宇宙のはなしと、ときどきツーリング

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宇宙の膨張を考慮すると、同じ質量を持つ2つのブラックホールは互いに同じ距離を保つことで、区別がつかないことがある

2023年12月12日 | ブラックホール
ブラックホールは質量・電荷・角運動量(自転)の3つのパラメータだけで表されるので、3つの値が同じブラックホールは区別することができません。

これを“ブラックホール無毛定理(脱毛定理)”と呼びます。

この定理は、ブラックホールを記述する“アインシュタイン方程式”は、パラメータを固定すると1つの答えしか出さないことを意味する“ブラックホール唯一性定理”にも繋がります。

ただし、唯一性定理には例外があることも知られています。

今回の研究では、宇宙の膨張を考慮した場合、同じ質量を持つ2つのブラックホールは、お互いに同じ距離を保ったまま静止することがあること、その状態を遠くから見ると1つのブラックホールを見ているようにも見えるので、ブラックホールが1つなのか2つなのか区別がつかないことを示しています。

これは質量のパラメータを固定した場合に、唯一性定理が成り立たないことを示した初めての研究であり、ブラックホールは無毛定理が示すほど単純ではないことを示唆する結果になります。
この研究は、サウサンプトン大学のÓscar J. C. Diasさんたちの研究チームが進めています。
図1.宇宙の膨張による分離と、重力による接近が釣り合っている場合、2つのブラックホールは距離を保ったまま動かなくなる。今回の研究は、そのような状況が理論的に存在すること、この釣り合いが取れた2つのブラックホールを遠くから見ると、1つのブラックホールのようにも見えることを明らかにしている。(Credit: APS, Alan Stonebraker)
図1.宇宙の膨張による分離と、重力による接近が釣り合っている場合、2つのブラックホールは距離を保ったまま動かなくなる。今回の研究は、そのような状況が理論的に存在すること、この釣り合いが取れた2つのブラックホールを遠くから見ると、1つのブラックホールのようにも見えることを明らかにしている。(Credit: APS, Alan Stonebraker)


ブラックホールは3つのパラメーターだけで全てを表すことができる

太陽のような恒星は、重力によって潰れる力と、中心部の核融合で生じる圧力が拮抗することで、星としての形を保っています。

でも、核融合燃料が尽きてしまうと、重力に拮抗する力が無くなってしまうので、中心部がつぶれてしまう“重力崩壊”が発生してしまいます。

この先の運動は恒星の質量によって異なり、太陽よりもずっと重い恒星の場合だと、他のどんな力も重量に拮抗できずに、無限に潰されてしまうことになります。
こうしてブラックホールが形成されるわけです。

普通の恒星や惑星の場合、構成元素・大きさ・質量・形・色・温度など、無数のパラメータが存在します。
これに対し、ブラックホールは質量・電荷・角運動量の3つのパラメーターだけで、全てを表すことができるほどに性質が単純なことで知られています。

なので、恒星が重力崩壊するとパラメーターのほとんどが失われてしまうことを、物理学者のジョン・ホイーラーが“ブラックホールには毛が(3本しか)ない”と喩えています。
このことから、“ブラックホール無毛定理”と呼ばれることになります。

ブラックホール同士の合体で生じる重力波の観測により、ブラックホールの性質は無毛定理と矛盾しないことが明らかにされているので、無毛定理は正しいと考えられています。

このことが意味するのは、質量・電荷・角運動量の3つのパラメーターが同じ場合、2つのブラックホールは区別できないこと。(※1)
さらに、このことから、ブラックホールに関するもう1つの定理である“ブラックホール唯一性定理”も導かれます。
※1.より正確に言えば、ブラックホールには三次元空間での位置や運動方向といったパラメーターも存在する。でも、これは基準を適切に設定すればゼロとして扱えることから、無毛定理や唯一性定理に影響を与えない。
ブラックホールは、元々時空を表す一般相対性理論の方程式である“アインシュタイン方程式”を解くことで予言された天体です。

唯一性定理が正しい場合、質量・電荷・角運動量の値を固定して方程式を解くと、アインシュタイン方程式は1つの答えだけを出すということに繋がります。

この前提は、ブラックホールの性質を探る上で重要になります。


2つのブラックホールが1つだけあるように見える状況

ブラックホールを表すパラメーターが少ないことは、ブラックホールに落下した物体が持つパラメーターも大部分が失われてしまうことを意味します。

ブラックホールは光でさえも抜け出せないので、物体のパラメーターという“情報”は、この宇宙から消失してしまうことになります。
でも、このことは、情報の消失を禁じている物理学の基本原則と矛盾するんですねー

仮にブラックホールの中に情報が保持されていると考える場合でも、理論的に様々な困難が存在することも分かっています。

それでは、ブラックホールに落ち込んだ物体の情報はどうなっているのでしょうか?

