metch Happy days

クリスチャンで、韓国で神学を学んでいるめっちの毎日の成長をつづるブログ

休講のため♪

2008-04-28 23:18:56 | 音楽
今週、月曜、火曜は、休講です。
教団の大会があるということで、教団神学校なため、多くの先生と学生がそっちにいくため授業なしだそうです。

土、日、とピアノを弾けなかったので今日は教会も牧師先生たちは出勤なさらないので思う存分!と思い、行ってきました。

幼い頃と違って、何故か譜読みが一番はまる今日この頃。
小さい頃は、すらすら弾けるようになってからが楽しかったのに、今は、譜読みの段階にはまります。
謎解きのように、知っていた旋律の曲がどういう和音なのか、ピアノから音が出てくるのが楽しい。

うっわー!知ってるとおもってた曲、実はこういう和音だったのかぁ!
ぞくぞくするくらいすごいセンスの流れやイメージが聞こえてくる。不思議です。

バッハ二つのメヌエットは、曲想の段階に入り、ベートーベンのメヌエットの譜読みをし始めました。
昔お姉ちゃんと連弾した曲。
弾いてみると『ペダル』表示が多くて、ペダルの踏み方も知らないといけないですね。ペダルを踏まないと、全然この曲の流れが聞こえてこないようです。


婚約式のときにお姉ちゃんがプレゼントしてくれたボッケリーニのメヌエットもちょこちょこと練習してます。
このボッケリーニさんというひと、弦の人だったみたいですね。
弦の曲がピアノの楽譜に起こされたものになっていて、簡単な曲でもあり、ピアノ専門の先生には、あまり受けがよくなかったので・・・これは見てもらえなさそう。
独練習しなければならなそうです。

書いてみて思うことは、私、今、メヌエットばっかり練習してる人だなぁということですね・・・。なんでこうなっちゃったかな。

にくじゃが会

2008-04-28 00:59:55 | 料理
高校のときの友達が韓国に留学に来て、この切っても切れない因縁で、この国でもたびたび会って遊んでます。
今日は教会に参加したあと、例により(?)めっち家でうだうだ・・・。
うだうだしてるうちに、7時近くになってきて、お腹すいたというので何かを作ることになりました。
「肉じゃが!」
「肉じゃが?春雨と肉が無いー」
「春雨?白滝じゃないの?」
「あ、そうだそうだ」

この会話もちろん、春雨発言をしてるのはあたしです。
おはずかしや。
料理、本を見たらおいしくできるけど、暗記してるものはあんましありません。
修行しないまま、嫁に行く日が来る模様です。
白米だけはオイシイ米さえあれば、電気釜でおいしく炊けるよ。自信。


市場で材料を買ってきて、白米を洗うところから。
米の提供元は、私が昔労組で働いていたときの上司のかたです。
新潟のみそ、白米、そば、そばつゆのセットを先日日本から送ってくださったんです。あぁ~愛。

肉じゃがは材料を二人で切り、あとの水を入れたり灰汁を取ったりするのはなんかよくわかんないので全部彼女がやってくれました~。
お味噌汁は、豆腐と、ズッキーニ(韓国語でホバク)

出来上がりました。

白米はことばを失うほどおいしく、
お味噌汁も、肉じゃがもおいしかったです。

一人でいると、「ま、いいかパンで」みたいなふうになっていっちゃうのですが、彼女に「料理できていいなぁ」←これは私の技術じゃなくて部屋の環境の事です。彼女の家は下宿なので、すべて下宿のおばさんがつくって出してくれるのは良いけど、自分ではできないのだそう。コンロの火もよわくてイライラらしい。

料理できる環境でも、一人だと、自分ひとりのために皿洗ってるだけで「早くほかのことしたい」みたいな気分で、ろくな事してません。
本日は、この環境を改めて感謝することと、ひとりだとイライラしてしまう皿洗いなんかも、楽しくおしゃべりしながらできたことがとてもうれしかったです。

