ岩塩で。右は、コシアブラのペペロンチーノ、明太子トッピング。右はウドのバルサミコソースドレッシングで。プラス、オリジナルレシピを二つリンクしておきます。
コシアブラの味噌ハンバーグ:コクのある旨味と独特の風味が後引です。
コシアブラの炊き込みご飯:最後に生のコシアブラを刻んで混ぜ込むのがポイント。

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妻女山陣場平の貝母は下からしぼみ始め。でもまだ見頃。シロヤブケマンが満開。クサボケも。クヌギの虫こぶ(妻女山里山通信)

2022-04-23 | アウトドア・ネイチャーフォト
 陣場平の貝母(編笠百合)は、下からしぼみ始めましたが、まだまだ見頃です。連日たくさんの方が訪れてくれました。鞍骨山への途中で寄る方も多いのです。県外からも私のブログを見て何人か訪れてくれました。午後は、お昼から2時頃まで突風が吹くので、お昼までがベストです。風は午後3時になると止みます。

 訪れた方が口々に、誰かがいたずらでペンキを塗ったかと思ったと言われるこの風景。クマノミズキの樹液が空気に触れるとこんな色に変色します。元は透明なんですが。ほぼ無味無臭で、無毒なのでなめられます。少し酸味を感じます。楓の樹液酵母でパンを焼いたりビールを醸造したりも行われています。

 カスミザクラ。花柄に細かな毛があるのですが、肉眼では見えないほど。マクロレンズで撮影しないと確認できません。強風が吹くとカスミザクラとヤマザクラの花吹雪が。美しい光景ですが、諸行無常も感じる光景です。

 木漏れ日のスポットライトを浴びた貝母。この日は、サンコウチョウの鳴き声も聞こえました。

 俯いて咲く慎ましやかさと、内に秘めた網目模様。刃先がクルッと丸まった様が可愛いと。4月の茶花で人気があります。

 貝母のあちこちでシロヤブケマンもたくさん咲き始めました。氷河期の生き残りといわれるウスバシロチョウの食草です。成虫は、5月半ばから舞い始めます。

 あちこちでミツバアケビやゴヨウアケビの花が咲き始めました。これはゴヨウアケビ。実はミツバアケビが大きく食用にします。

 林道脇などの日当たりの良いところにクサボケ(地梨)の花がたくさん咲いています。

 週末、23日(土)の風景。たった一日ですが、下の方がずいぶんとしぼみ始めました。それでも充分に見頃です。桜のように一気に散ることはありません。丸太のベンチに腰掛けておにぎりを食べたり、ボーッとすることをおすすめします。東風(こち)も気持ちいい。ここではマスクは不要です。

 たまに聞かれますが、ここは誰の土地なんですかと。江戸時代は個人の畑や山というものはないのです。年貢も村に課され、村には組というものがあり、分担して耕作し年貢を納めたのです。我が家の山は1ヘクタール弱ですが、組の持ち物だったものを明治になって買ったものなのです。分かりますか。実は、江戸時代というのは緩やかな社会主義経済だったのです。明治以降の政権はこれを絶対に教科書に載せません。名主だった我が家には、名寄帳が残りお金や物品の貸し借り、年貢のことなどが書かれた帳面が残っています。これに関して、きちんと説明する歴史研究家がいないことに、またマスコミが取り上げないことに、私は非常に違和感を覚えます。
 この陣場平もいくつかの個人の所有地です。そこで私は当時集落の仏恩講(ぶっとんこう)の世話役をしていた父に、集落の重鎮が集まった折にここの整備の許可を得てもらったのです。口約束ですが、法律的には契約に相当します。里山保全というのは、非常に難しいのです。法務局に行けば区割り地図は得られます。しかし、平面図でそれを立体的な山にどうあてはめるのか。しかも、当時の測量技術ですから、5mぐらいずれているのは普通です。我が家の山は、名主をやっていて買った祖先が詳しい図面を作ってくれて、亡き父が鉄の杭を打っていてくれたので分かりますが、たいていの家は分からないでしょう。絶えたりここに住んでいない家もあります。地元でさえ自分の山がどこにあるのかも知らない人がほとんどです。そして、養蚕も林業も衰退し、里山に無関心が続きました。しかし、近年里山歩きをする人が増えました。リタイアした人だけでなく若い人も。ハイキングだけでなく、歴史探索、トレラン、マウンテンバイク、アウトドア、探鳥や昆虫や山野草の撮影など。工芸につるを採取に来たりと里山を愛する人は様々な形で広がっています。妻女山里山デザイン・プロジェクトは、そんな里山を愛する人達と共に、里山を活性化しようと活動を続けているのです。

 林下の貝母は、まだまだ充分に見頃です。オオヤマザクラ(紅山桜)の濃いピンクもいいアクセントです。

 クヌギの幼木に、ナラメリンゴフシ(楢芽林檎五倍子)虫こぶ。葉の上にいる小さな甲虫は、コメツキムシの一種。オオカバイロコメツキに似ています。
 楢芽林檎五倍子(ならめりんごふし)というナラリンゴタマバチによって作られた虫コブ(虫えい・ゴール)です。ナラメリンゴタマバチ(雌)が交尾後、コナラの根に楢根玉五倍子(ナラネタマフシ)を作ります。そこから冬に羽化した雌が単性生殖でコナラの冬芽に産卵し、それがこのような五倍子(フシ)を形成するのです。形成されたフシは卵の揺りかごであり幼虫になっては餌となります。コナラの冬芽をこんな風に変形させてしまうのですから恐るべしかなナラリンゴタマバチ。タマバチのタマとは、このリンゴ状のフシのことです。
 虫コブは古くから利用されてきました。マタタビはマタタビミミタマバエの作る虫コブができて初めて価値あるマタタビ酒になります。また、ヌルデ(白膠木)の若芽や若葉などにヌルデシロアブラムシが寄生してできる虫こぶ(ヌルデミミフシ)は、お歯黒、染め物、薬、インク、占いなどに使われてきました。特に染料は、空五倍子色という伝統色で、古代より(正倉院にあり)珍重されてきました。
 
