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まきた@VetEpi

酪農学園大学をベースに、発展途上国と日本の獣医疫学に取り組む獣医師のブログです。

入学式シーズン

2007-09-11 07:29:58 | 異文化
9月10日(月)。

1週間ぶりの日記です。
ここ最近、金曜からのウガンダ行きの準備に追われていただけでなく、いくつか送別会やパーティーがあって、忙しくしていました。とりわけ、出来るだけ子供との時間を大切にしたいので、ブログは一番後回しになってしまいがちです。でもお陰で、今までは妻がいないと眠れなかったのに、今日は僕だけで寝かしつけることが出来ました。

さて、今日から1週間は、Fresher's weekと言って、エディンバラ大学の新入生が入学し、慣れるための週です。

キャンパスは、3年前自分がそうだったように、大学の案内図を持った人達で溢れかえっています。何だかこの季節は、自分までそわそわして来ます。人がたくさんいて大変な時期だけど、自分も2ヶ月いなくなるため、事前に学生ビザ延長の手続きのため国際課オフィスに行かなければならなかったり、明日は学部事務所に、今回のフィールド調査の奨学金の申請に行かなければならず、てんやわんやです。

金曜からはウガンダにいるので、さらにインターネットにアクセス出来なくなると思われます。時間がないので、週休一日での作業になるだろうし、朝から夕方まではフィールドで、夜は検査と検体保存、データ入力という作業になるので、ますますブログから遠のきそう。

しかし、久々に牛に触れるのは嬉しいなあ。血液を扱うので、しっかりグローブを使わないと、何をうつされるか分からないなあ。いやあ、楽しみ。

治安対策

2007-07-26 06:45:00 | 異文化
7月25日(水)。

今日、大学に連絡が入ったのだが、同期の学生二ールが、ザンビアの首都ルサカで車を盗まれた。

彼は新婚の奥さんと二人でザンビアにいるのだが、夜、強盗に銃を向けられて車を盗まれたらしい。詳しいことは分かっていないが、命に別状がなくて本当に良かった。

同級生に起きた事件だし、同じアフリカに行く僕にとっては、全く他人事ではない。

僕は、ウガンダではかなり治安対策には気を使っていると思う。今は学生なので、夜に自分が使える車がないということもあるが、まずなるべく車で夜に出掛けない。夜に車を駐車するのは、銃を持ったガードマンがいる店かスーパーの駐車場のみ。普段は、小額の現金を持ち歩き、現地の中流層以下が使う公共交通機関で移動する。普段カメラを持ち歩かないのでよく後悔することがあるが、それも貴重品をなるべく持ち歩かないのが癖になっているからだ。

その他、いい服を着ない(持ってない)。
決まった行動パターンで動かない。
スラムの脇に住んでいたので、スラムの人たちと現地語で話し、仲良くなる。
悪いことはしない。貧しい人たちにも、いつも礼儀よく挨拶する。

しかし、卒業後に職を得ての出張となると、話は少し違う。やはりお金をもらっていることがばれてしまうので、いい所にガードマン付きで住まなければならなくなる。家族を伴うと尚更だ。高級住宅街が治安がいいのかというと、決してそうではないと思うが、家族がいると生活の質を上げざるを得ない。

以前ネパールの村に住んでいたとき、マオイストというテログループ(現在は政党に格が上がり、現内閣に大臣も輩出している)に襲われる危険と隣り合わせだった。友人の一人はライフルの銃口を向けられ、パスポートその他を奪われた。僕の村でも、マオイストの党員、支持者が多数いるという噂をかねがね聞いていた。普段話しをしている普通の村民の中にもいることは間違いないので、迂闊に変な話も出来ない。ある日村長さんに、僕も狙われないか聞いたところ、

「君は大丈夫だよ。彼らだって君がちゃんと仕事しているのは知っているから。」

と自信を持って笑顔で答えた。
何で知ってるの?どうしてそこまで断言できる?あの発言は、裏を返せば、村長もマオイストの一味だったということではないかと、今でも強く疑っている。

ウガンダで、学生時代にスラム街のすぐそばで生活できたことは、とてもいい経験になった。皆僕のことを知っていたので、夜遅く帰って来た時に変な人が寄って来ても、それとなくスラム街の住民が助けてくれた。

ただ、銃器を持った武装強盗となると話は違う。近いうちに僕も同じ目に会うかも知れないが、命だけは取られないようにしたい。

ストーンヘンジ

2007-07-14 08:41:14 | 異文化
7月7日(土)。

レディングのS子さん宅から、同じくジリ村に住んでいたサマーセットのアリ宅の間には、いくつかNational Trustがあるので、まずはストーンヘンジに行ってきました。