ともだ~ちはいいもんだ~
とかいう歌が、小学校の三年のときかなんかの、合唱コンクールの課題曲だった気がします。

や、なかなか、
友達はいいものです^^

おかあさん

2008-04-27 00:24:07 | mylover
今日は結婚式に行ってきました。
彼と私の共通のお友達で、彼の教会で行われました。

韓国では、結婚したらその日から「アジュンマ」って呼ばれます。
オバサンっていう意味です。
日本人の感覚から言うと、めっちゃめちゃビミョーです。

しかも、韓国人は、「早く嫁に行け」などのデリカシーの無いことをジャンジャン口にします。
その分、結婚しますってなると、みんなの祝福は大きいです。
そして、年とってるのに結婚しないカップルを変人呼ばわりしたりします。
だけど、結婚してしまったら即日「オバサン」です。

今日の結婚式はとっても素晴らしくて、感動的で、新婦の女性が涙を抑えきれないってかんじで、とても良かったです。
育ててくれた感謝を、それぞれの両親に向かって、男性は床で、女性は最敬礼でお礼をあらわします。

私の婚約者のお母さんは、一度心不全で危篤になりました。
3年前のことでしたが、その時から彼は韓国で勉強してたので、すぐに帰国できる飛行機がなくて、とてももどかしい思いをしながらようやく帰りました。一命を取り留め、その後、クリスチャンになって生活をしていますが、最近も具合がとても悪いです。

私達が婚約式をした意味には、お母さんのことも大きかったです。
韓国で挙げる事になる結婚式には、一人息子であるにもかかわらず、体調のことがあり、お母さんは来る事ができないので、見せて差し上げられる姿を、お見せしたかったのです。


彼のお母さんが後日、携帯で打って私に送ってくれたメールには、二人の幸せな姿を見て胸がいっぱいでした。私は大丈夫なので二人仲良くね。とありました。
私の方が胸がいっぱいでした。


結婚したら、アジュンマ オバサンになって、
子供を生んだら、もう自他共にお母さんとなって、年をとって、しわも増えていく。私は、彼とながくこの地上で結婚していられたらいいなと思って長生きしたいと初めて思い始めたけれど、彼のお母さんにも、いっぱいいっぱい長生きして欲しいと切に思ってます。
一人しかいない子供を大事に育ててきて、私達の婚約式を体が痛んでも胸いっぱいの思いで見てくださってて、今も大変な状況だけど、私達がお母さんに孫を見せられるときまでも生きていて、彼の家の嫁となり、親子になりたいと思っています。
全部何もかも、これからしてさしあげられることなので、ながく一緒にいたいです。


自分が綺麗な「お嫁さん」でいる時期は過ぎ去っていくけど、
お母さんになるということは、自分ではなく、子供の幸せに「幸せだ」って思える人になるってこと。
とても素晴らしい事ですね。
そういうお母さんにもっと大きな幸せを見せてあげられる娘になりたいです。


JEM-日本福音宣教会-での公開セミナー『100万回生きた猫』のはなし

2008-04-25 20:11:02 | クリスチャンとしての私
毎週木曜日にソウルのイスという所の近くで日本福音宣教会という団体が礼拝をささげて日本のために祈ったり、日本宣教に必要なあれこれを学んだりしています。

また、この団体派遣で宣教師も日本に行っています。
とても尊い働きをしている団体だと思います。
神学校~家がかなり私の場合はなれていますが、ちょうどイスが通過点なので、木曜日はなるべく、この礼拝に参加するようにしています。

昨日の礼拝は長崎から来た友納靖史先生が公開セミナーをしてくださいましたが、とてもとても感動的で、途中から涙がとまらなくなり、困りました。
こんなセミナーで私みたいにワンワン泣いてる人はいないのでもっと恥ずかしいです。


「セミナー」なので、何か知識を得るとか、方法論であるとか、そういう方向を予想しつつ、それでも「学ぶ」だけを目的に聞くのではなく、自分の霊が新しくなるようなひと時になるように、祈って行きました。

何が感動的だったのか、涙が出てとまらなかったのか。
それを正確に文字で書くことができるかわかりません。
けれど、人間のなかに神様を求める霊があるということを、聖書から解き明かしてくださった上で、今日本人が感動を受けているいくつかのポイントを挙げてその具体的な表れを説明してくださいました。