 虫コブは、物理的刺激や植物の生長を促進する物質(植物ホルモンやアミノ酸など)により形成されますが、現在は人工的に虫コブを作る研究もされています。しかもフシはなにも虫だけによってつくられるのではなく、ダニ類、線虫類、細菌、菌類によっても作られます。ですから虫コブや虫えいよりは、英語のGALL(ゴール)といった方が適切かもしれません。もっとも、植物寄生菌類の多くは果樹や野菜に多大な被害をもたらすものばかりですが。現在、日本では1400種以上のゴールが見つかっています。実に奥が深い世界です。

 妻女山展望台から北の眺望。赤坂橋の向こうに、武田信玄が本陣としたと伝わる八幡原(はちまんぱら)の森が見えます。なぜ風景が霞んでいるかというと。黄砂もあるのですが、午後の突風で長芋畑の砂塵が舞い上がっているからです。この時期の風物詩です。

 今年はコゴミが大量に採れました。妻女山山系のコゴミは開いて終わっていますが、これは我が家の裏庭に昔父が植えたものです。コゴミは炒めると固くなるので1分湯がいて最後に合わせます。ニンニクとアンチョビーを炒めてパスタを入れて茹で汁を入れて乳化させ、ピリッとするエキストラヴァージンオリーブオイルをかけて。最後に明太子をトッピングします。激旨です。

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妻女山陣場平の貝母は週末まで。カタクリ、キブシも残花。クサボケやヤマツツジが開花。信州の春は超特急で過ぎて行く(妻女山里山通信)

2022-04-21 | アウトドア・ネイチャーフォト
 陣場平の貝母(編笠百合)は、全て満開になりました。今週末まではなんとか見頃が続くと思います。厳冬の春は、急激に暖かくなり超特急で過ぎ去るのが常ですが、それにしても今春は速い。体がついて行けません。来週は菜種梅雨になりそうです。朧月夜が見られるでしょうか。貝母の開花期はできるだけ現場で作業をしながら案内をしたいと思っています。だいたい10時から12時ぐらいまでです。見かけたら声をかけてください。

 天城山林道のカタクリが気になっていました。保全作業がけっこう大変で先送りしていたのですが、咲き終わってしまうかなと危惧しつつ群生地へ。やはりほぼ咲き終わっていました。なんとか撮影に耐えられるものを見つけて。花びらの体温が25度になるとひっくり返ります。

 カタクリも200種以上あるといわれるアリ散布植物です。誘引物質のエアライオソームでアリを引き寄せ、アリは糖分を餌にして種を捨てます。それが種まきになります。

 林道天城山(てしろやま)線からの風景。千曲川対岸の篠ノ井の町並みと、一番奥に戸隠連峰の西岳が見えます。手前に見える尾根は、斎場山から土口将軍塚古墳や薬師山の尾根。

 林道沿いに咲くキブシ(木五倍子)の花。キブシ科キブシ属。雌雄異株の落葉低木で、別名はキフジ。江戸時代には、タンニンを含む果実がおはぐろ用の五倍子(ふし)の代用として使われました。

 メギ(目木)メギ科メギ属。枝や葉の付け根に鋭い棘があります。枝や根を煎じた汁は黄色で、煎じ液で洗眼すると目の病気に効くということから目木となりました。漢方では、小蘗(しょうばく)といいます。秋に赤い実がなります。樹高は、1~3m。

 クサボケ(草木瓜)バラ科。別名は、ジナシ(地梨)。草ではなく、高さ50センチぐらいの低木ですが、鮮やかな朱色の花を咲かせるので意外と目立ちます。また、低木ににつかわしくない梅のような大きな実は薬用酒になり、貧血や疲労回復、不眠症に。煮だし汁は入浴剤になるそうです。

 陣場平の貝母は、半日陰の林床のものも満開になりました。昨年と違って、受粉するセイヨウミツバチやハナアブが少ないのが気になります。

 見上げると、カスミザクラやヤマザクラが満開です。ウグイスが鳴いていました。繁殖期のホイホイホイがつかない月日星と鳴くサンコウチョウも。

 妻女山山系に多いサンショウ(山椒)も若葉が出てきました。

 何組かの女性たちが若葉を摘んでいました。山椒味噌に。私はもう少し大きくなってから摘みます。

 逆光に透けるリョウブ。若葉は、リョウブ飯といって食べられますが、美味しいウコギ飯と比べると非常食ですね。

 リョウブ(令法)リョウブ科 リョウブ属。初夏から夏にかけて白い小花を穂状(10〜20cm)に咲かせます。樹皮ははがれやすく独特の模様をしているので分かりやすい。太さ10センチ以下のリョウブは、しばしばニホンジカやニホンカモシカの角研ぎに利用されます。リョウブは、深く根をはる直根がありません。そのため根が浅く倒れやすい。そのかわりでしょうか、根元に不定芽が準備されていて、急速に発芽し再生します。防火帯などの刈払い地に二次林ができやすいのはそのためです。鏡台山の防火帯に群生地があります。

