雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

道ならぬ恋 ・ 今昔物語 ( 30 - 3 )

2022-02-18 10:46:06 | 今昔物語拾い読み ・ その8

       『 道ならぬ恋 ・ 今昔物語 ( 30 - 3 ) 』


今は昔、
近江守[ 欠字。人名が入るが不詳。]という人がいた。家は豊かでたくさんの子供がいたが、その中に娘が一人いた。

その娘は、年はまだ若く、容貌は美しく、髪は長く、振る舞いもすばらしいので、父母はたいそう慈しみ、片時も目を離すことなく大切に育てていたが、高貴な御子や上達部(カンダチメ・上級貴族)など大勢の男が次々と求婚したきた。
しかし、父の守は、身の程もわきまえず、「天皇に奉ろう」と思って、婿取りをせず大切に育てているうちに、この娘は、物の怪を患い何日も経ったので、父母は悲しみに取り乱し、娘のそばに付きっ切りで、あれこれと祈祷などをさせたが、何の験(シルシ)もあらわれないので、途方に暮れていた。
ところが、ちょうどその頃、浄蔵大徳( 891 - 964 。比叡山の他、熊野や金峰山で修業し数多くの霊験が伝えられている。大徳は敬称。 )という優れた霊験を示す僧がいた。実際に祈祷の霊験あらたかなこと仏の如くであったので、世を挙げてこの人を尊ぶこと限りなかった。

そこで近江守は、「あの浄蔵に、娘の病気について加持させよう」と思って、礼を尽くして迎えたので、浄蔵は出かけていった。
守は喜んで、娘の病気快癒を加持させると、たちまち物の怪が現れて、病気は治ったが、「しばらくは滞在していただき、祈祷をしてください」と父母が強く頼んだので、その願いを聞き入れて浄蔵は滞在を続けていたが、そのうちに、少しばかりこの娘の姿を浄蔵は見てしまい、たちまち愛欲の情が湧き起こり、その他のことはまったく考えられなくなった。
また、娘もその気配を感じ取ったようで、数日を過ごしているうちに、どのような隙があったのか、遂に契りを結んでしまった。

その後、この事を隠そうとしたが、いつしか人に知られることになり、世間にも広まってしまった。そこで、世間の人は、この事をいろいろと取り沙汰するようになり、それを聞いて浄蔵は恥じて、その家に行かなくなった。
そして、「私はこのような悪評を受けてしまった。もう、世間に顔向けできない」と言って、何処へともなく姿を隠し、消息を絶ってしまった。恥ずかしく思ったからであろう。

その後、浄蔵は、鞍馬山という所に深く籠もって、ひたすら修業に没頭していたが、前世の因縁が深かったのか、常にあの病気の娘の姿が思い出されて、恋慕の心を押えることが出来ず、修業も上の空となった。
そうした時、浄蔵は横になっていたが、ふと起き上がってみると、そばに手紙があった。付き従っていた一人の弟子の法師に、「これは誰からの手紙だ」と尋ねると、知らないと答えるので、浄蔵はその手紙を取って開いてみると、あの自分が恋い焦がれている娘の手による物であった。
「どうしたことだ」と思って読んでみると、こう書かれていた。
『 スミゾメノ クラマノ山ニ イル人ハ タドルタドルモ カヘリキナナム 』
( 鞍馬山の 奥深くに入ってしまった人よ 何とか道を探し探しして 帰ってきて欲しいものです )
とあった。

浄蔵はこれを見ると、大変怪しく思い、「これは、誰を使いにして持ってこさせたのだろう。持ってくる手立てがあるとは思えない。不思議なことだ」と思って、「いまはあの娘に夢中になることは止めて、ひたすら修業に励もう」と思ったが、どうしても愛欲の情に勝つことが出来ず、その夜、密かに京に出て、あの娘の家に行き、慎重に「自分が来ている」ことを娘に伝えてもらうと、娘は密かに浄蔵を中に呼び入れて契った。そして、夜のうちに鞍馬に帰っていった。
ところが、浄蔵の思いはさらに強くなり、娘のもとに密かに言い送った。

『 カラクシテ オモヒワスルル コヒシサヲ ウタテナキツル ウグヒスノコエ 』
( 修行に励んで ようやく忘れかけていた あなたへの思いを また思い募らせることになった 鶯の鳴き声{手紙}よ )
と。
その返事に娘は、
『 サテモキミ ワスレケリカシ ウグヒスノ ナクヲ
リノミヤ ヲモヒイヅベキ 』
( さては あなたはわたしのことなど すっかり忘れておられたのですね 鶯の鳴き声で ようやくわたしを思い出されたとは 情けないことです )
と書かれていたので、また浄蔵は、
『 ワガタメニ ツラキ人ヲバ ヲキナガラ ナニノツミナキ ミヲウラムラム 』
( あなたは 私に辛い思いをさせましたのに あなた自身のことは置いていて 何の罪もない私を 一方的に恨むのですか )
と言い遣った。

このように、手紙のやりとりが何度も行われたので、二人のことは、すっかり世間の知ることとなった。
そこで、近江守は、これまでこの娘を格別大切にして、高貴な御子も上達部も言い寄ってくるのを拒絶し、「女御に奉ろう」と思っていたが、こう噂が広がってしまっては、親も相手にしなくなり、遂には世話をしなくなってしまった。

これは、女の心が浅はかなためである。浄蔵が心を尽くして思いを打ち明けたとしても、女が相手にしなければ、結ばれることはないのだ。
されば、「女の心がけのつたなさゆえに、自分の一生を無駄にしてしまったのだ」と、世間の人は取り沙汰した、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆ 

* 現代の感覚からすれば、あまりにも娘が気の毒で、世間の声は不公平に思われますが、時代と、僧侶を敬うという背景ゆえと考えられます。
ただ、この娘がたいそう色好みであったという伝承もあるようです。

     ☆   ☆   ☆


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