たそがれオヤジのクタクタ山ある記

主に北関東の山を方向音痴で歩いています。山行計画の参考にされても責任は負いかねます。深慮せず軽く読み流してください。

往路より復路がきつかった鼻曲山。

2023年03月19日 | 近所じゃない群馬県の山
◎2023年3月11日(土)

駐車地(9:20)……二度上峠(9:34)……氷妻山(10:11)……鼻曲山(11:16~11:38)……氷妻山(12:27)……獅子岩周辺のうろつき(12:54~13:07)……二度上峠(13:15)……駐車地(13:22)

 記事の掲載が前後した。鼻曲山に行ったのは、前記事の福寿草自生地見物の4日前のこと。それから、表紙に掲げた鼻曲山の写真は2月22日に浅間隠山に登った際に撮った写真だ。この11日はまっとうな写真が撮れず、眼前の浅間山すら霞んでいた。まして、鼻曲山の山中に入ると、木々の枝がうるさく、特徴的な山の鼻の部分すらはっきり撮れなかった。こういう山容をしている山というだけでもわかってもらいたく、敢えてすっきりした写真を出した。まずは言い訳とするが、それよりも、あまり乗り気になれず、記事アップが遅くなったこともある。
 奥武蔵にも鼻曲山があって、そちらは2月26日にひやかし半分で行ってきたが、その鼻曲山の山容は確認できなかった。里を見下ろせたから、里からなら、その、奇怪であろうはずの姿を確認できたかもしれない。
 群馬と長野の県境にある方の鼻曲山に行くのは37年ぶりになる。その時は霧積温泉から登り留夫山にも寄ったが、出発時から終始ガスガスで、数枚の色褪せた紙焼き写真と山行メモが残っているだけで、頭にも鮮明な記憶はないに等しい。先日、浅間隠山に行った際、二度上峠から鼻曲山にも登れるということを知り、早速、今回の再訪ということになったわけで、体力もあれば一日ダブルで登れるものの、それがないから小分けすることになった。
 浅間隠山の登山口駐車場は相変わらずに混んでいた。車は10台くらいはあったかと思う。しばらく前を走っていた車も、駐車場に入ってうろうろしている状態だった。そのまま600mほど先に行き、広い空地に車を入れた。ここから300mほど車道を歩いて二度上峠に着く。ここに車を置いたのには大した意味はない。鼻曲山に登る人の大方がここに駐車しているから、そういうものかとならっただけのこと。車は他になかった。

(二度上峠)


(峠から浅間山)


 二度上峠には車が2台駐車していた。何だ、ここにも駐車場があるのかと思ったが、駐車場は車道から離れて少し上のところにあり、その間がひどい泥濘の道で、これではタイヤも泥だらけになる。ここまで車で来なくてよかったわけだが、山から戻って来ると5台ほどとまっていて、その分、泥濘もひどい状態で、蛇行したタイヤ痕にえぐられ、脇道もなく、靴を汚さずに歩くのにも一苦労だった。峠からの浅間山は真正面に大きく見えるものの、えらく霞んでいる。戻った4時間後にはさらに薄く見えていた。
 標識には、鼻曲山まで3.5kmとある。鼻曲山は1654m。峠は1390mとあるから、単純には264mの高低差で楽勝となるわけだが、実際には600m以上の累積高低差を歩くことになるようだ。帰路で無駄な岩場を数か所登ったりしたので、若干ながら高くなっているはず。前置きはこれくらいで結構だろう。

(ここから入る)


(落葉の下は凍っていて滑る)


 おとなしい登山道を緩く登って行くと、何となく滑る。落葉を寄せると、下はいまだに凍っていて、結構ぶ厚い。用心して、チェーンスパイクを付ける。その時はまだ一本だったが、ストックのゴム先も外した。足よりもストックの方が先に滑っていた。右下からモーター音が聞こえた。何かと思ったら、伐採作業中で、傍らに重機もあった。その時は、二度上峠の車も、その関係者なのかと思っていた。

(岩が始まる)


(岩から浅間隠山)


(左に巻きがあるのに、右の段差を必死に下りてコケた)


 さしてきつくもないところをある程度に登ると岩場が出てきた。岩峰らしき小ピークが先にいくつか並んでいる。まさかこれを越えるわけではあるまい。しっかりと巻き道はあった。ただ、一か所だけ岩峰方面にうっかり登ってしまい、途中から下ったものの、下に見えた巻き道には1.5mほどの高さがあって、手がかりもなく、最後は1mほどずり落ちてしまった。この時点では気づかなかったが、山頂で地図を見ると、「獅子岩」と記されたところらしい。標高点1445m付近だ。獅子岩そのものには登っていないはずだが、展望地からは浅間隠山だけは見えた。浅間山ではない。後で確認すると、ずり落ちのすぐ脇に、巻き道とは違う、安全な踏み跡があり、早々から危ないことをしてしまったようだ。この鼻曲山ルート、踏み跡は明瞭だが、標識は滅多になく、あとの頼りはテープだけだった。氷妻山までならまだいいが、尾根型のない山頂下の斜面では、ガスってでもいたら迷う危険はある。

