夏の風景
碧空に大きな向日葵(ヒマワリ)
猪苗代湖(福島県)
波乗り(いわき市)
夕日とコスモス(群馬県)
朝 日 (室戸岬)
煙 (河内長野)
夏の風景
碧空に大きな向日葵(ヒマワリ)
猪苗代湖(福島県)
波乗り(いわき市)
夕日とコスモス(群馬県)
朝 日 (室戸岬)
煙 (河内長野)
雪の一本松 (本別海町) H,25,2,20日撮影 nikonD3S
昨夜から雪が降り本別海町に有る一本松(別海町指定文化財)に宿る雪のオジロワシを撮りに行きました。。。暫く待つていると右側から1羽のオジロが飛来しますが。。
別海町発祥の地である本別海に現存する推定樹齢120年と言われる松の木。
鷲の狩り(根室半島) H,25,2,21日撮影 nikonD3
この朝はマイナス21度まで下がり極寒の朝でした。撮影現場に到着するとオオワシの中若・オジロワシの中若が水鳥を襲って壮烈な狩りが始まっていました。。水鳥は逃げ、鷲達は追い掛ける正に命懸けの攻防です。。。
この入江には色んな種類のカモが1000羽以上。。白鳥が200羽以上。。丹頂鶴が6羽。。蝦夷鹿が数十羽が塒としてしていますが。。オオワシ・オジロワシが100羽ぐらいが塒をともにしています。。
ウミアイサも必死で潜ったり逃げ捲ります。。。
鶴の塒(丹頂鶴のねぐら) H,25,1,29日撮影 nikonD4
冬期間は除雪していないことが多いため、歩いて行く しかないが、ここから見る音羽橋は、ねぐらと周囲の様子がよくわかるポイントです。特に 真冬の早朝に行くと、タンチョウを撮影しようと全国から集まったカメラマンで賑わいます。
雪裡川
鶴居村の音羽橋早朝の風景
気温はマイナス20度。雪裡川にかかる音羽橋
音羽橋の周辺にタンチョウのねぐらがあり冬場の朝夕 は飛び立つ姿
朝霧とタンチョウ
(けあらし)川霧が立ち上がります
野付け半島の流氷 H,25,2月撮影 nikonD3X
早朝の知床半島の全景・・根室海峡に流氷が入り一段と寒さが厳しく成ります
水平線からの陽の出は望めなかったが。。。流氷に映える朝でした・・・
流氷の向こうは国後島・・・
大きな蓮氷の様な流氷・・・・・・
地球儀が流氷に埋め尽くされています・・・
顔はタヌキの様な。。ぶっさいくな・・北キツネ・・???
浜辺に打ち上げられた氷塊・・・・・
流氷で国後島まで繋がっている様です・・・
奇氷塊が打ち上げられています・・・
若い蝦夷鹿の角合わせ・・・
グリーンフラッシュ H,25,2,4日撮影 nikonD4
グリーンフラッシュ (英:Green flash)とは、太陽が昇った直後 に、緑色の光が一瞬輝いたようにまたたく、非常に稀な現象。緑閃光ともいわれる。
夜明けまえ。。漆黒の根室海峡へ勇壮に出港していく漁船団(ホタテ船)。。
東の水平線には厚い雲が有って陽の出は望めそうに無いです。。。
午前6時31分。。暑い雲の上から太陽が顔を出して呉れます。。グリーンフラッシュが出ています
地球の大気に斜めに入射することによって、太陽光は、プリズムによって光が曲げられるのと同じように屈折する。
流氷の山脈にオオワシが逆光でシルエットに成っています。。。
太陽の光が強く。。。。太陽が白く飛びました。。光に照らされ流氷の陽炎が綺麗です
一日が始まりました。。。。。。
(6)ブッポウソウ (越中から関東の旅) nikonD4
全長約30cm。雌雄同色で、頭部は黒褐色、尾羽は黒色。のどは群青色で、胴体は光沢のある青色の羽毛で覆われ、この羽毛は光の加減により緑色に見えることもある。初列風切に白い斑紋があり、飛翔している時には目立つ。嘴と脚は赤橙色である。
立山・黒部ダムの旅 nikonF6
弥陀ヶ原・・・標高約1,600~2,100m、東西9km、南北3kmに広がる弥陀ヶ原高原。木道が敷かれた 湿原には「餓鬼の田」と呼ばれる池塘(ちとう)が点在し、 カルデラ展望台など散策 ポイントも豊富です。夕暮れの風景は見惚れます