行きたいとはイギリスに来たときから思っていたけど、今回行けることになるとは想像もしていなかった。

いやー、不思議。5000年前に作られたそうで、小さめの石(それでもでかいよ)は340kmも離れた山から、大きい石は30kmほど離れた場所から運ばれたらしいことが研究で分かっています。ストーンヘンジを囲むように、200、300メートル離れたところに丘のような古墳も点在しているんですよ。

ちなみに天馬は、石には全く興味がなく、捕まえたコガネムシに感動しておりました。

バッキンガム宮殿前の庭園

2007-07-12 07:03:50 | 異文化
7月5日(木)。

エディンバラからロンドンへ。家族で、キングスクロス駅近くのユースホステルの一室を借りて滞在。

この日は、5年振りに、青年海外協力隊でネパールに一緒にいた友人、A子さんと再会する。A子さんは、国連準専門家としてイエメンのUNICEFで活動後、ロンドンで、2つ目の修士課程に在籍し、9月からは博士課程を始めるところ。

A子さんがいたお陰で、ピカデリー広場からバッキンガム宮殿、国会議事堂であるビッグ・ベン、高さ135メートルある観覧車、ロンドンアイを短時間で訪れ、ロンドン橋で「ロンドン橋落ちた」を合唱、最後にベトナム人街で美味しいベトナム料理を食べることが出来た。ここは、手ごろな値段ですごく美味しい料理が食べられる。ロンドンは、家賃は高いけど美味しいものがたくさんあるし、日本料理屋も豊富なので羨ましい。

A子さんのギャグを久々に聞いて、どんな大変な仕事をしても、やっぱり人は変らないんだなあと安心した。皆年月と共に歳を取っていくけど、性格や癖が変らないと言うのは、嬉しいことでもあるし、それと同時に自分を振り返ってみると、先が見えたように感じたり、現実的で寂しい気分になったりもする。

でも、5年前と比べて、仕事の面では僕は、全く違う局面にいる。安定した生活、仕事を捨てて、よりやりたかった国際協力の道にいる。5年前すでにA子さんがいて、さらに進もうとしていた世界に、今は僕もいる。アメリカのオールスター戦で史上初のランニングホームランを達成したイチロー選手も、6年前を振り返って、成長し、満足な結果が出せたと語っていた。程度の差はあれ、コツコツと努力を続けると、能力、成果の面では、確かに人は変り、成長し続けることが出来る。

長い前振りで全く話は変るが、今回の旅で気付いたもう一つのイギリスの素晴らしさを紹介したい。

庭園と言うと、どうしても日本庭園の素晴らしさが一番に思えてしまうが、イギリスの庭園は違う趣でもって美しい。
写真は、バッキンガム宮殿前の庭園。バッキンガム宮殿によりも、正直言って庭園の美しさに感動した。テムズ川近くまでの宮殿前の長い凱旋道沿いが全て素晴らしい庭園になっているのだった。


日本人と自然

2007-07-04 06:58:41 | 異文化
7月3日(火)。

皆さんは、日本人の自然との関わり方が、他の欧米の先進国の人たちから見ると、異なっていて素晴らしいものである、ということを聞いたことはあるだろうか。

僕は、特にそれを気にしたことも考えたこともなかったけれど、自然や環境には興味があるので、以前妻と共に、「衆」というCWニコルが理事を務める環境系NGOの講座に出席したり、勉強したりしていたことがある。グリーンセイバーという免許のようなものを取得した。

その中で、日本人が伝統的に大切にしてきた「里山」という文化が僕の心に深く残った。昔から日本は、山々に鎮守の森を持ち、その雑木林を、必要に応じて管理しながら伐採し、維持してきた。列島大改造でそれらの森の多くが伐採され、単一な針葉樹林に置き換わり、山では春になると、空気が黄色くなるほど花粉が飛ぶのだ。しかも皮肉なことに、林業は海外からの安い木材に押されて維持も大変で、輸入もとの海外の森林は、日本の需要のために失われて行く。

今日、ナタリーと言う環境学修士課程の学生が、研究のために我が家にインタビューに来た。オランダ人の友人、シッツェからの紹介だった。

ナタリーの修士論文の主題は、「山菜取り」について。
彼女は石川県小松市に2年間、JETプログラムで、高校の教師をしていたことがあり、その時に、日本人の四季折々の山菜を採取して生活している文化を目の当たりにしたのがきっかけで、人と自然との関わりについて研究を始めたのだと言う。ちなみに、イギリスでは山菜取りの習慣はないそうだ。

テープを回して、彼女は以下のようなことについて質問した。

人間以外の生物とは、あなたにとってどんなものが挙げられますか?
人間以外の生物と、暮らしの中で関わっているという意識はありますか?
人間以外の生物とあなたは、物理的に、または精神的に、どのように関わっていますか?
人間以外の生物に、あなたは何か与えていると思いますか?
あなたは、野生の動物や植物を採取したことがありますか?
自然のものには手を触れるべきでないと言う、保護論者がいます。あなたは、野生の動物や植物を狩猟、採取することに賛成ですか?
あなたは、採取者ですか、それとも保護論者ですか?
日本は、先進国であるのに、どうしてこれほど自然と関わった生活をしているのでしょう?