(鼻曲山かと思ったら氷妻山。氷妻山の山名由来はどこにあるのか。氷のように冷たい女房といったところだろうか)


 岩峰はいくつか続くも近づかないことにして、巻き道に徹する。そのうちに方向感覚がおかしくなってくる。二度上峠から鼻曲山は真南の方向にあるのだが、鼻部分こそ隠れてはいるが、右手方向に見えているのは鼻曲山ではないのか。直進方向にピークらしきものは見えず、霞がかかった空だけだ。踏み跡もテープも右手に続いている。鼻曲山の前に氷妻山(ひづま山)を経由する。もしかすれば、あの山は氷妻山だろうか。氷妻山とて南方向だ。この方向感覚は、鼻曲山が見えてからさらに混乱する。ストレートに南にあるはずの山は、南西にかなり回り込んでから南になっている。自分のような方向音痴は、あまり深く考えると頭がおかしくなり、道迷いの可能性も出てくるので、忠実に踏み跡とテープを追った方がよいだろう。

(岩はすでにない。淡々と登って)


(氷妻山)


 残雪が出てきて、葉が落ちた樹々の間から鼻曲山が正面に見えるようになったところで氷妻山。どうも、氷妻山まで南東方面に向かい、ここから右手に折れて南に向かう気がしてしまう。ここには三角点があるが、何の変哲もない、山名板だけがあるピークだ。景色も何もない。通りすがりの山といったところか。それでいて鼻曲山には三角点はない。
 実はここからの往復が厳しい。数字だけではたかが知れている。地理院地図の等高線と数値を見る限り、二度山峠から氷妻山までは77.5mの上り。鼻曲山鞍部までは77.5mの下り。つまり、氷妻山までの上りは鞍部でチャラの貯金0円になる。そして鞍部から鼻曲山までは264mの上りだ。これはあくまでも等高線だけの、直登した場合の計算で、実際にはそう容易い高低差ではない。現に、復路では、くたびれた身体には氷妻山までの77.5mの登りがだらだらと長くてしんどかったし、間にはちょっとしたコブもいくつかあった。報われない歩きとしかいいようがなかった。損な人生に似たようなものかも。

(氷妻山からの下りは長かった)


(鼻曲山が見えた)


 緩い下りが続く。これが下り一辺倒なら文句もないが、弱いながらも起伏があって、とにかく長い。ここが鞍部かと思ったのが2回ほどあったか。青年が下ってきた。樹間からちらちら見える鼻曲山の斜面には白いものが見えていたので気になって聞いた。「上は、雪あります?」。青年は、オレの足元を指さして、「お守りがあれば大丈夫ですよ」。お守りとはチェーンスパイクのこと。うまいことを言う。

(起伏がいくつか続き、ここが鞍部かと思う)


(鼻曲山も近づいた)


(きつい登りだった)


(振り返って)


 左上に鼻部分が近づいてきた。どこが鞍部かわからぬままに、正面に壁が出てくる。ここから本格的な登りになるらしい。ここまで若干の残雪はあったものの、歩行に支障があるわけでもなかった。ペラペラパーカーを脱いで、2本目のストックを出す。
 自分にはきつい登りだった。テープは直登ではなくクネクネとついている。何度立ち休みをしたことか。若干の視界に見える鼻曲山はまだ先で、登りは依然として続きそうだ。特に体調が悪かったわけではないが、前後にハイカーがいる様子もなく、それをよいことに、このまま帰ろうかとまで思ったくらいだ。

(稜線がそこかと思ったが、まだ長い)


(何とか、稜線に出た。かなり疲れた)


(国境平への標識)


 ようやく、稜線上の空が見えたところでササが出てくる。踏み跡は不鮮明で、テープだけが頼り。テープはササを巻いているが、足場が雪解けで歩きづらい。こうなったらササに突入して登った。ササは足とストックに絡まって歩きづらい。結局、テープに戻った。稜線はすぐ上かと思ったが、ここもまた気分的には長かった。
 ようやく稜線上に出た。もう青色吐息だ。氷妻山までの77.5mの登りを考えればうんざりする。ここで国境平からの道と合流する。国境平というからには、長野との県境だろうか。地図で確認する。あわよくば、ここまで来たのと違ったルートで下りたい。それは甘かった。スキー場とゴルフ場を突っ切らないと、二度上峠の県道には出られないし、県境とはいっても峠でもないただの地名らしい。ここで浅間山が見えたが、クリアなものではない。枝だらけだし、浅間そのものが相変わらず霞んでいる。

