植物園「 槐松亭 」

バラと蘭とその他もろもろの植物に囲まれ、メダカと野鳥と甲斐犬すみれと暮らす

起雲閣に行ってまいりました(2回目)

2022年10月22日 | 書道
書道の師である「藤原ひさ子」先生が、熱海の起雲閣で、2回目になる作品展を開きました。
起雲閣と先生の作品展の内容については昨年同時期に一回目が行われたので、重複を避けるためその時のブログをご参照下さい。 

書道の仲間(先生の弟子)が全員集まって、ちょっと手伝いをした後は書道教室同様、お茶を飲みお菓子を食べ世間話でした。70歳平均のおばさまばかりなので、そのうるさいこと。

大正時代に政商のお大尽がお母さんの療養所として建造された起雲閣は、その後、人手に渡り、20世紀最後まで高級な旅館として文人文豪に愛されたそうであります。庭園も手入れが行き届いて見事であります。

尾崎紅葉さんや夏目漱石さんなどの書などが展示されていてまさに「眼福」でありました。

肝心の先生の作品集は、書・歌集「冬の衣袴」 という書物に収められていて、太平洋戦争に赴き戦死した息子の母親が詠んだ歌を書に書きうつしたものであります。

先生が最も得意とする分野、仮名交じりの書は、万葉仮名などの流れで、漢字のみ、カナのみという書体の二派の中間にあるものです。書道家さんは概ねどちらかを得意として、前者は男後者は女性というのが歴史的には大勢を占めた時期が長いようです。かく言うワタシも、只管漢字を書く毎日で、藤原先生からは、(下手な)かなをもう少しやりなさい、とお小言を頂いている所であります。

日頃、ちびちびとお小遣いを投資してヤフオクで集めた書道の小物を持参し、展示室のテーブルにデコレーション として置かせてもらいました。栄寶斎や「華石」という名工の水滴や、印材コレクションの中からほんの少し持参いたしました。

万一持っていかれてもダメージが少ないぐらい(高くて1万円位笑)の物で、先生の作品を汚さない程度の品物であります。さすがに、このワタシも自作品=ワタシの彫った篆刻印をついでに展示させてもらう程、厚かましくはありません(笑)。

帰りには、小高い丘から相模湾を見下ろす絶景の眺望、小田原のそば季寄 季作久に寄って、天使の海老天蕎麦/1,980円を美味しくご馳走になりました。

見事な庭園を堪能し、美しい書画を眺め、先生渾身の作品に触れ、天気晴朗な相模湾を見下ろしながら人気の蕎麦屋で美味しい天ぷらそばを頂くという、大変有意義で贅沢な一日でありました。
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せっかくの筆が泣いている

2022年10月12日 | 書道
昨日はブログ更新を怠ってしまいました。
ここ数日間、倅の結婚式を中心に、子供たちのことで手一杯、孫の風邪・発熱に振り回され、地区レクレーション大会の準備など、心身両面で大きな負担となりました。
子供たちの結婚式を3回行って、肩の荷が下りたと思った瞬間から、どっと疲れが出て、ある種の喪失感・虚脱感に襲われていたのです。二日間何もする気になれず、メダカのエサやりや植物の水遣りに終始していました。

昨日の夕方は、ようやく気力を奮い立たせて、数か月ぶりに筆を取り、気になっていた「李鼎和」の古筆の試し書きをしたのです。

「李鼎和」の筆は、170年ほど前からの老舗で、中国最高の筆メーカーであったのですが、1960年代に入ってからの「文化大革命」によって、国営化によって廃業を余儀なくされ上海工芸など、名前だけが別の会社に引き継がれていったのです。「断箋残墨記」という書道具の専門の方の記事によれば、この筆を持てば「2階級特進」するという位、優れた羊毛(山羊の毛)を用いたものです。

名筆コレクターであるワタシは、師匠の「唐筆は全く信用できない」の言に従い「和筆」を集め、幽玄斎・墨吐龍・翠祥園などの羊毛筆の最高峰である、細嫩光鋒(さいどんこうほう )を所蔵しております。