時間のある方は、作文でも書いてみると、自分の中に再発見があるかも知れませんね。

特に後半部分の僕の回答。
「野生動物の、ゲームとしての狩猟は賛成出来ない。しかしながら、森林伐採、森林のモザイク化、畑地の拡大などの影響で、山間部に追われた動物、里に出て来て農業に被害を及ぼす動物がいる。これらを、よく調査した上で計画的に狩猟することには賛成だ。
私は採取者であると同時に保護論者である。
タラの芽やウドは、ちゃんともう一シーズン楽しめたり、来年も生えてくるように、必要なところは残して収穫する。僕達は、伝統的に自然を守りながら恵みを頂く方法を身に付けている。
魚だって、釣りをしてみて始めて自然の大切さが身を持って分かる。動物も、山菜も、山に入ってみて、始めて実感できる。あなたの履歴書を見ても、面と向かって話してみなければ、あなたがどのような人か実感出来ないように、採取者でなければ、本当の保護者にはなれないと思う。

日本の経済成長は、割と最近のことなので、欧米に比べてまだ自然との関わりが伝統的な形を残しているのかも知れない。また、地理的に、たまたま四季が見られるのに丁度良く、降雨など、恵まれた環境にあるからということも大きいと思う。日本では、2週間毎に季節を区別していることをご存知だろうか?この恵まれた自然なくしては、これほど繊細で洗練された文化は育たなかったと思う。」

採取者と保護者が同時に存在するなんて、あなたは自分のアイデンティーについてどう考えるのか、とナタリーは質問した。

僕は、
「色即是空、空即是色。偏った考え方に固執するのはよくないことです。」
と答えた。

もちろん日本人でも人によって考え方は異なるだろうが、これが僕の主な回答だった。

ナタリーは、「感動した。インタビューやってよかった。」
と少し目を潤ませて言った。
彼女にとって、日本は第二の故郷だと言う。今でもすぐに帰りたいとも言った。

僕も、秩父の山で働く機会がなければ、ネパールで働く機会がなければ、日本人と自然の関わりについて深く感じ、考えることもなかったと思う。インタビューされた側だったが、こちらも日本文化の素晴らしさを改めて思い起こされた。

何か他にいい回答、意見があれば、僕も読んでみたいと思います。

サンダーストーム

2007-07-01 09:03:44 | 異文化
6月29日(金)。

6月27日(水)朝9時頃、オマハにある兄宅を出発してから、時差を含め44時間30分後の29日(金)午前11時半にエディンバラの我が家に到着した。

恥ずかしいので書こうかどうか迷ったが、せっかくなので何が起きたか書くことにする。

27日(水)
11:10オマハ発13:00ヒューストン着。ここまで順調。
16:05ヒューストン発21:09ニューアーク着予定の便が、故障により18:30発。この時点で、接続のエディンバラ行きに接続できないことが分かる。

23時頃、機長のアナウンスで、ニューアークで発生しているサンダーストームのため着陸できないことが知らされる。
23時半、目的地がボルティモアに変更される。

28日(木)
0時半、ボルティモア着。1時間ほど機内閉じ込め。その後空港内へ。
2時、荷物引取り所へ移動を促される。そこでアナウンスがあるとのこと。
アナウンスがないまま、ニューアーク行きのバスが来たので乗るようにと指示される。本当はもう宿泊したかったのだが、早く着いて予約を済ませるのも手だと思い、バスに乗る。

3時半、カムデンの休憩所着。
パスポートなど貴重品の入ったリュックを背負ってハンバーガーを注文、食事する。朦朧としていたので、背もたれに当たり邪魔なリュックを横に置き、そのままバスに戻る。出発して5分後にリュックを置いてきたことに気付く。ドライバーに伝えたが、高速だし、引き返せないと言われる。

5時。ニューアーク空港着。
他のバスを運転していた親分肌の女性ドライバーに、送ってもらえるようお願いする。彼女も明らかに疲れていたが、近くまで送ってくれることになる。

7時。近くの休憩所に止まり、タクシーを呼んでもらう。ここで来たのが、いい感じのおっさんだった。ドライバーの女性に別れを告げ、おっさんと反対路線の休憩所へ向かう。目的の休憩所に行った後、最寄の電車駅まで送ってもらおうと考えていたが、ポスターもスーツケースもあって大変だし、おっさんが社長と電話し、目的の休憩所から210ドルでニューアーク空港まで送るとオファーしてくれたので、「Deal」と言って、オファーに乗った。

