3月12日 読売新聞「編集手帳」
いつも社内をうろうろして書くことを考えているせいか、
腰が落ち着かない。
自宅にこもるのがテレワークのはずが、
きのうは近くの公園を散歩してしまった。
大きな梅の木がまだ、
てっぺんまでピンクの花をつけていた。
香気のなかを歩くうち、
驚いたのはソメイヨシノの並木の一本が花を結んでいたことだ。
おなじみの春の使者が2輪、
枝の先にいた。
梅がもう少しがんばれば、
ソメイヨシノとの競演もありうるかもしれない。
かと思えば、
すでに満開の桜もあった。
早咲き種のカンヒ(寒緋)ザクラが濃い紅色の花を風に散らしていた。
そこでは3人のマスク姿のお母さんが、
シートを広げてピクニックをしていた。
子供たちは草むらで転げ回って遊んでいる。
学校が休みとなり、
家にばかりいてはよくないので空気のきれいな公園でお花見をしましょう――。
お母さんたちが交わした言葉はたぶん、
そんなところだろう。
太宰治の一節を思い出す。
<ぽかんと花を眺めながら、
人間も、
本当に良いところがある、
と思った。
花の美しさを見つけたのは、
人間だし、
花を愛するのも人間だもの>
(「女生徒」)