宇宙のはなしと、ときどきツーリング

モバライダー mobarider

なぜ178億光年という遥か彼方に恒星を見つけることができたのか? モスラやゴジラといった怪獣星を通じて暗黒物質の正体を探る

2023年10月10日 | 宇宙 space
宇宙には、光などの電磁波では観測することができず、重力を介してのみ間接的に存在を知ることができる“暗黒物質(ダークマター)”が存在しています。

ただ、暗黒物質の分布や正体については、ほとんど分かっていません。

今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で観測された非常に遠方に位置する恒星“EMO J041608.8-240”が、銀河や銀河団に伴う暗黒物質だけでは観測できず、追加の暗黒物質の塊が必要であることを突き止めました。
この研究は、カンタブリア物理学研究所のJ. M. Diegoさんたちの研究チームが進めています。
このような性質を持つ恒星の発見は“ゴジラ(Godzilla)”以来2例目だったので、研究チームは新発見の恒星を“モスラ(Mothra)”と命名し、ゴジラやモスラのような性質を持つ恒星に“怪獣星(Kaiju star)”という分類の新設を提案したそうです。
図1.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で撮影された“モスラ”。LS1(Lensed Star 1)とラベルされた光点が“モスラ”の本体で、他のラベルされた光点は重力ミリレンズ効果によって分裂した像になる。(Credit: Diego, et al.)
図1.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で撮影された“モスラ”。LS1(Lensed Star 1)とラベルされた光点が“モスラ”の本体で、他のラベルされた光点は重力ミリレンズ効果によって分裂した像になる。(Credit: Diego, et al.)

超遠距離にある恒星“モスラ”

2022年~2023年にかけてジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で撮影された画像から見つかったのが恒星“モスラ”でした。
データアーカイブの分析からは、“ハッブル宇宙望遠鏡”も2014年に撮影していたことが判明しています。

“モスラ”が位置しているのは、地球から178億光年彼方(※1)という途方もなく遠い場所。
超新星爆発のような一時的な現象を除けば、単独で観測された中で3番目に遠い恒星になります。
※1.この距離は、光が進んだ宇宙空間が、宇宙の膨張によって引き延ばされたことを考慮した“共動距離”での値になる。これに対し、光が進んだ時間を単純に掛け算したものは“光行距離”と呼ばれる。
それでは、なぜ遥か彼方に位置する“モスラ”を観測することがでるのでしょうか?

“重力レンズ効果”があれば、このような恒星の観測も不可能ではないことが明らかになっています。

重力レンズとは、恒星や銀河などが発する光が、途中にある天体などの重力によって曲げられたり、その結果として複数の経路を通過する光が集まるために明るく見えたりする現象です。

光源と重力源との位置関係によっては、複数の像が見えたり、弓状に変形した像が見えたりし、その効果を重力レンズ効果と呼んでいます。

“モスラ”の場合だと、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡との間に位置する銀河団“MACS J0416.1-403”が、“モスラ”が放った光の進む向きを重力によって曲げているようです。

この重力レンズ効果により、“モスラ”の明るさが見た目の何倍にも増幅された結果、100億光年以上の彼方に位置する恒星の観測が可能になりました。

また、虫眼鏡で見た像が歪んでいるように、“モスラ”も本来予想される1点の光ではなく、弧状に見える光の帯に複数の光点として存在するように見えています。

このような重力レンズ効果によって発見された遠方の恒星“レンズ星(LS ; Lensed Star)”は、他に“ゴジラ”、“イカルス(MACS J1149 Lensed Star 1)”、“エアレンテル(WHL0137-LS)”が知られています。
図2.単独で観測された最も遠い恒星のランキング。今回発見された“モスラ”は3番目に遠い恒星になる。(Credit: 彩恵りり氏)
図2.単独で観測された最も遠い恒星のランキング。今回発見された“モスラ”は3番目に遠い恒星になる。(Credit: 彩恵りり氏)

モスラとゴジラは怪獣星?