8時前に休憩所につく。おっさんにもハンバーガー屋に付いて来てもらう。店長に尋ねると、あったあった、ありました!ちゃんと確保しておいてくれた。店長ともおっさんとも、相手が嫌がるほど握手をした。

そこは、ボンジョビやブルース・スプリングスティーンと同じニュージャージー州だったので、「あんたは、俺のブルース・スプリングスティーンだ」と言って、写真も取らせてもらった。

10時半、ニューアーク空港着。メーターは400ドルだったが、休憩所まで90ドルだったので、約束どおり300ドル払った。おっさんは、握手しながら「いい取引だったろ?」と言った。

再予約をして、午後7時50分のエディンバラ行きが取れた。
午後2時、出発ゲートで、持ってきた本で勉強していると、昨日の便に同乗していた客に会う。彼はホルヘと言い、メキシコ人だった。僕もホルヘだと言い、スペイン語で話す。彼は昨夜ボルティモアのヒルトンホテルに無料で泊まり、今来たところだという。やられた。しかし、これも人生の経験だ。
午後7時頃、エディンバラ行きのゲートが変更になったとアナウンスがあり、ホルヘと別れる。

午後7時半、またもやサンダーストームが始まり、当然のことながら、飛行機も遅れる。掲示板では10:07発と変更され、待っている客の間では、今日もだめかもねーという会話が始まる。今日キャンセルになったら、絶対無料でホテルに泊まると心に誓い待っていると、雷が止んだ。

頻繁な飛行機の着陸が再開され、無事僕達の飛行機も到着し、そして22:30、ようやく出発した。

アメリカのカウ・ボーイ

2007-06-25 09:09:16 | 異文化
6月25日(月)。

ハモンさん一家の農場は、飼料の生産から家畜生産まで、全て自分達でまかなっています。機械も大きいのがあったし、無駄のない設備で、さすがでした。

牛の群れを再編成するのに、トムさんとお父さんの仕事を、うちの兄弟もほんの少し手伝わせてもらいました。
牛の扱いは、もしかしたら迷惑掛けたかも知れないけれど、共通言語のようなものだよなあ、と思いました。アメリカのカウ・ボーイと仕事できたのは、とてもいい思い出になりました。

仕事の後は、トムさんの家に招待され、ハモン牧場産のお肉をご馳走になりました。とてもとても美味しかったです。
食事の後は、娘さんと息子さんと一緒に地下でビリヤード。トムさんは卓球をやりたかったと思うのですが、時間も遅くなったのでお暇しました。

皆さん、どうも有難う。アメリカの大地が養った居心地の良さ、優しさをたくさん感じました。

兄は、今度は何か持って卓球をしに行ってください。

アメリカの大地

2007-06-25 08:58:00 | 異文化
6月25日(月)。

指導教授にお休みを頂いて、アメリカ、ネブラスカ州オマハに住んでいる兄を訪ねました。

この日は、兄の知り合いのトム・ハモンさん一家の牧場へ。
行けども行けども広がるトウモロコシ畑。まさにアメリカの大地。

動物が好きなこともありましたが、僕はもともとこういうところに来たくて獣医を目指したのでした。もう18年、19年も昔の話。

トムさんは、お忙しい中、作業を中断して僕達を農場の隅々まで案内してくれたのでした。とても優しい人柄で、話しているうちに、牧場で働いていた時の気持ちが蘇りました。あの時は、きつかったけれど、楽しいこともたくさんあったなあ。何より、健康的でした。

カリブ海

2007-06-23 08:27:46 | 異文化
6月23日(土)。

メリダからプログレッソという海岸の町へ。
バスで片道30分ほども走ったのに、往復22ペソ(約200円)。

初めてのカリブ海です。
緑色の海が最高でした。

地下水脈で出来たプール

2007-06-21 08:13:59 | 異文化
6月21日(木)。

Chichen-Itza(ガイドはチキン・ピザと言うジョークを飛ばしていた)の後は、地下水脈で出来たプールへ。

地面に大きな穴が開いていて、そこから70メートルほどの深さに天然のプールがあるのです。そのさらに深い深いところに地下水脈が流れているので、このプールは常に淀むことなく澄んでいるのだそうです。

プールにはジャンプ台があり、僕も飛び込んで泳ぎました。
中には20センチくらいの黒い魚がたくさん泳いでいて、何度もぶつかりました。

メリダは恐ろしく暑いので、とても気持ち良かったです。偉い先生も皆子供のようにはしゃいでいるのが、また良かった。