4月12日 編集手帳
サトウハチロー作詞『浅草の唄』にある。
♪つよいばかりが男じゃないと
いつか教えてくれた人…
歌の心に通じる感想を、
その人は小学校の卒業文集に綴(つづ)っている。
〈速く泳げるようになったことも、
速く泳ぐことだけでないことを知ったのも、
この学校のプールがあったからだ〉。
速いばかりが水泳じゃないと…北島康介選手(33)である。
自分の限界に挑みつづけることが速く泳ぐことと同じくらい大切であると、
小学校で学んだのだろう。
日本選手権に敗れて5大会連続の五輪出場を逃し、
現役を引退するという。
情熱と体力を最後の一滴まで燃やし尽くし、
“花道無用”の見事な引き際である。
〈もったいなくて北島康介の載る新聞犬小屋の中には敷きえざりし〉(岩本房子)。
北京五輪の平泳ぎ2種目で2連覇を成し遂げた当時、
『読売歌壇』で読んだ。
数々の勝利の記憶は言うに及ばず、
敗れて去る後ろ姿までが凛(り)々(り)しい稀有(けう)の人である。
「ここまで長く真剣勝負をさせてもらって、
悔いはありません」。
晴れやかな笑顔がよかった。
その写真が載った新聞も、
犬小屋にはちょっと敷きにくかろう。