この疑問は物理学上の重要な未解決問題であり、これは“ブラックホール情報パラドクス”と呼ばれています。

ブラックホールの性質、特に情報パラドックスの解決に関する理論的研究では、無毛定理や唯一性定理が示唆するほどブラックホールは本当に単純なのか? っという疑問についての研究もおこなわれています。

良く知られている例として、エネルギーが運ばれる“場”を仮定すると、唯一性定理が崩れることがあります。

例えば、ブラックホールには電荷のパラメーターがあります。
プラスとマイナスの電気は互いに反発するというよく知られた性質から、2つのブラックホールが異なる極性の荷電を帯びていると、重力という引力と、荷電によって反発する斥力が釣り合い、接近も分離もせず停止した状態となる場合もあることが予測されています。

この状態となったブラックホールを遠くから見ると、2つのブラックホールの荷電と質量を足した値を持つブラックホールが1つだけあるように見えることになります。
つまり、ブラックホールが、実際にはいくつあるのかを区別できないということです。

これは、質量と荷電のパラメーターを固定した場合にアインシュタイン方程式を解いても、答えが1つであるとは限らないという例になります。

一方、上記とある程度関連する別の試みとして、ブラックホールに新たな“毛”を定義する試みがいくつかあります。
ただ、この場合も場が仮定されますが、これは現代物理学の欠陥を埋めるための拡張理論とセットになっているので、現時点では意見の一致をみているとは言えません。


2つのブラックホールに働く引力と宇宙の膨張による斥力

今回の研究では、唯一性定理が成立するための前提条件である“時空は漸次的に平坦”という過程を現実の宇宙に沿うように変更すると、唯一性定理が成り立たない別の違反(破れ)事例が存在することを発見しています。

時空は漸次的に平坦とは、簡単に言えば、宇宙は膨張も収縮もしないことを意味します。

でも、実際の宇宙は加速膨張をしていることが観測によって証明されているので、実際の宇宙ではこの過程は成り立ちません。

宇宙の膨張は、天体間の距離を引き離す斥力のように振る舞います。

このような場合、先述の荷電の例と同じで、2つのブラックホールに働く引力と、宇宙の膨張という斥力が釣り合う場合に静止した状態となること、それを遠くから見ると1つのブラックホールと区別できなくなることが予測されます。

また、荷電などの例とは異なり、この釣り合った状態を作り出すのにエネルギーを運ぶ場を仮定する必要がない、という別の性質もあります。

宇宙の膨張による斥力と重力による引力の釣り合いを、頭の中で想像するのは簡単です。
でも、これまでそのような答えが示されたことはありませんでした。

それは、アインシュタイン方程式が、ブラックホールが1つの場合には解を導くことが可能ですが、2つある場合に解を導くことは不可能なことを、2つの定理によって数学的に示されているためです。

このため、研究チームでは、専門とする数値解析の手法を使い、このような前提でのブラックホールの振る舞いの計算を実施。
すると、2つのブラックホールによる宇宙の膨張と重力による引力の釣り合いが実際に起こること、それを遠くから観察すると1つのブラックホールと区別できないことが、数学的に示されました。

これは、質量のみのパラメーターを固定してもアインシュタイン方程式の解が1つに定まらない、唯一性定理の初めての違反の例でした。
今回の研究を適用すると、太陽程度の質量を持つ2つのブラックホールは、数百光年離れた距離にある場合に、互いに静止していることを示しています。

一見すると、これは解を導くことが不可能であるという以前の定理と矛盾しているように見えるかもしれません。

でも、研究チームでは、1つの定理には証明の中に理論的矛盾があることと、もう1つの定理には制限的な仮定があり、今回の研究結果がその定理に縛られないことを示しました。


釣り合いの取れた二重ブラックホールの存在

今回の結果は、ブラックホールはそれほど単純ではないことを示す新たな研究となりました。

このような唯一性定理の違反の具体例は、ブラックホールの性質を探る研究にとって重要な情報となります。

でも、研究チームが考えているのは、実際の宇宙にこのような状態の二重ブラックホールは存在しないということです。
宇宙の膨張による斥力と重力による引力の釣り合いが取れるのは、2つのブラックホールが正確な距離に配置された場合のみになります。

山の頂上にボールを置くと、少しでも位置がズレれば転がり落ちてしまうのと同じように、少しでもブラックホールが動いて互いの距離が変われば、ブラックホール同士は接近するか分離するかのどちらかの運命をたどることになります。

ブラックホール自身の運動に加え、他の天体からの重力によっても、ブラックホール同士の距離は変化することになります。
図2.今回示された釣り合っている二重ブラックホールの状態は、山の頂上の1点に置かれたボールに例えることができる。頂上に置かれたボールが簡単に転がり落ちるように、ブラックホール同士の距離が少しでも変わると、ブラックホールは分離するか接近するので、釣り合いは簡単に崩れてしまう。(Credit: APS, Alan Stonebraker)
図2.今回示された釣り合っている二重ブラックホールの状態は、山の頂上の1点に置かれたボールに例えることができる。頂上に置かれたボールが簡単に転がり落ちるように、ブラックホール同士の距離が少しでも変わると、ブラックホールは分離するか接近するので、釣り合いは簡単に崩れてしまう。(Credit: APS, Alan Stonebraker)
ただ、ブラックホール同士が自転している場合、あるいは強い電荷をもっている場合には、ブラックホール同士の距離を安定させる別の状況が生まれ、釣り合いの取れた二重ブラックホールが存在する可能性が上がります。

宇宙にある実際のブラックホールが強い電荷をもつ可能性は低いと考えらています。
でも、高速で自転していることは知られていて、その場合での関係性もまた変化する可能性があります。

このことから、今後研究チームは自転しているブラックホール同士での数値解析が、次の目標になるようです。


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