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ゆめと心理と占いのはなし
Por donde, amor, he de ir?
 Rosalia de Castro

『苦役列車』という人生。

2015-08-16 01:57:41 | PSYCHOLOGY2

西村賢太の芥川賞受賞作を遅ればせながら読んでみた。最近の受賞作はスケールが小さすぎと思っていたので、これも期待していないまま読み始めたんだけど、少なくとも一気読みさせる内容があったように思う。基本的に自分の経験を綿々と書き綴る旧来の私小説でしかなかったけど、最近の他の受賞作品にはない人間の息遣いのようなものが感じられて新鮮に映った。

作品は悲惨な生い立ちから自暴自棄な思春期を経て、日雇人足の世界で生きる青年を描いている。この作品でとくにリアリティを感じたのは、そうした環境で育った人間の内面に働く負のサイクルだ。忌わしい現実から逃れようと家族が転居を繰り返してどんどん孤立していくという話は、現実世界の底辺に生きる人たちの問題にも通じる。貧困に慣らされていると、長いスパンで人生を考えられなくなって、そこから脱出するための努力も忘れ去られ、社会人として最低限果たさなくてはならないような家賃の支払いとかも後回しにされ、さらなる苦境を招くことになる。そして、劣等コンプレックスがあるがゆえに、他者の好意を信じられず、相手の言葉の意味を勘繰って壁を作り、変なプライドがにょきにょき首をもたげ、友達をつくるチャンスすらもなくす。

作品の完成度という面では、途中で置き忘れられた出来事なんかがあって、読み終わったとき、え?ここで終わるの? と、あと50ページは書いてほしいと感じたものだけど、生身の人間が描かれていたという点で、読み応えがあった。ちなみに、彼の他の短編にも目を通してみたら、徹底して私小説の作風であった。彼の作品を10作読めと言われたら「無理」と答えるだろうけど、たまに読むにはいい作家だ。浮ついたときに引き戻してくれるような気がしている。


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