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言語空間+備忘録

メモ (備忘録) をつけながら、私なりの言論を形成すること (言語空間) を目指しています。

消された年金

2009-10-15 | 日記
紺谷典子 『平成経済20年史』 ( p.318 )

 年金のムダ遣いだけでも腹が立つのに、「消えた年金」で明らかになったのは、厚生官僚、社会保険庁のあまりの杜撰さだ。官の非効率、不公正と悪口は言うものの、それでも、事務処理だけはちゃんとやっていると思っていた。それこそがお堅い官の特徴とまで思っていたのである。ところが、その事務処理がここまで杜撰だったとは。
 データが不足している資料を埋めようともせず、そのまま放置したなんて。名前や住所の読みはとりわけ難しいのに、アルバイトのでたらめな入力に任せていたなんて、信じられないことである。
「消えた年金」だけでも許しがたいが、「消された年金」まであったという。年金は国民の老後を託す大事なお金である。たとえ1円でも多いほうが安心だ。それなのに、経営悪化で資金繰りに苦しむ事業主に、悪魔のささやきを行った。「給与を実際より安くごまかせば、企業負担分が軽くなる」。取り締まる立場で、過少申告を指導していたなんて、年金加入者の老後を何だと思っているのだろう。怒りを通り越して唖然としてしまう。しかも、理由は、自分の成績を上げたいからだという。これで暴動が起きないのは不思議である。
 それだけではない。1年たっても2年たっても、名寄せさえ完成しないのだ。そんないい加減なコンピュータ・システムのために、私たちの年金掛け金から、1兆4000億円も使ったというのだろうか。聞けば、そのコンピュータ会社に大勢の天下りがいるらしい。1兆4000億円は彼らの、給与とボーナスに化けたに違いない。


 「消えた年金」 ばかりか、「消された年金」 まであった。年金は、どうなっているのか、と書かれています。



 年金については、「公的年金は税方式がよい」 と思います。

 その根拠として、年金制度への信頼が揺らいでいることのほか、行政組織の簡素化、を挙げていました。

 しかし、年金制度のみならず、社会保険庁に対する信頼も揺らいできていますね。私は、そのことを忘れていました。

 信頼は、いったん失うと、取り戻すのは困難です。この観点からも、税方式にしたほうがよいのではないか、と思います ( 社会保険庁は廃止されるそうですが、職員は新組織に移って同じ業務を行うのでしょうか ) 。



 問題は、「消費税増税に、国民が納得するか」 ですが、増税といっても、実際には、「年金保険料がなくなって、消費税になる」 ので、( 国民の ) 実質的な負担が増えるわけではありません。

 もっとも、私は、給与に消費税をかけろ、と主張しているので、企業サイドの反発はありうるかと思います。

 私は社民党支持者ではありませんが、社民党の政策に近いものを含んでおり ( 企業負担は同じだが、給与に消費税をかけるところ(=形式)が異なる ) 、公的年金についての発想は、現在の政権に近いのではないかと思います。



 なお、公的年金については、税方式化し、さらに 「年金給付の減額」 も行えばよい、というのが私の意見です。

ほしいものがない

2009-10-14 | 日記
「ほしいものがない」 で検索していたら、次の記事をみつけました。



さあどうやって生きようか?」 の 「一番欲しいものが無い

元パソコン少年の自分からすると、今のwindowsマシンは実用性はあっても
「夢」がない。色々出来るけど、今ではすっかり日用品に成り下がってしまった。

高校生の頃にバイト三昧で苦労して入手し、寝るのを惜しんで弄り倒した、
今は実家の押し入れに眠っているPC-8001mk2SR+PC-80S31Kの方が
今の自分にとっても「夢のあるPC」だな。でもJIS第一水準漢字ROMが高くて
買えなかったので日本語表示すら出来ないんだけどね(苦笑)

(略)

そんなかつて夢を見せてくれた4MHzのZ80A+64KBメモリの8bitPCは実用性は
皆無だったけど汗水垂らしてバイトして十数万以上のカネをかける価値があった。
徹夜してハンドアセンブルしてプログラミングする楽しさもあった。
でもイマドキのセレロン2GHzの格安PCは4~5万出す価値も楽しさも見出せない。


 昔のパソコンは高くて低性能だったけど、夢があって、楽しかった。いまのPCは安くて高性能だけど、つまらない、と書かれています。



 これ、わかる気がします。パソコンをPCと言い始めた頃から、つまらなくなったような。。。 用語の変化が、なにかを象徴しているのかもしれません。

 「安くて高性能」 であっても、つまらない。昔のパソコンは、「高くて低性能」 だったけれども、楽しかった。バイトをしまくってでも、買う価値があった。

 「モノが売れない」 原因は、このあたりにあるのかもしれない、と思います。



 「寝るのを惜しんで弄り倒した」 、「徹夜してハンドアセンブルしてプログラミングする楽しさもあった」 と書かれています。結局、たのしいのは、なにかを 「すること ( =弄ること )」 であり、なにかを 「作ること」 なのかもしれません。

