おれは、土門拳になる。第2章 写真家増浦行仁公式ブログ

写真家<増浦行仁>のオフィシャルブログ。
志を追い続けた増浦が「夢を追う」こととは何かを本音で語る。

“ありがとう”の気持ちを込めて       FELLISSIMOとのコラボレーション    スタート!

2011年05月20日 | お知らせ
いきなり広告のコピーみたいで恐縮だが、
通販で有名なFELLISSIMO(フェリシモ)のオンラインショッピングで僕が特別に撮影した花の写真額「la fleur」を販売することになった。
「花の写真!?」と驚かれる方もいると思う。
ミケランジェロやらロダンやら、出雲大社に伊勢神宮と普段撮影しているものからはかけ離れているからね。
でも、これには理由がある。

もう3年前になるが、僕の大切な人が入院することになった。そこでお見舞いに花を持参しようとしたのだが、病棟によっては生花を持ち込めない所がある。丁度、院内感染が問題になりだした頃で、菌が付着しやすい花などのお見舞いを禁止しだしたのだ。
お見舞いに花はつきものだろう?患者の気分や病室を明るくするには花が最適と思っていたのだが・・・。
そこで僕は、その人の好きな花を写真に撮って額装し、リボンを付けて持って行った。それはとても喜ばれ、他の患者さんや看護士さんからも大好評!
以来、知人などのお見舞いや誕生日に、好きな花や誕生花を写真に撮って贈っていたのだが、本当に喜んで貰えるし、贈った方が更に知人等へのプレゼントにしたいと言われ、口コミでどんどん広がっていった。




この花の写真額には、“ありがとう”や“お大事に”や“おめでとう”等々、人への感謝と思いやりが込められている。心と心を結ぶギフトだ。
そのことに共感したFELLISSIMOとのコラボレーションが今春から始まった。

本当に大切な人に、心を込めて贈って頂きたいと思っている。
花の命は短いが、la fleur の命は半永遠だ。贈った人の優しい思いが、写真と共にいつまでも心に残るだろう。

下記にリンクを貼っておくので、良ければご利用ください。
http://www.felissimo.info/kraso/flowerphoto/

遷宮だより

2011年05月16日 | 日記--感じたことなど
4月は出雲大社、5月は伊勢神宮と続けて遷宮にまつわる撮影に行って来た。
出雲大社では、現在ご本殿大屋根の檜皮葺きの作業を行っている。中でも四尺皮(約120cm)を使用しているのは大社だけと聞き、その様子を撮影させていただいた。職人達の手によってリズミカルに一分の隙もなく敷き詰められていく檜皮。見事だ。凡そ60年毎の大修造だが、日本の伝統的な技術はしっかりと継承されている。
一流の職人技には無駄な動きは一切ない。それが仕上がりの美しさに繋がる。余談だが、僕の師匠ギィ・ブルダンもそうだった。無駄に時間をかけたり機材を多用したりせず、さっと撮影して終わり。それでも毎回度肝を抜くほど斬新な写真が生まれた。職人というより天才だったな。

伊勢神宮では、山田工作場の撮影に参加させていただいた。ここは式年遷宮の為の大掛かりな製材などの作業を専門とする施設で、一般には公開されることが無い。神宮司庁からいただいた資料によると、一回の式年遷宮で約1万本の用材が必要で、そこから8万以上の部材を取るとのこと。大切なご用材を無駄にしないためにも墨掛けは熟練者が行う。こちらも20年毎の遷宮で、技法は脈々と受け継がれている。遷宮は、そういった日本古来の技術を守り、伝えて行くという役目も担っているのだ。




3月11日の大震災は、図らずも日本人の本質を世界に知らしめることとなった。
未曾有の大災害の中でも、譲り合い、分け合い、助け合う。この美徳は、古の時代より日本人が培ってきたものだろう。弱肉強食の世界ではあり得ない。その根底は、森羅万象を神として敬い、恐れ、お祀りするという日本人の神観にあるのでは無いかと思っている。
遷宮にもそれらの思いが凝縮されている。出雲大社では、古くなって傷んだ箇所を修繕し再生する“よみがえり”の遷宮。伊勢神宮では、20年毎に一新する“常若”の遷宮。いずれも神への感謝を込めて社を美しく整え、国の平和と国民の幸福をお願いするのだ。
大震災から1日でも早く復興出来るように、僕も心を込めてお祈りし、写真を通して遷宮の真意を世界に伝えるべくお仕えしたい。


僕たちは火、水、風から電気を生み出した。いずれも古よりお祀りしてきた自然の力だ。火の神、水の神、風の神・・・原子力の神様はおられるのか・・・

古寺巡礼~三徳山三佛寺編~

2011年05月10日 | 日記--感じたことなど
4月23日 鳥取県よりお招きをいただき
三徳山開山1300年記念・鳥取県指定文化財三徳山三佛寺本堂修復落慶法要式典(長いな・・・)に出席した。

僕は、三徳山の中腹にある投入堂と呼ばれているお堂を撮影したいと思い、知人にお願いしたところ、前述の式典に参加させていただくことになったのだ。おかげさまで貴重な体験をさせていただいた。
投入堂(国宝である)は、土門拳氏もかつて撮影された。
それもあって興味を持ったのだが、断崖絶壁の窪みに建てられたお堂は、未だに建築方法が謎とされている。



参拝も容易ではない。ロープを伝って崖をよじ上るのだ。
確かにそんな所に奥院を建てるなんて尋常じゃない。
古の人々の神仏への傾倒は凄い。
(日本人の真髄はそういうところにあるのかも)

残念ながら、当日は雨で入山は叶わなかった。
今月中に再挑戦する。

三徳山も「天狗の棲む山」で撮影した求菩提山と同じように
修験道の聖地である。
過酷な撮影となるだろう・・

全ての道はローマに通ず

2011年05月09日 | 日記--感じたことなど
ローマは1日にして成らず・・・等々有名な格言がある都市だが、
先月、僕も久しぶりにローマとフィレンツェを訪れた。
ミケランジェロ撮影時は、ほぼ隔月でイタリアに行っていたのだが・・。
代わりにここ数年は国内を飛び回っている。

フィレンツェでは、カーサ・ブオナローティ(ミケランジェロ美術館)を表敬訪問して来た。
不在と聞いていた館長だが、僕が行くということで
わざわざ予定を変更して待ってくれていた。
そもそも『GENESIS』は、ミケランジェロの世界的権威である
ピーナ館長に認められ、世に出たのだ。
あれから10年近くも経つのに、変わらず親切にして下さる。
ヨーロッパの良い所は、国籍、年齢、地位、履歴等々に関係なく
作品だけで評価してくれることだ。
こと芸術に関しては、懐は深く大きい。



大震災後、日本は大きく変わるだろう。
僕たちの道は何処に続いているのか・・・
全ては正しき道であって欲しいと願う。

復興も一日にして成らず、だ。