雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

弘法大師が築いた池 ・ 今昔物語 ( 31 - 22 )

2024-06-01 08:20:59 | 今昔物語拾い読み ・ その8

      『 弘法大師が築いた池 ・ 今昔物語 ( 31 - 22 ) 』


今は昔、
讃岐国[ 欠字。「那珂」が入る。]の郡に、満濃の池(マノノイケ・まんのうのいけ、とも。)という大きな池がある。
高野の大師(弘法大師のこと)が、この国の人々のために大勢の人を集めてお築きになった池である。池の周りは遙か遠くまで連なり堤も高いので、とても池とは思われず海などのように見える。広さは、対岸が遙か彼方にかすかに見える程なので、ご想像願いたい。

その池の堤は築いてから長い間崩れることがなかったので、その国の人々が田を作るのに、干魃の時であっても、多くの田がこの池のお陰で助けられ、国の人々は皆いつも喜び合っていた。
池には、上の方から多くの川が流れ込んでいるので、いつも満々と水がたたえられていて涸れることがなかった。また、池の中には大小さまざまな魚が住んでいた。これを国内の人々が色々な方法で取っていたが、魚の数は多くて、いつも池に満ちていて尽きることがなかった。

ところが、[ 欠字。人名が入るが不詳。]という人が、その国の国司として在任中、その国の人たちや国司の館の人たちが集まって雑談していたが、そのついでに、「ああ、満濃の池には何と多くの魚がいるものかな。三尺(約 90cm )の鯉などもいるだろうなぁ」などと話し合っているのを守(国司)が伝え聞いて、その魚が「欲しい」と思ったので、「何とかして、この池の魚を取ってやろう」と思ったが、池は遙かに深いので、人が下りて網を置くことも出来ない。そこで考えたことは、池の堤に大きな穴を開けて、そこから水を出すことにして、水が落ちる所に魚が入る仕掛けを置いて水を出せば、水が激しく流れ出るに従い、その穴から多くの魚が一緒に出てきたので、それを数限りなく取った。

さて、その後、その穴を塞ごうとしたが、水の出る勢いが強くて、どうにも塞ぐことが出来なかった。
池には楲(イ・水門の一種)という物を立てて、それに樋を設けて水を流すので池を保つことが出来るのだが、これを堤に穴をこじり空けたものだから、しだいにその穴は崩れて大きくなり、そのうち大雨が降って、池の上から流れ込んでいる何本もの川が増水し、その水が池に満ちあふれたので、その穴がもとになって堤が決壊してしまった。


その為、池の水はみな流れ出てしまい、その国の人々の家や田畠などみな流されてしまった。多くの魚共も流れ出て、ここかしこで全部人に取られてしまった。
その後は、池の中心に小さく水が残っていたが、しだいにその残っている部分もかれてしまって、今は、その池は跡形もなくなっているという。

これを思うに、この守の欲心によってその池は消滅してしまったのである。されば、この守は、これによっていかほど量り知れない
罪を得たことであろう。あれほど尊い権者(ゴンジャ・仏や菩薩が衆生を救うために仮の姿でこの世に現れた人。)が、人々を救うために築かれた池を失っただけでも量り知れない罪である。その上さらに、この池が決壊したことによって、多くの人の家屋を壊し、多くの田畠を流失させた罪も、ただこの守のみが負うべきであろう。いわんよ、池の中の多くの魚を人々に取られた罪も、誰が負うというのか。まことに、極めてつまらないことをした守ではある。

されば、人
はむやみな欲心を決して抱いてはならない。また、国の人たちも今に至るまで、その守を憎み非難しているという。
その池の堤などの痕跡は、まだ失せることなく残っている、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆

* 満濃池は、昭和三十四年( 1959 年)の大改修を経て現在に伝えられています。

     ☆   ☆   ☆


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