 それでは、楽しさが失われてしまったのは、なぜなのか。本当はそれを書きたいのだけれども、難しすぎて、わからない。うまく書けません。



 実用一本鎗ではなく、楽しさが感じられる製品。 …… 「製品」 であってはならないのかもしれません。

製造業の効率向上には、サービス業の効率向上も重要

2009-10-12 | 日記
 私は昨日、「需要不足だとしても、規制緩和は必要」 で、「サービス業の非効率・高価格が、製造業の足を引っ張っている面もあるのではないでしょうか。日本が生き残るには、サービス業の規制緩和も必要不可欠だと思います。」 と書きました。

 以下は、その補足です。



製造業の地位向上

製造業は日本を支える重要な産業です。しかし、製造業は、中国、韓国など外国と厳しい国際競争を強いられています。そのため、一部の非製造業と比べると年収が低くなる傾向があります。

製造業の志望動機は物作りの楽しさですが、年収が低ければ製造業離れは防げません。さらに技能の伝承など日本の製造業の強みが終身雇用の崩壊とともに、失われつつあります。 日本の製造業の今後の崩壊の兆しは、人材面にあるのです。

日本は、高い品質のものを限界までコストを削減して作っています。コスト削減のために、技術者、技術職人など理工系の年収は、低く抑えています。理工系の待遇を限界まで切り詰めることによって、日本の製造業がやっと生きていけるのです。

しかし、一部非製造業との年収格差は拡大し、製造業離れが起こりました。製造業離れが起これば、日本の製造業は、中国、韓国等との競争において、人材面でハンディを負うことになります。安い年収で何とかして製造業に向かわせるという手法は、理系離れにより限界に達しています。

そこで、政府が、理工系に直接お金を支払うようにして、日本の製造業の地位向上を図る必要があるのです。


I.日本の製造業の重要性と崩壊の兆し

  1. 日本は製造業なしで生きていけない
     日本は、製造業なしでは生きていけません。日本は資源がないので外貨を稼がなれば、資源や食料にも困るようになるのです。
     現在の豊かな日本からは想像できないかもしれませんが、製造業、輸出産業がだめになれば、日本は終わります。
     製造業は、輸出によって外貨を獲得するのに、最も有効な産業なのです。だから、日本の製造業、物作りの重要性は、多く語られています。
     このように、製造業は、日本の生命線ともいえる産業なのです。
  2. 日本の製造業は、毎年厳しくなる激烈な国際競争にさらされているる 
     しかし、アジアの国などが発展するにつれ、製造業の競争者が増えてきました。日本の製造業は、激烈な国際競争に巻き込まれ、生き残るために必死です。
     中国、韓国等の技術者は、安い年収で長い時間働きます。
     競争に勝つためには、日本の技術者等も、安い年収で長い時間働くことになるのです。正社員ではなく、派遣を使うことになるでしょう。リストラもたくさんするようになるでしょう。
     競争者が増えるにつれて、製造業はどんどん割が悪くなっていきます。欧米は金融業など割の良い非製造業に切り替えていきます。
     日本は、非製造業では食べていけません。そこで、製造業の割が悪くなった分は、技術者等の年収を下げることで対処します。技術者以外にも、非正社員、派遣を使うなど、血のにじむようなコスト削減がなされるのです。
     中国、韓国等の製品も品質、コストとも毎年良くなっていきます。品質、コストの競争をすれば、技術者等の年収は下げざるを得ません。
  3. 日本の製造業の崩壊の兆し(理系、理工系離れ) 
     しかし、製造業の志望動機は物作りの楽しさにあるとはいっても、年収の格差が広がると、いわゆる「理系離れ、理工系離れ」が生じます。
     製造業に興味があっても、一生涯、中国、韓国等の技術者と命を削るようなコスト削減競争を続けなければならないことを喜んで受け入れる人は、減っていくのです。年収の低さで勝負しても、たとえば年収100~200万円で働くアジアの国の技術者と勝負するのはきついからです。
     命を削るコスト競争を避けるためには、日本は高付加価値な製品にシフトし、知的財産を強力に保護する必要があります。しかし、現状では対策は十分ではなく、多くの場合、価格競争に巻き込まれているのです。
     そのため、製造業では、技術者等の年収を低くします。正社員を減らし、派遣にします。リストラも行ない、人を育て、職人の技能を伝承することにはコストをかけなくなります。人材の使い捨てを余儀なくされるのです。
     理工系の多くは製造業に就職します。よって、製造業の地位低下により、理工系の地位は全体的に下がります。そして、理系離れ、理工系離れが起こります。また、理工系の中でも、製造業離れにより非製造業に行く人が多くなります。
     アジアの国では、最も優秀な人たちが製造業に行くのに、日本は優秀な人材が製造業から逃避するようになるのです。このような傾向が続けば、日本の製造業は、人材不足により、崩壊することになります。日本の製造業の崩壊の兆しは、すでに人材面に現れているのです。