(ようやく安泰な歩きになった)


(長日向への分岐)


(鼻曲山・小天狗の山頂。三角点標識ではない)


(青岸渡寺の修験には気の毒な気がした)


 何はともあれ、後は平坦になった。長日向からの道が合流する。また地図を広げる。長日向は軽井沢町だった。そこから鼻曲山に登るコースは「乙女コース」となっている。さぞ、女性的な浅間山の姿を見ながらのコースだろう。
 ほどなく鼻曲山の山頂。狭い山頂だ。石祠もないのに、なぜか那智山青岸渡寺のお札に手書きされた山名板がサビた鉄柱に括りつけられている。これでは修験者も報いられまい。もう37年前の記憶なんて消え失せているが、こんな山頂だったかどうも怪しい。こんなちゃちい山頂ではなかったような気がする。これでは腰をおろすにしても草の上しかない。

(間近にピークがあったので行ってみる)


(霧積温泉からのコースがここで合流していた)


(大天狗)


(鼻先からの展望。こちらも霞んでいる)


(近い角落山方面だけは見えている)


(ここからの浅間隠山は枝が邪魔)


(たいした感慨もなく帰路に就く)


 東側に下る踏み跡があり、すぐ先にピークが見える。行ってみる。すると、南側から登って来る道があり、それには霧積温泉となっている。ピークに上がる。ここにも鼻曲山の山名板。後で知ったが、最初のピークは小天狗で、ここが大天狗。つまりは鼻先の部分になる。ここならいくらか広く、石もあってくつろげる。ただ、いくらか展望も開けてはいるが、全体に霞がかかって、はっきりしているのは浅間隠山と角落山方面だけ。帰路での氷妻山への登りを考えれば食欲もなく、セルフを撮り、タバコを一本吸っただけで、あとは何とか景色を見られまいかとウロウロし、その期待も叶えず、さっさと下る。落胆にも似たところだが、霧積温泉から登った時には、いくらガスガスでも特別に嫌な思いはしなかったはず。していたら鼻曲山に別コースで再訪することもなかった。

(凍っているから、かなり気をつかって下る)


 鞍部への264mの下りはきつくはなかったが、部分的な雪道と凍結でかなり神経をつかった。アイゼンならともかく、チェーンスパイクはおもちゃのようなもので、まして、メーカー品でもない中国製だったから信頼は置けなかった。ついでだが、このチェーンスパイクには付加価値的にマジックテープの抑えのバンドが付いていたが、あまり効果が得られそうもなく、付けることはなかった。この下りで登って来るオッサンに出会った。足をみると、チェーンスパイクすら付けていない。よくここまでツボ足で登って来られたものだといたく感心した。下りはどうするのだろう。

(ようやく鞍部。きつかった。気疲れか)


(振り返ると鼻曲山。このコースで見えた鼻曲山は、枝も入り込んだが、これが限度だったかも)


(スズタケは枯れてはいても、しっかりと根付いている)


(氷妻山はまだかいな)


(ようやくだ)


 さて、たかが77.5mはやはりつらかった。距離が長過ぎる。往路ではたいして気にもしなかったコブが続き、氷妻山の真下に至った時点でバテバテ。往路での264mの登りに比べたらさしたるものではないが、緩いながらもつらかった。氷妻山に到着した時はほっとした。その間に、ここでも鼻曲山に向かう単独さんに出会った。時間的には、浅間隠山とダブルだろう。
 氷妻山。もう、休憩はいらない。さっさと帰りたかった。素通り状態で下る。あとの登りはないと思うと現金なもので、下るうちに、獅子岩に登ってみたくなった。

(氷妻山からの下りはすんなりと下り一方ではなかった。往路では意識しなかったが、復路では圧迫感がある)


 下り一方とばかりに思っていた。往路時での記憶はとっくに消えていた。ここにもコブがあって、標高はなかなか下がらない。ようやく意識として下りと思った頃に岩場が出てくる。さて、獅子岩はどれだ?

(岩が出てきた)


(かろうじて獅子岩の文字が読めた)


(岩に登って見えたのはこれ。右から浅間隠山、岩淵山、駒髪山)


(先に行こうとしたらこれだ)


(次の岩峰)


(ここだけは岩の成分が違うのか)


(これしか見えず)


 目の前に矢印型の鉄の標識が現れ、サビで見づらくなっていた鉄板には、かろうじて「獅子岩…」の文字が読みとれた。これか? 踏み跡もあったので登ってみた。密な小木で歩きづらい。岩の上に出ると、かろうじて浅間隠山、岩淵山、駒髪山が見えた。こんなものかとがっかりし、一旦、巻き道に下ると、次の岩。これにも登ると、見えたのは剣の峰だか角落山らしきビラミダルなピークだけ。霞んでいてもいいから浅間山を見たかったが、そちら方面は枝張りで何も見えない。

(まったくわからない。これが本当の獅子岩か?)