 あちこちでヤマツツジも咲き始めました。まだつぼみののものがほとんどですが、来週末には満開になるでしょう。

 ヤマブキ(山吹)バラ科。「七重八重花は咲けども山吹の実の(蓑)ひとつだになきぞ哀しき」兼明親王(後拾遺和歌集) 実のと雨具の箕をかけています。太田道灌の逸話で知られる花。 古今亭志ん生『道灌』は一聴の価値あり。花を乾燥させて煎じたものは、慢性のせきに効くそうです。

 妻女山のソメイヨシノは葉桜ですが、標高の高い皆神山は満開です。手前の象山の桜は散りました。根子岳、四阿山にはまだ積雪が。GWも冬山の装備が必要です。

 妻女山展望台の少し下から見上げる陣場平と斎場山分岐の長坂峠。手前のヤマザクラの向こう側は、欅の春紅葉です。この時期は、樹種により葉の色が異なるので最も美しい春の景色。やがて皆濃い緑になり、遠目では見分けがつかなくなります。

 野沢菜の菜の花越しに見る斎場山。畑の桃の花が満開です。

 春の山菜。左から原木栽培椎茸。ウド、タラの芽、コゴミ。右は左からウド、タラの芽、スギヨのビタミン竹輪にコゴミを刺した天ぷら。原木椎茸も天ぷらに。ヒマラヤ岩塩でいただきます。週末は、10時頃から2時頃まで保全作業や案内をしています。お気軽に声をかけてください。

 『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。地形図掲載は本書だけ。立ち寄り温泉も。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

本の概要は、こちらの記事を御覧ください

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 インタープリターやインストラクターのお申込みもお待ちしています。好評だったスライドを使用した自然と歴史を語る里山講座や講演も承ります。市民大学などのフィールドワークを含んだ複数回の講座も可能です。左上のメッセージを送るからお問い合わせください。
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妻女山陣場平の貝母、カスミザクラ、オオヤマザクラが満開。シロヤブケマン、ヒナスミレ、ヤマブキ。春の恵みの山菜料理(妻女山里山通信)

2022-04-19 | アウトドア・ネイチャーフォト
 陣場平の貝母(ばいも)は、日陰のものもほぼ満開になりました。今週末まで充分見頃が続くと思います。暖かくなる日なので、鞍骨山へも何組か向かった様です。陣場平へも4組ほど訪れてくれました。実際はもっと多かったかも知れません。

 今年はなごり雪で潰されなかったので草丈が高く、非常に見栄えがします。ここ数年、周囲の球根を中央に移植しているので、ずいぶんと増えましたねと言われます。

 貝母は下から咲きますが、一番上のつぼみもほとんど開いたので満開と言っていいでしょう。奥に見える濃いピンクの花は、オオヤマザクラ。

 ほぼ満開のオオヤマザクラ(大山桜)。ベニヤマザクラ(紅山桜)ともいいます。

 俯いて咲く貝母の上に咲くカスミザクラ(霞桜)とヤマザクラ(山桜)。

 これはカスミザクラ。別名をケヤマザクラ(毛山桜)といい、花柄に短い毛が生えています。ヤマザクラは、葉柄や花柄が赤みを帯びています。

 一番上の写真の中央にあるクマノミズキは、大量の樹液を出しています。出た樹液は変色してオレンジ色に。出会った方々に無毒なのでなめてもいいですよと。クヌギの樹液は出ると白く結晶して甘いのですが、これはほとんど無味無臭で、若干酸味を感じます。新しい巣の場所を探すオオスズメバチの女王蜂がなめていました。

 その樹下に大量に出たオオズキンカブリタケ。

 シロヤブケマン(白藪華鬘)。ケシ科キケマン属。全部白いのは、ユキヤブケマンといいます。氷河期の生き残りといわれるウスバシロチョウの幼虫の食草で、成虫は5月半ば過ぎに出現します。

 ハナヤスリも成長してきました。右に胞子嚢が見えます。陣場平のあちこちに群生地があります。

 ヒナスミレ(雛菫)。妻女山山系では希少種です。

ヒナスミレ(雛菫)。他にタチツボスミレ(立坪菫)、アオイスミレ(葵菫)が咲いています。

 長坂峠から見る斎場山。左手にオオムラサキの食草のエノキ(榎)があるのですが、ノイバラが成長すると絡みついて枯らしてしまうので、いずれノイバラを伐採する予定です。大きくなると林道も塞いでしまいます。

 手前にヤマザクラ、その向こうにカスミザクラが咲いています。

 ミヤマナルコユリ。アマドコロの様に茎が角張っていないし、小ぶりなのでミヤマナルコユリかなと。

 ヤマブキもあちこちで咲き始めました。「七重八重 花は咲けども 山吹の 実の(箕)ひとつだに なきぞ悲しき」兼明親王(かねあきらしんのう)。太田道灌の逸話で有名です。

 春の恵み。左はコゴミの天ぷらとスギヨのビタミン竹輪のアオサ海苔の天ぷら。野沢菜のとう立ち菜花飯。菜花は、炊きあがってから生を刻んで塩と混ぜ込んで蒸らします。右は、コゴミの味噌和えとタラの芽の味噌和え。山菜は軽く塩ゆで。合わせ味噌は、手作り信州麹味噌、キビ糖、本味醂、蜂蜜、花鰹、栽培した煎り胡麻をお湯で溶いて練ります。この合わせ味噌は色々に使えて便利です。