 日本は製造業がなければ、生きていけない。その製造業は、いまや、激烈な国際競争にさらされており、崩壊の兆しが現れている。政府は、理工系に直接、お金を払う ( 理工系企業の従業員に援助を行い、年収を増やす ) 必要がある、と書かれています。



 日本は、石油などの資源を輸入しています。国内に、資源が存在しないからです。資源を輸入するためには、外貨を稼がなければなりません。外貨を稼ぐうえで、製造業は決定的に重要だと思います。

 ところが、製造業を志望する者 ( 学生 ) が減っている。研究開発に従事したり、製造現場で効率化の工夫をしたりした場合、収入が低くなる傾向にあるからです。現状では、製造業に就職せず、( たとえば ) テレビ局など、もっぱら国内専門の企業に就職したほうが高収入が得られます。また、出世し、高収入になるのは、多くが法学部などを出て文系就職をした者です。

 しかし、それでは優秀な人間が製造業に行こうとしなくなります。

 日本にとって、製造業は外貨を稼ぐうえで、( おそらく ) 必要不可欠です。製造業は、日本の生命線だと言ってよいと思います。



 それでは、製造業を、いかにして守るか。それが問題になります。

 上記サイトは、製造業の従業員 ( の給与 ) に政府が補助をすべきである、と主張しています。たしかに、それもひとつの方法だとは思います。

 しかし、日本の国家財政を考えれば、その方法は、いまひとつ、現実的ではありません。



 それでは、どうすべきか。

 私は、非製造業の競争力強化を図るべきだと思います。日本では、製造業の効率は高いが、サービス業の効率は低い、と言われています。「サービス業における競争の特殊性」 に書いた事情によって、一般に、サービス業では効率が低くなりがちです。サービス業の非効率・高価格が、製造業の足を引っ張っている面もあるのではないか、と思います。



 要は、規制に守られたサービス業が、( 日本の生命線ともいえる ) 製造業の足を引っ張っている面もあるのではないか。したがって、

 製造業自身も、さらなる効率向上に向け、努力しなければならないことはもちろんですが、製造業が効率を向上させるうえで、サービス業の効率向上も、重要な要素だと思います。サービス業の規制緩和・競争政策も、必要不可欠だと思います。

需要不足だとしても、規制緩和は必要

2009-10-11 | 日記
紺谷典子 『平成経済20年史』 ( p.306 )

 竹中経財相は、サッチャリズム、レーガノミクスを手本にしていたそうだが、彼らの状況と、今日日本がおかれている状況はまったく異なる。当時の英米の問題は供給の不足であり、不足をもたらしている非効率だ。
 しかし、日本の供給は限界的なまでに効率化され、不足しているのは需要である。需要の不足は競争原理や規制緩和で補うことはできない。


 英米とは異なり、日本では、供給は限界的なまでに効率化されている。不足しているのは供給ではなく、需要であり、競争原理や規制緩和では補えない、と書かれています。



 日本では需要が不足している、というのは、その通りだと思います。

 しかし、( 中国などの ) 新興国の製品がきわめて安価である以上、競争上、日本企業も、安く製品を作る努力が必要となります。規制緩和を行わなければ、日本は没落への道をひた走ることになると思います。



 なお、サービス業については、事実上、国際競争が存在しないケースが多いと思われますが、それだけに、規制が敷かれやすく、また、規制が緩和された場合であっても、そこで生じる競争は、製造業ほど厳しいものにはならないのが通常です ( 「サービス業における競争の特殊性」 参照 ) 。

 実際、サービス業の一種である弁護士業について、規制緩和 ( すなわち増員 ) の結果、競争が生じていますが、それに対する弁護士の反応には、「「はじめに増員反対ありき」 の弁護士?」 や、「皮肉を言う暇があれば」 でみたように、「どこか、甘えた態度」 がみられます ( 甘えていなければ皮肉は言わない ) 。

