まきた@VetEpi

酪農学園大学をベースに、発展途上国と日本の獣医疫学に取り組む獣医師のブログです。

所長の家にて

2009-06-14 03:49:27 | いろんな人がいるよ。
6月12日(金)。

仕事の後に、職場の敷地内にある所長の家で、新入社員が呼ばれ、カクテル・パーティーがありました。

イギリスに4年とこちらに半年、英語圏で生活しているので、仕事や生活、処々の手続きなどには不自由がないのですが、留学も家族連れだったこともあり、ネイティヴ・イングリッシュ・スピーカーの会話に完全について行けるほどには、英語が上達しませんでした。なので、いろんな状況で、英語の意味が分からない、ということが未だにあります。国際的な輪に入ると、ジョークを言うことが大切になってきますが、えらい人といると特に、僕はあまり話せなくなってしまいます。

うちは国際機関というだけあって、ほとんどの人は英語がほぼ完璧に話せます。しかし逆に、畜産の専門機関であるにも関わらず、現場で長年同じ農家さん達と向き合って仕事してきた、という人は非常に少ないのです。

今日もパーティーでは、子供に気を取られていたことと、英語のハンデもあり、輪の中心からは少し外れていましたが、パーティーの最後に、自己紹介と、何故ILRI(国際家畜研究所)に来たかを順番に話す機会が設けられました。

ようやくそこで、自分は長年農家さん達と仕事し、33歳になってから英語圏でのチャレンジを始めたハンデについて話しました。また、ネパールの村で感じたこと、それをもとに志を立てて貧困削減に資するためにこれまで努力し、うちの職場に来たことを話しました。

人は、相手の中身が分かると、急に親近感を増すものです。所長は、畜産農家の気持ちを分かるようにと、奥様とともに酪農と養豚をやっていたことがあるそうです。妙に親近感を覚えました。所長も大きい手で、また来てくれよ、と握手してくれました。

ILRIにはいろんな人がいて、ある人は数ヶ月、そしてある人は20年留まります。世界中から人が集まり、交差して、また分かれていく。若いうちにいた人が、数年から10数年たって戻ってくる。僕はといえば、2年後のことは、いつものごとく全く分からない状況ですが、とにかく、この英語のハンデに苦労したことも、きっと懐かしいいい想い出になることでしょう。うちの子は、将来何をするか分からないけれど、もし国際的な仕事をするのだったら、僕達両親の何倍も、何十倍も楽にその環境に入っていけるはずです。本人の希望と能力次第ですが、どうせならそのハンデがない(少ない)という特権を生かして、是非国際社会で全ての国籍の人達と対等にやっていける日本人になって欲しいものだと思います。

納豆製造開始。

2009-06-09 03:49:54 | グルメ
6月8日(月)。

イギリスからケニヤに来る時に、かなりの荷物を処分しましたが、その中に、意外と重宝した道具がありました。

それは、クーラーボックス。

何に使うかと言うと、我が家では冷やすのではなく、納豆を作るための保温に使っていたのです。

ケニヤに来て、少しずつ物を揃えて来ましたが、先日とうとうクーラーボックスを入手。昨日、大型のプレッシャークッカーで妻が豆を煮ているなと思ったら、今日仕事を終えて夜帰ってくると、何ともう納豆が山積みのタッパに入って出来ていました。

その他揃えたモノの中に、鶏2羽もいます。まさに、「庭には二羽ニワトリがいる」状態です。うちの子にも言葉遊びを教えました。もうすぐ卵を産み出すと思うので、そうしたら、自家製納豆卵ご飯!が出来ます。あー、もうかれこれ3年食べてないな。ドライバーさんが家でニワトリを飼っているので(うちのトリ達は彼からもらいました)、彼からこれまでも新鮮な生卵を買って、朝食は卵かけご飯を食べていました。なので明日から納豆卵が食べられます。

あー、何て幸せ!妻に感謝です。

次は、完全自家製納豆卵づくりを目指して、大豆を作らなきゃ。

やっぱその次は、職場を耕して田んぼを作り、完全自家製納豆卵かけご飯に挑戦か?いや、ちょっとそれは無理かな。。

北極に行った人達のパワー

2009-06-08 05:20:17 | いろんな人がいるよ。
6月4日(木)。

つい最近のブログにコメントしてくれたRyokoさんと、お陰で連絡が取れ、ナイロビでRyokoさんの大学卒業以来、15年ぶりの再会を果たしました。

ケニヤには3回目だそうで、それも今回来ることを、たった一ヶ月前に決めたそうな。短いスケジュールの中、我が家に2日間泊まりに来てくれたので、そんな大胆な決断力がどうやって培われたかを知ることが出来ました。

もともと山登りが好きだったようですが、冬山で丸2日遭難してヘリで救助されたり、北極でもイヌイットのおじいさんと半遭難状態に陥ったりと、極限状態を体験したことにより、さらに肝が据わったというか、人間力を増したんじゃないでしょうか。そうやって決断力が培われたんだと思います。

Ryokoさんと話していて、もう一人T野さんという女性を思い出しました。ニアミスで会っていないのですが、エディンバラで環境学を学んでいた女性で、日本の中学生か高校生かと、衛生通信を使って、環境についての生ディスカッションをしながら北極探検をした方がいらっしゃいました。この方も、すごいパワーの持ち主だそうで、今は日本でNPOを主催されているのだと思います。T野さん、もしたまたまこの記事を読んで、「ちょっと違うぞ」という箇所がありましたら、是非訂正をお願いします。

この僕もやはり、ネパールの険しい山中にて何度か極限状態を得て価値観が変ってしまい、日本の奨学金を得てイギリス留学、そしてその途中、2006年からは資金面でも組織上でも日本とは関係のない宇宙遊泳状態に入っています。しかし、ネパールの山中で得た価値観、「人のために生きるのは何とすがすがしいことだろう」は、しっかり根を張りました。

Ryokoさんは、とあるマサイの村を4年ぶりに訪れたそうですが、急速な現代文明の流入と森林伐採による変化、そして解決の難しい様々な現実問題を目の当たりにしたそうです。

現実というのは、どこの国でも、またどこの家庭でも、大概困難な現状を抱えているものだと思います。僕の仕事の疫学とリスク分析というのは、問題の現状を理解して、これやったらどうなるか、ということを見るための学問で、羅針盤の役割を果たすものです。しかし、学問の体系がそういうことであっても、実際はその羅針盤を読んだり操作する健全な人がいないと効果がないわけです。

どでかい登山用のザックをひょいと担いでやって来たRyokoさんの、分かれる時の健全な笑顔がとても印象的でした。今回は、Ryokoさんの北極パワーをいただいて、またその後子供からうつった風邪がようやく治ってきたので、明日から健全に羅針盤を操作出来るような気がして来ました。皆さんにも北極パワーが届きましたか?健全に行きましょう。