 『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。地形図掲載は本書だけ。立ち寄り温泉も。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

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松代夢空間主催の「妻女山 花と歴史のハイキング2022」。斎場山や堂平大塚古墳、貝母満開の陣場平を案内しました。楽しんでいただけた様です(妻女山里山通信)

2022-04-17 | アウトドア・ネイチャーフォト
 松代夢空間主催の「妻女山 花と歴史のハイキング2022」のインタープリターをして、参加者の皆さんを案内しました。今回は信濃毎日新聞社の記者の方が同行取材をしてくれました(翌日の朝刊に掲載)。寒の戻りの前日と違い、晴天で徐々に気温も上がり、快適なハイキングができました。

 まず最初に案内したのは斎場山(旧妻女山)です。古代科野のクニの古墳で円墳です。川中島の戦いで最初に上杉謙信が本陣としたと伝わることや、古代科野のクニの話をしました。

 斎場山の山頂は円墳なので丸く平らです。上杉謙信は、ここに盾を敷き陣幕を張って鼓を奏でたと伝わるところです。そんな想像にふけるのもいいでしょう。

 次に行ったのは、御陵願平にある巨大なイノシシのヌタ場(泥浴び場)です。最初は落葉松の倒木の根っこの深さと大きさしかなかったのですが、水脈があることを知って、イノシシが鼻で土木工事をしてここまで広げたのです。冬の猟期に追われたイノシシが、氷を割ってここで火照った体を冷やすこともあります。

 朴の木の若葉。朴葉味噌にしたり、信州では朴葉味噌で信州牛を焼いたりもします。

 長坂峠、東風超えを過ぎてクヌギの樹液バーで説明。このあたりはほぼ平で、地名を御天上といいます。小さな女の子も、すごく疲れたみたいですが頑張って歩いてくれました。いい山ガールになってくれるといいな。

 陣場平の分岐を右へ下って堂平大塚古墳へ。友人で妻女山里山デザイン・プロジェクト(妻女山SDP)の活動を手伝ってくれた故人のKさんの話や、彼が掘り出した勅命と書かれた不思議な石碑を案内しました。GWには、彼が植えたたくさんのツツジが満開になります。

 妻女山里山デザイン・プロジェクトで保全活動をしている陣場平の貝母の群生地へ。その歴史や万葉集の歌や保全活動の歴史などを紹介しました。そして貝母を発見するきっかけとなった菱形基線測点の紹介も。ここでは時間をとって自由に撮影などをしてもらいました。ここに来て、この風景や小鳥の声を聞きながらボーッとしていると、色々なストレスも忘れます。

 葉の先がクルッと丸まっていますが、これを互いに絡み合わせて、この時期に発生する爆弾低気圧の強風から身を守っています。そう進化したのでしょう。触ると分かりますが、貝母の茎は非常に柔らかく柔軟です。強風には皆でつながって揺れながらいなすのです。古名は母栗、現在の和名を編笠百合といいますが、それはこの写真を見ると分かると思います。

 「時々の 花は咲けども 何すれぞ 母とふ花の 咲き出来ずけむ」丈部(はせつかべ・はせべ)真麻呂(万葉集) 「季節ごとに花は咲くのに、どうして母という花は今咲かないのだろうか(咲いていれば摘み取って共に行くのに)」。
 天平勝宝七年二月に、交替して筑紫に遣わされる諸国の防人たちの歌の中の一首です。これが貝母のことであるという説があります。貝母は球根の形から、母栗(ははくり)という古名があったそうです。丈部真麻呂は、遠江国山名郡(現在の静岡県袋井市)で徴兵され九州に派遣され国境警備にあたった兵士・防人(さきもり)でした。二月は現在の三月としてもまだ貝母が咲く前です。
 防人というのは、663年に朝鮮半島の百済救済のために出兵した倭軍が白村江の戦いにて唐・新羅の連合軍に大敗したことを契機に、唐が攻めてくるのではないかとの憂慮から九州沿岸の防衛のため設置されました。668年に唐により高句麗が滅びたことで危機感を強めたこともあったでしょう。防人は、21歳から60歳までの健康な男子が徴兵されました。任期は三年で、延長もされたそうです。食料・武器は自弁で帰郷は一人で帰るため、途中で野垂れ死ぬ者も少なくなかったとか。人民には重い負担になったようです。

 左に見える小高い膨らみは、高句麗からの帰化人の積石塚古墳です。今までは灌木の藪の中でしたが、今回藪を切り開いて看板を立てました。古墳と高句麗の説明も。

 クサボケの花も咲きだしました。実は地梨といって酒に漬けると、滋養強壮のリキュールになります。

 陣場平の下の入口に咲くズミ。昔はリンゴの台木として使われました。シジュウカラの鳴き声が聞こえます。コゲラのドラミングも聞こえます。GWになるとサンコウチョウの月日星ホイホイホイという鳴き声も聞こえるでしょう。

 これは前日にコースの下見に来たときに、陣場平に現れたニホンカモシカの子供です。まだ小さく角も短いので、昨年の7月に生まれた個体でしょう。他には、ヤマドリ、キツネ、タヌキ、ホンドテン、ホンドリス、月の輪熊などを目撃したことがあります。月の輪熊に関しては、拙書で「猫にマタタビ、月の輪熊に石油」という、それ何?というようなエッセイを載せています。今はヒオドシチョウ、ルリタテハ、テングチョウ、ミヤマセセリ、春型のキアゲハが見られます。やがて各種のゼフィルス(シジミチョウ)やウスバシロチョウが舞います。夏にはオオムラサキも。このブログの各月のアーカイブを見ると、どんな動物や昆虫、野草やキノコ、粘菌などが出るか分かります。