弥陀ヶ原の南側に広がる立山カルデラを一望できる展望台です。 荒々しい火口壁のはるか下に広がるカルデラ内には、緑の水面が美しい刈込池や砂防ダム群を見ることができます
画のような夕暮れの風景です。。
標高3000m級の峰々が連なる、北アルプスを貫く山岳観光ルート。
立山(たてやま)は、飛騨山脈(北アルプス)北部の立山連峰に位置する山で、雄山( おやま、標高3,003 m)、大汝山(おおなんじやま、標高3,015 m)、富士ノ折立(ふじの おりたて、標高2,999 m)の3つの峰の総称である。
ミクリガ池と立山(富士ノ折立・大汝山・雄山)
黒部湖(展望台から). 黒部ダム(くろべダム)は、富山県中新川郡立山町、黒部川水系 黒部川に建設されたダムである。ダムに貯えられた水を利用している発電所が黒部川第 四発電所(黒四)であることから、黒四ダム(くろよんダム)と呼ばれる
富山からの帰り道。。兼六公園に立ち寄りました。。。
兼六園(けんろくえん)は、石川県金沢市にある日本庭園。国の特別名勝であり、日本三名園の一つに数えられる。
徽軫灯籠と霞ヶ池
霞ヶ池を渡る石橋を琴に見立てて徽軫(ことじ)をなぞらえた徽軫灯籠(ことじとうろう)は、兼六園を代表する景観となっている。
日光の瀧 H<25,7,23日撮影 nikonD3X
日光四十八滝」(あるいは七十二滝)と呼ばれるほど日光は滝が多いところです。
今回の旅での立ち寄りで。。名所巡りは余り出来なかったですが少し滝めぐりをして来ました
華厳の滝 中禅寺湖の流出口にある、高さ97mの滝。岸壁を水しぶきをあげて一気に落水する豪快さと、自然が作り出す華麗な造形美の両方をあわせ持ち、日本三大名瀑のひとつにあげられる。高さ97メートルの岸壁を一気に落下する壮大な滝
華厳の滝は、観瀑台から見てもすばらしいですが、中禅寺湖から流れ落ちる様を一望できる明智平展望台からの眺めも絶景で、お勧めポイントとして一見の価値があります。
栃木県日光市にある滝。発見者は勝道上人と伝えられ、仏教経典の1つである華厳経から名づけられたといわれる。
男体山の噴火により堰き止められた中禅寺湖からの地表を流れる唯一の流出口大谷川にある滝。落差97mの滝を一気に流れ落ちる様は壮観で、日本三名瀑のひとつにも数えられている
中禅寺湖から華厳滝上流側までの流れは、厳密には大谷川とは別の川とされ、大尻川(おおじりがわ)と呼ばれている。中禅寺湖から華厳の滝までの距離はごく短いため、大尻川は日光でも特に短い川の一つである
竜頭の滝 奥日光三名瀑のひとつ。湯ノ湖から流れ出た湯川が、中禅寺湖に注ぐ手前で、男体山噴火による溶岩の上を210メートルにわたって流れ落ちている。滝壷近くが大きな岩によって二分され、その様子が竜の頭に似ていることからこの名がついたといわれる。春と秋には、周辺のツツジ、紅葉も美しい。
竜頭の瀧の上部からの風景。。秋の時季は両側が真っ赤な紅葉が見事です。。。
滝上部から下流を見る。奥に見えるのは中禅寺湖
戦場ヶ原. 戦場ヶ原のニホンジカ. 戦場ヶ原(せんじょうがはら)は、栃木県日光市の 日光国立公園内にある高層湿原である。標高は約1,390mから1,400mである。 戦場ヶ 原という地名は、山の神がこの湿原を舞台に争いを繰り広げたと言う由来している
この地が中禅寺湖をめぐって男体山の神と赤城山の神が争った「戦場」だった、という 神話が名前の由来といわれる戦場ヶ原。かつて湖であったものが湿原化したもので、 400ヘクタールの広大な面積を誇ります。
湯滝(ゆだき)は、栃木県日光市奥日光地域の湯ノ湖から流れ落ちる滝である。落差 50m、幅25m。華厳滝、竜頭の滝と並んで奥日光三名瀑のひとつとされている。