写真の軸が太いのが李鼎和、細い二本の方が定価5万円の幽玄斎筆であります。いずれ劣らぬ羊毛・長鋒筆の銘筆で、今では入手困難な逸品であります。早い話、ワタシの力量にはもったいない立派な筆なのです。

しかし例外的に「李鼎和」の文革前の古筆が欲しいと思っていたのです。長い期間、ヤフオクでは流石にこれは価格が吊り上がって落札出来ずにいましたが、比較的新しく李鼎和の安い方の「畢」宿浄筆(毛を長期間寝かせた筆)を2万円で落札したのです。

例えば同じ頃の長鋒宿浄二羊毫「墨海騰波」などは5万円以上で販売されていますから、もっと古い時代の名筆ならば軽く10万円くらいはするでしょうね。

残念ながら、この半年間ほぼ筆を握らず、只管、石を彫るで篆刻にうつつを抜かしていたのです。自治会の仕事が忙しく、書道教室がコロナで閉鎖していて書道に時間を取らなかったので、すっかりなまってしまいました。肝心の書き心地は、とてもまとまりが良く、羊毛筆にしては弾力性が出て「ふにゃふにゃ」にならないのです。しかし、半紙4・6文字には穂の大きさが長く太いので、根元まで墨を含ませなかった結果、せっかくの李鼎和、2階級特進のはずが、なんとも情けない字になってしまいました。本来ならこのブログに書を載せるはずですが、これは見せられない(´;ω;`)

それでも、ようやく二日間休養し、自治会の仕事も山を越えました。心の安寧がすこしづつ戻って来たので、書道4・篆刻6の割合で心を入れ替えて、練習を再開いたしたいと思います。書も篆刻も自称「中級者」であります。さび付いた腕を磨けば二階級特進で、準上級者位には辿り着きたい、と思うのです。
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筆を持たねば上手くならぬ 筆に頼る様では仕方ない 

2022年09月12日 | 書道
書筆を握る時間が極端に減っております。5年ほど前は大変熱心に書道に打ち込み、最低1日2時間ほど稽古をしていました。ところが、2年ほど前に篆刻にのめり込むようになってから、徐々に書く回数や時間が減っているのです。

そもそも、書作品を書き、これに落款を入れるために印が必要になった、という流れだったのに、いつのまにやら篆刻・印作りの面白さを体感し、書道がそっちのけになっております。本末転倒でありますな。これは平仄が合わぬと思って、少し書道に時間を割こうと思ったわけです。

そこで、気分を変えるためにヤフオクで、以前からどうしても欲しかった李鼎和の古筆をとうとう「えいや」とばかり落札しました。「軸」には、「畢(ひつ)李鼎和精選宿浄三羊毫」これは李鼎和のほとんどの筆に表記される字句であります。



書道具関連に造詣が深い芸粟斎さんの「断箋残墨記」には新品で7,500円の販売価格でありました。しかし、時代が違うので、新品として販売される李鼎和も、全く時代物とは別物なのです。細嫩光鋒 (さいどんこうほう)と呼ばれる最高品質の山羊の毛も、昭和の前半で乱獲、消費されたので往時と同等の羊毛は現在ではほとんど採取されません。毛の質は古い時代の方が格段と優れています。また李鼎和さんは1800年代後半に活躍した製筆職人で、後世になればだんだんその特質や拘りが薄れていると思って差し支えありません。1960年頃には「上海工芸」に合併したようです。 中国は、様々な会社や個人事業を公営化した「中華人民共和国」になってから、文房四宝すべてに渡って、極端に品質が低下したのです。

19,600円、これが落札価格でした。だいたいヤフオクの平均落札価格もそんなものです。高すぎず安過ぎず、最高級の物は数十万円とききますから、まぁ良しとしましょう。見た目純粋の羊毛筆ではなく、少し鼬などコシのある毛を混ぜているような色合いです。山羊の毛だけの長鋒は柔らかいために扱いが大変難しい上級者用の筆なのです。断箋残墨記にも、この筆を使うと「2階級特進」となると述べています。その羊毛筆は柔らかい毛質ながらしっかりとしていて、「複雑な線の動きの後でも筆鋒が自然と起きてまとまってくれる」ということです。その高説通りなら、自称準中級者のワタシは、準上級者位になるかも知れない のです。