Jニュートンという、アメイジンググレイスを作った人は、自分の中に神を求める思いがあるということにある日気がつきました・・・。
奴隷船の船長だったけれど、嵐に遭い、初めて神に祈る、それが、神を知る知識のはじめ、人間の中にもともと与えられていて、眠っていた「神が与えた霊、神を知りたい知識」の目覚めだそうです。

人は気がついても気がつかなくても、霊と魂と体があり、今日本人を特別に見てみると、その霊の部分に痛みを抱えているということが分かるといいます。

歌「千の風になって」
絵本「100万回生きた猫」
そして、歌「世界で一つだけの花」
また、「君は愛されるため生まれた」

死へ答えを出す事ができなかった私達は、「輪廻」や、「その他の答え」で自分や人々を納得させようとしました。。。(輪廻は仏教の釈迦が話したことではなく、ヒンズー教やラマ教の影響だそうです。ごちゃごちゃと混じって日本の仏教の中に入ってきました。)
これは友納先生のセミナーででた事ではありませんが、以前私は職場の先輩とこんな会話をしたことを思い出します。
親戚の中で誰かがなくなり葬式に参列したそうです。幼い姪っ子が「人は死んだらどこに行くの?」と先輩に聞いたそうです。先輩は「幼いから人が死ぬ事が分からないんだなとおもって『お空の星になるんだよ』って答えたんだ~」と言ってました。

私は聞きながら「年をとったら分かりますか?」と思いました。
そして、幼い子供がそれをそのまま受け取るのに、「その場しのぎの答え」を自信を持って言わなければならない姿になんとも疑問や不思議を感じたものでした。

人はみんな死んだらどうなるか、分かりません。
千の風になって、という曲は、お墓にいません、風になって自由に飛んでいるんだと、死んだ人がお墓の前にいる人に向かって語りかける歌です。
これがいい歌だと思われるのには、「死」や「お墓」の持つ束縛性や暗い思いを自由に解放する歌詞だと人々が思って、感動するから、なのでしょう…。

そして、絵本「100万回生きた猫」も、生まれ変わる虚しさよりも、人を心から愛して自分よりも、その人を愛して死ぬ、一度きりの人生の意味深さを語ります。

今まで私達日本人が「死んだらこう」と無言の内に考えてきた死生観が、とても悲しくて、また、切実にそこから抜け出たいと思っている悲痛が分かるような気がして、私は泣きました。

そして、いまだ「その他の答え」に霊的痛みの解決を見出したと思っているところも悲しかったです。

痛みがあれば、病気があることが分かります。
痛みがあるから、その存在が分かると思いました。
心が痛いから心の存在が分かるように、
霊が痛むから、霊的な必要に気がつきます。

その必要に気がついていることを、「光のはじめ」と思います。
そこに、「その他の答え」じゃなくて
本当の光があてられることを願わされます。


・・・
私は、、、
天国に行く希望のために、死ぬ事を暗く考えたりはしません。
でも、結婚しようと思ってるから、長生きしたいと最近思ってます。

私の父が早く亡くなりました。
だから、いつも、愛する人がいついなくなるか分からないと考えています。
それが絶対的な終わりじゃないことが、恵みに満ちた希望ですが、事実は事実で、地上から一人の人間のいのちが無くなる時、肉体が死ぬ時、私達は一次的に別れるのです。

結婚も、地上でいる間婚姻関係の中にいますが、どちらかが死んだら、婚姻関係が終わります。
天国に行って、彼に会ったら、私達が地上で結婚式を挙げていても、夫としての彼に会うのではありません。

地上の人生は一瞬のように短いので、なおすばらしい希望ですが、彼と長く結婚していたいと思います。

そういう意味でも、「100万回生きた猫」は私の心を打ちました。

何度も生まれ変わって、全ての人生に不満足だったどらねこが、
100万回死に、生まれ変わります。
100万回目の「猫生?」で愛する猫にめぐり合って、結婚します。
100万回目にして始めての幸せでした。
子供の猫ちゃんたちもいっぱい生まれました。
でも、妻の猫が先に死にました。
自分もいっぱい泣いて死にました。
そして二度と生まれ変わらなかった。

