雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

悲運の女 ( 1 ) ・ 今昔物語 ( 30 - 4 )

2022-02-18 10:45:21 | 今昔物語拾い読み ・ その8

       『 悲運の女 ( 1 ) ・ 今昔物語 ( 30 - 4 ) 』


今は昔、
中務の大輔(ナカツカサノタイフ・中務省の次官。正五位。)[ 欠字。氏名が入るが不詳。]という人がいた。男の子が無く、娘が一人だけいた。
家は貧しかったが、兵衛の佐(ヒョウエノスケ・兵衛府の次官。五位。)[ 欠字。氏名が入るが不詳。]という人を、娘に娶せ婿として年月を送っていたが、貧しい中をやりくりして世話をしたので(当時は、女の実家が男の装束などを調えた。)、婿も娘のもとを去りがたく思っていた。
ところが、中務の大輔が亡くなると、母堂一人となっては何かと心細く思っていたが、その母堂も続いて病気になり、長らく病床に伏す状態となった。娘は、たいそう嘆き悲しんでいたが、その母堂も亡くなってしまい、娘は一人残されて、泣き悲しんだがどうすることも出来ない。
 

やがて、使用人も皆いなくなったので、娘は夫の兵衛の佐に、「親が生きておりました時は、何とかやりくりしてお世話をしてきましたが、このように貧しい状態になりましては、それも叶わぬことになりました。宮仕えは、見苦しいお姿では務まりません。これからは、いかようにもあなたの良いようになさいませ」と言った。
男は哀れに思い、「どうしてお前を見棄てたり出来ようか」などと言って、なお共に住んでいたが、着る物などが日ごとにみすぼらしくなっていくので、妻は、「他の女とお過ごしになられても、もしわたしを愛おしく思われました時には、どうぞ、おいでください。このような様子では、どうして宮仕えが務まりましょうか。あまりにも見苦しゅうございます」と強く勧めたので、男は遂に去って行った。

そのため、女はたった一人となり、いよいよ哀れで、心細いことこの上なかった。家もがらんとしていて他に誰もいなくなり、只一人残っていた女童も、着せる物もなく、食事さえままならぬ状態になり、とうとう出て行ってしまった。
夫であった男も、初めのうちこそ「かわいそうだ」と言っていたが、他の女の婿となると、手紙さえ寄こすことがなくなり、訪ねてくることなど全くなかった。
そのため女は、壊れた寝殿の片隅で、みすぼらしく、ひっそりと一人で過ごしていた。

その寝殿の別の端には、年老いた尼がいつの間にか住みついていたが、この家の女を哀れに思い、時々果物や食べ物などがあると、持ってきては与えてくれたので、そのお陰で年月を送っていた。
ある時のこと、この尼のもとに、近江国より長宿直(ナガトノイ・この頃、荘園から京の領主のもとに、長期にわたって侍として宿直当番を務めた。)という役に当たって、郡司の子である若い男が上京してきて宿を取り、その尼に、「暇に過ごしている女童でも世話してくれないか」と頼むと、尼は、「私は年を取っていて外歩きもしませんので、女童のいる所を知りません。ただ、この屋敷には、たいへん美しい姫君がたった一人で寂しく暮らしています」と言うと、男は興味を示して、「その人を私に会わせてください。それほど心細くお過ごしになるよりは、ほんとうに美しいのであれば、国に連れて帰って妻にしよう」と言ったので、尼は「それならば、お話ししてみましょう」と引き受けた。

男は、こう言い始めてからは、まだかまだかとしきりに催促するので、尼はその女のもとに果物などを持って行ったついでに、「このように、いつまでもこのままというわけにはいきますまい」などと言った後で、「わたしのもとに、近江国より然るべき人の子が上京してきていますが、その方が『そのように一人で暮らされるより、国にお連れしたいものだ』と熱心に申されています。ぜひ、そうなさいませ。このような寂しいお暮らしより、ねぇ」と言ったが、女は、「どうして、そのようなことが出来ましょうか」と答えるので、尼は引き返した。

男は、この女のことがしきりに気になって、その夜、弓などを持ってその辺りを歩き回っていると、犬が吠えて、女はいつもより不気味に思われ心細い思いをしていた。
夜が明けると、尼がまた訪ねていくと、女は、「昨夜はとても不気味で心細い思いをしました」と言うので、尼は、「だから申し上げましたでしょう。『あのように申されているお方と一緒に下向なさいませ』とね。このままでは、辛いことばかりでございますよ」と取りなしたので、女は、「ほんとうにどうすれば良いのでしょう」と思案しているようなのを尼は見て、その夜、こっそりと男を部屋に入れさせた。

                         ( 以下 ( 2 ) に続く )

     ☆   ☆   ☆ 


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