ついでに、日本の古筆の中では最も上質と信じる「幽玄斎」の中古筆もゲット!。全部で20本ほどまとめての中古筆のうち半数以上が「日本書道協会」と軸に刻まれた学生向けの練習用の普及品で、その価値はほぼ0円。それ以外が12本あり、中に2本が値札35千円(下の写真の一番上)と4千円の「幽玄斎」、「崇山」(写真の真ん中)と銘のある軸の太い羊毛筆が2万円という価格ラベルが残っておりました。この三本だけで十分な価値があるので落札価格5,750円は大変お買い得でありました。また下の二本は、「鼬毛」ですが、これだけの長鋒筆は珍しくなかなか入手できません。鼬は短毛の動物なので、現在ではこれだけの長い毛を確保するのは困難なのです。

次に心機一転で、十分在庫があるにもかかわらず、古い「手漉き半紙漢字用千枚」を落札しました。〇の中にスと書かれた商標は伊予半紙のメーカーで(株)スギウラであります。ここの古い半紙「晃星」@13円、という銘柄の紙はとても書きやすい良質なものであったのです。以来個人的には伊予半紙がワタシのお気に入りで、最近では十川製紙さんと親しくさせてもらっております。
届いた「国風」前述の晃星に比べると、やや古くふっくらと厚みがあるがしっとり感に欠けるので、1,2等下の紙と思えます。

さて準備建ては十分であります。問題は時間がなかなか取れないという事にあります。四の五の言わず書くのが良かろう、筆も紙も上等で、ワタシの事を待っています。
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懸硯にも時代と歴史があったのだ

2022年07月19日 | 書道
1週間前にヤフオクで落札した品物が届きました。

ワタシが、ヤフオクで落札対象にしているのは、メダカの卵と、あまり市販されていない珍しい植物、そして書道・篆刻用品に限定しています。また、美術品や装飾品・貴重品も避け、実用的なものにしかお金を掛けまいと考えております。

いわゆる骨董趣味、あるいは何かの蒐集家となると、際限なくお金を使い収納する場所が無くなるのを恐れるからです。また、高価なものになると常に贋作・まがいものを掴むリスクもあり「危うきに近寄らず」を旨としているのです。

今回見かけて入札したのは、古くて汚い、書道具を収納する小箪笥・整理箱でありました。説明には「古欅・硯箱・鮒箪笥」とありました。印材や水滴・書筆など小物が室内に溢れてきて、整理下手なワタシにとっては、こまこまと収納して雑然とした状態を糊塗する必要に迫られておりました。特に貴重な価値がある印材を系統だって分類し整理せねば、と思っていたのです。

その木箱は、ヤフオクの出品写真で見る限り、側面に三つの小引き出しがあり、上蓋を開けると硯や筆をおくように区画されていました。墨で真っ黒に汚れていました。金具や装飾の金属板などが少なく、実用品として割合新しいものであると思われました。その為か、3,630円という割合安い値段で落札できたのです。

届いたものはずっしりと重く、天板や側面の板は説明の通り「欅」であろうと思われます。また、引き出しの内側は軽い「桐」材が使われていました。

「思っていたよりずっと出来のいいものだ」という印象でありました。そこで、来歴・品物の正式名称を調べてみました。ググってみると「船(鮒)箪笥」がすぐにヒット、江戸時代の頃から商船で、金庫や貴重品入れなどに持ち運びが出来る小型の木製の箪笥が用いられたのです。木製なので、水難にあっても沈むことはありません。軽くて持ち運びやすく、木製ながら火事や水濡れにも強いというのが和箪笥の利点であります。

その箪笥には「懸硯(かけすずり)・帳箱・半櫃 (はんがい)」と3種類あり、それぞれ筆・墨・硯などの書道具や書付の収納(昔の筆記用品)、貴重品・書類・帳簿入れ。衣装箱であったようです。懸硯はそれよりもっと歴史は古く、貴族階級の書道具入れとして蒔絵などを施した調度品として生まれたようです。