そういう話だそうです。

私達の信仰には「生まれ変わる」という考えがありませんが、自分より妻を愛した猫は初めて本当に地上のいのちに死にました。

私は地上でいる間、どれくらいの人と、どれくらいの人間関係を築けるだろう?
ましてや、婚姻関係という深くて強いつながりの中で、これからどれ位の月日を彼と一緒にいることができるだろう?
100万回のいのちよりも、一回のいのちに満足するくらい、愛することができて、その日が一日でも、一秒でも長いといいと思います。

まだ結婚もしてない私にとって、結婚自体も、その日までお互いが地上にいれば結婚するだろうということに過ぎません。
いのちの短さ、はかなさをいつも考えるのです。

私が長く生きる事と、彼が長く生きることを、
いつもいつも願っているのです。






死海写本とキリスト教の起源

2008-04-20 18:04:34 | クリスチャンとしての私
死海写本の展示会があって、金曜日の午後に彼と一緒に見て来ました。
彼の神学大学の学生証で二人とも割引で入れました。

死海周辺から出土した聖書の写本の切れ端みたいなものを展示してありました。羊皮紙、パピルス、金属板に彫られた聖書のみ言葉たち。
つぼなどに入れられた状態で巻物として出土したりするようです。
聖書のどの箇所なのかとかも表示してありますが、びりびりだったり、巻物だったら、まともに残っている状態で、三分の一くらいの部分が風雨などに浸食されてなくなっている状態。
切れ端だったら、ホントちり紙程度だったりもしていました。

これを発見して、どこの聖書箇所なのかしらべたり、他の写本との違いや歴史などを調べたりするっていうのはものすごい作業だろうと思う。

聖書という書物が、今普通の本の形になって売られていて、読めるってのがすごい歴史的遺産なんだと思います。
今までは自分のクリスチャンとしての指針や、生活適用のための神様の指針だと思ってたけど、すごい遺産であるってこともまた、100%の事実なんですねぇ。
それを改めて感じました。

神様の歴史の中におかれた「私」。
こんな私に聖書を教えてくれてご自分をあらわしてくださった神様ってすごい^^
神様のLOVEを感じちゃいます。

モーセ五書の時代から考えると(旧約の初め部分)ものものものすごい月日が経ってるわけで、自分の存在は神様の歴史から見ると「秒」くらいの割合に見えちゃったりもします。神様の目から見た時計は、そんな動き方じゃないのかもしれないけど、とにかく、私の一生は歴史の中では短いと思う。

だけど、その一生の中で、神様を愛して、従うようにするときに、神様は後の時代の祝福と幸せを約束して結んでくださるんだよね。
ダビデの神様への愛が、後の時代の祝福になったように…。

ということで、
こんな短い地上での命かもしれませんが、私がこの地上をよく生きられるように神様がしてくださるあらゆる配慮にうれしくなりました。
愛する人もいて、愛してくれる人もいて。

死海写本のメッセージの中に、今日の私も生きている。

体育大会

2008-04-18 06:53:26 | 神学校
昨日は神学校で体育大会がありました!

私は運動、大の苦手。。。
体育大会の日は、気分だけでも楽しくしようと、5本指ソックスにカエルの顔がついてる楽しい靴下を履きました。
それくらいしないと気分が乗らないんです。

幼い頃から重症な体育嫌い。
特にボールを使う競技や小さい玉が飛んでくる(バドミントンとか卓球)競技は怖かった・・・。
神学校での授業時間が今学期は多くないのに体育大会、しかも一日三回も出席呼ぶなんて言われて「だれかこっそりいなくなってしまうかもしれないくらいつまらないのならやらなきゃいいじゃん」って思ってました。

運動を基本的にしないので、トレーニングウェアとかもないので、前日に買いました。
4000くらいのものが1000円に値下がっているトレーニングパンツを買いましたが、色がすごーい!マッキイロ!
それにブルーの線、で、値下がってはいるものの一応ブランドものだったよ。
運動全然出来ないのに派手で嫌だなと思ったけど、まぁそれはそれで仕方ない。

で、体育大会当日。
私はなんと大学院部二年生で、たった二人しかいない女子の一人です。
それで、若いのも手伝って、外国人なのも手伝って、みんなあらゆる競技に「めぐみ出場」を叫ぶわけなのです。
黄色いパンツで困り気味でしたが…ドッヂボール、キックベース、リレーなどなど一生懸命がんばりましたよ。。