でも、“モスラ”の増光は銀河団“MACS J0416.1-403”の重力レンズ効果だけでは説明できないことが判明することに…

観測結果から分かってきたのは、“モスラ”が2つの恒星からなる連星である可能性が高いことでした。
片方は約4700℃の表面温度と太陽の5万倍以上の明るさを持つ赤色超巨星、もう片方は約1万4000度の表面温度と太陽の12万5000倍以上の明るさを持つ青色超巨星だと推定されています。

かなり明るい恒星なんですが、さらに光が4000倍以上も強くないとジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で観測することができないはず。
そう、“MACS J0416.1-403”の重力レンズ効果だけでは明るさが足りないんですねー

そこで、研究チームが考えたのは、“モスラ”を観測するには“MACS J0416.1-403”以外の重力源による追加の重力レンズ効果が必要だということ。
モデル計算では、太陽の1万倍~250万倍の質量による追加の重力ミリレンズ効果(※2)があると、“モスラ”の増光を最もよく説明できました。

でも、重力ミリレンズ効果をもたらし得る重力源は、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡やハッブル宇宙望遠鏡の画像には映っていません。
光では観測できないことから、研究チームでは重力ミリレンズ効果をもたらした重力源を、質量のほとんど全てを暗黒物質が占めている矮小銀河ではないかと推定しています。
※2.追加の重力レンズ効果をもたらした何らかの天体の質量は、銀河や銀河団といった大質量の重力源と、恒星や惑星といった小質量の重力源の中間に位置すると推定されている。小質量の重力源による重力レンズ効果は“重力マイクロレンズ効果”と呼ばれているので、中間質量の重力源によるとみられるこの重力レンズ効果は“重力ミリレンズ効果”と呼ばれている。
このような暗黒物質の塊とも呼べる天体で追加の重力レンズ効果が得られたレンズ星は、これまで“ゴジラ”だけが知られていました。

研究チームは“ゴジラ”の発見と命名にも関わっていたので、今回もそれに倣って“EMO J041608.8-240358”を“モスラ”と命名しています。

“モスラ”は“ゴジラ”ほど明るい恒星ではありません。(※3)
でも、178億光年彼方という超遠方で観測されたことや、暗黒物質による追加の重力レンズ効果によって観測できるまでに増光したという点では、怪獣のような恒星と言えます。
※3.“ゴジラ”という命名の経緯は、明るさが太陽の1憶3400万倍~2億5500万倍と、観測史上最も明るい“怪獣”のような恒星であると推定されたことにある。太陽の1億倍以上もの明るさを持つと推定される恒星は、現在でも“ゴジラ”が唯一。

怪獣星を通じて暗黒物質の正体を探る

“モスラ”や“ゴジラ”のような怪獣星がどの程度観測されるのかは、宇宙最大の謎の1つである暗黒物質の分布や正体の研究にも関わってきます。

そもそも、暗黒物質が発見されるきっかけになったのは、銀河の回転速度でした。

銀河内を公転している星々は、遠心力と重力が釣り合っているから飛び出すことなく公転できるはずです。

でも、実際の観測結果をもとに銀河の質量と回転速度を算出してみると、銀河を構成する星々やガスなどの総質量だけでは釣り合いが取れないほどの速度で回転していることが分かるんですねー

そこで、銀河を構成する星がバラバラにならず形をとどめている原因を、光をはじめとする電磁波と相互作用せず直接観測することができない物質の重力効果に求めたのが“ダークマター(暗黒物質)説”の始まりになっています。 

これまでに知られている暗黒物質のほとんどは、銀河や銀河団のような光で観測できる天体に含まれているか、もしくは暗黒物質の非常に巨大な塊による重力レンズ効果を通じて発見されてきました。

その一方で、怪獣星に重力ミリレンズ効果を与えるような中間質量の暗黒物質の塊はどちらにも当てはまらないことから、その多くが見逃されていると推定されています。

そう、怪獣星の発見が増えれば、中間質量の暗黒物質の塊が宇宙にどの程度存在するのかを推定するのにも役立つはずです。

また、今回の観測結果に当てはまる暗黒物質は、特定の質量の粒子で構成された“熱い暗黒物質(ホットダークマター)”(※4)や“アクシオン”(※5)である可能性をほぼ除外し、多くの研究で支持されている運動エネルギーの小さな“冷たい暗黒物質(コールドダークマター)”(※4)であることを示唆しています。

怪獣星の観測は、単に遠い恒星を見つけるだけに留まらず、暗黒物質の分布や正体を探る大きな手掛かりをもたらすかもしれません。
※4.暗黒物質が何らかの粒子で構成されている場合、粒子が移動することによる運動エネルギーがあることになる。普通の物質は、粒子の運動が激しいほど温度が高いことを意味するので、それになぞらえ粒子の質量に対する運動エネルギーが高いものを“熱い暗黒物質”、低いものを“冷たい暗黒物質”と呼ぶ。

※5.現在の素粒子物理学の理論にある欠陥や謎を解決するとして、提案された新しい理論で予言されている素粒子1つ。極めて小さいもののゼロでは無い質量を持つと考えられているので、暗黒物質の有力な候補として挙げられている。


こちらの記事もどうぞ



最新の画像もっと見る

コメントを投稿