これらの箪笥は明治の初期まで実用品として作られていて、昭和の頃までは骨董店などでよく見かけたそうです。そのうち、もっと堅牢で火事に強い金属製の製品に置き換わっていったのでしょう。今のこの現代になれば、もはや、懸硯などはアンティーク扱いとされているのです。(船箪笥は、今も高級家具として日本海側の県で作られているのですが)

さてその届いた現物が「懸硯」であります。高さ23㎝、幅33㎝(1尺)、奥行き22㎝です。上部に蓋がつき、手前の小さな丸い釦を押すと留め金が外れて開閉できます。右側面に小抽斗(ひきだし)が三杯あり、上面に提手(さげて)が付き、持ち運びやすくしてあります。小さな金具はどれも飾り気のない素朴なもので銅製、留め具には赤い塗料が塗られています。箱全体に「装飾的」な細工は施されず実用一辺倒に見えます。上蓋が一枚板では無く、3枚の厚い欅の組板であるのが特徴か拘りであったかもしれません。想像するに明治の頃に作られた、「普及品扱」のハンディな硯箱というようなものです。つまり年代物の、由緒ある骨董品・和箪笥とはだいぶ異なる生活用品と言えます。

ただ、木材はたしかな素材を用い、熟練した指物師の手になる品物で、恐らく100年ほど経っているにもかかわらず、引き出しは寸分の狂いも無く、本体のどこにもひび割れや隙間もありません。こうしたことがかつて日本に確固たる存在を示した精緻な技術力・伝統的な職人芸を垣間見ることが出来ます。

上蓋の裏を見るとかなり下手な毛筆で「細田學」と書かれていました。何十年か前の持ち主の名前であったのかもしれません。また抽斗の側面に鉛筆でうっすらと書かれていたのが「債券番号○○○○○○○号」の文字でした。もしかしたら、この箱の持ち主であった誰かが債務のかたに押さえられた(差押え)のかもしれません。

この懸硯(箱)にも歴史があり流々転々とした挙句に、ワタシの作業場に流れ辿り着いたのでありましょう。そういう意味でも、3,630円は極めてお買い得で、楽しめる「実用品」でありました。

 
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「水滴考」を考える まったりとしたひと時

2022年06月30日 | 書道
手元に「水滴考」というハードカバーの古本があります。

木村敬さんという職人さん・元公務員の蒐集家さんが「水滴」のコレクションを本に残そうと、(多分)自費出版したと思われる本で、以前ヤフオクで千円ちょっとで落札したものです。定価1,900円、S57.11初版ですが、水滴の本などそんなに売れるものでは無いでしょうから増刷はないと思われます。古本屋では4千円内外と値段が付いているのを見かけますがいずれも「在庫なし」そういう意味では、レアな古本であります。1922年生まれの木村さんも恐らく鬼籍に入られてる事でしょう。

水滴とは、水差・水注などと呼ばれ、古くから書道で墨に少しずつ水を足す小さな道具であります。書道の本場中国が発祥で、茶の湯が文化として根付くようになるとその小道具としても重宝がられました。江戸時代以降は「古銅・鋳鉄・真鍮」などの金属を用いて、金工職人さんの手による小品・精密な細工ものがつくられたようです。勿論並行して陶磁器の水滴も多く製造されております。

木村さんは、家の中に水滴が100個近く集まったので本にしようと思い立ったそうです。その頃はネットでの買い物も無く、ヤフオクもありませんから、全国の古美術店や骨とう品店を訪ね歩き蒐集したようです。いわゆるコレクター本・蒐集本の類なのです。

冒頭の10P程度は、当時の水滴に関する文書の抜粋や資料の転用、あとは自分の自慢のコレクションの写真を、入手した時のエピソードやら奥方とのやり取りを添えて説明する体裁で、学術的・系統だった研究とはだいぶ趣の違うものであります。しかも、入手金額や、想定の評価額なども意図的に載せていません。

後半には、ランダムに良さそうな手持ちの水滴を「真贋不明、新しいものか古いものかもわからない」と断って紹介していました。これはこれで良いのだろうと思います。古美術商や骨董品の研究者ならば全く違う視点で「真贋の見極め」と希少価値や価額を主眼にするでしょう。自費出版・自己満足で、自分のコレクションを他人様にご披露します、程度の気負いがないものは潔いですね。