そして、やってみて、「私結構出来るじゃん」って感じでした。
昔は体育の指導の問題なのか、スポーツの楽しさが全然分からず。
しかもチームで競技をするという時には、自分の存在が迷惑じゃないかと感じるほど自分の技術が劣って感じてたために、非常な苦痛を感じましたが、大人になったずうずうしさも手伝ってか、楽しくやれたし、思ったより私は足が速い。

ボールが苦手なのは相変わらずかもしれないけど、かけっこではかなりがんばりました。

大人になると色んなものが違って見えるね。
ピアノも、スポーツも。
で、子供の頃に見えてたものも、忘れないでいたい。

ピアノ♪Two Minuets

2008-04-17 00:11:58 | 音楽
バイエルを1月前ほどに卒業して、後ろに出てくる(日本で売っているバイエルも同じだったっけ?)ハノンの入門版のような指トレーニングで訓練しながら、ソナチネに入門しました。
と、同時にコードも入門。

ソナチネの7番…
これは、勝手に譜読みをして勝手に弾けると思い込んでいましたが、大間違いでした。左手の一拍ずつのベース音の長さも全然違う長さで弾いてたし、強弱も、そして、ソナチネにありがちな上がり音階の辺りで、いつも右手が早くなってしまいます。
成人になってからの、突如再復活で始めたピアノなので、左手は筋肉が落ちちゃってるので音が流れがちで、問題だらけです。

勝手に練習しまくってしまったおかげで、曲が「膿んだ?状態」←これは私が勝手に考えた表現ですが、そんな感じ…正しくないし、綺麗じゃないものをいいと思いこんで練習しちゃった結果、腐敗した曲が出来上がってしまって治療し難い状況です。

こんな私ですが、先生の夢は壮大です。
metchさんのイメージにぴったりよ、うふ^^
と言って勧めてくださった目標は、モーツァルトのバリエーション。
のだめが宮殿のリサイタルで弾いてたみたいなやつです。
イメージにぴったりなのはうれしいけれど、またまた膿んだきらきら星になったら目も当てられません。
だけど、私も今の自分に絶望せずに夢を大きく持たなきゃね。

そして、先生はさらに、こんな素敵なプレゼントまでくださったのです・・・。



楽譜四冊です。
名曲集1と2
モーツァルトのバリエーション
伴奏に使うピアノコード集

名曲集は、私がやりたかった曲たちや、人々が目標とする有名なピアノ曲の多くが載っていて、値段もとても安いです。(しかもこのモーツァルトの楽譜のデザインの良さ★)
私はプレゼントで貰ったので価格の事はどうこう言えないけれど、韓国は本や印刷物が安いので、楽譜のように譜面を見ればピアノが弾けるようなものは、韓国旅行の際にお求めになる事をオススメします。

名曲集1の始めに出てくるのはバッハの二つのメヌエット。
簡単な曲です…。と思ったけど、結構何気に凝ってます!すごい綺麗です。
左手は和音が少なく、十分に初見で目で追える。はずなのですが、
名曲って言われるだけあって、なかなか進行が素敵なんですね。。。

バイエルとかって、思っていたよりも音楽性豊かに弾くと綺麗な曲もあることは、ここに来て再度習って新発見だったけど、先の予測がつきまくりな典型的な練習曲と、名曲との差を感じます。

この二つのメヌエット、初心者の私にとっては、膿んだソナチネの合間に弾く、新鮮な新曲です。
これも、完璧にバッハが意図した音楽に仕上げるのには先生の指導と自分の従順とたゆみない努力が必要だと感じます。
膿む前に、譜読みだけして、先生に頼るのが得策と見える。

バイエルもソナチネも、名曲も、ハノンも役どころがそれぞれ違いますね。
作った人の意図を汲むために、初心者である私は楽譜への「従順」と先生への「信頼と従順」を学びます。

福岡に行ってきました!

2008-04-15 20:49:56 | mylover
4月13日、無事に婚約式を終えて韓国に戻ってきました!

