曇り、18度、87%
私が香港を離れる前に書いておきたい道があります。この道にはたくさんのことを教えてもらいました。道に教えられるとは変な表現ですが、この道の全てが私の身体と心を作ってくれたと言ったほうがいいかもしれません。20年間走り続けた寶雲道です。
もう何度もこの道のことは書いてきました。香港島の北側は写真にもよく出る高層ビルの林立する土地です。金鐘から湾仔、トンロー湾、そして競馬場のあるハッピーバレーの山側を東西に走る道です。ビクトリア湾を眺める向きはビル群を見下ろしながら、この道自体はすっぽりと緑に覆わています。早朝から散歩をする人、走りに来る人、太極拳をする人が通ります。アカシアの頃ともなれば高い木から清涼な香りを感じます。早朝の鳥のさえずり、水の流れる音。たくさんの野生動物に出会ったのもこの道です。ハクビシン、ジャコウネコ、ヤマアラシ、コウモリ、毒蛇に大きなムカデやトカゲ、ほんの5日前には初めてイノシシの子供も見かけました。走る私の足の裏はしっかりとこの香港の土地を踏みしめます。
仕事柄、風邪をひけないと走り始めました。この20年病気らしい病気すらしません。そればかりか、仕事で行き詰まった時、家族の問題を胸に抱えていた時、この道を走りそんな心の重荷を汗とともに流し落としてきたと思います。この道が持つもの全てに包まれてきた20年です。
「煙花」とは花火のことです。香港、今でこそ年に2、3回花火が上がりますが、以前は旧正月の2日目だけが花火の日でした。香港人はこぞって、ビクトリア湾沿いの花火がよく見える場所に陣取ったものです。テレビで見る花火にすら歓声が上がりました。それほど年に1度の花火は楽しみだったと思います。旧正月の時分になると咲き始める、その花火の枝垂が降るような花をつけることから名付けられたツタ科の花が「煙花」花です。塀や高い木に這ってオレンジ色の花をつけます。今年の旧正月は例年より早くやって来ました。寶雲道に咲く「煙花」花はまだ満開ではありませんが、季節を違わずに咲き始めました。
香港に来て30年、この雲寶道を走り始めて20年。長かったようで、あっという間のような気もします。野良猫たちと並んで走った記憶、毎朝会うジョガーの人たちと交わす会話、散歩に来るおじいさん、おばあさんからもらったたくさんの暖かさ、全てが私の大切な思い出になりました。あと数回、寶雲道を走ります。今日は旧正月2日目、「煙花」花火が上がります。