そこで、ワタシの「水滴」コレクションです。ちょっと数えてみても70個以上になっておりました。無論その半分ほどは、普及品・現代でも市販されているレベルで、日用品程度の安物であります。数だけは木村さんに迫るかというところで、酔狂ならば、コレクションの自費出版(笑)しようかとなるのかもしれませんね。

ワタシは、さほどこだわりも無くヤフオクで数千円でコツコツ集めているだけで、一個数万円もしそうな銘品・骨董品が紛れ込んでるかは定かでありません。際限なくお金がかかる骨董趣味だけは排除しようと誓っております。例外的に水滴の蒐集は、あくまで書道の嗜みの延長線上にあると、都合よく解釈しております。

最近欲しかった水滴が意外と安く入手できました。それで出版する代わりにちょっとブログで紹介しようというわけです。実は少なくとも2回は水滴の写真は掲載しております。重複は覚悟で少しだけ写真を載せましょう。

陶磁器の水滴で一部共箱ありです。価値は全く存じません。陶芸品は、姿のいいもの素朴な形が好ましいものであります。

同じく陶磁器ですが、これはもしかしたらちょっと値の張るものかもしれません。いずれも国内の窯で焼かれたものですが、それなりに由来があるのでひょっとすると1万円前後はするかもしれませんね。

次の写真、こちらは古銅や真鍮の時代物であります。その中で上の左のものは「華石」というかなり古い時代の金工細工職人さんの手になるもので、これも1万円近くするでしょう。「華石」さんの水滴は軽く、美しいフォルムが気にって4個あります。
 その右は、似たような古銅のずっしりした品で、ワタシの見立てでは右側は上部平面の飾りが「獅子」で、ヤフオクでも類似品を見かけます。その左は多分、富山県の高岡銅器が今も製造している一連の復刻盤、復古品とみています。それでも定価7千円ほどするのです。その装飾は「トンボ」であります。著名で骨董価値がある古い時代の品物を模した品物は、中国明清時代や江戸時代以前に作られたオリジナルとは少しだけ意匠を変えて、復古品とわかるようにしています。それがモノづくりの良識というものです。
 一番右は、模造品か時代物の良品かは存じませんが、本物としてもせいぜい1万円かそこらでしょう。こんなものを本物に似せて時代感を出すように細工したものが、1万円位ではコストとリスクに見合わないので、偽物作りの人は取り扱わなかろうと思います。

さて、今回やっと入手した「水滴」がこれです。木村先生の本で「麒麟鳳凰図霊牛口水注」と、ものものしい名前が付けられているものに似ています。その水滴は、注ぎ口が牛の顔で、側面の装飾が全体に大きくキリンなどがデザインされています。ワタシのはこじんまりと鳳凰らしきレリーフが施され、注ぎ口が羊、蓋の部分が小さな鳥の取っ手になっていて手が込んでいるのが大きな違いです。このデザインの水滴は大きく2系統に分かれているのです。
底面に四角で囲まれた「銘」が彫られているのですが今のところ解読できません。しかし、ネットで見かける全く同じデザインの水滴と同一の銘に見えるので、やはり100年以上前に作られた時代物であり、贋作ではなかろうと勝手に想像しております。因みにその品は18千円の即決価格で出品されています。手に持つとその重さや手触り、良い具合に浮いた緑青(青い錆)がなんとも愛玩するに相応しいのであります。


これが、4,125円で落札できたので、にんまりしております。木村先生の言を借りれば、骨董店巡りをして件の銘品を入手した後、東京のアンティークショップで、同一品を発見してその値段が3倍であったことに驚き「とたんにいい気持ちになれた。掘り出し根性の卑しさとはこんなものか、しかし悪くはない。」

うーむ、全く同感であります。もしかしたら、木村先生の収蔵物もどこかで出回っているかも知れません。先生が一番お気に入りで、自身で命名したという「恋若鹿」の水滴は流石に美しいものでした。これからヤフオクを物色するときは、ちょっと意識してみるのも一興であります。とはいえ、さすがに自費出版は無いか(笑)
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