(現に標識もあるし)


(またかと浅間隠山。肝心の浅間山は見えずに隠山ばかりではどうにもならない)


(もうやめた)


 だまされたなと思いながら先に行くと、今度は木の標識に「獅子岩」とある。ヘボン式ではない<Sisiiwa>の添え書きがある。これは何式だったっけ? それはともかく、いったいどれが獅子岩なのか。仕方なく、これもまた登る。浅間隠山が見えただけ。枝ヤブで先には行けず、強引に行こうとしたら、岩が切れていて、巻き道に戻る。何だか無駄なことを繰り返しただけのようなもので、追い打ちのくたびれだけが残った。

(作業中)


(二度上峠に帰った)


(改めて浅間山)


(駒髪山はやめる。この状態では100mも登れないわ)


(駐車場に帰着)


 左に伐採作業を見ながら登山口戻り。疲れた。せめてと思った浅間山は出発時よりも霞んでいる。予定では、そのまま階段を登って駒髪山のつもりでいた。峠から93mの登りでしか過ぎないが、今日は無理。こじつけ理由は、真っ青な空をバックにした浅間山が見られないのでは、行ってもしかたないよなにした。
 駐車場には他に一台だけだったが、浅間隠山の方はやはり多かったらしく、メインの駐車場には3台くらいしか残っていなかったが、登山口付近の路肩には出遅れの3台ほどあった。浅間隠山は群馬百名山だけあって、雪山歩き目的で登るハイカーもいるが、やはり浅間山の眺望だろうか。今回の鼻曲山歩きでは、すっきりした浅間山はまったく拝めなかった。


(今回の歩き)

この地図は電子地形図25000(国土地理院)を加工して使用しています(令和元年手続改正により申請適用外)

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2 コメント

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Unknown (瀑泉)
2023-03-23 22:53:04
たそがれオヤジさん、こんばんは。
二度上峠からの鼻曲山、レンゲショウマの時季にでも行かれるのかと思っていたら、早々に行かれたワケですネ。二度上峠からのルートをご存じなかったということは、そもそも、鼻曲山の北面がレンゲショウマの群生地として有名なこともご存じなかったでしょうか。
まぁ、かくいう自分も浅間隠山には、25年くらい前に登っていますが、鼻曲山には一度として足を運べていないんですケドね。
ただ、霧積からの鼻曲山のルートには、今もって強く魅かれているんですヨ。それというのも、中学時代に流行った映画「人間の証明」のCMで流れた
「母さん、僕のあの帽子、どうしたでせうね?」から始まる西城八十の詩が、今も記憶に強く残っていて、毎年、紅葉の時季に霧積から登ってみたいと候補に挙げるんですが、どうも奥日光の紅葉の盛りと時季が被るモノだから、行きそびれてしまったんですワ。
まぁ、二度上峠からのレンゲショウマにも魅力を感じないワケではないのですが、今年こそ秋に霧積からの鼻曲山に登ってみたいと思っています。
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瀑泉さん (たそがれオヤジ)
2023-03-24 20:10:56
瀑泉さん、こんにちは、
鼻曲山から「人間の証明」ですか。えらく飛躍されるものですね(笑)。それにしても、あのCMの帽子の詩が西城八十とは知りませんでした。あの頃は、小説そのものは読んではいたのですが、どうしても森村誠一の顔がちらつき、さらに角川映画ということもあって、映画そのものもチープなイメージがしていました。結びつきませんね。
ところで、鼻曲山の北尾根とレンゲショウマとは何ですか? 調べました。そしてわかりましたよ。鼻曲山はこんな時季に行く山ではないということを。レンゲショウマどころではない花盛りの森だったのですね。今回、歩きながら、あのきつい直下の斜面が、夏には珍しい花だらけとは…。どうみても殺風景で、花には縁のない斜面に見えましたけど。
その昔、霧積温泉から鼻曲山に登ったのは11月でしたが、瀑泉さんが行きたがるほどですから、紅葉もまた絶品なのでしょうね。11月だったら、少しは名残もあったでしょうが、終始ガスガスではどうにもなりませんわな。
鼻曲山には霧積温泉、今回の二度上峠から登ったからもういいかとおもっていたのですが、瀑泉さんのコメントで気持ちがぐらつきました。その時季まで忘れなければいいのですがね。
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