 今回皆さんにお話したのは、拙書でもそうですが、里山は人が何百年もかかって保全活動をしてきて今があり未来があるということです。そこには深い歴史があり、豊かな生態系があるということです。その大切さを皆さんにも広く知ってほしいということなのです。お金にならないからと里山をないがしろにして荒廃すると、麓に住んでいる我々の暮らしも崩壊するということを知っていただきたいのです。そして、四季折々の里山を楽しんで欲しいということです。ハイキングだけでなく、トレランやマウンテンバイク、バードウォッチング。写真撮影だけでなく絵を描きに来る人もいます。つる植物などで工芸をする方もいます。それぞれの楽しみを見つけて里山に親しんで欲しいのです。

 今回のハイキングで、自己紹介も色々したのですが、みなさんが驚いたのは、仕事でグルメ関係をして土井善晴さんやジュディ・オングさん、平野レミさんと仕事をしたことではなく、若い頃にアイドル雑誌のデザインをしたり、撮影のディレクションをしていて、アイドルが大好きなんですと言った時です。受けました。BABYMETALやハロプロのモーニング娘やJuice=Juiceがすきとか。このブログでも左のカテゴリーでリンクしています。モーニング娘の羽賀朱音ちゃんは松代中学の後輩ですしね。そうそう、村上春樹さんの国分寺のジャズ喫茶のアルバイトのフォトエッセイは世界中からアクセスがあるのですが、それは話す機会がありませんでした。それもブックマークの「国分寺・国立70sグラフィティ」でどうぞ。アマゾン一人旅もリンクがあります。ホームページは、CAPINOです。これもブログのブックマークから行けます。お問い合わせはメッセージからどうぞ。



 コゴミがたくさん採れました。野沢菜のとう立ちの菜花も。コゴミはおひたしと天ぷらが一般的ですが、旬のホタルイカとアンチョビーパスタにしました。激旨です。野沢菜の菜花は、甘くて少し苦味があり、これも和洋中華エスニック、なんにでも合います。アサリとボンゴレビアンコもおすすめ。いずれも春の滋味です。

 信濃毎日新聞の記事です。

 『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。地形図掲載は本書だけ。立ち寄り温泉も。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

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日本の里山で唯一無二の貝母の大群生地。妻女山陣場平の貝母は一気に咲き出しました。見頃です!積石塚古墳も(妻女山里山通信)

2022-04-12 | アウトドア・ネイチャーフォト
 最高気温が27度の妻女山。貝母(編笠百合)も一気に咲き始めました。同時にノイバラやハルジオンなども旺盛に出てきます。それらを除去しなければなりません。里山は何百年にも渡って里人が手を入れて保全されてきたものです。自然に任せておけばいいというのは、里山に関しては当てはまりません。放っておいても自然林や原生林には戻らないのです。GWにはメンバーを集めて保全作業をします。
 貝母の見頃は、17日(日)と20日(水)から24日(日)まで。それ以降は散り始めると思います。

 貝母三兄弟。三姉妹かな。和名の編笠百合と分かるように撮影するには、下からあおらないといけません。私はバリアングル液晶のファインダーなのでできますが。そうでないデジカメの時は、当てずっぽうで撮影して確認することです。スマホで撮影する方が多いのですが、その時は自撮りモードで画面を見ながら撮影すると良いですとアドバイスしています。

 雌しべの根本には、やがて実となる膨らみがあります。ハナアブがたくさん訪れていました。

 上の入り口から入った群生地の景色。中央の大きなクマノミズキは、樹液をポタポタと流して濡れています。この木の周りには、たくさんのオオズキンカブリタケが発生しているので、入らないでくださいと言っています。

 上の丸太のベンチから右を見ると林床の貝母の群生が。こちらは半日陰なのでまだつぼみですが、午後には開いてきました。樹木の芽吹きも始まりました。

 ベンチの真反対からのカット。小さな実生がギッシリ生えています。この広い台地を陣場平というのは、第四次川中島の戦いで上杉謙信が陣城を建てたと伝わるからです。「甲陽軍鑑」の編者といわれる小幡景憲が、この陣場平に七棟の陣小屋がある絵を描いており、東北大学の狩野文庫に収蔵されています。当ブログでは、許可を得て掲載した記事を載せています。
冬枯れの陣場平へ。謙信の陣城跡で貴重な貝母の群生地。栽培椎茸で中華の角煮炊き込みご飯。妻女山展望台。金属探知機(妻女山里山通信):小幡景憲彩色の川中島合戦絵図を掲載しています。

 左を見ると、小高い段差があるのですが、その奥まで貝母が増えています。種が飛ぶ頃に吹く東風(こち)で増えたものです。

 クマノミズキの周囲に生えたオオズキンカブリタケ。非常にもろく壊れやすいキノコです。食菌ですが、ロケット燃料の成分を含むので、調理中に気持ちが悪くなる人がいるそうです。バターやクリームと合います。

 積石塚古墳脇の貝母も開花しました。高句麗人の積石塚古墳という看板を立てました。お会いした方には説明しています。篠ノ井の地名の元になったというと驚かれます。

 巨樹の根本に咲く貝母。北の端なので、種が飛ぶ時に強い南風が吹いていたのでしょう。

 葉の先がクルッと丸まっていますが、これを互いに絡み合わせて、この時期に発生する爆弾低気圧の強風から身を守っています。そう進化したのでしょう。触ると分かりますが、貝母の茎は非常に柔らかく柔軟です。強風には皆でつながって揺れながらいなすのです。