病院に入院中であった彼のお母様も無事に参席する事ができました。本当に感謝です。

私の実家からは、ソウルよりも遠い距離を飛行機で母と姉夫婦が駆けつけてくれ、本当に愛された婚約式になりました。

愛された婚約式というのはどういう意味かというと、

育ててもらった愛
結婚を決意し準備する心の告白により、さらに家族が一緒にそれも祈ってくれる事
応援してくれる事

そして、私の身につけていた着物が母の譲り物で、帯は祖母の譲り物。
身につけてきた人たちの愛情により今があることを感謝しました。

また、姉が持ってきてくれたプレゼント。
ウエディングドレスの下に着る、下着だそうです。
姉妹二人とも、神様が備えてくださった伴侶にめぐり合えました。
お姉ちゃんの愛に感謝。
神様に、感謝です。

そして、あちこちから言付かってきた贈り物も。
本当に皆さんありがとうございます。

また…今回私たちの共通の友人である写真作家とドキュメンタリーフィルム撮影作家が韓国からついて来てくれました。
韓国代表で二人のお友達。
彼らにも心から心から感謝です!


勇ましい撮影部隊です。

・・・なによりも彼の愛情には…いうべき言葉もありません



彼のこと。

2008-04-11 20:19:39 | mylover
明日福岡に朝一番の飛行機で飛びます。
婚約式は日曜日です。

今まで非公開だった私の彼のことを、これからはちょっとずつ紹介してみようかなって思っています!

第一印象は、なんとなく金八先生でした。
福岡出身という武田鉄也との共通点。
私は実は、武田鉄也のファンです。彼の生い立ちの本などを読んで、武田鉄也の人柄も好きだったし、ヒット曲「母にささげるバラード」作成の心などを読んで、親の愛を知ってる人…という感じもあって、温かい人柄です。

鉄也さんは、福岡教育大にようやくの事で合格した後、休学し、芸能界デビューしてしまったあとも、お母様は学費をずっと払い続けていつでも復学できるようにしてくれていたそうです。裕福な中からではなく、息子のために、何年も何年も。
そして、数年の後金八先生がヒットした後には「おまえはテレビの中で先生になったからもうええ」と言ってくれたというのがそこにありました。

金八先生の演技は、役者として先生をうまく演じるだけではなく、そこに出演した生徒一人ひとりの本当の師匠のような役割を果たしながら、人間関係を築いたことが現われていて、私は見るのが大好きでした。

私の彼は、後で知ったことですが、武田鉄也と同じ中学校出身だそうです。
そして、なにか落ち着き払って人を教えるような雰囲気が先生タイプ。だけど、別に上からモノを言うって感じではなく、説得力がある論理的会話が先生っぽいのかな、とも思います。
と、声が九州男児っぽい…。のが金八なのか。。。

また、ある時には、この長年のキャリア(彼の人生は既に長いです)のためか、自信ありな態度。。。これが、ドラマのだめカンタービレの千秋先輩に似てるんだよね。
のだめは先輩に追いつこうと必死。
千秋先輩はいつものだめの100歩先って感じ。

あぁ。。。まるで私達みたい。
笑えるあの「のだめ」を見て何度私は涙を流した事か。

クールな千秋先輩、このクールさもかなり似てます。
のだめに関心がなさそうな千秋先輩に似て、彼も私に興味がなさそうな…。
だけど、時々思いもよらずのだめを心配したりしてくれるんだよね。
うちもそんな感じでした。

まるで正反対の私達は時々、主に私がお怒り爆弾や涙爆弾を落として火事になりますけど、彼は静かな消火器で「うんうん」聴いてくれます。
愛を持って互いの差を、お互いの賜物で満たしてゴールデン夫婦を目指します!