湯ノ湖排出口にかかる滝。三岳(みつだけ)の噴出によって湯(ゆ)川がせき止められて形成された。高さ70メートルの滝を毎秒約1トンの水が幅約25メートルいっぱいに流れ落ちる。
幅は最大で25メートル。 滝壷-たきつぼ-に下りられ、その近くに観瀑台-かんばくだい-があって、迫力ある姿を 眺め
湯滝と言っても「お湯の滝」ではなく、湯ノ湖の水が流れ落ちているのでこの名前 がついています。
(4)磯のアオバト (越中から関東の旅) H,25,7,25日撮影 nikonD4
アオバトが海水を飲みに飛来し始めました。
美しい姿、南国を思わせるような色、山奥に住む鳥なのに
海水を飲むというふしぎな生態をもつハトの一種アオバト。
ハヤブサに襲われたり、波にのまれたりしながらも、命がけで海水を飲みにやってくるアオバトに神々しさを感じます。
なぜか、わざわざ、波の荒い磯にやってくる。 波しぶきを気にもせずに、 塩水を堪能し ている
真夏の空と海に輝く、オリーブグリーンの命。
波が荒いです。波にさらわれる個体もあるそうです。
初夏~晩秋まで、照ヶ崎の磯には珍しい野鳥が群れをなしてやってきます。その名 もアオバト。ハトはハトでも、緑色のキレイなハトです。
ふだんは山にいる野鳥ですが、 この季節には海水を飲みに集団で海へ飛来します。これは珍しい現象
いま時季。。。交尾?????。。。。
波は風の割りに穏やかで、目当ての岩場には磯遊びの人たちが多く、 アオバトは落ち着かないようで
アオバトが海水を飲みに岩場にやって来ます。 そこへ大波が。。。。
(3)磯のアオバト (越中から関東の旅) H,25,7,25日撮影 nikonD4
全長約33センチメートルの中型のハトで全体が緑色の美しい羽色です。頭から胸にかけては黄味色が強く、腹部は白っぽい色です。翼の肩の部分がブドウ色をしたのが雄で雌との見分けが容易です。 食べ物は木の実や果実が主体となっています
一度に見られた最大の群れは2002年10月5日の500羽以上、朝6時から10時までの観察だで飛来総数が3000羽を超えたこともあり、日本最大級のアオバト飛来地ではないかと思われす。
群れを作って岩礁の上を飛び回り、岩場に降ります。窪みに溜まった海水にくちばしを浸けて,吸い込むように飲みます。
海面に浮かんだり、尾羽や脚を海水につけたりもします。
アオバトの食べ物(果実)にナトリウムがほとんど含まれていないので、果実からの栄養分や水分を体内に吸収するために海水吸飲(体内のナトリウム・カリウム濃度を確保)を行っているのではないかということが分かってきました。
アオバトは日本列島と中国の一部だけに分布している鳥です。世界的に見るとたいへん分布の狭い鳥なのです。日本で繁殖し、一年中生息していると言われていますが、冬のアオバトを見ることは希です。
(2)日光東照宮 H,25,7,23日撮影 nikonD3X
家康が日光に祀られることになったのは、家康本人の遺言からである。家康は遺言中に「遺体は久能山に納め、(中略)一周忌が過ぎたならば、日光山に小さな堂を建てて勧請し、神として祀ること。そして、八州の鎮守となろう」と述べている。家康が目指した「八州の鎮守」とは、日本全土の平和の守り神でもある。家康は、不動の北辰(北極星)の位置から徳川幕府の安泰と日本の恒久平和を守ろうとしたのである。
陽明門(ようめいもん)【国宝】日本を代表する最も美しい門で、宮中正門の名をいただいたと伝えられています。いつまで見ていても見飽きないところから「日暮の門」ともよばれ、故事逸話や子供の遊び、聖人賢人など500以上の彫刻がほどこされています。
日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)は、日本の関東地方北部、栃木県日光市に所在する 神社。江戸幕府初代将軍・徳川家康を神格化した東照大権現(とうしょうだいごんげん) を祀る。日本全国の東照宮の総本社的存在である。