 こんな風に下から煽って撮影することをおすすめします。吸蜜に来たセイヨウミツバチやハナアブを撮影できるかも知れません。

 「時々の 花は咲けども 何すれぞ 母とふ花の 咲き出来ずけむ」丈部(はせつかべ・はせべ)真麻呂(万葉集) 「季節ごとに花は咲くのに、どうして母という花は今咲かないのだろうか(咲いていれば摘み取って共に行くのに)」。
 天平勝宝七年二月に、交替して筑紫に遣わされる諸国の防人たちの歌の中の一首です。これが貝母のことであるという説があります。貝母は球根の形から、母栗(ははくり)という古名があったそうです。丈部真麻呂は、遠江国山名郡(現在の静岡県袋井市)で徴兵され九州に派遣され国境警備にあたった兵士・防人(さきもり)でした。二月は現在の三月としてもまだ貝母が咲く前です。
 防人というのは、663年に朝鮮半島の百済救済のために出兵した倭軍が白村江の戦いにて唐・新羅の連合軍に大敗したことを契機に、唐が攻めてくるのではないかとの憂慮から九州沿岸の防衛のため設置されました。668年に唐により高句麗が滅びたことで危機感を強めたこともあったでしょう。防人は、21歳から60歳までの健康な男子が徴兵されました。任期は三年で、延長もされたそうです。食料・武器は自弁で帰郷は一人で帰るため、途中で野垂れ死ぬ者も少なくなかったとか。人民には重い負担になったようです。

 貝母を発見したのは、実はこの菱形基線測点を探していて偶然発見した副産物なのです。四箇所でワンセット。全国に26セットあるのですが、地理史の重要な文化遺産なのです。遠く千曲川の青い色が見えます。

 帰りにヤマエンゴサクの群生地を見に行きました。まだまだこれからですね。週末の雨でまた新たに咲くでしょう。

 妻女山招魂社の駐車場の桜は満開です。杏は散り始めました。桃の花も開花しました。17日の長野マラソンでは、選手は満開の桃の花と菜の花を見ながら走ることになるでしょう。まあ、見る余裕があるかは知りませんが。信州の春は猛スピードで過ぎていきます。

 妻女山里山デザイン・プロジェクトの作業で余ったニシンのアヒージョと、畑の野沢菜のとう立ちと妻女山のコゴミのパスタ。春の滋味を堪能しました。

 妻女山で採ってきたコゴミのおひたしと、野沢菜の菜花と鯖の水煮缶詰の臭豆腐とラー油の中華炒め。臭豆腐は、台湾料理大好きという人でも、あれは無理という相当に臭いもの。くさややシュールストレミング、発酵筍に匹敵する臭さです。しかし、これを調味料として使うと一変します。新橋のガード下に(今は移転)「あろいなたべた」というタイ料理の店があり、そこの発酵筍のカレーが臭いけれど絶品だったのです。店の50m先からも匂うほどでした。家族でこれにはまり、横浜中華街のさっちゃんちで、この瓶詰めを買い求め妻に作ってもらいました。今回、久々に食べたくなりネットで買いました。そして作ったこの料理。次はカレーを作ろうと思います。

 『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。地形図掲載は本書だけ。立ち寄り温泉も。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

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杏と桜が同時に満開のあんずの里。樹齢300年を超えると伝わる杏の大木。諏訪立川流の天才・立川和四郎富昌の子持ち龍(妻女山里山通信)

2022-04-10 | アウトドア・ネイチャーフォト
 午前中に慌ただしく千曲市森のあんずの里へ。薄曇りでしたが、けっこう花見客が訪れていました。私は例年通り、花見客がほとんどいない古刹巡りを中心に歩きました。10時半で撮影は終了。クヌギの枝を取りに陣場平へ向かいました。

 昨年と同じく杏の花と桜が同時に満開になりました。黄色いレンギョウや白いユキヤナギもあちこちで咲いています。ホッとする風景です。

 観龍寺の山門とレンギョウが咲く石段。

 観龍寺の桜。昨年までは茅葺きでしたが、銅板に葺き替えられました。母方の祖先の絵師の絵が奉納されています。ここから大峯山への登山ルートは拙書で紹介しています。

 毎年必ず撮影する在来種の古木。今年も元気に咲いてくれました。

 あんずの小道。樹下にはホトケノザやオオイヌノフグリ、水仙などが咲いています。ヒヨドリがうるさいほど群れていました。

 杏畑の最上部まで満開です。

 樹齢300年を超えると伝わる杏の大木。森のアンズは、天和年間(1681~1683年)元禄時代、伊予宇和島藩主伊達宗利侯の息女豊姫が、松代藩主真田幸道侯に興し入れの際、故郷の春を忘れじとして国許よりアンズの苗木を取り寄せ、松代東条地区に植え付けたのが始まりとされるのですが、それ以前にも少しはあった可能性はあります。安永年間(1772~1780年)松代藩は、森村・倉科村・生萱村・石川村などへ苗木を配布し、栽培を奨励しました。