 「甘えている」 というのは、言いかたを変えれば、「まだ、余裕がある」 のであり、本当に真剣に競争をし、サービスを向上させようとしている人間の態度ではありません。まだまだ競争が足りない、と考えられます。

 サービス業の分野についても、効率化への努力がもっとなされるように、規制緩和が必要だと思います。



 サービス業の非効率・高価格が、製造業の足を引っ張っている面もあるのではないでしょうか。日本が生き残るには、サービス業の規制緩和も必要不可欠だと思います。



■追記
 本文中で 「日本では需要が不足している、というのは、その通りだと思います。」 と書いていながら、タイトルが 「需要不足だとしても、規制緩和は必要」 となっています。( 実際に ) 需要が不足しているのか、( かりに ) 需要が不足していても、なのか、やや矛盾がみられます。
 私が云わんとしている ( いわんとしている ) のは、多くの製造業の分野では、需要が不足しているが、サービス業の分野では、( たとえば弁護士業など ) 需要がみられる分野がある。したがって、両者をあわせて表現すれば 「需要不足だとしても」 規制緩和は必要、です。

皮肉を言う暇があれば

2009-10-10 | 日記
PINE's page」 の 「こんなのは序章にすぎない。

過払いバブルが吹き飛んだ後に、激しい生き残りのための戦いが始まる。

弁護士を大増員し、弁護士に自由競争をさせ、その結果、能力のない弁護士は淘汰させる、という素晴らしい司法改革。

能力のない弁護士が淘汰されるためには、その弁護士に依頼するお客さんがいて、そのお客さんがヒドいめにあって、「あの弁護士はとんでもない。」と評判になり、その結果、その弁護士に依頼するお客さんがいなくなり、その弁護士が店仕舞いする、というのが自然の流れだろう。

だから、今の前提で行く限り、ヒドいめにあうお客さんの存在は、弁護士の淘汰のために、必要とされるものなのだ。


 自由競争による淘汰は、「素晴らしい司法改革」 だと書かれています。



 同ブログの記事 「ひどいね。」 において、「刑事事件の国選弁護から撤退して良かった。」 と書かれているので、まず間違いなく、弁護士さんのブログだと思いますが、

 弁護士自身が 「素晴らしい司法改革」 と評しているのですから、増員路線を継続すべきだと思います。



 もっとも、この弁護士は、皮肉として 「素晴らしい司法改革」 と言っている可能性が高い ( 本心では素晴らしいと思っていない ) 、とも考えられるのですが、





『ある消費者金融業者の代理人弁護士は「報酬は過払い分の2割弱が相場だが、なかには3割以上の報酬を求める弁護士らもいる」と打ち明ける。』 とあるが、現在は、弁護士報酬は自由化されているので、事前にきちんと説明をしておけば何も問題はないはず。

(中略)

また、『仙台市の会場で自己破産を希望する参加者に対し、「地元の弁護士にお願いしなさい」と拒否。』とあるが、これも、弁護士は事件を受任する義務はないので、仕方ないだろう。


 読売新聞 「過払い返還請求トラブル急増…日弁連が異例の指針」 の報道に対して、( 弁護士の態度は ) 法的には問題ない、と述べられています。



 法的には問題ない以上、司法改革の弊害は発生していないと考えられます。誰も 「ヒドいめ」 にあっておらず、弊害が発生していないのですから、皮肉を言う必要はないと思います。
 ( 弊害が発生していないにもかかわらず、皮肉を書いたのであれば、自分に都合が悪くなったのが気に入らない、というにすぎません )



 私としては、( 皮肉ではなく、本当に ) 「素晴らしい司法改革」 だと思います。なぜなら、





国の弁護士大増員の方針が変わらなければ、弁護士、さらに司法書士も、自分の生活を維持するために、必死にならざるをえないでしょう。

民間企業や個人事業者は、どこも、利益を上げるために、血の滲むような努力をして、経営を合理化し、不採算部門から撤退し、利益の上がる部門に経営資源を集中させているでしょ。
国は、弁護士や司法書士にも自由競争による生き残りを求めるのだから、もうかる仕事しかしなくなっても仕方ないと思う。


 弁護士が儲かる仕事しかしなくなっても仕方ない、それは当然だ、と書かれていますが、



 いままで、一定の利益が ( 事実上 ) 保障されてきた弁護士が、「自分の生活を維持するために、必死にな」 り、「血の滲むような努力をして、経営を合理化」 すれば、コストが下がり、小さな事件も 「もうかる仕事」 に変わると考えられるからです。

 皮肉を言う暇があれば、( その時間に ) コスト削減の努力をして、市民が気軽に依頼できる料金にしてください。価格が下がれば、確実に需要は増えると思います。