はたまた・・・
彼を「日本家屋の広いお座敷で静かにおにぎりを食べている感じ」と形容した友達がいました。
正に…うなずかずにいられませんでした。

静かな中に揺るがされない落ち着きの形容が「広間でおにぎり」になっちゃったのか、うまい表現でした。

おにぎり王子の出現で、おにぎり姫。。。ここに誕生。



婚約します。

2008-04-07 08:36:37 | mylover
私、次の日曜日に婚約式をして、結婚の準備に入ることになりました。
独身時代は全ての時間が結婚の準備でもあるのですが、自分、周囲、家族ともども、結婚に向けて準備する時期だという事を祈る大事な数ヶ月になります。

神様にこの導きを感謝しています。

相手は日本人で、後には牧師になる予定で、今韓国の神学大学院で勉強しています。韓国でもっとも有名な改革派の大学院で寮生活をしながら勉強しているため、私達はデートの時間はあまりなく、よく図書館で向き合って勉強したり、一緒に資料を探したりして過ごしてきました。

そんな400日近い月日をそばで過ごして、彼の尊敬するところや神様が用いてくださる様々は面を見ることが出来て感動しながらこの日まで歩いてきました。

来週の福岡での婚約式から、心身ともにお互いに家庭を持つ準備をすることができますように。
なにより神様の声を聞いて、御心に従った夫婦になるスタートをすることが出来ますように。

お祝いメッセージ、待っています~^^

指先で紡ぐ愛

2008-04-01 07:31:12 | 読書・映画
は。。。この前の記事。
ブログがHAPPY DAYSなのに、怒った記事とか書いちゃってます。

一日、私の怒り爆弾により向こうはブルーに過ごしてしまった模様です。
怒りも大事だと常日頃思ってもいるし、あまりいからない人間だった分、これも必要と思いながらも、突然に落としてしまう爆弾には、私も後で恥ずかしくなったり申し訳ない思いを抱いたりもします。

ちゃんと伝えて分かってもらえるようにするコミュニケーション技術を高めないといけないと思っています。

このチャッティングについての問題を考えていて、以前に読んだ書籍を思い出しました。



『指先で紡ぐ愛 グチもケンカもトキメキも 』
著者/訳者名 光成沢美/著
出版社名 講談社
発行年月 2003年07月

福島智、東大助教授とご結婚された女性が書いた本です。
この福島先生、目が見えず、耳も聞こえない。
奥様である沢美さんは指点字という方法でご主人と会話をしています。ご主人は耳がかつては聞こえたので声を発生することは出来ますが、外からの声を聞く時はつねに指点字の通訳に頼らなければいけない状況です。

色々と考えさせられる事が多い、素敵な本でしたが、片手間に会話をしたり、話の途中で部屋を勝手に退室してしまうというチャッティングでの「憂鬱」を感じた時、福島さんが沢見さんにこんな事を言ってたなーと思い出されました。

本が手元に無いので正確には引用できませんが、
お二人が喧嘩をしていたときのこと。
沢美さんはご主人と会話中は常にご主人の手の上に自分の手を置いて、継続して指点字で会話をする・・・
だけど、喧嘩をしたとき、沢美さんは自分の話が終わるとすぐに手を引っ込めてしまってたという記事があった。
福島さんはそれに対して、「目も見えず耳も聞こえない僕にとって、君が自分の話が済んですぐに手を引っ込めてしまうということは、自分の話だけ済んでさっさと部屋を出て行ってしまうということと同じなんだ」というように話していたと思います。

そして、福島先生は自分を広い宇宙の中に漂っている存在という風にも自分を表現していたように思います。

果てしない空間の中に、耳や目からの情報がなく、存在してる福島先生。
その世界と連結する働きをしている通訳者、そして、奥さんである沢美さん。


耳が聞こえ目が見える人にとっても、重要な事を教えていると思います。

多くの情報があるからこそ、気が散漫になりますし、自分自身で色んなつながりをもって情報を集め歩いているように思っているでしょうが、人と人とのつながりというのは、目が見えても目に見えないもの。耳が聞こえても、耳からの情報だけには頼れない、相手との信頼関係や、相手への思いやりの上に築かれています。

相手の声に耳を傾けること。
常に行なわれているもっとも親しい関係の中での会話であっても、義務感や日常行為としてではなく、親しく耳を傾けてくれる会話であって欲しいです。

指先で紡いでいるのは、指点字だけではなく、いまやコンピューターも指先で愛を紡げます。
紡がれたものが、どんな糸になってるのか。
毎日紡ぐ言葉を…
素敵な作品に仕上げていきたいです。


この本、オススメします!