唐門(からもん)【国宝】全体が胡粉(ごふん)で白く塗られ、「許由と巣父(きょゆうとそうほ)」や「舜帝朝見の儀(しゅんていちょうけんのぎ)」など細かい彫刻がほどこされています。
東照宮の三大彫刻の一つ「眠り猫」のある国宝・東回廊にやってきました。入場口をまっすぐ行った正面が「眠り猫」の彫刻がある東回廊の蟇股(かえるまた)です。有名な割には意外に小さい彫刻です。昔から左甚五郎作として数々の逸話が伝えられています。この「眠り猫」の彫刻の裏側には「竹林に遊ぶ二羽の雀」の彫刻が施されていることからこの2つの彫刻は平和のシンボルと言われています。猫が寝ているから雀が楽しく安心して暮らせる平和な世界を意味しているという解釈です。戦乱のない平和な世界にした家康公の功績は大きいでしょう
「眠り猫」の彫刻の裏側の蟇股にある「竹林に遊ぶ二羽の雀」の彫刻 左右には牡丹の花、天井の近くには波の彫刻が施されています。
奥社(家康のお墓)に行くまでは約200段の階段を登ります。この入口まで行くのに坂道・階段を結構上ります
御本社(ごほんしゃ)【国宝】殿・石の間・拝殿からなり、東照宮の最も重要なところです。例祭をはじめ、年中の祭典が斎行されます。また拝殿左右には、「将軍着座の間」・「法親王着座の間」があります。
奥宮(おくみや)【重文】拝殿・鋳抜門(いぬきもん)・御宝塔からなる御祭神のお墓所です。
徳川家康公のお墓
日光東照宮 H,25,7,23日撮影 nikonD3X
谷川岳に昇り、その夜は水上温泉で宿泊をしました。。早朝、ホテルの部屋の下を流れる利根川の清流から川霧が幻想的な景色を浮かび上がれていました
日光東照宮へ行って来ました。。。。境内図
日光東照宮は、元和(げんな)3年(1617)徳川初代将軍徳川家康公を御祭神におまつりした神社です。 家康公は、天文(てんぶん)11年(1542)12月26日三河国岡崎城(愛知県岡崎市)で誕生、幼少より 苦労を重ね戦国乱世を平定され、幕藩体制を確立されました。 |
石鳥居は明神鳥居で元和4年(1618)黒田藩52万石の藩主、黒田長政が奉納したもので石材は九州から切り出され運ばれたそうです。大きさは高さ9m、柱の太さ3.6m、柱の間隔が6.8mで京都の八坂神社、鎌倉の鶴岡八幡宮の鳥居と共に日本三大鳥居の一つに数えられています。扁額は後水尾天皇が宸筆と伝えられ「東照大権現」の文字が掲げられています。日光東照宮石鳥居は国指定重要文化財に指定されています。
2013年3月27日 - 日光東照宮の最初の五重塔は、慶安3年(1650)に初代若狭小浜藩主の酒井忠勝が 寄進したものでしたが、文化12年(1815)に焼失しました。その後、文政元年(1818)に 十代藩主酒井忠進が再建したのが現在の五重塔です。 高さは36m。
塔の中心に心柱(しんばしら)が据えられ、その優れた耐震構造 は高く評価されています。 今春グランドオープンの東京スカイツリーもこの耐震システム を応用して設計されたものと言われています。
表門の「阿吽(あうん)」の仁王像は、向かって右が口を開けて、左が口を閉じています。身長12尺(約4m)。朱塗で、表門の色と調和しています。
日光東照宮、神厩舎は表門をくぐり左手にある厩舎です。厩舎・・・つまり馬小屋ですが、ただの馬小屋と思うなかれ!!この建物にあの有名な「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿の彫刻があるのです。
日光東照宮は、陰陽道に強い影響を受け、本殿前に設けられた陽明門とその前の鳥居 を中心に結んだ上空に北辰(北極星)が来るように造られているという。また、その線を真 南に行けば江戸に着くとされ、さらに、主要な建物を線で結ぶと北斗(北斗七星)の配置と寸分違わぬよう設計されているという