 杏の花の奥に満開の桜。遠くに茶臼山が見えます。その向こうは、陣場平山などの峰。

 禅透院の鐘楼と在来種の杏の花。右奥はやはり満開のサンシュユ(山茱萸)。

 サンシュユの花のアップ。

 禅透院の本堂と枝垂れ桜。

 次いで母方の祖母が眠る興正寺へ。満開の枝垂れ桜。

 山門越しに見る枝垂れ桜。鶯のさえずりが聞こえます。

 山門にある「子持龍」は、諏訪立川流の天才・立川和四郎富昌の作。富昌は八幡の武水別神社の再建中でした。そこで、森出身の弟子・宮尾八百重を案内役に住職、世話人、名主らが建築現場に赴き建築を依頼。引き受けた富昌は三月頃から、父富棟が寛政二年(1789)に建築した善光寺大勧進の表御門形式を参考に絵図面を制作。四月には八百重の家に投宿し近くの薬師山に登って酒宴を催し、満開の杏花を愛でたといわれています。夜は篝火の下で鼓を鳴らし謡曲の「鞍馬天狗」を吟じ、見事な龍を描き上げ、村人や近郷近在の話題をさらい、村では日本一の宮大工が来たと喜んだそうです。興正寺は、浄土宗西京大谷知恩院の末派で、創立年は不詳。

 興正寺の上から見るあんずの里。私が屋代高校の頃に教室から見た景色は、藁葺き屋根が多く杏の花も在来種が多かったため、ピンク色というよりも、やや黄ばんだコーラルピンクの色でした。

 帰路に立ち寄る岡地。西に山があって日暮れが早いので半日村と呼ばれます。花見客も訪れない穴場です。前日設置した標識の添え木の撤去とクヌギの枝を持ち帰るために、大急ぎで妻女山の陣場平へ向かいました。貝母を観に来た二人の方と邂逅しました。もう見頃と言っていいでしょう。

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妻女山の貝母(バイモ)が開花。カンスゲとタチツボスミレに桜も開花 2022の春(妻女山里山通信)

2022-04-08 | アウトドア・ネイチャーフォト
 最高気温が16度。高気圧の東の縁を回って北風が吹いたので花冷えの一日でした。週末は気温が上がるので開花は土曜日かなと思いましたが、なんと開花しました。

 開花したのは、上の入り口から入って左側にある西向きの緩斜面。毎年ここの貝母が真っ先に芽生え開花します。下から見上げると和名の編笠百合の意味が分かると思います。古名は母栗といい、万葉集にも一首歌われています。また、満開の頃に紹介します。

 10時頃に観た時は、一輪だけ咲いていたのですが、昼頃には次々と咲きだしました。

 基本は、花びらが6枚、雄しべが6本に雌しべが中央に1本ですが、探すと花びらが8枚、雄しべが8本なんていう花も見つかるかも知れません。

 貝母の花は、下の方から咲き始めます。

 陣場平中央の貝母も週末には咲き始めるでしょう。

 太いクヌギの林床にも貝母の群生地があります。種がこぼれる頃の東風(こち)で西へ飛ばされて増えたものです。

 林内の貝母は、日陰になる時間もあるので、中央部より開花が遅れます。その分長い間花を愛でることができます。満開の見頃は、その後の気温もありますが、15日から25日頃と思われます。

 女性二人が来訪したので、ヤマエンゴサクの群生地を紹介しました。まだ咲いていない株も多いので、これからしばらく楽しめると思います。

 シダ植物のイノデ(猪の手)の新芽。ゼンマイではありません。不食。シダ類は、ワラビ(蕨)、ゼンマイ(薇)などが食べられますが、いずれも発癌物質を含むので、充分なアク抜きが必要です。

 カンスゲ(寒菅)カヤツリグサ科スゲ属。妻女山では、林道ののり面や日当たりの良い尾根筋で見られます。

 妻女山展望台の下にタチツボスミレ(立坪菫)が咲いていました。葉はハート型ですが、長葉も見られます。

 茎には毛が生えています。もっとも普通に見られるスミレです。妻女山では、探せば斑入り(赤)のスミレも見られます。スミレ属も、アリ散布植物です。ケマン属、オドリコソウ属、カタクリ属など200種におよびます。アリ散布植物とは、種子散布をアリに依存する植物で、種子表面にエライオソーム(elaiosome)とよばれる誘因物質をもち、アリは表面の糖分を舐め取り、残りを捨てることで種まきになるのです。

 妻女山公園のソメイヨシノが咲き始めました。森のあんずは週末には満開になるでしょう。貝母とソメイヨシノは、いつも同じ頃に咲き始めます。

 妻女山展望台からの眺め。赤坂橋の奥に武田信玄が本陣とした八幡原(はちまんぱら)が見えます。その左向こうに拙書で紹介の上杉謙信の髻山(もとどりやま)。カタクリとセリバオウレン、シロバナオドリコソウの群生地があります。ずっと右に雪が残る高社山。拙書でも載せていますが、GW頃は様々な花が咲き乱れます。手前の千曲川の堤防では菜の花(セイヨウアブラナ)が咲き始めました。4月17日は長野マラソンですが、桃の花が咲いているでしょう。

 『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。地形図掲載は本書だけ。立ち寄り温泉も。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

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ピーカンの土曜日。北アルプスの絶景。開花し始めた妻女山の貝母。北信州にさくら咲く(妻女山里山通信)

2022-04-08 | アウトドア・ネイチャーフォト
 土曜日は最高気温が24度。日曜日は25度か26度で夏日となる予報です。朝晩はまだ石油ファンヒーターを点けているんですけど。これが信州の春です。体が付いていきません。

 午前中は、雲ひとつ無いピーカンで妻女山展望台からの北アルプスもクッキリ。午後になると霞むので、なるべく早く行って撮影しました。北アルプス仁科三山の鹿島槍ヶ岳。右の深い谷には、長野県で初めて認定された氷河があります。またかくね里といって、古くは平家の落人が隠れ住んだ里ともいわれています。右下に民家が見えますが、この茶臼山がある西山地区は、東京の白金にある絶品スウィーツのお店があって県外からも客が押し寄せたり、隠れ家的なカフェやパン屋があったり、映画の舞台になったゲストハウスがあったり、世界的なミュージシャンが住んでいたりと、なかなか魅力ある里山なのです。

 北の白馬三山の左が白馬鑓ヶ岳、右に杓子岳。この名称は白馬岳と共に、明治になって帝国陸軍陸地測量部が地図を作るにあたり地元につけさせたものです。それ以前は、西岳とか岳山とかいって正式な名称はありませんでした。手前は茶臼山の尾根で信里小学校と農協があります。その向こうには信里の集落や山布施などの集落があります。

 白馬岳。村人が申請した山名は、代掻きの雪形から代馬岳でしたが、できあがった地図には白馬岳と記載されていました。村人たちは長い間その事実を知らなかったそうです。なので、読みは「しろうまだけ」なのですが、白馬村は「はくばむら」です。出典:「北アルプス 白馬ものがたり」石沢 清著
 手前は、地滑りで崩壊してしまった茶臼山の南峰です。手前の斜面には、茶臼山自然植物園や、レッサーパンダで有名な茶臼山動物園があります。

 北方の戸隠山脈と、戸隠富士と呼ばれる高妻山と左奥に乙妻山。蟻の塔渡りで有名な戸隠。標高は低いのですが、初心者が登る山ではありません。拙書で紹介の京ヶ倉もそうです。

 その右手に見える飯縄山(飯綱山)。拙書ではその歴史を詳しく記しています。飯縄権現を祀る飯縄神社。上杉謙信にも武田信玄にも尊崇された神社です。東京の高尾山の薬王院は飯縄権現を祀っています。標高1917mなので、低いなと覚えるのですが、伝説と夏のお花畑が魅力的な長野市民の愛する山です。

 妻女山陣場平の貝母は、この週末でかなり咲き始めると思います。貝母は古名を母栗といい、4月の茶花です。なのでお茶をやっている方にはお馴染みの山野草なのです。
「俯いて 咲く花ゆかし(床し・懐し・古式―催し:懐かしい) 貝母百合」「編笠の 内に秘めたる 貝母百合」「俯いて 知らぬ間に消ゆ 貝母哉」林風
 ブラジルにはサウージ・エ・サウダージという誰もが知る言葉があります。健康と懐かしさ。サウージは、昔あって今はないもの、英語でいうとI miss youに近いかも。このサウダージという言葉は、ブラジル人の心の根底にある感情ですが、日本人他世界の人々にもある感情で、それぞれ言葉があると思います。アカデミー賞受賞の「ドライブ・マイ・カー」の、「生き残った者は、死んだ者のことを考えつづける… ぼくや君はそうやって生きて行かなくてはいけない」「生きていくほかないの」というセリフを思い出します。祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 無常とは常ならず。時間が過ぎていくのではない、我々が過ぎ去っていくのだという言葉を思い出します。カムカムエブリバディは親子三代の物語でしたが、全く内容は違いますが、私はノーベル文学賞受賞のガブリエル・ガルシア・マルケスの「百年の孤独」を思い出しました。最初の者は新天地でそれぞれに名前をつけなければならなかったのです。そして、最後の者はアリに引かれたで終わります。読破するのに三ヶ月を要したどえらい小説でした。読後、今後もう小説は読まなくていいと思ったほどです。

 陣場平中央部の日当たりの良いところの貝母。開きそうなつぼみがあちこちに散見されます。

 一見枯れ葉に見える株間も小さな実生がたくさん出ています。これが全部成長したらもっと凄い光景になるでしょう。これだけの貝母の大きな群生地は、日本でここだけです。暖かさでクマバチやハナアブが飛び始めました。たくさん受粉してくれるといいのですが。

 積石塚古墳近くの貝母もずいぶんと成長しました。今年はこの古墳の東側の斜面に球根をたくさん移植したいと考えています。

 陣場平のある場所で、オオズキンカブリタケ(大頭巾被り茸)。アミガサタケの仲間ですが、アミガサタケのように傘と軸が一体となって繋がっておらず、軸に傘が乗っかった状態です。食菌ですが、水溶性の微毒があるので、一度茹でこぼしてから調理します。ロケット燃料と同じ成分が含まれるとかで、気を付けないと調理中に具合が悪くなる人もいるそうです。醤油には合わず、バターやクリームに合うので、クリーム煮、リゾット、パスタなどに向いています。

 貝母の株の中央のつぼみが食べられています。ニホンカモシカです。他の野生動物や鳥は食べません。薬草ですが毒草でもあるのでたくさんは食べません。デトックスになるのでしょうか。

 陣場平の上の入り口。妻女山駐車場から長坂峠を経て左の林道を登るとここに着きます。鉄の看板のところから小道を奥に歩くとすぐに貝母の群生地。林道からは見えないので、初めて見た方は歓声をあげます。

 下山して温泉へ向かいます。桜も一日でかなり開きました。森のあんずが満開なので行きたいのですが。温泉から見たら山麓の上の方まで満開でした。明日であんず祭りは終了ですが、来週中頃までは充分に見頃だと思います。13、14日に傘マークがついていますが、たぶん花散らしの雨となるでしょう。松代城の桜は次の週末が満開で見頃だと思います。

 『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。地形図掲載は本書だけ。立ち寄り温泉も。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

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